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No.20 鉄をさびから守る、電気防食と犠牲陽極の仕組み

鉄をさびから守る、電気防食と犠牲陽極の仕組み

地球に存在する金属の中で最も多いのは鉄。建築物や橋梁などの構造物、電車や自動車、日用品などの素材としても大量に使用されています。現代文明は今もなお、鉄器時代の延長上に発展を続けているのです。鉄には錆の問題がつきまといます。地中や海水中の構造物では、鉄を腐食から守るため、電池の原理をたくみに利用した電気防食と呼ばれる技術が利用されています。電気防食において、鉄の身代わりになる金属が犠牲陽極です。

イオン化傾向の大きな金属は犠牲陽極となる

金属が水や水溶液中で陽イオンになろうとする性質をイオン化傾向といいます。金属によってイオン化傾向は異なり、常温の水と反応する金属もあれば、強力な酸としか反応しない金属もあります。

「貸そうかな まあ当てにすな ひどすぎる借金」。誰が考案したのか定かではありませんが、これは化学の学習において、古くから伝えられてきた主要金属の“イオン化傾向”の暗記法。「貸そう(K:カリウム) か(Ca:カルシウム) な(Na:ナトリウム) ま(Mg:マグネシウム) あ(Al:アルミニウム) あ(Zn:亜鉛) て(Fe:鉄) に(Ni:ニッケル) す(Sn:スズ) な(Pb:鉛) ひ(H:水素) ど(Cu:銅) す(Hg:水銀) ぎる(Ag:銀) 借(Pt:白金) 金(Au:金)」と覚えます(「借りようかな…」「金貸すな…」などのバリエーションあり)。左側にある金属のほうが右側の金属よりイオン化しやすいことを表しています。イオン化傾向が大きな金属ほど、電子を放出して陽イオンになりやすい、つまり、酸化されやすく強い還元力を持ちます。イオン化傾向が大きいカリウムやカルシウム、ナトリウムなどの金属は、反応性が非常に高く、激しく反応するため注意が必要です。たとえばカリウムは、水の中に入れると瞬時に淡い紫色の炎を出して燃え上がります。

金属はイオン化するとき、負の電荷をもつ電子を放出して、陽イオンになります。亜鉛と銅を水溶液中で接触させると、銅よりイオン化傾向の大きな亜鉛が溶けて陽イオンとなり、放出された電子は電流となって銅のほうに流れます。この作用を利用したのが初の電池であるボルタ電池です。

鉄に亜鉛(Zn)めっきしたトタンが屋根ぶき材などとして使われます。これは2種類の金属のイオン化傾向をたくみに利用したものです。トタンの亜鉛めっき膜は薄いので、傷がつくと鉄が露出します。ここに雨滴など水分が介在すると、イオン化傾向の大きな亜鉛がイオンとなって溶け出し、鉄はイオン化せず錆(さび)の発生を防ぐことができます。傷の部分が局部電池となり、亜鉛が“犠牲陽極”となって鉄を守っているのです。ちなみにトタンと似た材料にブリキがあります。こちらは鉄の表面にスズ(Sn)めっきをしたもので、缶詰の缶やおもちゃのめっきなどに広く利用されてきました。銀色の美しい光沢をもちますが、ブリキの表面に傷がつくと、スズよりも鉄のほうがイオン化傾向が大きいので、湿ったところなどでは鉄錆が発生していきます。

イオン化傾向とトタンブリキの化学反応

錆をもって錆を制するステンレス鋼

ステンレス鋼(ステンレススチール)は20世紀最大の発明の1つといわれ、今では食器や流し台などの家庭用品から、電車の車両、自動車のマフラー、建築の屋根材や外装材、化学プラントのパイプやタンクなどに広く利用されるようになりました。錆びない鋼の研究は19世紀のマイケル・ファラデーにさかのぼります。古来、西洋では錆びにくくて切れ味にすぐれる“ダマスカス刀”と呼ばれる名刀が知られていました。このダマスカス刀の謎の解明に挑んだのは若き日のファラデーでした。るつぼの中にクロムやニッケル、銀などさまざまな金属を入れて溶かして合金鋼をつくって研究を重ね、ついに初のステンレス鋼を開発しました。もっとも、これは高価な白金を添加した合金鋼だったので工業化するわけにはいきませんでした。

ファラデーの研究に触発され、その後、多くの学者が合金鋼の研究に取り組むようになりました。やがて10数%のクロムの添加によって鋼は錆びにくくなることが知られるようになり、20世紀になって実用的なステンレス鋼が工業生産されるようになりました。ちなみに食器などとして多用されている18-8ステンレスとは、クロムを18%、ニッケルを8%含むことを表しています。

クロムが含まれると鋼が錆びにくくなるのは、錆をもって錆を制しているからです。ステンレス鋼に含まれるクロムは、大気中の酸素や水などと反応して、表面にごく薄い酸化膜(不働態膜といいます)をつくります。この酸化膜がバリアとなり、内部の腐食を食い止めているのです。ステンレス鋼は表面に傷がつき、内部が露出しても錆びることはありません。含まれるクロムがすぐに酸化膜を形成するため、すぐれた耐食性を長期にわたって保持するのです。いわば、ステンレス鋼は生物の皮膚のような自己修復機能をもっているわけです。

ステンレス鋼がさびない理由

 

電気防食でも活躍するTDKのフェライト技術

湿った地中や海水中の鉄構造物は腐食されやすく、錆が発生しやすい環境にあります。コンクリート構造物でも内部の鉄筋に錆が発生します。そこで、こうした腐食を食い止めるために、“電気防食”と呼ばれる技術が利用されています。

電気防食には2つの方式があります。1つは鉄よりもイオン化傾向の大きな金属を犠牲陽極としてつなぐ“流電陽極法”と呼ばれる方式です。水溶液中で鉄が腐食するのは、鉄が陽イオンとなって溶け出し、放出した電子が腐食電流となって流れるという局部電池作用によるものです。そこで、水中の鉄構造物にアルミニウムなどの電極を取り付けると、鉄よりイオン化傾向が大きなアルミニウムが犠牲陽極となって溶け出すので、鉄構造物の腐食が防止できます。亜鉛めっきされたトタンでは、イオン化傾向の大きな亜鉛が犠牲陽極として溶け出して鉄を錆びさせないのと同じです。

もう1つは “外部電極法”と呼ばれる方式です。これは鉄構造物の局部電池作用と逆向きの直流電流を外部から加え、腐食電流を打ち消してしまう方法です。この外部電極法は港湾の護岸用構造物や橋梁の橋げたなどに広く利用されています。また、腐食性の薬品を使う化学プラントなどでは、ステンレス鋼でも腐食が起きるため、電気防食はきわめて重要なものとなっています。

外部電極法では電流を流すための陽極となる補助電極が使われますが、飲料水用の水タンクなどでは、補助電極から有害金属が溶け出すと水が汚染されてしまいます。そこで、補助電極としてチタン白金などのほか、フェライトも使用されます。鉄酸化物を主成分とするフェライトは安価で耐食性にすぐれ、安全性・信頼性が高いからです。TDKのフェライト電極は、均一な結晶と低い抵抗率の特殊セラミックスを素材とする、特性にすぐれた電極です。めっき、表面処理、廃水処理のほか、アルカリイオン整水器の電極などとしても活躍しています。

フェライトは、トランスのコアなどに使用されるソフトフェライトと、フェライトマグネット材料となるハードフェライトに分かれます。中でもTDKのフェライトマグネットは、世界最高水準の特性を誇り、自動車をはじめとする、さまざまなモータに使用されています。

電気防食の原理

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