テクノ雑学
第149回 小さく分けると使いやすい? —【小さな基地局】フェムトセルとは—
携帯電話でインターネットやアプリケーションの利用など、パソコンと同等のことが1台でできる「スマートフォン」が売れています。携帯電話会社各社も力を入れており、2015年には国内で販売される携帯電話の過半数がスマートフォンになるという予測もあります。
【 参考リンク 】
■国内携帯電話およびスマートフォンの市場規模予測
出所: MM総研
ところが今、スマートフォンが普及することで、従来の携帯電話会社のネットワークでは、快適に通信や通話ができなくなるという問題が起こり始めているのです。この問題を解決するための技術の一つとして、最近注目されているのが「フェムトセル」です。
電波が届いても通話や通信ができない!
スマートフォンと言われてもあまりピンとこない人でも、「iPhone(アイフォーン)」、「Xperia(エクスペリア)」、「BlackBerry(ブラックベリー)」といった携帯電話の名前は聞いたことがあるのではないでしょうか。これらは、日本で発売されている代表的なスマートフォンです。
これらスマートフォンの大きな特徴が、インターネットと親和性が高いことです。パソコン用に作成されたウェブサイトを閲覧したり、GPSと組み合わせた詳細な地図情報サービスなど、パソコンから利用するインターネットと同様のサービスが利用できます。また、利用者が、公開されているさまざまなアプリケーションをダウンロードして、自分に必要な機能を付加していくこともできるのです。
このような端末ですから、スマートフォンは、従来の携帯電話に比べて、たくさんのデータをやりとりすることになります。従来の携帯電話に比べると、10倍近いトラフィック(通信されるデータ量)になるという統計データもあります。
さて、携帯電話で通話や通信を行う時には、今自分がいる位置から最寄りの基地局との間で通信を行います。そして、一つの基地局で一定時間に利用できる帯域(周波数の範囲)や、送受信できるデータの量は決まっています。
【 参考リンク 】
■テクのサロン 携帯電話の通話の仕組み 〜なぜ輻輳が起きるのか〜
ところが、音声による通話に比べると、スマートフォンは多くのデータを送受信しますから、スマートフォンが増えると、1台あたりのデータ量が増えるため、基地局が使える帯域がいっぱいになってしまいます。この状態で、無理にたくさんの携帯電話を一つの基地局に接続すると、1台あたりの使えるデータ量が減ってしまうため、接続速度が遅くなったり、そもそもつながらなかったりと、快適な利用ができなくなります。
アメリカでは、実際に、スマートフォンが増えすぎたのが原因で、携帯電話がつながりにくくなったり、SMS(ショートメッセージサービス)の到達に数時間かかるような事態が発生しています。
■ マイクロセル化で電波状況は改善する
従来の携帯電話は、大きな出力で、できるだけ広い範囲(半径数km)をカバーする基地局を配置する「マクロセル」という考え方でネットワークを構築していました。ところが、先に述べたような理由で、マクロセルでは快適な通話や通信が難しくなってきています。
そのため、携帯電話会社各社は、小出力で狭い範囲(半径数百m)をカバーする基地局を数多く配置することで、エリアをカバーする方針に変わりつつあります。
マイクロセル化によって、同じ面積でも多数の基地局があるので、同じ基地局を同時に利用する人の数が減り、快適に利用できるようになります。
■ インターネット用回線の力を借りるフェムトセル
この考え方をさらに進めたのが、超小型基地局の「フェムトセル」です。マイクロセルよりもさらに出力が小さく、電波の到達範囲が狭い(半径数十m程度)のが特徴で、家庭内や店舗内などに設置します。インターネット用に利用するブロードバンド回線を使って、携帯電話会社のコアネットワークに音声やデータを送受信します。
ユーザーにとっては、今まで建物の影などで電波が入りにくかった場所や、屋内などでも電波が届くようになり、通話や通信ができるようになるというメリットがあります。また電波の到達範囲がきわめて狭いため、マイクロセルよりもさらに少人数(占有〜多くても数名程度)なので、快適に通信できます。
携帯電話会社にとっても、通常の基地局を作るためには、アンテナや鉄塔を建てたり、そこまでのネットワーク回線を敷設しなくてはいけませんが、フェムトセルならそのような設備投資をせずに、今まで電波が届かなかった場所にも電波が届くようになるというメリットがあります。また、もちろんその分、通常の基地局への通信負荷も減ります。
以前から、屋内など電波が利用しにくい場合に設置する「ホームアンテナ」がありましたが、これは、外から受信した電波の強度を強くして再送信するものでした。そのため、微弱でも電波を受信できる場所でなくては使えないものでした。それに対して、フェムトセルは、小出力でも自分で電波を出す小さな「基地局」を設置するものなので、全く電波の入らない場所でも利用できます。
現在、携帯電話各社では、ユーザーに対して「宅内の電波状況を改善するためのサービス」として、フェムトセルを提供するサービスを展開しています。
■ 回線のパンクを防ぐために必要な「オフロード」
2010年秋以降には、各社からおサイフケータイを使えるスマートフォンの発売が予定されており、スマートフォンの普及にはますますはずみがつくと予想されます。普及に伴って、モバイルとインターネットの融合は進んでいくことは間違いありません。
そしてこれまで見てきたように、スマートフォンの普及で携帯電話ネットワークには大変な負荷がかかります。携帯電話各社は公衆Wi-Fiサービス(無線LANのアクセスポイントを利用して高速に通信できるサービス)をセットで提供して、携帯電話ネットワークの負荷を下げる努力をしています。
フェムトセルについても、音声通話とデータ通信を分け、データ通信はフェムトセルから直接インターネットに接続するという「ローカルブレイクアウト」という技術が研究されています。
スマートフォンなどの携帯端末の通信を、携帯電話ネットワークではなく別のネットワークを経由することで負荷を減らす考え方を「オフロード」といいます。モバイルデータ通信の需要増大に応えて、ネットワークを高速化する次世代の技術も提供されはじめていますが、携帯電話のデータトラフィック量(通信されるデータ量)は今後10年で200倍になるという予測もあり、それだけでは対応できないのが実情です。携帯端末の通信は、オフロードも含めて、複数の通信技術の使い分けを進めていく方向に進んでいます。
著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など
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