テクノ雑学
第117回 電子ペーパーの表示のしくみ -目にも環境にもやさしい「未来の紙」が実用化!-
何度でも書き換えができて、目にやさしく、持ち運びが簡単で、省電力。コンピュータネットワークが普及しはじめたときから未来の紙として語られてきた「電子ペーパー」を利用した商品が、実用化されはじめています。今回のテクの雑学では、電子ペーパーで文字や絵を表示する技術を紹介しましょう。
電源を切っても消えない!電子ペーパーの表示
企業の枠を超えて電子ペーパーの調査・研究を進めている電子ペーパーコンソーシアムでは、電子ペーパーを「ハードコピー(印刷物による表示)とソフトコピー(電子ディスプレイによる表示)の機能のそれぞれの長所を併せ持つ第三のヒューマンインターフェースの総称」と定義しています。
コンピュータとネットワークの普及により、オフィスで必要な情報は紙の書類ではなくディスプレイに表示することで、オフィスに紙をなくせるという「ペーパーレス化」が叫ばれたこともありました。インターネットの普及で、出版は従来のような印刷された書籍ではなく、オンライン上でダウンロードしたデータをパソコンや携帯端末で読む「オンライン出版」が主流になると言われたこともありました。
しかし現実には、紙がなくなることはなく、ますます増えています。それは、紙という媒体の「軽くて持ち運びやすい」「読みやすい」「記録された情報が消えにくく、安定している」という優れた長所によるところが大きいといえるでしょう。電子ペーパーは、「携帯しやすく、読みやすく、安定している」という紙の長所を生かしつつ、電子化されたデータを必要に応じて表示するハードウェアです。
電子ペーパーは、ディスプレイと同様に、電圧をかけることで、何度も表示の書き換えが可能です。また、反射式表示(自ら光るのではなく、外の光を反射して表示する)なので、自然で目に優しく疲れにくいのも特徴です。
ディスプレイとの大きな違いは、一度表示した情報が、電源を切っても消えない(もしくはきわめて微小な電力で保持できる)ということです。電子ブックや電子新聞のように、持ち歩けるサイズの表示デバイスとしてだけではなく、大型のデジタルサイネージ(電子看板)や電子ポスターなどを実現するための、省エネルギー技術としても注目されています。
実用化されている電子ペーパーの表示のしくみ
印刷物やディスプレイは、「ピクセル」という点の集まりとして絵や文字を表示します。電子ペーパーの表示も同様で、ピクセルの色を電気的に制御することで、絵や文字を表示するのです。
世界で最初の電子ペーパーは、1970年代に米国ゼロックス社のパロアルト研究所に所属していた、ニック・シェリドンが開発した「Gyricon」だといわれています。Gyiconは、ピクセルとして、静電気を帯びた微小な球の半球を黒、別の半球を白に塗り分けたものをディスプレイに並べて埋め込んだものです。電界によって球を回転させて黒と白の点を表示することで、白地に黒い文字を表示しました。
現在実用化されている電子ペーパーでも原理は同じです。ピクセルを並べた「電子インク層」を透明な電極ではさみ、ピクセルごとに電圧をかけて表示を制御します。電極には、透明でかつ柔軟性の高い素材が使われます。代表的なものが、ITO(酸化インジウムスズ)フィルムです。TDKでは、記録メディアで培ったウェットコーティング技術を生かして、ITO導電性フィルム「フレクリア」を開発・製造しています。
【 参考情報 】
■ITO透明導電性フィルム フレクリア 製品カタログ(PDF:357KB)
現在利用されている電子インクには、いくつかの方式があります。
▼電気泳動方式
Gyriconではピクセルとして静電気を帯びた球を使用しましたが、電気泳動方式では、カプセル内に帯電粒子の顔料とオイルを封入しています。電圧をかけることで、選ばれた色の顔料が表示面側に集まります。色の表現は、画素ごとに赤・緑・青のフィルタをつけて調整します。最も早く商品化された方式で、昨年話題になったアメリカのEsquire誌の電子ペーパー広告や、後述する電子リーダーの「Amazon Kindle」シリーズも、この方式を採用しています。
▼QR-LPD方式(電子粉流体方式)
空間中に電気を帯びた粉末を封入し、電圧をかけることで粒子を移動させ、表示面側に選ばれた色の粉末を集めて表示をおこないます。電気泳動方式とよく似ていますが、粒子がオイルの中ではなく空気中を移動するので、応答性能がよくなるのが特徴です。
▼エレクトロウェッティング方式
セルのなかに水と色のついた油をいれ、電極の表面を、疎水性化合物で覆います。疎水性化合物で覆われた表面には油膜が広がります。ここに電圧をかけることで、表面のぬれ性(水とのなじみやすさ)を変化させ、油の形状を調整して発色させるしくみです。
油は染料で自由に着色できるので、原理的にどのような色でも表示できます。電気を完全に切った状態では表示を保持できませんが、表示の切り替えがなめらかで高速なので、「動画をスムーズに表示できる電子ペーパー」として注目されています。
▼コレステリック液晶方式
コレステリック液晶は、液晶の一種ですが、光を透過する状態と反射する状態の両方を、電力を加えずに維持する「双安定性」という特徴を持ちます。また、反射時には、ある特定の色の光だけを反射する性質があります。この性質を利用して、「赤」「緑」「青」の3枚の液晶を少しずつずらして重ね、フルカラー表示を行います。
電子ペーパーの性能を決めるのは、電子インクだけではありません。透明電極や、電極をはさむ柔軟性のある基板(フィルム)などの素材も進化して、やわらかい曲げにも耐えられる電子ペーパーが実用化されています。また、表示を制御するための回路やICも開発が進められており、表示や書き換えの高速化がはかられています。
■ 学生の鞄の中から、教科書がなくなる?
電子ペーパーを利用した製品として既に利用されているのが、新聞や本のように文字を表示できる「電子リーダー」です。電子書籍のデータを読む他にも、パソコンからデータを取り込んで書類を表示する製品があります。大量のカタログを持ち歩く営業マンや、法令や判例集を参照しながら仕事をする弁護士などにとっては便利な機能です。
2007年11月からアメリカのAmazon.comが販売している電子リーダー「Amazon Kindle」シリーズは、携帯電話を内蔵しており、パソコンなど他の機器がなくても、電子書籍ストア「Kindle Store」から直接電子書籍を購入し、データを保存できます。また、音声による読み上げ機能にも対応しています。
2009年5月に発表された最新の「Kindle DX」は9.7インチの電子ペーパーを搭載しており、3.3GBのハードディスクに3,500冊の書籍データを保存できます。画面には、テキストデータだけではなく、PDFファイルも表示できます。
この夏頃からは、アメリカの大手教科書出版社が、Kindle向けに教科書を発売することを発表しました。また、同じくアメリカの大手新聞社では、新聞を配布していない地域向けに、Kindleで購読サービスを提供するパイロットプログラムを開始します。まさに、「何でもこれ1つで読めてしまう」電子リーダーになる可能性を秘めています。
■ 街の中でも電子ペーパー
電子ペーパーの「書き換えが自由で簡単」という特徴を生かせるのが、お店の値札などの電子POPです。売り場のレイアウト変更やタイムサービスにあわせて値札を書き換えるのも、プログラム一つで簡単にできます。また、もっと大きな電子ペーパーを利用して、書き換えが自由な電子ポスターも作れます。
2007年秋には、神奈川県で、バス停の案内表示に電子ペーパーを使う実証実験が行われました。次のバスの行き先や、どこまでバスが来ているか、到着予想時間などを電子ペーパーで表示するものです。将来的には、ダイヤ改正に伴う時刻表の書き換えなどにも活用できると期待されています。
少し変わった製品としては、携帯電話のサブディスプレイに電子ペーパーを採用したものが既に市販されています。背面にある電子ペーパーに模様のパターンを表示することで、パーツを取り替えることなく、デザインの変化を楽しめます。
カラー電子ペーパーにタッチパネルを組み合わせて、携帯用情報端末として使える製品も既に発売されています。従来の携帯情報端末に比べ、ディスプレイ部分に電子ペーパーを採用することで、軽く、省電力で、見やすいという特徴があります。
将来は、センサと電子ペーパーをくみあわせて「人が見ている時だけ表示される広告」や、RFIDと電子ペーパーをくみあわせて「人によって表示を変えるポスター」なども実現できそうです。今年から来年にかけて、電子ペーパーを使ったさまざまな商品やサービスが発表されると予想されており、注目していきたい技術です。
著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など
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