電気と磁気の?館

No.18 エレクトロニクスと真空技術

液晶テレビやプラズマテレビとは異なる原理の大画面薄型テレビ用として、SEDをはじめとするFED(電界放出ディスプレイ)が注目されています。蛍光体を用いた自発光タイプで、高輝度、広視野角かつ消費電力も少ないのが特長。ただ、 FEDは微細な電子放出素子を多数並べたフラットな真空管のようなパネル。製品化にあたっては高度な真空技術も求められます。FEDのみならず、半導体製造装置や電子顕微鏡など、今日のエレクトロニクスに真空技術は欠かせません。
 

話題のSEDはFED(電界放出ディスプレイ)の1タイプ

FPD(フラットパネルディスプレイ)のニューフェイスとして登場したFED(電界放出ディスプレイ)は、真空中に放出された電子が蛍光体に衝突、そのエネルギーで蛍光体を発光させて画像を得ます。この発光原理はブラウン管と同じですが、構造はブラウン管よりもシンプルです。ブラウン管は電子銃から放出された電子ビームを偏向ヨークに巻いたコイルから出る磁界で曲げるのが基本原理。つまり電子銃から放出された電子ビームは、あたかもサーチライトのように、水平方向・垂直方向に走査して蛍光体を発光させて画像を得ています。
 一方、FEDはわずか数mmのすきまをもたせた2枚のガラス基板からなります。カソード(陰極)側のガラス基板には、電子を放出する素子を多数敷き並べ、アノード(陽極)側のガラス基板の蛍光体に対向させます。素子から放出された電子は、すぐ真向かいの蛍光体に衝突させる仕組みなので、大画面化してもブラウン管のように奥行きが大きくなることはありません。電子ビームを曲げるための電力も必要とせず、また冷陰極で電子を放出するため、省エネにもきわめて有効。蛍光体の発光を利用するため、高輝度で色再現性にすぐれています。
 FEDの技術ポイントとなっているのは電子の放出部です。特殊形状の陰極先端に電界を集中させるスピント方式、カーボンナノチューブを用いたCNT方式、SED方式など、いくつかの方式が研究されています。SEDは“表面伝導型電子放出素子ディスプレイ”の略語です。ナノメートルオーダーの微細スリットを設けた薄膜電極(カソード)に電圧を加えたときのトンネル効果により、電極から電子を放出させる方式です。

ブラウン管(カラーCRT)の基本構造 SEDパネルの基本構造

 

■ 真空技術なしにエレクトロニクスも生まれなかった

 SEDはパネルタイプの真空管ともいうべき画像表示デバイスであり、内部を高真空に保つために高度な封止技術も要求されます。ブラウン管やSEDにおいて、チューブ内やパネル内を高真空にするのには理由があります。真空にしないと、飛び出した電子は、気体分子とすぐに衝突して失速してしまうからです。100mを10秒で走るスプリンターも、人ごみの中では速く走れないのと同じです。しかし、一般的な空気ポンプで容器内の空気を抜き取っても、つくれるのは単なる低圧状態で、とても高真空は実現しません。このため真空度にあわせて特殊な真空ポンプが用いられます。
 エレクトロニクスと真空技術はきわめて縁の深い関係にあります。ブラウン管のルーツは19世紀の陰極線管です。1859年、ドイツのプリュッカーはガイスラー管を用いた真空放電の実験を行いました。ガイスラー管とは内部に電極を設け、真空ポンプで空気を抜いたガラス管で、プリュッカーが電極に高電圧を加えると、ガラス管がぼんやりと発光する現象を発見しました。当時の真空ポンプではまだ真空度が低く、残留した気体によってグロー放電を起こしたのです。プリュッカーの実験をさらに発展させたのはクルックスで、やがて陰極からは得体の知れない放射線のようなものが出ていると考えられるようになり、これは陰極線と名づけられました。当時、まだ電子の存在は知られていなかったのです。その後、陰極線に電界や磁界を加えるJ.J.トムソンの巧妙な実験により、陰極線は微小な質量をもつ荷電粒子であることが明らかにされ、やがて電子の発見へとつながっていきます。このトムソンの実験装置を電気信号の波形表示などに発展応用させたのがブラウン管です。ブラウン管は19世紀末(1897年)に早くも登場していたのです。

 

ガイスラー管(初期タイプ)

トムソンの実験

 

■ 電球の改良研究からヒントを得た真空管

 真空技術は身近な電気製品の発明にも大きく貢献しました。19世紀後半、スワンやエジソンによって発明された電球です。しかし、初期の電球のフィラメントには炭素線が使われていて、短時間で焼き切れてしまうのが欠点でした。そこで、エジソンは世界中からフィラメント材料を捜し求め、京都の石清水八幡宮境内の竹を採用したというのは有名な話です。
 電球は長く使ううちに、ガラス内壁が黒ずんで劣化してきます。フィラメント物質が蒸発してガラス内壁に付着するためです。エジソンはこの現象は電球の真空度が関係していると考えました。そこで、研究用にフィラメント近くに電極を封入し、電極に正電圧を加えてみたところ、電極とフィラメントの間に電流が流れることを発見しました。これはエジソン効果と呼ばれます。電球の改良には役立たなかったので、エジソンはそのまま放置してしまいましたが、これに着目したのはフレミング。1904年、フレミングはこの現象を利用して、初の真空管である二極真空管を発明したのです。ささいな異常現象の中に大発明のヒントが潜んでいるとよくいわれますが、エジソン効果と真空管の発明はその好例です。
 真空管にさらなる進化をもたらしたのは、ド・フォレによる三極真空管の発明です。プレート(陽極)とフィラメント(陰極)の間にグリッド電極を挿入し、グリッド電極に加える電圧を変えると、それに応じてプレートに流れる電流も大きく変化することがわかったのです。たとえていえば、水門のバルブの調節によって、河川の流れをコントロールできるのと同じようなもので、三極真空管は増幅機能をもつ素子として利用されるようになりました。こうして真空管は20世紀前半の能動電子部品の花形として発展したのです。エレクトロニクスの主役は電子であり、真空は電子が障害物なしに縦横無尽に活躍できる舞台です。半導体製造装置や電子顕微鏡など、今日の最先端機器にも真空技術は欠かせません。
 

初期の炭素線電球 エジソン効果 二極真空管による検波回路(無線通信の受信用)


 

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