フェライト・ワールド

第4回 常識破りの新工法から生まれた積層チップインダクタ

フェライトや鉄は複数の“磁区”の集まり

磁石(永久磁石)は2つに分割すると2つの磁石となり、4つに分割すると4つの磁石になります。これを繰り返していくと、それ以上は分割できない微小な磁石領域にたどりつきます。これを磁区(じく)といいます。磁石とは、磁極方向をそろえた多数の磁区の集合体と考えることができます。分割しても、磁石としての性質を示すのはこのためです。
磁化をいつまでも保ち続ける永久磁石に対して、フェライト(ソフトフェライト)や軟鉄は、磁界が加わったときだけ磁化される“一時磁石”ともいうべき磁性体です。では、この一時磁石という性質は、ミクロ的にはどのように説明されるのでしょうか?
フェライトや軟鉄も多数の磁区の集まりです。永久磁石と異なるのは、複数の磁区が磁極方向を互い違いにして配列していること。たとえば複数の磁石を近づけると、互いに吸いつき合って、磁極からの磁気漏れをなくそうとします。内部で磁束を還流させるほうが、低いエネルギー状態で安定するからです。それと同様にフェライトや軟鉄も、微小磁石である磁区どうしが磁束の還流構造をつくり、磁気漏れをなくそうとします(多磁区構造)。このため、マクロ的には磁石としての性質を示しません。いわば、多磁区構造は磁性体自らがつくる“省エネ構造”なのです。
フェライトや軟鉄のそれぞれの磁区が占める領域は、固定的ではありません。磁区と磁区の境界を磁壁(じへき)といいます。外部磁界が加わると、磁壁がするすると移動して、外部磁界方向の磁区が占める領域が優勢となります。また、外部磁界を取り去ると、再び磁壁が移動して元の状態に戻ります。これが、フェライトや軟鉄が一時磁石となるしくみです。
軟鉄やフェライトは磁石としての性質を隠した“眠れる磁石”ともいえます。外部磁界が加わると、磁石としての性質に目覚め、外部磁界がなくなると再び眠れる磁石に戻ります。この寝覚めのよさ・寝つきのよさが、フェライトという材料の持ち味なのです。

そもそも物質の磁性はどこから生まれるのか?

微小磁石である磁区は、光学顕微鏡で観察することができますが、これ以上、分割すると分子、原子の世界となってしまいます。では、磁区がもつ磁性はいったいどこから生まれるのでしょうか?
地球が自転しながら太陽のまわりを公転しているように、原子核を取り巻く電子は原子核の周囲をまわるとともに、高速で自転しています。この電子の自転をスピンといいます。物質の磁性の主たるルーツは、電子のスピンによるものです。電子は負の電荷をもつため、電子の自転は円電流が流れることと同等となり、円電流は“右ネジの法則”に従う方向に磁界を発生させます。つまり、自転する電子そのものがミニ磁石としての性質をもっているわけです。これを仮に“電子磁石”と呼ぶとすれば、微小磁石である磁区とは、同じ方向を向いた多数の電子磁石の集まりということになります。
20℃以下で強磁性(磁石に吸いつく性質)を示すガドリニウムという希土類元素もありますが、室温で強磁性を示す元素は、鉄、コバルト、ニッケルの3種です。これらを鉄族元素といいます。ここで疑問が生じます。どんな元素も電子をもつのに、なぜ、限られた元素だけが強磁性を示すのでしょうか?
2本の棒磁石を近づけると、互いに磁極を逆向きにして吸い寄せ合います。そのほうが低いエネルギー状態で安定するからです。同様に原子の軌道上にある電子もまた、スピン方向が逆向きの2つの電子がペアを組むような状態をとります。これは、電子磁石としての性質が相殺されることを意味します。物質の多くが磁石に吸いつかない非磁性体であるのもこのためです。
ところが、鉄族元素では例外的にペアとならない電子(不対電子)が軌道上に複数存在します。鉄族元素においては、原子どうしの距離とこれら電子どうしの距離が、絶妙ともいうべき間隔にあるため、同じスピン方向の不対電子として共存できるのです。このため、不対電子の電子磁石としての性質は、鉄族元素では相殺されることなく生き残り、これがマクロでは強磁性体としての性質となって現れるのです。

世界に先駆けてTDKが製品化した積層チップインダクタ

電流を流したコイルは磁界を発生して、磁石と同じ性質を示します。コイルの中に鉄やフェライトのコアを入れると、磁石としての性質は著しく高まって、鉄を強く吸いつけるようになります。鉄やフェライトといった磁性体は、周囲の磁束を集める性質があるからです。これが電磁石の原理です。
もともと電気・磁気の実験から生まれたコイルは、19世紀半ばには発電機やモータの電磁石用コイルとして工業利用されるようになりました。20世紀になると無線通信が実用化され、1920年代にはラジオ放送が始まりました。微弱な電波を感度よく受信するため、円筒に巻いたボビンコイル、蜘蛛の巣型のスパイダーコイル、編み籠(かご)のようなバスケットコイルなど、さまざまなコイルが考案されました。コアを用いるとコイルは小型化できます。TDKが工業化したフェライトは、高周波コイルのコアとしてうってつけの材料でした。戦前から無線通信機器などに使われていましたが、戦後はスーパーヘテロダイン方式のラジオの中間周波トランスのコアとして量産されました。テレビ時代になると、フェライトの需要はさらに急増しました。ブラウン管は電子銃から飛び出した電子をコイルの磁界によって曲げ、蛍光体に衝突させて画像をつくります。このコイルの磁束を集める偏向ヨークコアとしてフェライトは不可欠だったからです。
マイクロエレクトロニクス時代を迎えると、コンデンサなどの受動部品のSMD(表面実装部品)化が進み、コイルなどのインダクタ製品にもさらなる小型化・量産化が求められるようになりました。
大電流が流れる電源系では、フェライトコアに巻線をほどこす巻線型インダクタが有利です。一方、信号系では流れる電流が小さいので、小型化や高周波特性のほうが求められます。このような市場ニーズに応え、1980年、TDKが世界に先駆けて開発したのが積層チップインダクタです。立体的らせん状なコイルを積層工法で形成するというのは常識的には無理な話です。しかし、TDKはフェライト層にコイルの半パターンを印刷し、これを左右交互に積み重ねていくという画期的な新工法(印刷積層工法)を編み出して実現しました(その後、内部電極を印刷したフェライトシートを重ねるシート積層工法も確立)。小型のチップ部品ながら、インダクタとしての性能を存分に発揮するのも、フェライトという他にかえがたい磁性材料あらばこそです。

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