テクノ雑学

第4回 小さなボディに膨大なデータを保存する —— デジタル社会の『情報倉庫』 ——HDDのヒミツ

小さなボディに膨大なデータを保存する

アテネオリンピック、サッカー・ワールドカップ・ドイツ大会の1次予選などなど、今年は注目のスポーツイベントが目白押しです。このタイミングで、昨今人気の「DVDレコーダー」を購入した方も多いのではないでしょうか。  

DVDレコーダーにはいろいろな種類がありますが、最も売れ行きが良いのはハードディスクドライブ(以下HDDと略)を内蔵したタイプだそうです。筆者もこのタイプのレコーダーを持っていますが、面白そうな番組はとりあえずHDDに録画し、再度見返すかもしれないと思ったものだけをDVDにダビングして保存する、という使い方にすっかり馴染んでしまいました。  

しかし、文字や絵や、果ては音声や動画をHDDに記録できるのは少々不思議ではありませんか? なぜ、そんなことが可能かといえば、それらが「デジタルデータ」化されているからです。  

コンピュータは、もともと高速かつ万能な計算機を目指して開発されました。しかし、当時は半導体はおろかトランジスタすらない時代。演算回路に使えそうなものは真空管ぐらいしかありません。そこで計算式をいったん二進数(Binary Digit)に置き換え、真空管に電気が通っていなければ「0」、通っていれば「1」と扱うことで二進数の計算を可能とする演算回路が考案されました。コンピュータ上で扱われる情報の単位「ビット(bit。Binary Digitが語源)」は、そこから生まれたものです。  

時が下ると、それらのデータを保存するために「磁気記録」を利用する方法が考案されます。磁石の持つ「S極」と「N極」の極性を、二進数の0と1に見立てることでビット情報を表現し、保存する仕組みです。  

磁気記録用の媒体は、表面に磁性体をコーティングしてあります。データを記録する場合は、記録用ヘッド内部のコイルに電流を流すことで磁力を生じさせ、それによって媒体表面の磁性体の極性を自在にコントロールします。小さな磁石がたくさん並んでいて、その向きを次々に変えていくようなもの、と考えればいいでしょう。読み出す場合は、逆に媒体が動くことによってコイルに生じる電流のパターンを読み取っていきます。

磁気記録用の媒体として、当初は磁気テープが使われていました。しかし、テープは必要なデータのありかを探す時、最初から連続的にデータを読んでいかなくてはならず(シーケンシャル・アクセス方式)、またその場所まで早送り/巻戻しする分の時間がかかるのが難点でした。その弱点を克服するために開発されたのが、磁気材料を円形に成型したフロッピーディスクです。円の表面を「セクタ」という単位で区切り、それぞれのデータがどのセクタに記録されているかをまとめた住所録のようなものを持っているため、その時々で必要な情報のありかへ瞬時にアクセスできる(ランダム・アクセス方式)ようになったのです。

HDDも、記録原理はフロッピーディスクとまったく同じです。構造も基本は同じようなものですが、最大の違いはフロッピーがディスクの記録面にヘッドを接触させて読み書きするのに対し、HDDは磁気ヘッドと記録面の間にごくわずかな隙間を保つ「非接触方式」になっている点です。このおかげで、HDDはフロッピーとは比較もできないほど高速にデータを読み書きできます。また、ディスク上の離れた場所へ飛び飛びにアクセスしてゆく「ランダムアクセス性能」の高さも特徴です。ビデオレコーダーで、番組を録画しながら、録画済みの部分を再生する「追いかけ再生」ができるのも、HDDの高速ランダムアクセス性能があってこそ、なのです。  

パソコンとインターネットの普及によって、HDDの需要は爆発的に増大しています(みなさんがご覧になっているこのWebページも、WWWサーバー用コンピュータに接続したHDDに保存されているデータを呼び出して表示させているのです)。社会全体のネットワーク化がますます進んでいくであろうことを考えると、もはやHDDなしに社会は成り立たないとさえ言えるかもしれません。  

さらに、家電製品やAV機器のデジタル化が進むにつれて、HDDはコンピュータ以外の製品にも採用されるようになってきました。ビデオレコーダーを筆頭に、カーナビやカーオーディオ、ポータブルオーディオなどに採用例が増えています。今後も「デジタル/ネットワーク社会の情報倉庫」として、HDDがよりいっそう普及していくことは間違いありません。  

そこで重視されるのが「耐衝撃性」と「耐久性」です。実は、HDDの「非接触読み書き」方式は、最大の特長を生むと同時に最大の弱点の原因にもなっているのです。何かの理由でヘッドとディスクが接触してしまうと、記録面が損傷してデータの読み書きができなくなってしまいます。これが「クラッシュ」と呼ばれる状態で、長時間使用による劣化や振動、落下などの衝撃による軸受の損傷などが原因で起こります。  ポータブル機器や車載機器への採用が進むだろうこと、また「デジタル社会の情報倉庫」としての役割を考えると、今後のHDDにはいっそう高いレベルの耐衝撃性・耐久性が求められます。  

この点においてもHDDは日夜進歩を遂げていて、現在最も耐衝撃性の高い製品は、動作中に1.5m程度の高さからコンクリートの床に落としてもクラッシュしない仕組みが組み込まれています。どんな災害にあってもビクともしない、頑丈な倉庫のようなHDDが登場するまで、それほど時間はかからないかもしれません。

 

著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ) 1964年東京都出身。青山学院大学法学部私法学科卒業。 在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。 卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経クリック誌などに執筆。 著書/共著書/監修書 「手にとるようにWindows用語がわかる本」(かんき出版) 「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版) 「PC自作の鉄則!2003」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)

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