電気と磁気の?館

No.5 原子力電池の原理とは?地上でも宇宙でも使用される高効率電池

数年〜数十年にもわたり、遠宇宙を長旅する惑星探査機の原動力としては、寿命の短い通常の化学電池はもちろん太陽電池も期待できません。そこでアイソトープ(放射性同位元素)と熱電対(ねつでんつい)を組み合わせた原子力電池が使われます。原子力電池は、アイソトープの崩壊によって発生する熱を電力に変換する電池で、長期間にわたって安定した電力を供給できるという特長を持ちます。原子力電池は放射線電池、アイソトープ電池、ラジオアイソトープ電池とも呼ばれています。
熱電対は200年以上も前に発見されたゼーベック効果を利用したもので、自動車や医療の分野において実用化に向けた研究開発が進んでいます。

アイソトープを熱源とする原子力電池

1977年に打ち上げられたNASAの惑星探査機ボイジャーは、木星、土星、天王星、海王星を通過しながら写真撮影したのち、太陽系を飛び出していまなお地球に信号を送り続けています。信号を送るためには電気エネルギーが必要です。しかし、地球から遠ざかるほど太陽光は弱まっていくため、太陽光発電に頼るとなると巨大な太陽電池パネルが必要になります。そこで、木星以遠の宇宙を長旅する惑星探査機には原子力電池が搭載されるようになりました。原子力電池はきわめて長寿命なのが特長で、この原子力電池は、2023年現在も機能しており、ボイジャーは依然として科学データを地球に送信しています。近年では木星よりも近い、火星や月の地表を調べる探査車の動力にも原子力電池は使われるようになっています。宇宙空間を飛び続ける探査機と異なり、惑星や衛星には昼夜や天候があるため、太陽光発電だけではどうしても発電できない時間帯があるからです。月の昼夜は約28日周期なので、太陽光発電だけでは14日間が最長の活動期間となりますが、中国が2013年に打ち上げた月面探査機嫦娥3号の無人探査車「玉兎号」は、原子力電池を搭載して、972日間という月面稼働時間記録を打ち立てました。また、NASAは火星探査機に太陽光発電を使用していましたが、薄い大気があり砂埃が舞う火星の表面ではパネルの表面が汚れて発電ができなくなるリスクがあります。そのため、2012年に火星に到達した火星探査車キュリオシティや、2021年に火星に到達したパーサヴィアランスは、原子力電池を動力として搭載しています。2006年1月、NASAによって打ち上げられた初の冥王星探査機ニューホライズンズにも原子力電池が利用されています。宇宙船本体からにょっきり飛び出した黒いエントツのような装置が原子力電池です。

冥王星探査機ニューホライズンズ

原子力電池は熱電対の原理を応用した発電機です。熱電対とは異なる種類の金属を接合して輪にしたもので、片方の接合部を熱すると起電力が発生して電流が流れます。この現象は発見者の名をとってゼーベック効果と呼ばれます。

この熱電対とアイソトープを組み合わせたのが原子力電池。アイソトープが自然崩壊するときに出す放射線が物質に吸収するとき熱を発生するので、これを熱源として電力を得ます。このためアイソトープ電池とも呼ばれます。

原子力電池のアイソトープとしてはプルトニウム238(半減期87.7年)などが用いられます。原理も構造もいたってシンプルなので超小型の原子力電池をつくることも技術的に容易です。以前、欧米では心臓ペースメーカー用電池としても開発されたことがあるほどです。ただ、原子力電池の問題点は、放射線被害などの心配があり、民生機器では使用が難しいことです。また、もし原子力電池を搭載した宇宙機が地上に落下した場合、放射性物質の飛散による広範な環境汚染を起こす危険性もあります。このため、原子力電池を使用するのは特殊な用途にかぎられ、使用されるアイソトープはペレットとして固めるとともに、頑丈な容器に格納するなどの安全対策がほどこされています。

その他の用途としては、メンテナンスが困難な環境でのセンサーやモニタリング機器、深海などの過酷な環境下での研究機器などで、原子力電池の使用が検討されています。ちなみに日本の宇宙探査機には原子力電池は使われていません。

長寿命で安定した低出力を提供するダイヤモンド電池

同じアイソトープの崩壊から電力をつくる技術としてダイヤモンド電池が注目されています。2016年に、イギリスのブリストル大学の研究チームが、炭素14を含む人工ダイヤモンドを使い、ダイヤモンド電池のプロトタイプを開発しました。これがダイヤモンド電池の実用化に向けた重要なステップとなり、現在でも、出力の効率化、安全性の向上、コスト削減などをテーマとして、研究開発が続けられています。

ダイヤモンド電池の原理は、アイソトープの崩壊から生じた電子がダイヤモンドを通過する際に発生する電気エネルギーです。炭素14の半減期は約5,730年で、原子力電池のアイソトープルトニウム238(半減期87.7年)よりも長く、数千年にわたって電力を供給できる長寿命な電池です。また、炭素14は比較的安全な放射性物質であり、自然界でも広く見られます。ダイヤモンド自体が放射線を遮断するため電池自体も安全で、化学反応を伴わないため爆発や漏れのリスクも低いのが特徴です。

ダイヤモンド電池は原子力電池に比べ出力が低いため、用途としては、体内に埋め込まれるタイプの医療機器などに活用されることが期待されています。一方原子力電池は宇宙探査や遠隔地監視機器など、よりエネルギーを多く消費する応用分野に向いているでしょう。

 オームの法則の発見に貢献した熱電対

熱電対の原理であるゼーベック効果が発見されたのは、エルステッドによる電流の磁気作用の実験の翌年です(1821年)。当時、電気現象の実験には、亜鉛と銅の電極を希硫酸に浸したボルタ電池が使われていました。ゼーベックは2種の金属を液体に浸さなくても、接触させるだけで電流が生ずるのではないかと考えて、銅板のコイルとビスマス(またはアンチモン)、磁針による実験装置を製作しました(図A)。

銅とビスマスをただ接触させただけでは電流は流れませんが、ゼーベックにとって幸いしたのは、銅とビスマスを接触させるために指で押さえつけたことです。このときかすかながら磁針が振れることに気づいたのです。しかし、指を使わずにガラス棒などで押さえると磁針は動きません。そこで、ゼーベックは接触部に指の熱が加わったことが関係していると考え、銅板とビスマス板をハンダ接合して輪にした有名な実験装置を考案しました(図B)。アルコールランプで接合部の片方を熱すると、輪に電流が流れて磁針が振れます。ゼーベックはまた接合部の片方を冷却することでも、逆方向の電流が流れることを発見しました。

熱電対の特徴は、使用する2種類の金属の組み合わせと温度差によって起電力が厳密に決定することです。そのため、2か所の接合部の温度差を一定に保てば、きわめて安定した電圧が得られます。この熱電対によって電気の基本法則である“オームの法則”が発見されました。

オームは同じ太さの銅線の長さをいろいろ変えて回路につないだとき(つまり抵抗値を変えたとき)、電流の大きさがどのように変わるかを調べました(磁針の振れの大きさとして測定)。ところが、ボルタ電池では電圧が一定していないために、満足なデータが得られません。そこで、彼はボルタ電池のかわりにゼーベックの熱電対を使うことにしたのです。オームは熱電対の片方を沸騰水の100℃、もう片方を氷水の0℃とすることで温度差を一定に保ち、きわめて安定した電圧を得ることができました(図C)。この装置による実験データから、「電流=電圧/抵抗」というオームの法則が発見されたのです(1826年)。

ゼーベック効果
オームの法則の実験

ペルティエ効果を利用した電子冷熱

2種の金属の温度差が電流を生み出すなら、逆に電流によって2種の金属に温度差をつくり出せるはずと考えたのはフランスのペルティエです。彼はアンチモンとビスマスをハンダ付けした棒をつくり、アンチモン側から電流を流すと発熱し、逆に電流を流すと冷却することを確かめました(1834年)。これをペルティエ効果といいます(図D)。

ゼーベック効果やペルティエ効果は、広く熱電効果と呼ばれる物理現象です。熱現象が電流と相互に関係しあうのは、電子は電流の担い手であり、また熱の担い手でもあるからです。したがって2種の金属ばかりでなく、2種の半導体でも熱電効果が実現します。

たとえばN型半導体とP型半導体を交互に並べ、それらを金属ではさむと、金属の片方は冷却面、もう片方は発熱面となります(図E)。N型半導体は原子に束縛されないで動き回る自由電子の過剰な半導体であり、P型半導体は自由電子の不足した半導体です。この2つの半導体を接合して電流を流すと、電流とともに熱流も流れますが、その拡散の仕方はN型半導体とP型半導体では異なるので冷却効果と発熱効果が生まれます。

この冷却効果を利用すると、冷媒を必要としない電気冷蔵庫が実現します。モータやコンプレッサといった駆動部もないのでとても静かです。ただ難点はあまり大きなパワーが得られないことです。このためホテルや病院などの小型冷蔵庫として利用されることがあります。「No.61 冷蔵庫のルーツと冷凍技術の進展」の記事ではペルティエ効果を利用した冷蔵庫の他にも、冷蔵庫の仕組みと歴史を広く紹介しています。

ペルティエ効果を利用した電子冷熱は、小型で振動や騒音が少ないことから、パソコンのCPUやGPUの冷却にも利用されています。冷却面をCPUやGPUに接触させることで、発熱を直接冷却し、オーバーヒートを防止します。また、新型コロナで普及したPCR検査機器へも、電子冷熱の技術は活用されています。PCR検査では、DNAの複製プロセスの検査を様々な温度で繰り返すため、ペルティエ素子はPCR検査機器内で迅速に温度を変化させるのに使用されます。

ペルティエ効果
ペルティエ効果を利用した電気冷蔵庫

熱電素子で自動車の排熱から電気を取り出す

半導体を用いた熱電効果は、自動車にも応用されるようになっています。エンジンからの高温の排気ガスをそのまま捨てるのは、エネルギーを無駄使いするようなものです。そこでP型半導体とN型半導体を用いた熱電変換素子により、廃熱から直接電気を得て、自動車電装機器に必要な電力の一部をまかなおうというもの。自動車の省エネ技術は年を追うごとに高度化しています。

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