テクノ雑学
第154回 高機能製品が続々登場、電気炊飯器の最新トレンド!
日本各地で、中国からの観光客が増えている実感がありますが、彼らが日本で購入したいお土産の人気No.1は、日本製の電気炊飯器だという話を耳にしました。中国の人も日本人と同様、お米を主食として日常的に食べているわけですが、日本製の電気炊飯器はお米がおいしく炊けるだけでなく、長時間にわたって保温しても味が落ちにくいのが人気の理由だそうです。言われてみれば、ここ5年ほどの間でしょうか、家庭用電気炊飯器の世界で、たいへん熱い技術競争が繰り広げられている印象があります。お米を加熱する「内釜」の素材や構造、お米に水を含ませるための仕組み、加熱のための仕組みなど、各メーカーが工夫を凝らした高機能製品を続々とリリースし続けているのです。また、玄米や無洗米、雑穀米などの炊飯モードに加えて、煮込み料理や蒸しケーキなど、炊飯以外の調理モードを持つものも珍しくありません。
機能競争の激化によって、店頭価格で10万円近い高性能製品も登場していますが、そのような製品でも販売目標を上回るセールスを記録していると聞きます。そこで今回は、日本人なら毎日のようにお世話になっている身近なハイテク機器、電気炊飯器の最前線について取り上げてみたいと思います。
お米の成分って
電気炊飯器は、「研いだお米を加熱して炊き上げる」ことと、「炊き上がったお米を一定の温度に保ち続ける」ことを目的とする家電製品です。つまり、その性能や機能の優劣は、「お米をどれだけおいしく炊き上げるか」「炊き上がったお米を、おいしさを維持しながら、 なるべく長時間にわたって保温できるか?」に集約されるといっていいでしょう。
お米は、たんぱく質、脂質、ビタミンB、ビタミンE、カルシウム、鉄分、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、亜鉛など、実に多くの栄養素を含んでいる食品ですが、主成分は炭水化物である澱粉(でんぷん)です。澱粉は、唾液中に含まれる「アミラーゼ」によって麦芽糖に分解され、さらに消化酵素によってブドウ糖に分解されます。我々は、このブドウ糖を腸から吸収して、日々活動するためのエネルギーとしているわけです。
澱粉は、ブドウ糖が結合した「アミロース」「アミロペクチン」という、2種類の天然高分子からできています。自然界にある澱粉は、長い分子の鎖が束のように集まり、さらに一定の方向に配列した状態のものが密集して結晶粒(ミセル)を作っています。これを「ベータ澱粉」と呼びます。当然、生のお米の主成分もベータ澱粉ですし、同じように澱粉を豊富に含む芋類や豆類も、小麦粉から作った麺類などの加工食品も、生の状態で含んでいるのはベータ澱粉です。
ベータ澱粉は、水分が少ないので腐りにくく保存に向いています。反面、ぼそぼそとして食べにくく、また消化酵素の作用を受けにくいので、食用には向いていません。しかし、水分が多い状態でベータ澱粉を加熱すると高分子の結束が緩み、そこに水分子が入り込むことで、長い分子の鎖が水中でからみ合って粘度が高まります。これをアルファ化(糊化)といい、アルファ化した澱粉を「アルファ澱粉」と呼びます。お米を炊いたり、芋を蒸かしたり、麺類を茹でるという行為は、保存に適したベータ澱粉を、食用に適したアルファ澱粉に変えるための作業なのです。
ところが、アルファ澱粉は非常に不安定な性質を持っていて、一旦アルファ化しても、水分が失われていくと再びベータ澱粉に戻ってしまいます。お米で言うなら、炊飯器で長時間にわたって保温していると、表面が硬くなって黄色くなるとともに、独特の匂いがしてきますよね?保温状態というのは、炊き上がったお米を微弱とはいえ過熱し続けることですから、当然、水分も蒸発し続けていき、あるレベル以上に水分が減ると、高分子の結束が強まって、ベータ澱粉に戻ってしまうのです。これを澱粉のベータ化(老化)と言います。ちなみに、お煎餅は加熱によって水分だけを急速に除去することでアルファ澱粉の状態を保ち、おいしく食べることができます。「フリーズドライ製法」のお粥や即席麺は、一旦ベータ化させて長期保存を可能にし、食べる時にはお湯でアルファ化させるものです。
■ 電気炊飯器の構造と高性能炊飯器
お米をおいしく炊くには、アルファ化させる工程、すなわちお米に含まれる水分量と加熱の方法にポイントがありそうなことが、なんとなく見えてきたのではないかと思いますので、いよいよ電気炊飯器の構造を見ていきましょう。一般的な家庭用の電気炊飯器は、「内釜」「外釜」「蓋(ふた)」で構成されています。内釜は、研いだお米を水と一緒に収めておき、加熱することでお米を炊き上げる容器です。外釜は「加熱用ヒーター」「保温用ヒーター」「保温材」などを収めた部分です。蓋は「内蓋」「圧力調整用蒸気口」「保温材」などを備えています。
炊飯器の大基本は、ヒーターで内釜の中のお米と水を加熱することで、お米の澱粉をアルファ化させることです。そして、お米をおいしく炊くには、工程中にいくつかの重要な注意点が存在します。その注意点を示しているのが、昔ながらの羽釜とかまどでご飯を炊く際のコツとして伝わる「はじめチョロチョロ、中パッパ、ブツブツいうころ火をひいて、赤子泣いても蓋取るな」という心得です(言い回しや語源には諸説あります)。飯盒や土鍋など、直火での炊飯時に共通の心得ですが、実は高性能炊飯器も、この心得の再現を基本的な考え方としているのです。
心得が示す意味を訳してみましょう。「はじめチョロチョロ」は、最初のうちは弱火で加熱しながら、お米に十分な水分を吸わせることを意味します。「中パッパ」は、沸騰してきたら一気に強火にすることを示しています。こうすることで、お釜の中でお米が対流しながら過熱され、ムラなく均一に炊き上がるのです。「ブツブツいうころ火をひいて」は、水分が減って噴き出す湯気が少なくなってきたら、火加減を弱めて蒸らしの工程に入ることです。「赤子泣いても蓋取るな」は、一連の工程の間を通じて、蓋を取ってしまうとお釜の中の温度と圧力が低下し、火の通りが悪くなることを指しています。
高性能炊飯器には、このような工程を再現するための仕組みがふんだんに盛り込まれています。基本的な仕組みでいうと、「中パッパ」の工程で急激に内釜の温度を高めるため、底面のヒーターだけではなく、IH機構を使って内釜そのものを全体的に発熱させる「IH炊飯器」は、すっかりポピュラーな存在になっています。さらに「赤子泣いても〜」の部分を高度に実現するため、炊飯中は内部の圧力を高くして、沸点を100度以上に高めることで、よりふっくらとした炊き上がりを実現する「圧力IH炊飯器」も増えてきました。
【 参考リンク 】
■じしゃく忍法帳第30回「炊飯器のセンサとスイッチ」の巻
■テクの雑学第15回「今夜は鍋にしましょうか?−火を使わないIH調理器の仕組み−」
炊飯の工程に沿って、高性能炊飯器が備える機能を紹介していきましょう。まず「はじめチョロチョロ」の部分ですが、現代のお米は精米度が高いので吸水性に優れ、また炊き始める前に十分に吸水させることが定着しているので、ここについてはあまり気にする必要はないかと思われます。
しかし、中にはお米の芯までしっかりと水分を吸収させるため、ポンプで内釜内部の空気を吸い出して真空状態(ちょっと大げさな表現ですが)を作り、お米が含んでいる空気を追い出しながら吸水させるものや、内釜に超音波で振動を与えて吸水を促進するものがあります。後者はお米の表面に残っている米ぬかをよりきれいに落とす効果もあるとしています。炊飯が始まったら、「中パッパ」の状態をいち早く作り出す、つまりなるべく急激に内釜の温度を高めるための仕組みが必要になります。
まずはIH機構の工夫です。可能な限り多くの部分を発熱させるようにヒーターを配置することが基本で、最近は内蓋部分にもIH機構を搭載する「全面加熱」タイプが増えています。そして、内釜の構造も大きなポイントになります。具体的には、熱伝導率の高い素材や、蓄熱性の高い素材、遠赤外線を発生させるような素材を使い、また保温性を高める構造を採用するわけです。
■ おいしさと安全性も兼ね備えた蒸気レス炊飯器
代表的な炊飯器メーカーの、現時点の高性能製品に使われている内釜のネーミングを挙げてみましょう。タイガー魔法瓶は「土鍋釜・黒」「熱封土鍋コーティング5層遠赤特厚釜」、象印魔法瓶は「極め羽釜」「新プラチナ真空釜」、三菱電機は「本炭釜」「炭炊釜」、パナソニックは「遠赤大火力竈釜」、日立は「打込み鉄釜」、東芝は「遠赤W鍛造ダイヤモンド銀釜」、三洋電機は「純銅仕込み5層厚釜」と、名前を聞いているだけでいかにもおいしいご飯が炊けそうです。いずれも特徴的な構造を持っていて、見比べてみるだけでも楽しいのですが、話し始めるとキリがなくなるので、ここでは詳細に触れずにおきましょう。それぞれの構造と効能については、各社のWebサイトやカタログなどで確認していただければと思います。
蓋部分の工夫には、「圧力可変制御」「うまみ還元機構」などがあります。圧力可変制御は、調整弁をきめ細かく制御することで炊飯中の沸騰温度を制御し、「しゃっきり」や「もっちり」など、炊き上がりの食感を調整する機能です。カレーライス用に炊く場合は「しゃっきりコース」、お弁当用には「もっちりコース」など、メニューによって炊き上がりを調整するわけです。「うまみ還元」とは、ご飯に「おねば」成分を還元してコーティングする機能です。炊飯器の内蓋や蒸気口周辺に、白くパリパリした薄い膜状のものが付着しているのを見たことがあると思います。「おねば」と呼ばれるこれは、水に溶け出したアルファ澱粉で、お米のうまみが濃縮されたエキスのようなものです。かまどで炊いたご飯がおいしいのは、強火で連続沸騰させることで「おねば」が大量に作られ、「赤子泣いても蓋取るな」の蒸らし工程で、ご飯に還元されていく効果が大きいといわれています。
しかし、キッチンに置く電気炊飯器では噴きこぼれはご法度です。そのため、噴きこぼれが起きそうになったら火力を弱め、収まったら再び加熱するという「断続沸騰」で運転していたのですが、これでは大量の「おねば」が作れません。そこで発想を転換した末に生まれたのが、「うまみ還元」機構です。この手の機構を持つ炊飯器は、連続沸騰で「おねば」を大量に作りながらご飯を炊き上げます。その過程で噴きこぼれた「おねば」は、一時的にカートリッジなどに格納しておき、水分が減ってきた段階で再び内釜に戻してやることで、炊き上がったご飯のうまみ、甘み、ふくらみを増すのです。
高性能炊飯器の最新トレンドが「蒸気レス」構造です。その名の通りに蓋から蒸気口をなくしたもので、炊飯中に蒸気をほとんど放出しません。蒸気レス化の大きな目的は、炊飯器置き場の制約を減らすことです。
従来の炊飯器からは、炊飯工程を通じてけっこうな 量の蒸気が放出されます。これが周囲の壁紙やレンジ台の天板などを直撃しないよう、また小さな子どもがいる家庭では火傷などの危険がないよう、炊飯器の置き場所は意外と限られてしまうものでした。しかし蒸気レス炊飯器なら、どんな場所にも設置できます。
上のイラストで紹介しているのは、三菱電機製の蒸気レス炊飯器の蓋内部の構造で、蒸気を外釜内に備えた水タンクに導いて冷却することで外部への放出を防ぎます。当然、外部への噴きこぼれが起きないので連続沸騰で炊飯できますし、通路構造の工夫で「おねば」成分も還元できるので、うまみも増やすことができます。
また、蒸気の水分を溜めておき、再加熱して保温中の内釜内部へ蒸気を噴射することで、ご飯の老化を防ぎつつ長時間保温を実現したり、冷めてしまったご飯を蒸気で再加熱するといった機能を搭載している製品もあります。
炊飯器は一度購入したら長期間にわたって、しかも毎日のように使い続けるものだと思いますので、代替えの際には少し奮発しても高性能製品を検討することをおすすめします。おいしいご飯は、いつものおかずさえおいしく感じさせてくれますから、ご家族から「料理の腕が上がった?」と、ほめてもらえるかもしれません。
著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」「最新!自動車エンジン技術がわかる本」(ナツメ社)など
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