テクノ雑学

第114回 改めて知るその機能性 −マウスの進化−

コンピュータを使う上で、キーボードと並んで使用感を大きく左右するのがマウスです。今回はマウスの構造や進化、購入時に注目したいポイントなどについて説明します。

マウス誕生とネーミング秘話

マウスが初めて一般の人々の前に姿を現したのは、1968年12月9日に米国サンフランシスコで行なわれた講演の席上です。講演者は、スタンフォード研究所のARC(Augmentation Research Center)所長であるダグラス・エンゲルバート氏。後に「すべてのデモの母」と呼ばれることになる、その歴史的な講演で、エンゲルバート氏は1950年代から取り組んできた、コンピュータの力によって人間の知性を拡大する研究の成果として、NLS(oN-Line System)と名付けたコンピュータシステムを披露しました。その構成要素には、最初のハイパーテキストリンク、最初のウィンドウ・システム、そして世界初のマウスが含まれていたのです。

 海軍でレーダー技師を務めていた時から、レーダーのディスプレイをもっと活用できないか?と考えていたというエンゲルバート氏は、1961年のある会議中、ブラウン管の画面を物理的かつ対話的に操作できるデバイスを着想し、その場でスケッチを残しました。このスケッチをもとにしたデバイスは、1962年に発表した論文「Augmenting the Human Intellect: A conceptual framework(人の知性の増大−概念フレームワーク)」の中で「ポインタ」として提示されます。

 エンゲルバート氏のアイデアをもとに、ARCでチーフエンジニアを務めていたビル・イングリッシュ氏が作り上げた世界初のマウスは、木片をくり抜いて作ったハウジングの中に、鋼鉄製の2つのローラーを取り付けた構造になっていました。小さく丸っこいハウジングの上面に赤いプッシュボタンが1つ付いていて、そこから長いコードが延びている様を見た研究所のスタッフが、「ネズミのようだ」と言ったのが、愛称としてだけではなく、そのまま製品名となってしまったそうです。ちなみに当時、画面上のカーソルはマウスの動きを追いかけることから「Cat」と呼ばれていました。
 

マウスの構造と作動原理

■機械式(ボール式)マウス

マウスの作動原理と基本構造は、エンゲルバート氏のデモから現在に至るまで変わっていません。まず、元祖である機械式(ボール式)マウスから説明しましょう。

 マウスを操作する動きは、水平方向(X軸方向)と垂直方向(Y軸方向)に、それぞれどれだけ動いたかによって表せます。たとえば、斜め右上の方向への動きは「x=2, y=3」といった座標になります。その間のプロセスをどんどん細かく分割してみると、「x=0, y=0」→「x=0.0001, y=0」→「x=0.00011, y=0」→「x=0.000111, y=0.00001」……といったようになります。この一連の動きを連続的に把握し続けることで、画面上に表示されているポインタを自在に操って、任意の場所をポインティングしていくことができるのです。



 動きの方向と量を把握するため、機械式マウスでは1個のボールを、垂直方向、水平方向それぞれ1個ずつの「ロータリーエンコーダー」で挟み込んでいます。マウスを操作すると、底面から突出して机やマウスパッドなどに接触しているボールが動きに合わせて回転し、その動きがロータリーエンコーダーを回転させます。回転した量は光学センサに読み取られ、コントローラーがx軸方向、y軸方向の移動量に換算してからカーソルの移動する方向と量を判断し、パソコンにその情報を伝えます。つまり、機械式といっても、動きの検出は光学的に行なっているわけです。

■光学式マウス

 これに対して、一般的に「光学式」と呼ばれる構造のマウスもあり、現在はこちらが主流になっています。機械式マウスはその構造上、ロータリーエンコーダーのローラー部分などにホコリが溜まって巻き付いてしまいやすいのが難点です。そうなるとボールが滑ってしまったりして、作動不良を起こすことがあります。いったん分解して清掃すれば元通りに動くのですが、度重なると面倒なものですし、一般的にはその手の機器を分解すること自体に抵抗があることも否めないでしょう。光学式マウスは、そのようなメンテナンスを不要とすることと、より精緻なポインティングを実現することを目的に開発されました。

 光学式マウスは、その名の通りに光とイメージセンサによってx軸方向、y軸方向の移動量を読み取って判断します。デスクやマウスパッドなど、マウスが置かれている場所に光を照射し、その部分の状態をイメージセンサが「模様」として読み取ります。読み取った模様のパターンは保持され、その後の動きに対して、特定の模様がどのように移動していくかをキャプチャし続けることで、x軸方向、y軸方向の移動量を算出するのです。

 最近の光学式マウスは、照射光にレーザーを使うことで「レーザー式」とも呼ばれます。レーザーセンサは、それまで使われていたLEDに比べて20倍高いコントラストで照射面をキャプチャできるようになりました。LEDから発せられる可視光では、光沢のある平面などを照射する状態で乱反射を起こしやすかったのですが、レーザー光は均一な方向に進むために乱反射が起こらず、イメージセンサが照射面の「模様」を精緻に捉えることが可能になったのです。

 ちなみに、「模様」の移動を読み取ることで動きを検出するのは、トラックボールも同じです。トラックボールの場合、ボールに感光性のドットなど規則的な模様を付けておき、本体側の光学センサで読み取ることで動作しています。

 マウスの性能尺度に「カウント」があります。これはマウスを1インチ移動させる間に、コントローラーがその動きをどれだけに分割して数えるかの「分解能」を表すもので、数値が大きいほど、マウスの移動量に対するカーソルの移動量が大きくなります。つまり、マウスを少ししか動かさなくても画面上で大きく操作できるわけですが、逆に言うと微細な動きをさせたい時には神経を使うことになります。そのため、カウント数切り替えスイッチを備えるものや、マウスの移動速度によって自動的にカウント数を切り替えるものも登場しています。

■ マウスの歴史と購入時のポイント

 マウスの進化のおもな流れを、ダイジェストで年表にしてみましょう。
 

1964年ダグラス・エンゲルバート氏のアイデアをもとに、ビル・イングリッシュ氏によってマウスが開発される(機械式)

1981年ディック・ライアン氏とスティーブ・カーシュ氏によって、初の光学式マウスが開発される(専用のパターンを記したパッドが必要なもの)

1983年Appleがマウスによる操作を実現したLisaを発表
MicrosoftがワープロソフトWord発表と同時にマウスを発売

1984年Apple Macintosh発表/Logitechが初の赤外線コードレスマウス発表

1987年IBMがマウス操作前提のOS/2を搭載したPS/2パーソナルコンピュータを発表

1991年LogitechがRF無線を採用した初のコードレスマウスを発表

1992年Logitechが超音波ソナーを利用した3Dマウスを発表

1994年初の振動フィードバック付きマウス発表

1995年Logitechが初の光学式トラックボールを発表/初のスクロールホイール付きマウス発表

1998年LogitechがUSBインターフェイスに対応したホイールマウスを発表

1999年Microsoftが光学式マウスを発表、
これ以降、徐々に機械式とのシェア比率を逆転していく

2001年Logitechがコードレスと光学式を同時に採用した初のマウスを発表

2002年Logitechが初のBluetooth採用光学式マウスを発表

2003年Microsoftが初のチルト機能付きホイールマウスを発表

2004年Logitechが初のレーザーセンサ採用マウスを発表

2006年Logitechが高速スクロール機能搭載のマウスを発表


 それぞれに意義のある進化の足跡ですが、中でもスクロールホイールとコードレス(ワイヤレス)化は、マウスの使い勝手を大きく向上させてくれた事例だと筆者は考えます。
 パソコンの画面は縦方向が短いのに、その画面上で扱う情報はWebページや文書ファイルなど縦方向に長いものが多いため、どうしてもスクロールの頻度が増えます。スクロールホイール付きマウスなら、マウス自体を動かさなくてもスクロールできるので、作業効率が劇的に高まります。その後、スムーススクロール機能やセンターボタンとしての機能なども盛り込まれ、2003年ごろからはホイールを横方向のスクロールにも使えるチルト機能を備えるものも登場して、ますます便利になりました。
 ちなみに、筆者が愛用しているのは「高速スクロール機能」がセールスポイントのマウスです。ホイールを金属製とすることで慣性質量を増やし、一度動かすと数秒間ほど回転を続けるので、少々長いスクロールもあっという間に完了してしまう点が非常に便利で、慣れてしまうと手放せなくなってしまいます。

 コードレス化は、人によって要・不要の賛否が分かれるところで、実は筆者もデスクトップパソコンや、ノートパソコンでも据え置きでの使用に限っては有線派です。しかし、ノートパソコンと組み合わせて出先で使う場合は、コードレスを愛用しています。出張先のホテルなどでは、デスクの上にパソコンを置くとスペースがなくなってしまう場合があるのですが、そんな時でもコードレスなら適当な場所を使って操作できることがポイントです。

 新しくマウスを購入する場合、どんなところに注意して選ぶと、より快適に使えるのかについて、Logitech社に質問してみました。その回答も交えながら列挙してみます。

 前述のように、現在はレーザー式を含む光学式マウスが主流になっています。しかし、ガラス面や白無地のデスクの上などでは、正常に機能できないケースもあります。また、電力消費の面では機械式より大きくなりがちです。使用状況によっては、あえてボール式を選んだほうが快適に使える場合もあることを覚えておいてください。

 ホイールには、回した時にクリック感があるものと、クリック感なしにスルスル動くものがあります。どちらがいいかは好みで選べばいいでしょう。製品によっては、ホイール自体をいったん押し下げることで、クリック感の有無を切り替えられるものもあります。

 ワイヤレスの場合、電波の周波数帯は2.4GHzか、Bluetoothを選ぶのが無難です。従来の27MHzの場合、日本の電波法や、日本で普及しているスチール製のデスクを考慮すると安定した操作を期待できないケースがあるからです。

 店頭に展示されているサンプル品でフィット感を確かめる場合、展示スペースの構造上、上からマウスをつかむことになりがちです。しかし、実際の使用シーンでは、マウスとほぼ水平の位置から手が伸びることになります。フィット感を確かめる際には、店頭の棚の高さに合わせてしゃがんでみる、もしくはマウスを持ち上げて、肘が90度になる高さに調整してからチェックすることをおすすめします。

取材協力:Logitech/ロジクール http://www.logicool.co.jp/


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです

TDKについて

PickUp Tagsよく見られているタグ

Recommendedこの記事を見た人はこちらも見ています

テクノ雑学

第115回 セキュリティトレンド - ワンタイムパスワードの仕組み -

テクノ雑学

第116回 自動車の“ダウンサイジング”を支える“過給”のテクノロジー

電気と磁気の?館

No.1 コイルと電磁石はいつ生まれたか?

PickUp Contents

PAGE TOP