テクノ雑学

第152回 環境に配慮したバイオガソリンの普及と今後の課題

数年前から、ガソリンスタンドで給油する際、「当店のレギュラーガソリンはバイオガソリンです」といった表記を目にする機会が増えてきました。ナタネ油、大豆油などの植物油を原料にした「バイオディーゼル燃料」については以前に取り上げましたが、バイオガソリンはそれとはまた別のものです。今回は、そのバイオガソリンについて取り上げてみましょう。
 

【 参考リンク 】

■テクの雑学 第67回 てんぷら油で車が走る!
−パリ・ダカールラリーを完走したバイオディーゼル燃料の実力−


 私たちが普段「ガソリン」と呼んでいる揮発性の液体は、石油の中に含まれている特定の成分を加工して作る「石油製品」で、その製造方法は非常に多岐に渡ります。その具体的な方法に入る前に、まずは基本的な原油の精製方法から説明しましょう。

そもそもガソリンの素って?

石油の油田から採掘される「原油」は、炭化水素を主成分として、微量の硫黄、窒素、金属などを含む液体です。製油所に運ばれた原油は、「常圧蒸留装置(トッパー)」と呼ばれる装置の中で360℃まで加熱されます。すると、原油に含まれているさまざまな成分が、それぞれの沸点ごとに蒸発することで抽出されてきます。抽出された各成分を「留分」と呼びます。

 最も沸点が低いのはLPガス留分で、沸点は30℃以下です。次に沸点が低いのが30〜150℃の間で抽出される「ナフサ」と呼ばれるもので、これが最もベーシックなガソリンの素となる留分です。そのあとは、250℃までの間に抽出される灯油留分、350℃までの軽油留分と続き、350℃以上になっても蒸発しない成分を「重油」と呼んでいます。
 ナフサの中で、沸点が30〜80℃程度のものを「軽質ナフサ」、80〜180℃程度のものを「重質ナフサ」と呼びます。軽質ナフサはエチレン系化合物(二重結合を一個持つ鎖式炭化水素。エチレン、プロピレン、ブチレンなど)の分解原料として、石油化学工業の分野で広く使われます。重質ナフサは芳香族化合物(環状構造を持つ炭化水素)製造用の原料、そしてガソリンの原料として使われます。

 ちなみに20世紀初頭まで、ナフサは用途のない産業廃棄物扱いされていたそうです。欧州で石油の精製技術が確立したのは19世紀ですが、当初はランプ用などの燃料としての灯油が主な用途だったので、着火性が非常に高いナフサは危険すぎて使えなかったのです。また、石油由来の合成樹脂が本格的に実用化されるのは1940年代以降ですから、化成品の原料という用途もありませんでした。このことが、「馬なし馬車」として有望視されていた電気自動車ではなく、ガソリンエンジンを搭載した自動車が主流になった大きな理由にもなっています。
 

■ 接触改質の工程を経てガソリンになる

 



 さて、蒸留によって抽出された重質ナフサは、再び高温・高圧の状態にされつつ「接触改質装置」に送られ、白金やパラジウムなどを用いた「バイメタル触媒」による触媒反応で炭化水素の分子構造を変え=改質することで、オクタン価(ガソリンの自己着火しにくさを表す指標)を高めます。これがまず、最もベーシックなガソリンの基材である「改質ガソリン」になります。

 現代では、科学技術の進歩によって、改質ガソリン以外の留分からもガソリンを製造することが可能になっています。たとえば、接触改質工程で副生物として発生するLPガスは、炭素原子の数が少ない「軽い炭化水素」ですが、これを化学的につなぎ合わせることでオクタン価の高い炭化水素を合成することができます。この「アルキレーション」と呼ばれる操作によってでき上がったガソリンが「アルキレート・ガソリン」です。重油のような用途の少ない「残油」からもガソリンは作られます。代表的な加工法は「流動接触分解装置」を用いるFCC法(Fluid Catalytic Cracking法)です。
 このようにさまざまな方法で精製したガソリンは、さらに調合してオクタン価を整えたり、エンジン清浄剤などの添加物を配合されることで、ようやく商品としてのガソリンになります。

 

■ バイオガソリンの種類と性質


 バイオガソリンも、ガソリンに他の物質を添加して化学的に作り出される製品です。現状でバイオガソリンと呼ばれているものは大きく2種類があります。まず、アルコール系材料の「エタノール」を混合したものです。エタノールは単体でも自動車エンジン用燃料として使うことが可能ですが、対応を前提にしていない自動車に使うと、燃料系に用いられている部品を腐食させるなどの悪影響を及ぼす可能性があることや、性能面でも問題が生じることから、ブラジルなどごく一部の地域を除いて単体での使用は普及していません。ただし、「ガソリン」を製造するための材料の一つとして使われる例は世界中で普及しています。混合比率によって、たとえばガソリン97%+エタノール3%なら「E3」、ガソリン85%+エタノール15%なら「E15」と呼ばれます。

 自動車用燃料としてのエタノール利用は、農業国とその周辺を中心に進みました。余剰生産分の農作物からエタノールを製造することで有効利用できるわけです。また、エタノールはオクタン価が113と高い(日本国内のレギュラーガソリンは89以上)ことを利用し、低オクタン価ガソリンに添加して「カサ増し」効果で石油資源消費量を抑えることも目的です。さらに原料が植物由来なので、利用によって排出されるCO2と原料が吸収済みのCO2とが相殺されるとする、京都議定書での取り決め「カーボンニュートラル」にも適合します。

 すでに欧州ではE10〜E15程度の燃料が広く普及していますし、北米でも1980年代から普及が始まり、現在は販売される新車にE10燃料への対応が義務化されています。余談ですが、農産物(バイオマス)由来のエタノールであることから「バイオエタノール」と呼ばれますが、実は工程的にも成分的にも「甲種焼酎」と同じようなものなのです。また、通常のガソリンも、古代の生物由来と言われる石油から作ったものなので「バイオ燃料」なのですが、植物由来成分によるCO2排出量低減といったイメージを強調するため、あらためて「バイオ」と呼ばれているわけです。


 もう一つのバイオガソリンは、ガソリン精製の過程で副生物として生じる「イソブテン」とエタノールを合成して作る「ETBE(Ethyl Tertiary-Butyl Ether; エチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)」を、ガソリンに混合したもので、現在、日本国内で販売されているのはこちらです。なぜバイオエタノールのみではなく、イソブテンを混合するのでしょうか?まずはエタノールが持つ、特定の金属を腐食させる性質への対策です。当然、混合濃度が高まるほどこの性質も強まってくるため、クルマ側にも給油設備側にも対応が必要となってきます。しかし、イソブテンを反応させたETBEではこの性質が抑制されるので、クルマ側も給油設備側も既存のもので対応できます。また、E10などの燃料は水と反応しやすいので、排気ガス成分が光化学スモッグなどの原因になりかねないことへの対策ともされています。

■ 穀物資源使用に対する批判と、課題となる安全性

 ただし、バイオガソリンが「いいことずくめの燃料」とまでは言えません。まず、バイオエタノールを作る材料として、トウモロコシなどの穀物資源が使われることに対する批判があります。実際、数年前にトウモロコシの相場価格が高騰したことがありました。これによって、トウモロコシを飼料に使う畜産製品が影響を受けたり、他の作物を作っていた農家が利益の高いトウモロコシに転業することで、それまでに作っていた作物の価格も高騰してしまうなど、広範囲に悪影響を及ぼしたのは記憶に新しいところです。この点についてはサトウキビやセルロース質からの生成を主流とすることで改善されますが、問題はETBEそのものの安全性評価が、まだ完全とは言えない点です。

 実は1990年代にもMTBE(Methyl Tertiary-Butyl Ether; メチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)という物質をガソリンに添加することが流行していた時期がありました。アメリカで、大気清浄化を目的として、ガソリンに一定割合の含酸素化合物の混合が義務付けられたことで用いられ、日本ではガソリンのオクタン価を高めるために用いられていました。しかし、アメリカでガソリンスタンドの地下タンクから漏れ出したガソリン中のMTBEが地下水に混入するという問題が生じ、また発がん性リスクに対する警告が出るなどしたことで、使用が禁止されてしまったのです。そこで、MTBEに代わる含酸素化合物として、エタノールやETBEが用いられるようになった、という経緯があります。

 エタノールも水に混ざりやすい物質ですが、ETBEは水に溶けない性質を持っているため、水資源汚染の恐れが少ないことがETBE 推進派の論拠の一つになっています。ただし、発がん性などに対するリスク評価はまだ十分とは言えないのが実情で、日本国内では「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」によって「新規化学物質」に該当し、製造・輸入にあたっては、その性状等を国(厚生労働大臣、経済産業大臣及び環境大臣)に届け出て審査を受けなければならない、とされています。
 そして、ETBEを海外から輸入する業者が試験を行い、結果を届け出たところ、「第二種監視化学物質」に該当する、との判定通知を受けました。報告によると、ETBEが自然的作用による化学変化を生じにくく、かつ、継続的に摂取される場合には人の健康を損なう恐れの疑いがあるため、監視が必要ではあるが、動植物の生息又は生育に支障を及ぼす恐れがあるものでもない、との評価です。

 現状販売されているバイオガソリンでは、おおむね7%程度のETBEが混合されています。石油連盟の資料によると、国内でバイオガソリンを販売しているガソリンスタンドの数は2010年10月10日時点で約1,720カ所。全国にあるガソリンスタンドの総数が約4万軒程度と言われていますから、まだまだ普及段階に入ったとは言いがたいレベルではありますが、今後どんどん増えていくことになるでしょう。同時に、安全性評価の確立も急いでいただきたいところです。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」「最新!自動車エンジン技術がわかる本」(ナツメ社)など

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