テクノ雑学

第160回 大規模に本格化してきた、リニアモーターカーをみてみよう!

 2010年5月、JR東海は「超電導リニアによる中央新幹線の実現について」というリリースを発表。東京—名古屋間は2027年、名古屋—大阪間は2045年の開業を目指すなど、事業計画の概要を公開しました。筆者が子どもの頃から、ずっと「未来の象徴」に留まっていたリニアモーターカーが、いよいよ営業運転に向けて一歩踏み出したわけです。

 ただし、「リニアモーターカー」自体は、すでに20年以上も前から営業運転を開始していますし、読者のみなさんの中にも通勤や通学で毎日利用されている方がいらっしゃるはずです。愛知万博会場への交通手段として営業運転が開始されたリニモ(愛知高速交通東部丘陵線)だけではありません。日本国内で、ここ20年ほどの間に開業した地下鉄では、「鉄輪式リニアモーターカー」が主流となっているのです。開業した順に、それらの路線をあげてみましょう。

大阪市営地下鉄 長堀鶴見緑地線(1990年3月一部開業・全線開通は1997年)

東京都営地下鉄 大江戸線(1991年12月一部開業・全線開通は2000年12月)

神戸市営地下鉄 海岸線(2001年7月開業)

福岡市営地下鉄 七隈線(2005年2月開業)

大阪市営地下鉄 今里筋線(2006年12月開業)

横浜市営地下鉄 グリーンライン(2008年3月開業)

 これらすべての路線の総延長を合計すると100.5kmにもなります。また、2015年の開業を目指して工事が進められている仙台市営地下鉄 東西線(動物公園駅−新井駅間14km)も鉄輪式リニア車両を採用しています。

 

そもそもリニアって何?

計画されている中央新幹線、営業運転中のリニモや上海トランスラピッド(中国)は、「磁気浮上式」のリニアモーターカーです。磁力によって車体を地面から浮き上がらせた上で、リニアモーターによって推進力を得るのですが、車両を安全確実に浮上させておく上で技術的な課題が少なくないため、一般に広く普及していないのが現状です。これに対して、鉄輪式リニアモーター地下鉄(リニアメトロ)は、車体そのものは通常の電車と同様に車輪で支え、軌道にもレールを使い、推進力にだけリニアモーターを使うものです。

 リニアモーターの「リニア(Linear)」は「直線的」の意味です。リニアモーターとはその名の通り、直線方向に作用する構造のモーターです。その原型は1841年にイギリスのホイートストンが考案、現在も大英博物館に展示されている「片側式誘導型モーター」に辿ることができます。「リニアモーター」の名は1891年にフランスのレボンが考案したと言われ、同年にはアメリカのブラックリーが移動磁界を用いたリニア誘導型モーターを考案。1900年代の初頭には、早くもリニアモーターを用いた鉄道車両やモノレールが構想されていたことが記録に残っています。

 通常の電動モーターが、1次側(ステータ、固定子)と2次側(ロータ、回転子)で構成されていることはご存知でしょう。最もベーシックな構造である直流モーターの場合、1次側に異なる極性が重なった構造の永久磁石を配置して平行な磁場を作り、その内側に配した2次側のコイルに電流を流して電磁力を発生、磁界の移動による1次側と2次側の磁極が反発/吸引する力を利用して2次側を回転運動させ、その力を機械エネルギーとして利用しています。電車で使われている交流モーターは構造が少々異なりますが、固定子と回転子の関係は同様です。

 これに対してリニアモーターは、1次側と2次側を切り開いてまっすぐに展開したような構造によって、磁界が直線的に移動することが特徴です。リニモやリニアメトロが採用しているリニアモーターでは、1次側=車体側にコイルを配置し、レール側に置いた2次側の磁石(リアクションプレート、固定子)、その間の距離を保つために支持する「支持案内部」で磁気回路を構成する「誘導型リニアモーター」です。センサで1次側の位置と速度ならびに、それらの関係から導き出される加速度を検出し、それに応じて制御系が1次側へ流す交流電流の量と周波数を調整することで推進力を得ています。ちなみに、JR東海が計画している磁気浮上式リニアでは逆にレール側にコイル、車体側に磁石を配置する「同期型リニアモーター」を採用しています。
 

■ メリットの多い鉄道式リニア



 地下鉄にリニアモーターの採用が進んだ理由は、大きく2つがあげられます。まず、工費の節約です。リニアモーターは回転型モーターに対して天地方向の大きさがコンパクトにできるので、車体の高さを低く抑えることができます。具体的には、回転式モーターでは1,100mm程度だった路面からの床面高さを、約700mmにまで抑えました。このことによって、トンネルの断面積を通常型地下鉄の約半分程度まで小さくすることができます。
 したがって、トンネルがコンパクトで済むので、工事で掘り出さなければならない土砂の量も、それを運搬する回数も減らせますし、さらに工期短縮による人件費の節減など、経済面で大きなメリットが得られるわけです。


 次に、性能面のメリットがあげられます。特に急勾配と急カーブへの対応は、リニアメトロの強みを生かせるところです。従来型の鉄道車両は、車輪とレールの接触面の摩擦によって推進力を得ています。そのため、いくらモーターを強力にしても、摩擦の限界を超えてしまうと車輪が空転するだけなので、登坂性能に限界があったのです。一般的に、その限界は3%勾配(100m進む間に3m高くなる)程度と言われていました。しかし、リニアメトロの車輪は車体の重さを支えているだけで、レールとの摩擦は推進力にほとんど影響しません。さらに、誘導式リニアモーターはリアクションプレートが1次側をレール側に引き付けるように作用するため、この点でも登坂性能の向上に貢献し、能力的には8%の勾配でも対応可能とされています。

 都営大江戸線の場合、建設基準上の最急勾配は55‰(‰:パーミル、1km進む間に55m高くなる)で、従来の基準だった35‰を大幅に上回っています。ちなみに、実際の最急勾配区間は都庁前駅−西新宿五丁目駅間などの50‰です。

■ エコでコストパフォーマンスに優れる

 リニアモーターの採用によって、台車に車輪駆動用の軸やギアなどの部品が不要となったことを利用し、新しい仕組みを導入して、カーブの最小半径を小さくすることにも成功しています。具体的には、左右の車輪の回転差を許容する構造や、カーブの曲率に合わせて前側の車輪と後ろ側の車輪が別の方向を向く「セルフ・ステアリングシステム」が採用されました。これらによって、路線上の最小回転半径がR50(カーブの曲率が半径50m)まで対応可能とされています。路線形状の自由度が高まるため、地下においてもさまざまな構造物が設置されている都市部では、新規路線の計画が進めやすくなるわけです。都営大江戸線の場合も、従来型車両の建設基準であったR160からR100へと小さく設定できました。ちなみにR100が設定されている区間は、大門駅−赤羽橋駅と六本木駅−青山一丁目駅間などです。

 いいことずくめに見えるリニアメトロですが、リニアモーターそのものの構造から、効率が回転型モーターより劣る、つまり消費電力の大きさを指摘されることがあります。リニアモーターは全体が開放された構造なので漏れ磁束が比較的大きく、かつ1次側と2次側の距離が大きいため、磁界の強度を保つために大きな電流(励磁電流)が必要となるので、輸送量あたりの消費電力が増大する、というわけです。

 実際、日本地下鉄協会の資料中でも、リニアメトロの走行電力量を100とした場合、通常の回転式モーターによる鉄輪式車両で車両の世代によって80〜120、「ゆりかもめ」のようなゴムタイヤ式車両では150〜180との試算を提示しています。これについては、駅設備など鉄道システム全体の消費電力や必要とされる資源の量、総工費まで含めたコストなどの視点から考えて、それでもメリットがあると判断される場合にリニアメトロを採用している、ということになります。

 また、従来式の鉄道路線と相互乗り入れが不可能な点が指摘されることがあります。しかし、実際にリニアメトロを採用した路線の多くは、都市部と近郊部において近年人口増加などで需要が増している地域と、他の路線の主要駅の間をつなぐ交通手段として採用されていると判断できます。都市近郊部では、いまさら地上に新規路線を作るわけにもいきませんから、主要駅へのアクセス手段が確保できるのであれば、相互乗り入れにこだわるより、総工費が安く済むリニアメトロを採用するのも納得できるところです。

 ちなみに、都営大江戸線の車両に定期点検などを行う場合、E5000型と呼ばれる専用の電気機関車を使い、汐留連絡線(汐留駅−浅草線大門駅−新橋駅間)を経由して車両基地まで牽引しているそうです。作業は終電後に行われるため、残念ながらその光景を眼にできるタイミングは非常に限られているのですが、最新鋭のリニア車両が電気機関車に牽引されるというのも、なにやら親しみの湧く話ではないでしょうか。

取材協力:東京都交通局
 

【 参考情報 】

■浮かせて押して引っ張って…… — 夢と現実の、リニアモーターカー —




著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」「最新!自動車エンジン技術がわかる本」(ナツメ社)など

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