テクノ雑学

第97回 冬の雪で夏の涼しさを! −環境にやさしい雪冷房システム−

 7月7日から9日までの期間開催されたG8洞爺湖サミットでは、環境問題が世界の重要な課題として話し合われました。加速する地球温暖化を食い止めるために、CO2を排出しない自然エネルギーの利用の重要性が増しています。

 洞爺湖サミットが開催された北海道をはじめとする世界の寒冷地で注目されているのが、「雪」を使った冷房システムです。
 

雪の持つ膨大なエネルギー

四季のある日本では、気温の下がる冬には川や池の水が凍り、夏になると溶けます。冬の間にできた雪や氷を洞窟や地下などの夏でも比較的涼しい場所に移し、夏の間食べ物を冷やす「氷室」という仕組みは昔から存在しました。日本各地に残る「氷室」という地名はその名残で、千数百年前の日本書紀にも氷室についての記述があります。

 ずいぶん昔から人間は雪を「ものを冷やすためのエネルギー」として使っていたのです。では、冬の間に貯めた雪を使って、夏の冷房ができないか? という発想が、雪冷房システムの原点です。雪を大量に貯蔵しておいて、雪の「冷たさ(雪氷冷熱)」を利用して空気の熱を奪い、温度を下げるという発想です。1979年に、アメリカで最初に実用化されました。
 

■ 雪冷房の仕組み

 雪冷房の仕組みには、大別して、貯雪槽内の雪で冷やされた空気を直接部屋に送り込む「全空気循環式」と、雪解け水を冷媒として熱交換器で空気を冷やす「冷水循環式」があります。全空気循環式は、ホールなど広い空間の冷房に適しており、冷水循環式はマンションなど個別の部屋で空調を利用する場合に適しています。1999年、北海道の美唄市に建設されたマンション「ウェストパレス」は、冷水循環式冷房を日本ではじめて導入しました。1000トンの雪を毎年春に貯蔵し、夏の間24戸の冷房をまかなっています。

全空気循環式
冷水循環式

全空気循環式では、雪で冷やされた空気をそのまま部屋に送り込み、室内の熱い空気を貯雪槽に送ります。冷水循環方式では、室内の空気と雪を溶かした冷水を熱交換器で接触させることで、空気の熱を奪って冷やします。全空気循環式は仕組みが簡単な反面、冷房範囲の部屋の空気が全て貯雪槽内に集約されるため、広い部屋を一度に冷やすのに適しています。冷水循環方式では、空気を通すパイプを分けることで、複数の部屋の空気が混じることなく冷やせるので、マンションなどの空調に適しています。


 先日開催された洞爺湖サミットでは、各国マスメディアの取材拠点となる「国際メディアセンター」にも採用されました。床下に貯蔵された雪の映像や写真はニュースでも取り上げられたので、ごらんになった方も多いのではないでしょうか。7000トンの雪を利用した雪冷房システムは、5月末頃から段階的に稼動しており、会期終了までの期間で110トンのCO2削減効果があります。サミットに参加した各国の関心も高く、フランスの政府関係者らが視察に訪れました。

■ 冷房以外にも増えている氷雪冷熱エネルギーの利用

 冷房以外にもさまざまな形で雪が利用されています。すぐに思いつくのは、「氷室」の延長で、食品などを低温貯蔵するのに雪を利用する方法です。北海道美唄市のJAびばいでは、雪を使った低温貯蔵施設「雪蔵工房」で、玄米を低温貯蔵しています。春に雪を貯雪室に蓄え、気温5度・湿度70%の最適な環境で貯蔵することで、1年中新米とかわらない味の米を出荷できます。しかも、倉庫の維持費は従来の低温倉庫に比べると約半分と経済的で、環境にもやさしくなっています。野菜は雪を使った低温貯蔵施設で保存することで、でんぷんが糖分に代わり、甘くおいしくなります。この性質を利用した「雪下野菜」が評判になっています。

 この他にも美唄市では雪エネルギーの利用に積極的に取り組んでいます。雪を利用して、洞爺湖サミットにあわせて満開の桜を咲かせるプロジェクトが話題になりました。これは、鉄道のコンテナ車を700トンの雪に埋めて0度前後に温度が保たれる保冷室を作り、そこにつぼみのついたエゾヤマザクラとチシマザクラの枝を保管することで、開花時期を調整したものです。

雪で桜の開花時期を調整する仕組み

 また、北海道だけではなく、東北地方や日本海側、山間部の積雪地帯を中心に、雪を利用した利雪施設が増えています。新潟県上越市の安塚中学校では、体育館を除く1800平方メートルの教室の冷房に、雪冷房システムを導入しました。雪冷房システム稼動に必要な機器の電力は、体育館の屋根に設置した太陽電池を利用します。さらに、雪解け水は、スクールバスの洗車やトイレの洗浄水として無駄なく活用しています。太陽光エネルギーと雪エネルギーを組み合わせたエコロジカルなシステムとして注目されています。

 雪氷冷熱エネルギーは、2002年に太陽光、風力に次ぐ「新エネルギー」として国に指定されました。室蘭工業大学の媚山政良教授の試算によれば、雪1トンのエネルギーは原油10リットル分のエネルギーに相当し、CO2 30kgの削減につながります(※)。
 従来は除雪して捨てるしかなかった雪を天の恵みのエネルギー源として活用でき、しかもCO2削減につながる利雪技術は、注目していきたい技術です。

※参考文献
媚山政良:『雪資源の石油エネルギー換算とCO2低減効果』室蘭工業大学紀要第53号,(2003)p3-5


著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など

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