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5. ナノテクノロジーが切り開く近未来 どこでも情報発信・受信も実現へ

ナノテクノロジーが切り開く近未来

図1●研究開発途上のウエアラブル・コンピューター (日経BP社提供)

最近発売される携帯電話は、テレビが見られるなど多機能で大変便利。ここ数年間、日本製の携帯電話の多機能化は、「進歩が速い」の一言につきる。世界的に見て、「携帯電話の日本市場は多機能化の実験場になっているので目が離せない」と欧米の携帯電話メーカーがいうほど、進化が速い。

今では、手放せないほど便利な携帯電話だが、身に着け方に意外と苦労する方も多いだろう。首からぶら下げたり、ベルトにケースごと差したりと工夫している。

しかし、携帯電話を持ち運びする苦労も、近いうちに解決できるかもしれない。その有力な解決策の一つが「ウエアラブル・コンピューター」だ(図1)。ウエアラブル・コンピューターは、文字通りに衣服の中にパソコンを組み込むもので、このパソコンに携帯電話機能を付ければいいことになる。

携帯電話とパソコンが合体する日

図2●袖口に小型ディスプレイを組み込んだウエアラブル・コンピューター (日経BP社提供)

近未来のウエアラブル・コンピューターは、メガネのレンズ内面に画面を映し出し、テレビ電話で会話する。あるいは、衣服の袖口にディスプレイを組み込み、メールで受けた画像を見る(図2)などを可能にする。ウエアラブル・コンピューターは、現在のノート型パソコンを着用するという意味では既に実用化されてはいる。流通業では、荷物を配送先地域ごとに仕分ける作業に利用し始めている。比較的小型のノート型パソコンを背負うなどして身に着け、メガネに取り付けた小さなディスプレイに荷物の行き先を表示するなどの使い方が一部で始まっているのだ。  

製品の生産ラインにもウエアラブル・コンピューターを導入する動きが検討されている。最近の製品をつくる組み立てラインでは、注文を受けてからつくる多品種少量対応が増えている。見込み生産による無駄な在庫をつくらないためだ。組み立てラインで多品種の製品を少量ずつつくるには、ウエアラブル・コンピューターのディスプレイ上に、今組み立てている製品に対応した部品の組み込む作業を表示する。その指示通りに組み込めれば、初心者であっても正確に作業できるようになるというわけだ。

課題山積となる真のウエアラブル

有機ELディスプレイ ※本記事は、掲載時点の情報に基づくものであり、現在、本製品はTDKでは取り扱っておりません。

実用化が実際に進み始めたウエアラブル・コンピューターだが、衣服に組み込むことのできる「軽くてしなやかなパソコン」を目指すとなると、急に課題が山積する。例えば、衣服にディスプレイを組み込もうとする場合、従来のガラス基板や液晶ディスプレイは曲げることができない。そこで、今注目されている技術のひとつに、有機エレクトロニクスがある。つまり、プラスチックやゴムのような素材で究極の半導体を作ろうとする試みだ。 有機ELディスプレイ 有機ELディスプレイ ※本記事は、掲載時点の情報に基づくものであり、現在、本製品はTDKでは取り扱っておりません。有機エレクトロニクス応用の代表として、有機ELディスプレイがあるが、このディスプレイを製造するのにナノテクノロジーが使われている。ナノテクノロジーは、原子や分子のスケールである1nm(1nm=10のマイナス9乗メートル)という微細な世界を制御する究極の技術のこと。有機ELディスプレイの構造は数十ナノメートルの薄い有機分子の膜を何層も重ねた構造をしており、この薄膜を製造する技術がナノスケールで制御されているのだ。  

ナノテクノロジーというと、何やら遠い世界のことのように思えるが、実はわれわれの身体もナノテクノロジーのかたまりだ。生物の最少構成単位は、ご存知のとおり細胞であるが、その細胞膜は自己組織化というナノテクノロジーを駆使している。例えば、最先端の半導体は、トランジスタや配線のサイズがナノスケールになってきたが、微細加工技術そのものは従来と同じ原理でも、加工精度がナノスケールになってきたことで、ナノテクノロジーと呼ばれていたりするのである。

ナノテクは記録素子開発を促進

最先端の半導体で活用され始めているナノテクノロジーは、身近な製品でも活躍し始めている。例えば日本で相次いで発売された多機能な携帯電話。音楽を再生できたり、GPS(地球全方位測定)で自分の居場所を地図上に表示できたりと多彩だ。200万画素のCCD(電荷結合素子)でデジタル写真が撮影できるものも登場した。  

こうしたことが携帯電話で可能になったのは、大容量の記録メディアを搭載できるようになったのが一因だ。「フラッシュメモリー(当サイト『テクの図鑑 4月号』にて詳解中)」という半導体記録素子を組み込んだ結果、画像データや音楽データをある程度のデータ量で再生できるようになってきた。テレビ番組の録画データを再生できるのも、高画質の写真を撮影し保存できるのも大容量記録素子を搭載し始めた成果である。さらに近々、超小型のHDD(ハードディスクドライブ)が搭載され、記録容量が一気に高まる見通しだ。

個人的な記録手段が進化?

携帯電話への大容量記録素子(HDDを含む)の搭載は、近未来のウエアラブル・コンピューターにも影響を与える。自分が見ている視野をすべて画像記録できると、勉強や仕事のやり方が大きく変わってくるだろう。  

東京大学先端科学技術研究センターの研究者によると、「現在の携帯電話の動画画質で自分の視野を記録し続けると、約10テラバイト(1T<テラバイト>=10の12乗)なので、(視野の全てを記録することが)実現可能になってきた」。前提は、人間の寿命を70歳とし、睡眠時間7時間以外をCCDカメラで撮影し続けることである。  

実際に先端研では帽子のつばにCCDカメラを組み込み、ウエアラブル・コンピューターに自分の視野を記録し続ける研究を続けている。仕事や勉強でのメモ(記録)の取り方がかなり異なり、メモを取ることに力を注がなくて済むので、議論に集中できるなどの利点が生じる。授業の配布資料データもウエアラブル・コンピューターに記録することができるとなると、授業の受け方もかなり変わるだろう。

膨大なデータを手元に持つ時代に

1テラバイト級の大容量記録素子は、現在はまだ研究開発課題である。例えば、米国のナノテクノロジー開発計画では、「角砂糖1個の記録素子に米国連邦議会図書館が所有する本の情報すべてを記録する」ことを開発目標にしている。蔵書を約100万冊と見積もると、この記録素子は10テラバイトを記録することになる。  

角砂糖1個の大きさで、10テラバイトを記録する手段には、さまざまなアイデアがある。それぞれのアイデアは、実用化に向けて熱心に研究開発されている。その途上で次々と実用化される大容量記録素子の便利さを実感できる日は、意外と近いかもしれない。

(丸山 正明=東海大学大学院非常勤講師・日経BP社編集委員)

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