フェライト・ワールド

第11回 電波吸収体・電波暗室とフェライト

アクアラインの“風の塔”に設置されているTDKのフェライトタイル

神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶ東京湾横断道路アクアラインは、約3分の2が海底トンネル。川崎市の沖合5kmあたりに、巨大ヨットのように遠望される“風の塔”は、この海底トンネルの送気・廃気用に設けられた換気塔です。
近くに羽田空港があるため、風の塔には電波吸収体としてTDKのフェライトタイルが取り付けられています。航空レーダーからの電波が建造物で反射すると、実在しない物体がレーダー画像として現れることがあります。これをレーダー偽像といいます。フェライトタイルはレーダーの電波を効率よく吸収して、熱として消滅させることでレーダー偽像の発生を抑制します。
テレビ電波が高層ビルなどで反射すると、レーダー偽像と同じようにゴースト障害を起こします。これを防止するため、高層ビルにもフェライトタイルが取り付けられます。また、列車の無線通信障害を防ぐため、新幹線のプラットホームなどにも採用されています。
電波吸収体は1940年代にまず、カーボンやグラファイトなどの非磁性材料から実用化されました。電波がこれらの物質を透過するとき、材料の電気抵抗(オーム損失)や誘電損失によって熱に変換されることを利用したものです。原理は簡単ですが、十分な吸収特性を得るには、相当な厚みが必要になります。
1960年代になると、フェライトの特異な磁気特性を電波吸収体として利用する研究が進みました。トランスコアなどに用いられているように、フェライトは交流磁界にスムーズに追随して磁化反転を繰り返します。しかし、周波数が高くなってMHz帯以上にもなると、さしものフェライトもついには磁界の変化に追いつけなくなり、ある周波数帯で透磁率が低下し、磁気損失も急激に大きくなります(自然共鳴と呼ばれる状態)。トランスコアなどでは、このような周波数帯での使用は避けられますが、これを積極的に利用したのがフェライト電波吸収体です。他の電波吸収体とくらべて、きわめて薄くてすむのが何よりの利点です(フェライトタイルでは6mm程度)。また、フェライトタイルは焼結セラミックスであるため、コンクリートや外装用磁器タイルなどとも相性がよく、屋外建造物用の電波吸収体としてうってつけなのです。

フェライトタイルと誘電損失体を組み合わせた複合型電波吸収体

船舶のマストには、フェライト粉末をゴムなどに混練したタイプの電波吸収体が取り付けられます。船舶レーダーが放射する電波が自らのマストで反射すると、レーダー偽像が現れるからです。これは携帯電話などの“自家中毒問題”と似たところがあります。自らの回路内部で発生した電磁ノイズによって、自らの回路が機能被害をこうむるというノイズ障害です。この自家中毒の対策として、携帯電話ではICの表面などに磁気シールド材(TDKの商品名は“フレキシールド”)が貼られたりします。これは弾力性のある樹脂に、高透磁率の磁性材料粉末を混ぜ込んだもので、電子機器内部で電磁ノイズの吸収体として作用します。
電波吸収体は電波暗室にも欠かせない材料です。電波暗室とは外部からの電磁波の影響を受けず、また外部に電磁波を漏らさないように設計・施工されたシールド空間です。もともとは無線機器やアンテナなどの実験・研究用施設でしたが、1980年代以降、電子機器の本格的なノイズ規制が始まったことにより、電子機器のEMC対策用にさかんに建設されるようになりました。EMC対策とは、外部に影響を与える放射ノイズを抑制するエミッション対策と、外部からの放射ノイズに耐性をつけるイミュニティ対策を両立させることをいいます。
電子機器から放射される電磁ノイズの電界強度測定は、屋外のオープンサイトにおける測定が基準とされています。しかし、屋外はさまざまな電波が飛び交ううえ、風雨などの天候の影響を受けて測定に支障をきたします。また、イミュニティ試験ではきわめて強い電界が加えられるので、電波法などの関係で屋外のオープンサイトでの測定は実施困難になっています。そこで利用されるのが電波暗室です。評価する機器やシステムの大きさや使用目的により、さまざまな電波暗室がありますが、電子機器のEMC試験としては、一般に10m法電波暗室と3m法電波暗室が使用されます。
電子機器のEMC試験は、MHz帯からGHz帯までのきわめて広い周波数帯域にわたるため、フェライトだけではカバーしきれません。そこで異なる電波吸収体を組み合わせた複合型電波吸収体が用いられます。約300MHz以下の比較的低周波の電波は、フェライトタイルの磁気損失を利用し、それ以上の高周波の電波はピラミッド構造やテーパー構造などの誘電損失体で吸収させます。この複合型電波吸収体は日本で考案されました(東京工業大学の末武・内藤・清水教授らの研究による)。

電波暗室の新たな進化−−世界最高水準の超高性能10m法電波暗室

1969年、フェライト電波吸収体を用いた世界初の電波暗室を建設したのはTDKです。以来、TDKは全世界に1,000基以上(国内約500基・国外約500基)の電波暗室の納入実績を誇ります。
電子機器のデジタル化や高機能化とともにEMC対策も一段と厳しさを増し、工期短縮・工数削減のためにも、小型電波暗室あるいは3m法電波暗室・10法電波暗室が活用されています。しかし、電波暗室を用いたEMC測定で重要なのは、すぐれたトレーサビリティと再現性です。理想的なオープンサイトと電波暗室との誤差(サイトアッテネーション特性)は±4dB以内と定められていますが、現実には±3dB〜±2dBの特性が求められ、近年は±2dB以内までに厳しさを増しています。
モノづくりには正確なモノサシが必要ですが、モノサシに多少のバラツキがあっても、基準となる正確なモノサシで校正することで、誤差を許容範囲内に収めることが可能です。それと同様に、EMC試験にも基準となる正確な電波暗室が必要です。その役割を担うのがTDKテクニカルセンター(千葉県市川市)の敷地内に建設し、2010年6月から本格的運用を開始した新電波暗室棟です。
TDKの新電波暗室棟は、EMC試験用の10m法電波暗室と3m法電波暗室、アンテナ測定用のマイクロ波・ミリ波電波暗室、簡易な測定が実施できるシールドルームなどで構成された世界屈指の施設です。なかでも10m法電波暗室は、サイトアッテネーション特性が±1.5dB以内という超高性能の新電波暗室で、世界中で使われている電波暗室の基準(リファレンス暗室)としての役割を担います。
近年、電波暗室は単なる測定・試験施設にとどまらず、新製品の設計・開発ツールとしてきわめて重要な役割を占めるようになっています。さらなる高周波化、高イミュニティ化に進む将来のEMC規格改訂にも対応できるのが、TDKの超高性能10m法電波暗室。スマートフォン、電子書籍、3DTVなど、次世代の電子機器の開発を、設計・試作段階から、評価・認証段階までトータルサポートします。

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