じしゃく忍法帳

第68回「ITSと磁石」の巻

磁石の道案内

完全自動運転も夢ではない

 戦国時代の城下町は、漢字の「五」の字を理想として設計されたそうです。三差路や袋小路などを多くして、容易に城に近づけなくする軍事的な工夫です。そこで敵地偵察のために潜入した忍者は、曲がり角を通過するたびに、特徴的なものを目に焼き付けたり、またさりげなく目印を残しておきました。これは地図作成のためであり、また敵に見つかったとき速やかに逃げきるためです。

 似たような家々が並ぶ住宅街でも、方向を見失うと簡単に迷子になります。人間の記憶というのは当てにならないもので、さきほどの曲がり角を右折したのか左折したのかも思い出せなかったりするのはよくあること。クルマの場合は簡単に引き返せないので、あっというまに現在地が分からなくなってしまいます。

 こんなときにまことに便利なのはカーナビ。目的地を入力するだけで、画像や音声でルートを教えてくれるので、どんな方向オンチでも安心です。しかし、いかにドライブが好きといっても、高速道路の長時間運転は単調で疲れます。クルマが自動運転してくれたら、寝ている間に目的地に到着するのに…と考えたことはありませんか?

 残念ながら人間のような頭脳と運動能力をもった運転ロボットは、現代の科学技術を総結集しても実現できません。しかし、センサ技術や通信・情報処理技術などの利用により、完全自動運転システムも夢ではなくなっています。

江戸時代の百科事典「和漢三才図会」(1712年刊)に載る「慈石」の図
 
 

クルマも道路もインテリジェントに

 交通事故の削減、道路渋滞の解消、環境問題の改善などを目的に、着々と研究が進められているのが、近未来の道路交通システムであるITS(高度道路交通システム)。渋滞情報などをリアルタイムに知らせてくれるVICSや、料金所をノンストップで通過できるETCなど、すでに実用化されているものもあります。

 ITSの最終的な目標は、道路交通の安全性を飛躍的に高める走行支援システムの実用化。運輸省が推進しているASV(先進安全自動車)と、建設省が推進しているAHS(自動運転道路システム)の共同実証実験「スマートクルーズ21」も、2000年10月から始まりました。

 従来、道路というのはクルマが走行できるベルト状の路面にすぎず、標識や表示、道路状態などの判断は、ドライバーの視覚と頭脳に依存していました。居眠り・わき見運転をすれば事故につながるのも当然です。しかし、走行支援システムは道路側とクルマ側、障害物を避けたりするASVやカーナビと連携すれば、ハンドル操作もペダル操作も必要のない完全自動運転も可能になるのです。

磁石を利用したレーンマーカ

 クルマの横方向の制御、つまりカーブでも交差点でも、クルマがレーンから逸脱しないように自動運転させる方式は、いくつも考えられます。たとえば反射テープと光センサを利用した方式は、工場内の自走式ロボットなどに利用されています。床面に反射テープをレーンマーカとして貼っておき、テープからの反射光をロボットの光センサが感知、テープをなぞるようにロボットが移動します。テープを貼り直すだけで自由に移動ルートを設定できますが、欠点は反射テープが汚れたりはがれたりすると、ルートを読み誤る心配があること。屋内はともかく自動車道路のレーンマーカとしては不向きです。

 工場では誘導ケーブルを床面に埋め込む方式も利用されています。電流を流すとケーブルからは磁界が発生するので、これを自走式ロボットの磁気センサが感知する方式です。しかし、工場内などのかぎられた環境では適していても、網の目のように張り巡らされた自動車道路に採用するのはコスト的に難があります。

 そこで、ITSの走行支援システムにおいて研究されているのは、磁石(永久磁石)を利用したレーンマーカ。これはレーンに磁石を一定間隔で埋め込み、自動車の前後の磁気センサがそれをなぞって走行するという方式です。このレーンマーカは磁気ネイルとも呼ばれます。

 磁気ネイルは主要道路に設置するだけでも膨大な数を要するため、耐久性があって、安価に量産できるものが求められます。磁気ネイルとして有望視されているのはフェライト磁石。酸化鉄を主成分とするため錆びる心配もなく、環境を汚染することもありません。
 

磁気ネイルと磁気センサを用いた自動運転システム

図1 磁気ネイルと磁気センサを用いた自動運転システム

高感度な磁気センサは安全走行に不可欠

 磁気ネイルをレーンマーカとする走行支援システムを実現するにあたって、重要な技術ポイントとなるのは磁気センサです。というのも、自走式の産業ロボットと違って、クルマは猛スピードで疾駆します。このため磁気センサには、路面に埋設した磁気ネイルの磁界変化を高精度で検出するすぐれた特性が求められるからです。

 そのひとつにフラックスゲート方式磁気センサがあります。これは直交フラックスゲートを採用した新しい方式。フラックスゲートとは軟磁性体(ソフト磁性材料)の高透磁率を利用したものです。スポンジが水をよく吸うように、高透磁率の軟磁性体は外部磁界を吸収します。このため軟磁性体のコア(磁心)にコイルを巻き、コイルに電流を流して磁気飽和させると、吸収していた外部磁界を放出します。そこで別のコイルを検出コイルとして巻いておき、励磁電流を加えると、軟磁性体は外部磁界の吸収・放出を繰り返すため、トランスと同原理で誘起電圧が発生します。

 フラックスゲート方式の磁気センサは、微小な静磁界でも検出できるため、高感度な地磁気センサなどに用いられてきました。トロイダルコア(ドーナツ状の磁心)に励磁コイルを巻き、それを十字のリボンでかけるように2つの検出コイルを置いた構造の磁気センサです。これは平行フラックスゲート方式と呼ばれています。しかし、平行フラックスゲート方式では、構造上、小型化や高感度化に限界があり、その欠点を解決したのが直交フラックスゲート方式の磁気センサです。

 電流を流した導線の周囲には磁界が発生します。直交フラックスゲート方式はこの原理を利用するため、励磁コイルが不要となります。ただ、電流を直接流すために、コア材料としては導電性の高い軟磁性体が必要となります。そこで、TDKでは基板上にアモルファス磁性合金をパターンエッチングし、さらにレジスト保護膜をかけたものを磁心として、これに直接通電するという独自の方式(ダイレクト駆動直交フラックスゲート方式)を開発しました。小型・軽量化・低消費電力化とともに、微小な磁界変化も敏感にとらえるすぐれた応答性能を示す高感度磁気センサです。

 磁石を利用したレーンマーカとはいわば磁気の軌道。自動運転システムが実用化すると、列車のように連結したバスやトラックが24時間自動走行するようになるとも予測されています。未来都市はインテリジェントに進化した道路に沿って、ベルト状に構築されるかもしれません。

磁気ネイルと磁気センサを用いた自動運転システム

図2 フラックスゲート方式の磁気センサの原理

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