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No.35 小型化を可能にしたマイクロホンの技術系譜

電子式の電話機が登場するまで、家庭やオフィスで鎮座していたのが、ずっしりと重い“黒電話”。この電話器のマイクロホン(送話器)には、エジソンが発明した炭素型マイク(カーボンマイク)が使われていました。では、現在の携帯電話にはどんなマイクロホンが使われているのでしょう?

周囲の音を消して静寂を得るノイズキャンセラとは?

スピーカにマイクを近づけると“キーン”という耳をつんざくような音が発生することがあります。これはハウリングと呼ばれる現象。スピーカから出力される音をマイクが拾ってアンプが増幅、これが繰り返されることによって起こります。補聴器も耳孔にイヤホンをしっかり挿入しておかないと、音漏れして“ピー”というハウリングを起こしたりします。

狭い空間にスピーカとマイクが同居するカラオケルームでは、いかにもハウリングが起きそうですが、あまりトラブルにはなりません。これはマイクに入力する音声波形と、スピーカからの音声波形とを逆位相にして、互いに打ち消しあうような回路を採り入れる工夫をしているからです

この原理をたくみに利用したのが、ノイズキャンセラと呼ばれる装置です。たとえばヘッドホンタイプのノイズキャンセラは、両耳に装着するだけで周囲の音を聞こえなくしてしまいます。耳栓のように音を遮断しているわけではありません。このヘッドホンにはマイクとアンプが搭載されていて、マイクが拾った周囲の音を逆位相にして増幅し、耳に直接届く周囲の音を重ね合わせて相殺するしくみとなっています。周囲の騒音で勉強や仕事に集中できないときなどに便利です。

似たようなものに楽器のサイレンサという装置があります。トランペットなどの金管楽器を周囲に気兼ねなく練習できるように、ラッパ口(朝顔とかベルという)にはミュートと呼ばれる消音器が取り付けられます。音響的に音を消し去る器具ですが、これでは演奏音自らも満足に聞こえません。そこで消音器にマイクを格納し、ヘッドホンで聞けるようにしたのがサイレンサ。マイクで拾った電子回路で処理するため、いろんな音に変えて楽しむこともできます。

ハウリング ノイズキャンセル

エジソンの炭素マイク(カーボンマイク)が長らく使われた理由

あたりが多少やかましくても、あまり会話に支障がないのは、人間は必要な音だけを選択的に聞き分ける能力をもっているからです。また、注意して耳を傾けると、遠くの人の小さな声も聞き取れます。この能力が発達すると、いわゆる“地獄耳”となります。

ICレコーダで会議を録音するとき、周囲の騒音にも注意しなければなりません。マイクは騒音も会話も同じように拾ってしまうため、録音したものを再生すると聞き取りが困難になります。インタビューなどの場合は指向性をもつマイクを外付けすると周囲の騒音の影響を少なくできます。

マイクロホンにはさまざまなタイプがあります。最も一般的なのはダイナミック型(動電型)と呼ばれるマイクです。図のように音声を受け止める振動板にはコイルが取り付けられています。振動板が振動すると、コイルは磁石の磁界の中で動くことになり、電磁誘導の法則によりコイルに電流が流れます。これをアンプで増幅し、スピーカを鳴らしたり録音したりします。

コイルのかわりに細長い金属箔を利用したタイプは、リボン型(ベロシティ型)と呼ばれるダイナミックマイク。金属箔を用いるのは、空気の振動を受け止めやすいようにするためで、繊細な音声を拾えるのが特長。かつてはスタジオやステージなどで広く使われました。

ダイナミック型が登場する以前のマイクの主流は、炭素マイク(カーボンマイク)と呼ばれるものでした。カーボン粒を詰めた容器の表面に振動板を取り付けた構造で、音声によって振動板が振動すると、カーボン粒の接触抵抗が増減するので、これを利用して音声を電気信号に変換します。炭素マイクは1877年にエジソンが発明したものですが、驚くべきことに電子式の電話機が登場するまで、いわゆる黒電話や公衆電話などの受話器のマイクとして長らく使われ続けました。音質はさほどよくないものの、周囲の音を拾いにくく、感度もよいので、電話機の送話器として適していたのです。

マイクロホンのしくみ 基本構造 ダイナミック型 リボン型
マイクロホンのしくみ 基本構造 カーボン型

携帯電話に使われる“エレクトレットコンデンサマイク”とは?

現在、ダイナミック型とともに、スタジオなどで活躍するマイクは、コンデンサの原理を利用したコンデンサマイクです。電圧を加えた2枚の電極の片方を可動型にしておきます。音声によって可動電極が振動すると、電極間の電荷の量が変わり、電圧の変化となるので、これを信号として取り出して増幅します。

携帯電話やICレコーダなどの小型機器に使われるのは、エレクトレットコンデンサマイクと呼ばれるものです。コンデンサマイクと原理も構造も同じですが、エレクトレットという特殊な誘電体が使われます。

磁性体にはソフト材料(軟磁性体)とハード材料(硬磁性体)がありますが、面白いことに似たようなタイプの違いが、誘電体にも存在します。誘電体とは電界を加えると、プラスとマイナスの電荷に分かれる(誘電分極)する物質のこと。簡単にいえば絶縁体はすべて誘電体です。誘電体にはさまざまな種類がありますが、ある種の絶縁体は電界によって、プラスとマイナスに分かれる誘電分極をそのまま保持するものがあります。まるで磁気分極を保つマグネット(永久磁石)を思わせるのでエレクトレットと名づけられました。

エレクトレットは新材料ではありません。1924年、日本海軍技術研究所の江口元太郎により、カルナウバ・ロウ(カルナウバ椰子から採取される天然ワックス)を松脂などで固めた材料において初めて発見されました。通常のコンデンサマイクでは外部から電圧を加えて誘電分極を起こす必要がありますが、誘電分極しているエレクトレットはその必要がなく、小型化も可能なので携帯電話に採用されているのです(エレクトレットとしては各種の高分子材料が利用されています)。

現代エレクトロニクスを支えるハイテク材料も、意外と古いルーツをもっているもの。電話という文明の利器も、おもちゃのような実験装置から発達を遂げてきました。手作りおもちゃの糸電話などにも、意外と画期的な発明・発見のヒントがひそんでいるかもしれません。

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