じしゃく忍法帳

第96回「電気掃除機と磁石」の巻

掃除機革命をもたらした磁石のパワー

英語で電気掃除機をフーバーというのはなぜ?

 2003年の世界陸上男子200mで銅メダル獲得の快挙を成し遂げた末続慎吾選手は、“忍者走法”とか“忍者走り”と呼ばれる独特の走り方で話題となりました。体重を足裏全体にかけ、足裏を水平に保ちながら、地面すれすれにスイスイ運んでいく走法です。

 忍者はこの走法により1日に100km以上も移動したといわれますが、それ以上の健脚と精神力が要求されるのは、比叡山の千日回峰行(かいほうぎょう)。起伏の激しい約30kmの山道を毎日上り下りしながら(市中の寺社巡拝が加わる“大廻り”のときは日に100kmにも及ぶ)、7年間・1000日を走りづめで過ごす過酷な修行です。

 比叡山には“掃除地獄”と呼ばれる修行もあります。伝教大師(最澄)の墓所である浄土院に12年間こもりきりとなり、塵ひとつ残さず、雑草ひとつさえ生えさせないよう、朝から晩まで掃除を続けるというもの。もちろん電気掃除機などは使いません。掃除が嫌いな人にとっては、想像するだけで気絶しそうな荒行です。

 実用的な真空式の電気掃除機(バキューム・クリーナー)が登場したのは19世紀末から20世紀初頭にかけてのこと。当初はバキュームカーのような大がかりな装置で、ホースを窓から室内に入れて、塵を吸い取っていました。現代の家庭用ポータブル電気掃除機の元祖といえる機種は、1908年にアメリカの馬具製造業者フーバーによって製造・販売されました。英語で電気掃除機のことをフーバーともいうのは、彼の名が商標とされたことによるものです。


 

 

負圧をつくるのはモータに据えられたターボファン

 国産の電気掃除機第1号(芝浦製作所製)が開発されたのは昭和6年(1931)。価格は600円で、当時の大卒初任給の半年分に相当する高価な電気製品でした。電気洗濯機、電気冷蔵庫とともに、電気掃除機が家電の“三種の神器”として普及しはじめたのは、第2次大戦後の昭和30年代です。

 電気掃除機の基本原理は、ファンを取り付けたモータを回転させて空気を押し出し、その負圧(周囲の空気との圧力差)を利用して、吸い込み口から空気といっしょに塵を吸い込むというもの。

 電気掃除機の吸い込み能力(吸い込み仕事率)は、掃除機内を通過する風量とターボファンがつくる真空度に比例します。これを高めるために、電気掃除機には扇風機のようなプロペラファンではなく、多数の翼板を組み込んだターボファンが使われます。回転する翼板で周囲の空気をかきいれ、固定した案内羽根で空気を勢いよく排出して負圧をつくるため、吸い込み口には風速50〜60m/秒ほどの空気が流入します。

 ゴミとともに吸い込んだ空気は、ゴミパック(使い捨ての紙袋など)に送られて大きなゴミを溜め、微細なチリやダニの死骸などは目の詰まったフィルタで濾過してから、空気を排出するようになっています。



図1 電気掃除機(従来タイプ)の構造

画期的なサイクロン方式と排気還流方式

 ゴミパックが満杯になると吸い込みが悪くなって警告ランプが点灯します。排出される空気はモータの冷却にも利用されているので、ゴミが満杯のまま使い続けるのは、吸い込み能力を落とすばかりでなく、モータの負担も大きくなり、電力もよけいに消費してしまうことになります。

 このほかにも従来方式の電気掃除機は、構造的にやっかいな問題をかかえていました。というのも、吸入された空気はゴミパックに溜まったゴミを通過することになるので、ゴミが溜まるほど、排出される空気のクリーン度も低下します。かといって強力なモータを使って能力を上げると、騒音が大きくなるばかりでなく、排出される空気の勢いも増し、床面のチリやホコリをより多く舞い上げてしまいます。

 こうした問題を解決するために、近年、サイクロン方式や排気還流方式といった新タイプの電気掃除機が登場してきました。

 サイクロン方式とは吸い込んだ空気を竜巻のような渦流として、ゴミを瞬間的に遠心分離して圧縮するというもの。ゴミを溜める紙パックが不要になるばかりでなく、排気はゴミを通過しないので、モータの負担も軽くなり、排気のクリーン度もアップします。

 一方、床面のチリやホコリを舞い上げる排気を減らしたり、なくしたりするのが排気還流方式。ホースを2重構造にして、吸い込んだ空気をホースを通じて吸い込み口に送り返し、その圧力で床面のホコリやチリをたたき出すという方式です。

永久磁石を利用した小型・高性能ブラシレスDCモータ

 電気掃除機のモータとしては、従来はユニバーサルモータが使われてきました。コイルを巻いたロータとステータに電流を流し、発生する磁界で回転力を得るモータです。ユニバーサルモータは始動トルクが大きくて高速回転も容易という特長がありますが、ブラシ式の整流子を使うためにノイズが発生し、また寿命も長くないという短所がありました。そこで、近年の電気掃除機には小型・高性能のブラシレスDCモータ(BLDCモータ)が使われるようになりました。

 ロータにコイル、ステータに磁石を用いる一般の整流子式DCモータとは逆に、ステータにコイル、ロータに磁石を利用するのがブラシレスDCモータ。半導体による電子的な整流機構を利用することにより、DCモータの整流子とブラシを省略することができ、小型・軽量・高効率・低騒音のモータとなるのです。

 何かと邪魔なACコードをなくした充電式のコードレスタイプの人気も高まっています。従来のものより格段にパワーアップして、コード式のものと遜色ないのも、磁石を利用した高性能ブラシレスDCモータが使われているからです。

 ここ数年で電気掃除機は大きく進化を遂げ、自走式のロボット掃除機まで登場するようになりました。家具や階段などを回避しながら移動し、部屋のすみずみまで自動的に掃除するロボットです。距離センサ、ジャイロセンサ、感圧センサ、熱センサなど、多数のセンサが搭載され、走行用モータには強力磁石を利用した小型モータが使われます。これからは外出中に掃除ロボットに部屋を掃除させるといったスタイルも定着していくことでしょう。主婦にとってはまさに“掃除天国”ともいえる時代がやってきそうです。



図2  整流子型DCモータとブラシレスDCモータの構造

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