テクノ雑学

第175回 小さい光の大きなパワー 〜近接場光の可能性に迫る〜

半導体の製造加工や素材開発などの分野で、ナノメートルオーダーの構造を制御する「ナノテクノロジー」の重要性は増しています。ところが、そのレベルの大きさの物質を観察したり、エネルギーを加えたりすることは簡単ではありません。そのための技術として広く活用されているのが、「近接場光」という、私たちが日常見ている光とは異なる性質を持つ光です。

近接場光ってそもそも何?

直進している光が細い穴を通過する時を考えてください。その穴が、光の波長よりも、十分に大きければ、光はそのまま直進します。ところが、光の波長と穴の大きさが同じぐらいであれば、光を遮る壁の側に光が回り込む「回折」と呼ばれる現象が発生します。これは、光が波としての性質を持っていることから生じる現象です。

 光を通す穴を小さくしていくことで、光を小さな点に絞りこんでいくことができます。ところが、穴の大きさが光の波長程度(おおよそ数百ナノメートル)に近づいてくると、回折によって光が壁の向こう側に回り込むので、光は穴から広がって進むようになってしまいます。つまり、穴を通して光を絞り込んでいく方法では、光の波長程度よりも小さい光は作れないのです。

 では、さらに穴を小さくして、穴の大きさを光の波長よりも小さくするとどうなるでしょうか。実は、光は穴から出てこられなくなってしまうのです、その時に、穴の周辺に「しみ出している」のが、近接場光です。



 近接場光の存在は、マックスウェルの電磁方程式から予言されていました。光ファイバーの先を細く削っていくことで、近接場光を実際に作り出したのが、現・東京大学工学部教授の大津元一教授です。1980年頃から研究を開始し、1990年代前半に実現しました。

 また、近接場光は、小さい穴を通した時だけでなく、ナノサイズの小さな物質に光をあてた時にも発生します。たとえば、一見平面に見えるような物質の表面に、微小なナノサイズの凹凸があれば、そこにも近接場光は発生しているのです。



 整理すると、近接場光とは、「ナノサイズの微小な球や微小な穴に光が入射したとき、その表面の近辺、球や穴の半径程度の距離に発生する、空間を伝わらない光」のことをいいます。空間を伝わらないので、離れたところから観察することはできません。

■ 「伝わらない光」をどうやって観測するの?

 近接場光は空間を伝わらないので、離れたところから光の存在を「見る」ことはできません。観測するためには、近接場光の届く範囲に微小な、ナノサイズの物質をプローブ(探針)として近づける必要があります。近接場光にナノサイズの物質を近づけることで、プローブにエネルギーが移動し、そのエネルギーに対応した光が発生します。


 つまり、近接場光を利用することで、「ナノサイズの微小な空間で、物質間のエネルギーの移動」が発生します。また、散乱光と異なり、近接場光には「回折」という現象がないので、光の波長よりも小さい、数ナノメートル〜数十ナノメートル程度の範囲に絞って、光をあてることができます。つまり、微小な光をあてたり、微小な領域にエネルギーを伝えることが可能になるのです。

■ 小さな光の使い道

 近接場光を発見した大津教授は、近接場光を利用してナノサイズの構造を扱う「ナノフォトニクス」という概念を提唱しました。ナノフォトニクスの応用でさまざまなことができます。

 すでに実用化されているのが、近接場光による超高倍率の顕微鏡です。光を使ってものを見る顕微鏡では、回折があるために解像度に限界がありますが、近接場光を使うことで、光では見えないサイズの構造を見ることができます。生物の遺伝子の構造やカーボンナノチューブの構造などを、直接観察できる顕微鏡が開発されています。


 半導体の微小加工にも利用できます。従来、半導体の生産に使われている「フォトリソグラフィ」では、光を使うので回折原理があり、光の波長よりも小さなサイズの加工はできませんでした。細かい加工のためには、あてる光の波長を短くする必要があり、またその光に反応するフォトレジスト剤を開発する必要がありました。

【 参考情報 】

■テクの雑学 第123回 ICチップと写真の深い関係?〜回路を「焼き付ける」フォトリソグラフィ技術


 近接場光であれば、光の波長よりも短い範囲の加工が可能になります。加工の精度はあてる光の波長には無関係なので、高価な紫外線光源でなく、安価な可視光光線を利用できます。また、レジスト剤も特定の波長の光に反応するのではなく、直接、「分子がエネルギーを受け取ることができればよい」ので、全く新しいレジスト剤を使うことも可能になります。

 エネルギーを狭い範囲に直接伝えることができるのが近接場光の特徴です。これを応用して、記録媒体の記録密度を高めることができます。TDKの「熱アシスト記録技術」は、近接場光を利用した記録技術です。

 ハードディスクをはじめとする磁気記録媒体で、情報を記録するための粒子は大きいほど安定性が高く、小さいほど高密度の記録が可能になります。つまり、小さくても安定性が高い「高保磁力材料」を使うと、安定で高密度の記録が可能になります。しかし逆に、安定性が高すぎて磁気を加えるだけでは記録媒体の磁気を変化させることが難しく、情報を記録するのが難しくなります。

 そこで、近接場光で記録媒体にエネルギーを伝える(熱を加える)ことで、一時的に保磁力を弱め、記録を行うことで、記録密度を上げる技術が、「熱アシスト記録技術」です。
 

【 参考情報 】

■電気と磁気の?(はてな)館 No.41 HDDの大容量化・小型化を実現した磁気ヘッド技術


 

半導体や情報機器などの小型化、ナノテクノロジーを応用した新素材の開発など、小さな構造を制御、加工する技術の重要性はますます増しています。近接場光を利用したナノフォトニクス技術は、これからも応用範囲が広がっていくと思われます。


著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など

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