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100m走の記録はどこまで伸びるか?100m走の区間スピードから考察する
100m走は「人類最速」を競う陸上トラック競技の花形
究極の持久力が求められるマラソンと並んで、人類最速を競う100m走は陸上競技の花形種目です。 男子100m走の初の公式記録は、1912年のストックホルム五輪に計測された10秒6(予選タイム。当時はストップウォッチによる手動計時)です。以後、長らく立ちはだかっていた“10秒の壁”は、1968年、J.ハインズ選手(米国)に破られ(9秒95A、Aは高地記録)、1991年にはC.ルイス選手(米国)により、9.8秒台が達成されました。 第1回のアテネ五輪(1896年)の優勝タイムは12秒0だったので、100mの世界記録は、約1世紀をかけて約2秒短縮されたことになります。全天候型トラックの採用、スパイクシューズの進化、スポーツ科学を取り入れたトレーニング方法の改良などが、記録更新に大きく貢献したといわれます。 以来、世界記録はほぼ数年おきに塗り替えられ、2009年の世界陸上ベルリン大会においてはU.ボルト選手(ジャマイカ)によって9秒58という驚異的な世界記録が達成されました。 男子100m走の世界記録の推移を以下に示します(2022年3月現在)。この10数年は9.60秒の壁が超えられない状況が続いています。ボルト選手の9秒58という記録が、いかに傑出したものであるかがわかります。
女子100m走の世界記録と記録推移
女子100m走の世界記録の推移を以下に示します(2022年3月現在)。1977年、M.エルスナー選手(東ドイツ)が初めて“11秒の壁”を打ち破って以来、1984年にはE.アシュフォード選手(米国)が10秒76を記録、その4年後の1988年には、F.グリフィス-ジョイナー選手(米国)が10秒49を達成しました。以後、30年以上にわたって、この記録は破られず、世界のトップアスリートでも10秒6台の記録で推移していました。しかし、2021年にE.トンプソン-ヘラ選手(ジャマイカ)が世界記録に迫る10秒54を達成したことから、記録更新に大きな期待が寄せられています。
100m走はピッチとストライドの積がスピードとなる
100m走の世界記録はほぼ限界に近づきつつあるといわれながら、9秒4台は可能ともいわれます。スポーツ科学の観点から、ピッチ(1秒あたりの歩数)やストライド(歩幅)、パワーの配分など、まだまだ向上の余地があるからです。
100m走は、一般に以下の4局面で分析されます。
●1次加速:スタートダッシュから10~20mの区間。クラウチングスタートの姿勢から、上体を徐々に起こしながら、素早くピッチを速めながら急速に加速します。
●2次加速:20~50mの区間。ストライドを増加させながら、最大疾走速度に到達します。
●最大疾走:50~80mの区間。ストライドと姿勢を保ちながらスピードを維持します。
●減速:80~100mの区間。レース終盤。しだいにスピードが落ちていきます。
スピードはピッチとストライドの積で表されます。どちらを重視するかは、個々のアスリートのフィジカルな条件により異なります。9秒58という世界記録を達成したときのU.ボルト選手においては、平均ピッチは4.271歩(歩数40.92歩)、平均ストライドは244.4cmでした。
100m走は中盤の最大速度の維持、終盤の減速の抑制が記録更新のポイント
以下のグラフは、世界記録を達成したときのU.ボルト選手の10mごとの区間スピードを表したものです。世界のトップアスリートの平均的な区間スピードと比べて、1次加速の段階でボルト選手の走りは、それほど差がみられません。しかし、最大疾走の維持時間が長いことと、減速段階でのスピードの低下率が、他のトップアスリートたちよりも優れていることがわかります。
とはいえ、最大疾走を持続できる時間には限界があります。U.ボルト選手の世界記録を破るには、レース後半のスタミナの配分とフィニッシュに向けた頑張り(減速の低減)が鍵となりそうです。
また、スタートのタイミングも記録に大きく関係し、タイムを0.01秒ほど縮めることができるといわれます。 U.ボルト選手はスタートを得意としていませんでした。2011年の世界陸上大邱(テグ)大会では、連覇が確実と予想されていたにもかかわらず、まさかのフライイングで失格となりました。
100m走のフライングを判定するスタート判定システムとは?
100m走をはじめとする短距離走のスタートの判定には、圧力センサを搭載したスターティングブロックが使われています。スタータのピストル信号(電子音とフラッシュ光)はスターティングブロックに搭載されたスピーカで鳴らされ、その時点から0.1秒未満のスタートはフライイングと判定されます。これはスタート音を聞いて人間が反応するまでの時間は0.14秒を要するという科学的な研究結果によるものです。圧力センサは0.001秒の誤差でスタートを検知するため、フライイングが見逃されることはありません。
圧力センサにはさまざまな方式がありますが、スターティングブロックに使われるのは歪(ひずみ)ゲージ式というタイプです。金属が圧力によって伸縮すると、わずかながら抵抗値が変化します。この抵抗変化を検知して圧力を算出するのが歪ゲージ式の圧力センサの原理です。
100m走の記録は気圧も影響が大きい
100m走の記録には、気圧も微妙に関係してきます。初の“10秒の壁”を破ったJ.ハインズ選手の世界記録(9秒95A)は、1968年のメキシコ五輪で達成されました。実はこの大会では、100m走、200m走、400m走など、男女とも短距離走の世界記録ラッシュとなりました。開催地であるメキシコシティは標高2,200mの高地にあり、気圧が低いために空気抵抗が少ないことが関係していたといわれます。9秒95Aの“A”は高地(Altitude)記録という意味です(高地記録も公式記録として認定されます)。
100m走において、ストップウォッチによる手動計時にかわり、初めて公式に電子計時が採用されたのは1964年の東京五輪大会です。以来、スタート判定システムのほかにも、フィニッシュラインに設置されるスリットビデオカメラ、風速計、タイム表示盤など、さまざまなエレクトロニクス機器が利用されるようになりました。こうしたシステムの活躍を知ることも、陸上競技観戦の楽しみです。
スポーツ科学をサポートするTDKの製品・技術――MEMS圧力センサ
腕時計タイプの気圧計(高度計)やダイバーウォッチ(水深計)、スマートウオッチなどには、MEMS(微小電気機械システム)技術を利用した小型の圧力センサが使われています。シリコン基板をエッチング加工したダイヤフラム上に、半導体の抵抗素子を形成したもので、圧力によってダイヤフラムが変形すると、抵抗素子の電気抵抗が変化するので、これを検出・増幅して圧力を算出します。これはピエゾ抵抗式といい、半導体製造のウエハプロセスで量産できるため、自動車やFA機器ほか、家電機器などでも多用されています。
ちなみに、世界陸上の100m走のスタートラインに並ぶアスリートたちの背景に、TDKのロゴが表示されたバックボードが設置されます。このバックボードは巨大なLED表示装置ですが、2022年の世界陸上オレゴン22ではTDKラムダの電源(AC-DCスイッチング電源)が採用されました。
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