テクノ雑学
第148回 ますます目が離せない、進化する安全機能を備えた自動車
最近登場した新型車で採用が目立つのが、「発進・停止対応の自動追従走行」機能と、「自動ブレーキによる追突防止」機能です。研究・試作段階のものは以前から発表されていて、個人的に試乗体験する機会もありましたが、ここ1年ほどの間で、市販車への搭載が進んできました。以前にも関連技術を紹介したことがありますが、最新の情報を織り交ぜつつ、あらためて採りあげてみたいと思います。
新型車に採用が際立つ自動追従走行とは
自動追従走行は、アクセルペダルから足を離していても、自車の直前を走行している自動車との距離を、自動的に一定に保ちながら走行する機能で、もともとは設定した車速を自動的に保って走行する「オートクルーズコントロール」と呼ばれる機能から発展してきたものです。
単純なオートクルーズ機能は、道路の勾配などに応じてエンジン出力を自動調整することで車速を一定に保つものです。世界で初めて採用したのは1950年代のアメリカ車で、郊外に出るとまっすぐな道が延々と続くアメリカの道路事情にはマッチした機能と言えるでしょう。しかし、日本の道路事情では、ありがたみが感じにくいものでした。特に都市部近郊では、深夜の高速道路であっても前走車がいない状態は稀です。オートクルーズ機能の使用中、前走車の速度が遅いと車間距離が詰まってきてしまいますから、いったんブレーキをかけて減速し、車間距離を適切に保つ必要があります。ところが、多くの場合、オートクルーズ機能はブレーキをかけると解除されてしまうので、再び適切な速度に設定し直さなければなりません。
車種によってはハンドル上のボタン操作で設定速度を増減(一時的なものも含む)できるものもあり、この場合は前走車の速度に合わせて操作すればいいのですが、それでは普通にアクセルペダルを操作するのと何が違うのか?という話になってしまいます。「右足を常にブレーキペダルに置いておけるので、いざという時の反応時間が短縮できる」という効能はあるかもしれませんが、個人的にはあまり説得力を感じません。
昔ながらのクルーズコントロールは、「自車の速度」を一定に保つものなので、前走車との車間距離を一定に保つことが難しい場合が少なくありませんでした。追従型クルーズコントロールは、「前走車との車間距離」を一定に保つように調整するので、実際の走行に大きく役立ちます。
■ エンジン出力の調整タイプの登場
そこで登場したのが、前走車の速度に合わせて車間距離を保つようにエンジン出力を調整するタイプのクルーズコントロールで、これが自動追従走行のベースとなっています。この機能は複数のルーツから生まれたもので、そのひとつにはITSの分野で研究されていた「車車間通信」技術や、「自動走行(協調走行、隊列走行など)」技術などがあります。
【 参考リンク 】
■テクのサロン 電波を使って“手旗信号” − 近未来コミュニケーション、車車間通信 −
単純なクルーズコントロールが「自車の速度」を一定に保つものだったのに対し、追従型クルーズコントロールは「前走車との相対速度差、もしくは距離」を一定に保つので、アクセルペダルを操作することなく、安全な車間距離を保ったまま走り続けることができるわけです。このことから、追従型クルーズコントロールは「アダプティブ(適応性のある)・クルーズコントロール」とも呼ばれます。
アダプティブ・クルーズコントロールは2004年ごろから市場への投入が始まりましたが、当初のものは対応する車速が30km/h以上といった設定になっていました。高速道路などで長距離を移動する際のドライバーの負荷を軽減することが目的だったからです。しかし、最近のものは対応する車速を0km/h、つまり完全停止の状態まで有効に機能するようにして、前走車への追突を防止し、また停車状態からの発進にも対応することで、渋滞走行におけるドライバーの負荷を軽減するようになってきました。そのことから、「発進停止機能付きアダプティブ・クルーズコントロール」などとも呼ばれます。
少々話がややこしくなりつつあるので、ここでいったんまとめてみましょう。最新型のアダプティブ・クルーズコントロールは、以下のような機能を併せ持っています。
前走車追従&車間維持機能
自動完全停止&自動発進対応の追従走行機能
追突防止のための完全停止対応自動ブレーキ機能
メーカーや車種によっては、それぞれの機能に別々の名前を付けていることもありますが、そのベースにあるのは「前走車との相対速度差もしくは距離を測定し、エンジン出力やブレーキを自動的に調整することで、常に安全な車間距離を保つ」ことであって、最新型ではさらに車速0km/hまでの対応が可能になった、と考えればいいでしょう。
前走車との速度差が大きい、もしくは停止車両がいると判断した場合、ブレーキ配管内部の油圧を高めてブレーキパッドをローターの近くに移動させ、すぐにブレーキがかかるように備えておく。さらに距離が近付いていると判断した場合は、音や表示によって警告する。さらにシートベルトを軽く引き込む、アクセルペダルを振動させる、といった警告を行うものもある。それでも距離が近づき、このままでは衝突すると判断された場合は、自動的にエンジン出力をカットし、ブレーキをかけて停車しながら、衝突が避けられなかった場合に備えてシートベルトを巻き上げる。
この機能を実現するためには、なんらかの方法で前走車との相対速度差、もしくは距離を測定する仕組みが必要になります。主流になっているのは、ミリ波やレーザーを用いたレーダーセンサを用いるものです。自動ブレーキによる完全停止機能として日本市場初投入となったボルボXC60採用の「シティセーフティ」もレーザーレーダーセンサと単眼ビデオカメラを組み合わせて使っています。
シティセーフティは、30km/h以下で機能します。フロントウィンドウ上部に搭載したレーザーセンサで前方の状況を走査し、またカメラで前走車のテールランプ内にある反射板を認識します。前走車との速度差が大きくなったら、まずブレーキの圧力を高めて空走時間を減らす段取りに入ります。それでもドライバーがブレーキをかけず、車間距離が縮まった場合は、エンジン出力を下げながら自動的にブレーキをかけて停止します。この仕組みによって、約6m手前での前走車との速度差が15km/h以下なら衝突が回避でき、15km/h以上でも30km/h以下なら追突によるダメージが軽減できるとしています。ただし、シティセーフティは上記3)の機能に特化した仕組みで、停止状態を維持したり、自動発進を行う機能は持っていません。
■ 新・安全機能が続々と新車に採用
ユニークな仕組みを採用するのが、スバルが2010年4月から市場に投入した「新型EyeSight(アイサイト)」、通称アイサイトVer.2です。前方の状況を察知する仕組みにレーダーセンサを使わず、フロントウィンドウ上方に搭載したステレオビデオカメラによる画像解析によって、前記1)〜3)の機能プラスアルファを実現しています。
スバルは古くからステレオカメラによる前方状況走査機構を研究しており、初披露は1991年の東京モーターショーに出展されたADA(アクティブドライビングアシスト)にまでさかのぼります。レーダーではなくカメラを使うメリットは、走査できる範囲が広く、また近距離から遠距離までをカバーできることに加えて、画像処理を行うことで歩行者や自転車などの検出が可能となる点です。1999年に市販車に搭載されたADAでは、車間距離制御クルーズコントロール以外にも、カーナビの地図データと連携することで車線逸脱警報、カーブ警報などの機能を実現していました。また2003年には、ステレオカメラにミリ波レーダーを組み合わせることで、自動ブレーキ制御をも実現したシステムに進化させています。
ステレオカメラで距離が測定できると言われてもピンと来ないかもしれないので、基本的な仕組みを解説します。アイサイトVer.2では、左右のカメラを約35cm離して搭載します。たったこれだけの距離でも、右のカメラに映っている画像と左のカメラに映っている画像には相違が生じます。また、その相違は対象物との距離が遠いほど小さくなり、近いほど大きくなります。このことを利用し、左右カメラの画像の相違が大きくなっているか、それとも小さくなっているかを常に観察することで距離を測定しているのです。
2008年に市場投入したアイサイトでは、コンピュータの処理速度の高速化などによって、再びステレオカメラのみによるシステムを実現しました。高価なミリ波レーダーを不要としたことでコストを低減、より多くの車種へ搭載することが目的です。そして今回のアイサイトVer.2では、毎秒30回のサイクルで画像処理が可能な専用のLSIを開発したことで、より高度な制御を可能としました。
新型システムでは、自動車だけではなく、歩行者などの人や2輪車も認識します。また、「AT誤発進抑制制御」というユニークな機能も実現しました。カメラが前方に障害物を検出している状態では、エンジン出力を大幅に制限するものです。これによって、ブレーキとアクセルを踏み間違えてしまうことで、駐車場から目の前の建物に突入してしまったり、ビルの高層階にある駐車場から落下してしまうといった事故を防止するものです。
画像処理による安全技術としては、2010年7月に日産が発表した「ムービングオブジェクトディテクション」も注目の技術です。これは「全周囲対応型アラウンドビューモニタ」が用いる画像を解析することで、車両周辺の移動体を検出、歩行者や自転車の存在をドライバーに知らせることで、安全な運転操作を支援するものです。
自動ブレーキによる追突防止機能は、自動車の知性化・知能化における一つの頂点に到達した技術といえます。広く普及すれば、悲惨な事故の多くが避けられるでしょうし、万一、衝突してしまった場合でも被害が軽減できます。また、車両の損傷も軽減できるので、自動車保険金の支払額が軽減され、保険の掛け金が安くなることも想定されます。
ただし、自動ブレーキは「100%の安全」を保証するものではありません。あくまでドライバーの認知・判断ミスをフォローするものであって、運転の主体はドライバーであることは、各メーカーとも強く主張しています。このような機能を備えた自動車であっても、「自動車まかせ」の運転ではなく、常に自分自身の意思によって、自動車をコントロール下に置いておくという心がけでいていただきたいものです。
【 参考リンク 】
■テクの雑学 第100回「自動車事故はもっと減らせる -最新の衝突回避システム-」
著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」「最新!自動車エンジン技術がわかる本」(ナツメ社)など
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