テクノ雑学

第60回 クリーン・ディーゼル・エンジン −その2 エンジンの中に『日本海溝』が!?コモンレール・システム−

ディーゼル・エンジンの性能向上と排気ガス成分のクリーン化において、“革命”をもたらした機構が「コモンレール Common Rail」と呼ばれるシステムです。
 簡単に言えば、ガソリン・エンジンのEFI(Electronic Fuel Injection 電子制御式燃料噴射装置)に該当するものですが、ディーゼル・エンジンに同様の機構を組み合わせるには、さまざまな技術的困難がありました。

コモンレール・システムは排気ガスクリーン化のカギ

ディーゼル・エンジンの燃料噴射装置は、もともと、ガソリン・エンジンで言うところの「機械式インジェクション」に相当する、「列型」「分配型」などのメカニカル・ポンプシステムを使っていました。しかし、これらの機構は、駆動力をエンジン本体から流用する都合上、動作=燃料を噴射するタイミングなどの自由度があまり高くないことや、噴射圧力がエンジンの回転数に依存せざるをえないため、低回転域で思ったように燃料が噴射しにくいといった難点がありました。
 また、すべてのシリンダーに対して同じタイミングで、均等に燃料を噴射し続けるためには微妙な調整と定期的なメンテナンスが不可欠だったのですが、これを怠るオーナーが多いがために、「ディーゼル=黒煙モクモク」といったマイナスイメージが定着してしまったと言っても過言ではないでしょう。

 コモンレール・システム実用化の技術的困難について、簡単に説明しましょう。
 まず、ガソリン・エンジンは1回の爆発あたりに1回の燃料噴射で済みますが、ディーゼル・エンジンの場合、排気ガス成分中のPM(Particulate Matter 粒子状物質)やNOx(窒素酸化物)、エンジンの作動音を低減させるため、爆発1回あたり3〜5回程度もの燃料噴射を要求されることがあるのです。さらにその5回の燃料噴射量がそれぞれで異なり、噴射のタイミングは可能な限り(シリンダー間も含めて)ストロークごとに同じにしておきたい…といった、非常に高度な制御が要求されます。

 また、燃料の“燃えカス”であるPMの排出量を減らすためには、なるべく噴射した燃料の「液滴」を微細化しておくことが有効になります。
 噴射した燃料は液滴の外側から燃焼していきますから、かけられる時間が同じなら、液滴が大きいほうが中心部分まで燃え進みにくいことは理解できるでしょう。つまり、同じ量の燃料を噴射する場合、液滴を可能な限り微細化することで、排気ガス中の成分をよりクリーン化できるのです。

 その両方の要求を満たすために、燃料をなるべく高圧化しておきたい、という要求が出てきます。噴射圧力が高ければ、同じ量の燃料をより短時間で噴射できますから、1ストロークの限られた時間の中でより多くの回数、燃料が噴射できますし、液滴の微細化や、噴射した燃料を燃焼室の内部で活発に渦を巻かせる(これによって燃焼効率が高まる)ことなどの点でも有利になるからです。
 そこで開発されたのが、コモンレール・システムです。システムのポイントは、まず「デリバリーパイプ」もしくは「レール」と呼ばれる筒状の部分に溜めた燃料を、高圧ポンプによって加圧し続けておく点にあります。そうすることで、燃料噴射の自由度が高まるのです。

コモンレール・システムの構成


 デンソーが世界で初めて実用化したコモンレール・システムでは、レール内の燃料は常時800気圧程度に保たれていました。現在の第2世代、もしくは第3世代と呼ばれるタイプでは、なんと1600気圧程度にまで高まっています。言い方を変えると、レール内部には常に水深16000mの場所と同じだけの圧力がかかっている、ということです。ちなみに、次世代のコモンレール・システムでは、2000気圧を超えることが確実視されています。

■インジェクターノズル −驚異の緻密さに挑戦

 もうひとつのポイントは、実際にシリンダー内部へ燃料を噴射する「インジェクターノズル」の工夫にあります。
 初期のコモンレール・システムでは、機械的な機構でノズル内部の噴射弁の開閉を行っていました。世代が進むにつれて、様々な工夫が盛り込まれ、着実に性能を向上させてきたことは事実ですが、噴射パターンの自由度や反応速度の点では、やはり限界があります。

 そこで登場したのが、電荷をかけることで伸び縮みする「ピエゾ素子」を用いて弁を開閉するタイプのインジェクターノズルです。ピエゾ・インジェクターは、電気的な機構なので反応が速いことが特長です。つまり、燃料噴射パターンの自由度が高められ、これも排気ガス成分のクリーン化に大きく寄与できることから、徐々に主流の座を占めつつあります。

ピエゾ型インジェクター・ノズル

 そして、コモンレール・システムの最大のポイントは、実は「制御技術」である、と言っても過言ではありません。機構的な完成度が高くても、それを目的通りに動作させるための制御が実現できなければ意味がないからです。ディーゼル・エンジンの最高回転数は、せいぜい4500回転/分程度。とはいえ、たとえば4気筒エンジンなら1ストロークにかけられる時間は約0.0033秒という計算になります。その中で5回もの、しかもそれぞれ異なる量の燃料を、常に正確なタイミングで噴射し続けるという、恐るべき緻密さが要求される制御を実現しているのは、まさに驚異的な技術と言えるでしょう。

多段噴射


 電子制御化によるメリットは他にも数多くあります。たとえば、インジェクター・ノズルは個体ごとにごくごく微妙な特性の違いがあります。もちろん、公差として認められる範囲のものですが、その特性は生産工程の最後で全数検査する際にチェックされ、ノズル本体上にバーコードでマーキングされます。インジェクターをエンジン本体に組み込む際、電子制御ユニットに各インジェクターノズルの特性を情報として書き込むことで、1本ずつ異なる特性であったとしても、制御側で補正し、常に正確なタイミングで、適正な量の燃料を噴射し続けているのです。

 ユニットによっては「自己診断/補正機能」を備えています。たとえば、エンジンが走行距離を重ねることによる各パーツの劣化や、燃料中の微細なゴミなどによってインジェクターノズルのどこかが初期性能を発揮できなくなる、という状態になったとします。電子制御ユニットはエンジン始動時や走行中など、特定のタイミングで各インジェクターが正常に動作しているかどうかをモニターし、異常を検知すると可能な範囲で補正をかけ、通常走行に支障のないレベルを維持してくれるのです。

 ガソリン・エンジンをはるかに超える、これらの緻密な機構と制御によって、ディーゼル・エンジンはその弱点を克服し、欧州においてはいまや新車販売台数の半数以上を占めるほどメジャーな存在となりました。
 日本でも、ホンダが2009年に新型ディーゼル・エンジンを搭載した乗用車の発売を予告しています。その時までの間に、さらなる進化も期待できます。当分の間、ディーゼル・エンジンから眼が離せません。



著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経デジタルARENA、日経ベストPCデジタル誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2006」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)

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