フェライト・ワールド

第5回 無線技術の発展を支えたマテリアル 高周波用フェライト

20世紀前半に相次いで発明された軟磁性材料

精神や人格を養成することを“陶冶(とうや)する”といいます。これは土を焼き固める陶器(セラミックス)づくり、鉱石から金属を取り出す冶金(やきん)に由来する言葉です。20世紀前半はいわば、磁性材料の “陶冶”の時代でした。金属系そしてセラミックス系で、すぐれた新材料が続々と開発されたからです。
19世紀半ばにトランス(変圧器)やモータ、発電機が利用されるようになると、それらのコア(磁心)には、交流磁界の変化に俊敏に追随する性質(高透磁率)をもつ軟磁性材料が求められるようになりました。当時、軟磁性材料といえば、もっぱら軟鉄(炭素を減らして純鉄に近づけた鉄)でしたが、1900年のイギリスで、軟鉄の約2倍の透磁率をもつ、ケイ素鋼(鉄・ケイ素合金)が発明されました。また、1921年には、アメリカでニッケル・鉄合金のパーマロイ(permalloy)が開発されました。パーマロイとは透磁率(permeability)にすぐれた合金(alloy)という意味からの命名です。パーマロイはケイ素鋼よりも格段に透磁率の高い材料ですが、高価なニッケルを使用するのが難点です。そこで、鉄・アルミニウム・ケイ素の合金であるセンダストという材料が、東北大学の金属材料研究所で発明されました(1937年)。センダストは得られた合金を粉末(ダスト)にして、押し固めたものがコアとして用いられます。このような製法によるコアはダストコア(圧粉磁心)と呼ばれます。
しかし、こうした軟磁性材料には根本的な難点があります。金属系であるため電気抵抗が低く、 kHz、MHz…といった高周波の交流磁界が加わると、渦電流損による発熱ロスが膨大になってしまうからです。そこで、高周波用の軟磁性材料として注目されるようになったのがフェライト(ソフトフェライト)です(1930年発明)。フェライトはセンダストのような圧粉磁心ではなく、粉末原料を成型・焼結して製造される磁性セラミックスです。セラミックスは多数の結晶粒が集まった多結晶体。結晶粒どうしの境界である粒界が、絶縁体に近い高い電気抵抗を示すばかりでなく、金属系では得られないフェライトならではのさまざまな磁気特性を生み出します。

“スーパーラジオ”で多用されたTDKのフェライトコア

フェライトが発明された1930年代は、通信・放送技術がさらなる高周波化へと進んでいった時代でした。無線通信の歴史をざっとひもといてみましょう。マルコーニが発明した初期の無線電信は、火花放電に伴う電波をアンテナから間欠的に放射し、トンツー(短点・<トン>と長点−<ツー>で情報を信号化)のモールス信号として送るものでした。たとえば、電子ライターをラジオのそばで着火すると、ブツンという雑音が入ります。火花放電に伴ってノイズ電波が発生するからです。マルコーニの無線通信はこれと同じようなもの。いわば、ノイズ電波をノロシのようにして送る無線通信でした。しかし、あちこちでノロシが上がると情報が混乱するように、マルコーニの無線電信では混信の問題が避けられません。そこで、コイルとコンデンサを組み合わせた共振回路(1898年、ロッジが考案)が、ある周波数の電波を選択的に取り出すための同調回路として利用されるようになりました。
無線電信が普及すると、無線電話の実用化が次の技術課題となりました。無線電話となると音声電流を乗せるための持続的な高周波の電波(搬送波)が必要となります。その発生装置の開発はかなりの難題で、初期には機械的に高周波を発生させる大型の高周波発電機が用いられました。小型装置で安定した高周波が発生できるようになったのは、真空管を用いた発振回路の発明です。これは出力の一部を入力側にフィードバックする回路。マイクをスピーカに近づけると、ハウリングと呼ばれる発振を起こすように、フィードバック回路によって一定周波数で発振するようになります。こうして無線電話の基礎技術が集積され、1920年代にはラジオ放送も始まりました。
しかし、初期のラジオは選択度が悪く、周波数の近い放送電波を受信して混信しやすいという問題を残していました。これを解決するために考案されたのが、現在でもラジオやテレビの受信機に利用されているスーパーヘテロダインと呼ばれる回路です。局部発振回路によって放送電波の周波数を一定の中間周波数(日本のAMラジオでは455kHz)に変換してから検波する(音声信号を取り出す)というアイデアに富んだ方式です。日本でスーパーヘテロダイン方式のラジオ(いわゆる“スーパーラジオ”)が普及したのは、終戦(1945年)後のこと。その中間周波トランス(IFT)のコアとしてTDKのフェライトコアが大量に採用されました。

ファラデー回転をフェライトで応用したアイソレータ/サーキュレータ

フェライトにはさまざまなタイプがありますが、トランスやアンテナのコアなどに使われるフェライトとしては、MnZn(マンガン・亜鉛)系とNiZn(ニッケル・亜鉛)系とがあります。MnZn系フェライトは数MHz以下の周波数帯ですぐれた特性を発揮し、10MHz以上の高周波領域となるとNiZn系フェライトが使われるようになります。
携帯電話や衛星通信などでは、マイクロ波(おおむね波長1m以下=300MHz以上の電波)が利用されています。このような高周波領域で使われる特殊なフェライト(YIGなどのマイクロ波用フェライト)の応用部品として、アイソレータやサーキュレータがあります。
たとえば、携帯電話では電波の受信と送信を1つのアンテナで共用するので、電波が逆流することのない一方通行の回路が必要となります。アイソレータは順方向の電波をスムーズに流し、反射などで逆方向に戻る電波は吸収して阻止する機能をもつ素子です。その原理は1845年にファラデーが発見したファラデー回転という現象です。ガラスを透過した光が反射してガラスに戻るとき、往路と同じようにガラスを透過します。ところが、磁界を加えたガラスに光を透過させてから反射させると、反射光はガラスの中を透過しなくなってしまうことをファラデーは発見しました。つまり、磁界を加えることでガラスは光の一方通行となるのです。これがファラデー回転という現象です(詳しくは電気と磁気の?館No.19をご参照ください)
光をマイクロ波、ガラスをフェライトに置き換えると、電波の一方通行であるアイソレータとなります。アイソレータは小型ながら携帯電話などの無線通信機器では重要な部品です。同じ原理により、3端子のものは、駅前のロータリーのように、電波を端子間で一定方向にしか流さないサーキュレータとなります。基地局のマイクロ波中継装置などでもTDKのサーキュレータが活躍しています。
ラジオやテレビ、携帯電話をはじめとする無線機器の回路は、多くの先人の発明やアイデアが集積されたものですが、それを実現しているのはさまざまな電子材料です。エレクトロニクスの発展を推進してきたキーテクノロジーの1つは素材技術。フェライトは、磁性材料といえば金属系というのが常識だったところに、突如として日本で誕生した異端の磁性材料でした。しかし、異端どころか、まさに高周波時代の申し子ともいうべき磁性材料だったのです。

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