テクノ雑学

第95回 空気から熱をくみ出す -ヒートポンプ-

 私たちの快適な生活に欠かせないのが、エアコンや湯沸かし器などの「温度を調整する」仕組みです。しかしこれらは、電気やガスなどのエネルギーを消費するので、排出されるCO2が大きな問題になっています。そこで近年注目されている技術が、熱力学の法則を利用して空気から熱を取り出す「ヒートポンプ」です。

圧力の変化で熱を取り出す

液体や気体には、「圧力を高くすれば温度が上がり、圧力を下げれば温度が下がる」という性質があります。たとえば自転車のタイヤに空気入れで空気を入れていくとタイヤが熱くなりますが、これは、タイヤの中の空気の圧力が高くなることで、空気の温度が高くなっているからです。

 ヒートポンプは、このような液体や気体の性質を利用して、熱を伝える媒体となる「冷媒」の温度を調整し、冷媒に接する空気や水の温度を変えるものです。
 

圧力の変化で熱を取り出す

圧縮機と膨張弁で循環している冷媒の温度と圧力を調整することで、冷たい冷媒に接している水や空気から、熱い冷媒に接している水や空気に熱を移動させる。冷たい液体の冷媒は水や空気と接することで、気化熱を奪って気化し、水や空気を冷やす。気化した冷媒を圧縮することで、冷媒はさらに高温高圧となる。熱い冷媒が水や空気に接すると、冷やされることで凝結熱を放出して液化し、水や空気を温める。液化した冷媒が膨張弁を通過するところで急激に圧力が低下し、さらに温度が下がり、サイクルのはじめに戻る。


 ヒートポンプを動かすためにはコンプレッサーを動かすエネルギーが必要ですが、冷たい側から暖かい側へ移動する熱の量とコンプレッサーを動かすエネルギーから直接発生させる熱を比べると、前者の方が大きいのです。

 例えば湯沸かし器でガスを燃焼させてお湯を沸かす時は、ガスの燃焼で発生した熱を水に伝えることで水の温度を上げます。しかし、ヒートポンプを使う方が、より少ないエネルギーで、同じだけの熱を水に伝えることができます。つまり、より少ないCO2の発生量で、同じ結果を得られるのです。

■ ヒートポンプを利用した冷蔵庫とエアコン

 ヒートポンプの理論が確立されたのは、1824年のことです。フランスの物理学者・カルノーが考案した「カルノーサイクル」がその元になっています。その特徴を一口でいうと、「冷たいものから熱いものに熱を伝える仕組み」であるといえるでしょう。

 熱いお茶に冷たい氷を入れると氷が解けてぬるいお茶になるように、冷たいものと熱いものが直接接していると冷たいものが温められ、熱いものが冷やされて温度が変化することはみなさんの日常でもよく利用されている現象です。これは、「熱いものから冷たいものへ」熱が伝わっている現象です。

 ヒートポンプは、直接ではなく、圧力により温度をコントロールできる「冷媒」を介して熱を伝えます。冷媒と空気や液体が接するところでは、温度差による直接の熱移動だけでなく、発生する気化熱や凝結熱も熱の移動に寄与します。この仕組みで、例えば0度の外気から熱を取り出し、その熱を50度の水に伝えることでさらに水の温度を上げるように、「冷たいものから熱いものへ冷媒を通して熱を伝える」ことができるのです。

 ヒートポンプが実用化されたのは、「フロン」の発明がきっかけでした。1930年にアメリカで発明されたフロンは、安く作れて化学的に安定・安全であり、熱を伝える効率も良いと、冷媒に適した性質をもっていたため、フロンを冷媒に使ったエアコンや冷蔵庫が製品化されました。

 冷蔵庫は、冷蔵庫内の空気から冷媒で気化熱を奪って温度を下げ、コンプレッサーで冷媒を圧縮して外気に触れさせることで凝結熱を放出します。またエアコンは、冷房時には室内の空気の熱を室外へ、暖房時は室外の空気の熱を室内へと移動させることで、冷暖房両方の仕組みを実現できます。

 昔はヒートポンプを使った暖房は効率が悪く十分に空気を温められなかったので、ヒートポンプで温めた空気をさらに温めるための補助ヒーターが必要でした。空気を移動させるファンの改良や熱交換器の改善で、現在の家庭用エアコンは燃焼式ファンヒーターよりもエネルギー効率がよくなっています。

 なお、ヒートポンプ普及のきっかけとなったフロンは、その後の研究で、大気中に放出されると、オゾン層を破壊する性質があることが判明しました。1985年には、南極上空に、極端にオゾンの濃度が低い「オゾンホール」が発生していることが発見され、大きな問題となりました。現在多くの国では、オゾン層破壊の原因となるフロンと、フロンを使った製品の製造を禁止しており、フロンと似た性質を持ちながらオゾン層を破壊しない「代替フロン」が開発され、冷媒として利用されています。

 しかし近年の研究で、代替フロンは二酸化炭素の3000倍以上の温室効果を持つ強力な温室効果ガスであることが指摘され、京都議定書では主要な3種類の代替フロン(ハイドロフルオロカーボン類 (HFCs)、パーフルオロカーボン類 (PFCs)、六フッ化硫黄 (SF6) )について削減目標が定められました。2002年には冷媒にイソブタンを使用する「ノンフロン冷蔵庫」が発売され、現在はほとんどの冷蔵庫で冷媒にイソブタンが使用されています。

■ 冷媒にCO2を使ってお湯を沸かす「エコキュート」

 80年以上前から実用化されていたヒートポンプが最近注目されるようになったのは、電力会社が推進している「オール電化生活」の中で、重要な役割を果たしている給湯器「エコキュート」にヒートポンプが利用されているからです。

 エコキュートの特徴は、冷媒にCO2(二酸化炭素)を使用していることです。人工的に合成され、強力な温室効果をもつ代替フロンではなく、自然界にもともと存在する物質であるCO2を利用することで、より地球にやさしいヒートポンプになりました。エコキュートでは、コンプレッサーを動かすのに必要な電気エネルギーの量を1とすると、気化熱によって2から4の熱エネルギーを取り込み、3から5の熱エネルギーでお湯をあたためます。つまり、1の電気エネルギーを使って、3から5の熱エネルギーを取り出すことができるのです。
 

システム原理図

 最新モデルのCOP(消費電力あたりの加熱性能)は5.0以上に向上しています。発電所の発電効率が40%前後であることを考慮しても、「使用する電気を生み出すために投入したエネルギー」よりも多い熱エネルギーを取り出していることになります。

 日本政府はエコキュートをCO2削減の有力な手段として位置づけており、2010年までに一般家庭に520万台普及させることを目標に掲げています。この台数は2010年度の目標値レベルで、家庭用給湯器市場の約33%に相当します。

※注
「エコキュート」は関西電力の登録商標ですが、一般に自然冷媒(CO2)ヒートポンプ給湯機の愛称として使われています。

■ 「乾いた温風」で洗濯物をやさしく乾燥

 また、最近話題になっているのが、ヒートポンプを利用した洗濯乾燥機です。従来の乾燥機では、ヒーターで乾燥機内の空気をあたためることで洗濯物の水分を蒸発させ、発生する水蒸気を水道水で冷やして水にして放出していました。つまり、乾燥するときも水が必要だったのです。

「乾いた温風」で洗濯物をやさしく乾燥

ヒートポンプユニットで温めた温風で洗濯物を乾かし、洗濯物から出た水蒸気は冷媒によって冷やされて水になり、排出される。


 ヒートポンプ式の乾燥機では、ヒートポンプで温めた温風で洗濯物を乾かし、蒸発により発生した水分は冷媒によって冷やされて水になり、排出されます。直接ヒーターで空気を温めるのに比べて熱効率が良いので節電でき、さらに乾燥に水がいらないため節水もできる、まさに一石二鳥の仕組みなのです。

 空気から熱を取り出して温度をコントロールする「ヒートポンプ」技術は、地球温暖化防止に大きく寄与する技術として注目されています。環境にやさしい生活のために、家電製品を選ぶ時には、ヒートポンプ技術や、冷媒の種類にも注目してみてください。


著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など

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