テクノ雑学

第128回 エコ、タフ、スピーディの三拍子そろったSSD

最近登場した新型のノートパソコンでは、ハードディスクに代わって「SSD」と呼ばれるデータストレージデバイスを搭載したものが増えています。SSDはSolid State Disk(もしくはDrive)の略で、その名の通り、半導体メモリを使った記憶装置のことです。
 ハードディスクと違って機械的に作動する機構を持たず、データの記録と消去に関する作動がすべて電気的に行われるため、読み書き速度が高速で、作動音も静か、衝撃に強く、消費電力の面でも有利と、ノートパソコン用主記憶装置には、もってこいの特徴を備えています。

意外と歴史があるが、普及しなかった背景と気になるその中身

半導体メモリを使ったパソコン用データストレージデバイスは、実はかなり以前から存在していました。調べてみたところ、1991年の7月〜9月頃には、アイ・オー・データ機器が「シリコンディスク」の販売を開始しています。ただし、当時はまだメモリの価格が非常に高価だったため、一般ユーザーの手には届きにくく、もっぱら学術用途などのシステムに限られていた印象があります。

 一般ユーザー向けの製品として広く用いられた最初の例は、元祖ノートパソコンといえる初代東芝ダイナブック(J-3100SS)で「ハードRAM」、NECの初代PC-98ノート(PC-9801N)では「RAMドライブ」として搭載されたものだと考えられます。初期のシリコンディスクでは、記憶素子にDRAM(ダイナミックRAM)を使うものが主流でしたが、このタイプでは電源を切ってしまうと記憶内容が揮発してしまうので、バックアップ用電池を搭載するなどしていました。ノートパソコンの場合は、システム用のバックアップ電池を搭載していますから、データ揮発についてはあまり心配する必要がなかったのです。

 その後、電源を切っても記憶内容を保持しておけるSRAM(スタティックRAM)を用いたシリコンディスクが主流となって行きますが、価格容量比の問題は常につきまとっていました。SRAMは高価なので、おいそれと容量を増やすわけにいかなかったのです。一方で、WindowsなどGUI OSの普及、またその上で扱うデータ量の増加などといった事情から、ダイナブックも98ノートも、すぐに主記憶装置をハードディスクドライブ(HDD)に変更してしまいます。それでもある時期まで、シリコンディスクはノートパソコン用増設メモリ/ドライブ(PCMCIAカード)として、ある程度定着しましたが、その後HDDが急激に高速・大容量化し、価格容量比が大きく改善されたことで、存在感を薄れさせていきます。

 ちなみにPCMCIAカード型はその後、記憶素子をフラッシュメモリに変更したものが主流となり、これがコンパクトフラッシュへと進化していくことになります。また、2003年頃にはDRAM価格の下落によって、再び汎用DRAMモジュールを利用してのデスクトップパソコン用RAMドライブが登場しましたが、これも一時期、話題をさらっただけでブレイクには至れませんでした。

 大きく事情が変わったのは、ここ2年ほどの間です。デジカメや携帯電話向けメモリカード用として普及し、大きく性能を改善し続けてきたフラッシュメモリを用いたシリコンディスクがSSDを名乗り、1.8/2.5インチHDDと同じフォームファクタのきょう体で登場してきたことで、ノートパソコンやネットブックに採用されるようになりました。

 また、デスクトップパソコン向けには、内部バス(PCIエクスプレス)スロットに直接挿し込むことで、より高速な転送速度を実現することを目的とした、拡張カード型のSSDも登場しています。このタイプで最速の製品は、メーカー公称値で1000MB/秒、実測値でも条件次第では同程度の読み書き速度を実現しており、これは現在最速クラスのHDDより6〜7倍程度高速な値ということになります。

 フラッシュメモリが外部電源なしにデータを記憶しておけるしくみについては、第68回でとりあげているので、そちらをご参照いただければと思います。ごく簡単に説明しておくと、「トンネル酸化膜」という絶縁体を電子が通過し、フローティングゲートと呼ばれる部分に保持されている状態を「1」、保持されていない状態を「0」と見なすことで、デジタル記録を実現しています。
 

【 参考情報 】

■テクの雑学 第68回 メモリーストレージ - その1「フラッシュメモリー」-



 SSDも、SDメモリカードなど、フラッシュメモリを用いる他の記録媒体と、基本的な構造は同じです。相違点は、「フラッシュメモリコントローラチップ」と呼ばれる制御用のチップが、非常に多くの役割を果たしていることと、高性能タイプではキャッシュメモリを搭載していること程度です。ただし、この2点が、SSDに特有の問題を生み出すことになります。

■ まだまだ荒削りで発展途上、計り知れないそのポテンシャル


 性能面ではまさに理想的な記憶媒体であるSSDですが、まだ「手ごろ」とは言いがたい価格容量比についても、今後もどんどん改善されていくことは想像に難くありません。ただし、根本から解決されるべき問題点もいくつか残っています。細かく言い出すとキリがないのですが、主なものをあげると、次の3点に集約することができます。

フラッシュメモリの構造から来る信頼性、耐久性≒寿命の問題

コントローラチップの仕様などによる「プチフリーズ」の問題

長期間使用しているうちに、読み書き速度が低下してくる問題

 フラッシュメモリが情報を記憶しておける原理は、先に説明したとおりです。しかし、トンネル酸化膜は電子が通過するたびに、わずかながら物理的に消耗していき、いつかゲートとしての役割を果たせなくなってしまいます。これがフラッシュメモリの寿命で、現在、SLC*1タイプの製品ではひとつのメモリセルに対して10万回程度、MLC*2タイプでは5000回程度の書き換えがメーカー保証値となっています。

 ここで、疑問が生じます。10万回ならともかく、5000回という数値は、いかにも低く感じられませんか?仮に毎日10回データを書き換えたとすると、わずか1年半程度で寿命に達してしまう計算になります。データ保存用ならともかく、OSをインストールしたドライブは、見かけより、かなりひんぱんにデータの書き換えを行っていますから、これではまったく実用に耐えないように思えます。
 

*1 SLC: NAND型フラッシュメモリにおけるデータの記録方式の一つで、記憶素子(メモリセル)に2値からなるデータを格納する方式。

*2 MLC: NAND型フラッシュメモリにおけるデータの記録方式の一つで、中間の電圧レベルも使って3値以上の値を識別することで、SLCと比べ、多ビットのデータを記録できる。



 しかし実際の製品では、SSDを構成しているすべてのメモリセルに対して、なるべく均等に書き換えを行うように調整する「ウエアレベリング」という機能が盛り込まれています。また、誤解されがちなのですが、書き換え保証回数は「○○回書き換えたらセルが壊れる」ことを示しているのではなく、「壊れるセルが出てくる可能性がある」回数を示すものであって、そこに達しても、急激に欠損セルが増えるわけではありません。欠損セルが出てきても、その分、容量が減っていくだけで、いきなりドライブ自体が使えなくなるわけではありませんし、最近のSSDでは、欠損セルがある程度以上出ると読み出し専用モードに切り替わる機能なども搭載しているので、データ消失の可能性は大きく低減しています。

 SSDの寿命については、JEDEC*3で標準化されているLDE(Long-term Data Endurance)という計算式によって、ある程度判断できます。LDEは以下のような式です。
 

セルの書き換え保証回数 × フラッシュメモリ全体の容量 ÷ 書き込み効率
= 書き換え保証回数内で書き込み可能なデータ量(単位Byte Write)


 書き込み効率とは、書き込みエラー発生時の訂正などを含めた係数で、フラッシュメモリのメーカーごとに異なっています。現在、市場に出回っているフラッシュメモリでは1.5程度が平均的なので、これを用いて、書き換え保証回数5000回のフラッシュメモリを使った容量128GBのSSDのLDEを計算してみましょう。
 

5000回×128GB÷1.5=約427TBW(Tera Byte Write)


 この式は、同一SSDに対して427TB以上の書き込みを行うと、徐々に容量が減り始める可能性がある、ということを示しています。そして427TBという数値は、毎日10GBの書き込みを行っても100年以上かかる計算になりますし、実用上のさまざまな要因から半分程度になってしまうとしても50年以上かかります。

 LDE値はSSDの容量に比例して大きくなりますから、上記計算と同一仕様のフラッシュメモリを使った256GBのSSDなら倍に増えますし、64GBだったとしても実用上問題になるレベルとはいえません。つまり、一般的な使用条件下で正常に動作している限りでは、MLC型のSSDであっても、実質的に寿命に達することはありえないと考えていいでしょう。

*3 JEDEC: 半導体部品の分野で規格の標準化を行っている業界団体のこと。

 



 さて、「プチフリーズ」とは、パソコンを操作しようとしても一時的に反応せず、システムがフリーズしたように見える状態を指す言葉です。初期のSSD、特にMLC型で多くのユーザーが悩まされた問題で、発生の原因についてもなかなか明確化されませんでした。まだ完全に特定されたとはいいがたい部分もあるのですが、現時点で最大の原因と目されているのは、フラッシュメモリコントローラチップの制御方法です。

 SSDに限らず、データの読み書きには、シーケンシャル(メモリ上の連続したアドレスに読み書きする状態)と、ランダム(飛び飛びのアドレスに読み書きする状態)があり、特にWindowsが使っているファイル管理システムでは、ランダムアクセスの頻度が高くなる傾向があります。一方、フラッシュメモリコントローラチップは内部にCPUを持ち、さまざまな制御を行っています。たとえば長寿命化を狙ってメモリセルの書き換え回数を減らすような制御を行うことも可能で、SLC型に対してもともとの寿命の面で不利なMLC型では重宝される制御なのですが、そのためには過去の書き込み履歴を分析しなければならず、履歴分析の精度を高めるほど時間がかかってしまうことになり、その分、ランダムアクセス性能が低下してしまう傾向があります。また、OSが用いているファイル管理システム特有のセキュリティ機能などによって、この傾向が増大するとも見られています。

 この状態が長時間続くことがプチフリーズの原因のひとつと目され、最新のコントローラチップでは、履歴分析のための命令発行の工夫などによって、プチフリーズを解消したと宣言するものも増えています。

■ HDDと世代交代の日がやってくる?



 長期間使用による速度低下は、原因が明確で、これまでのOSでは、SSDを擬似HDDとして扱っていたことに起因しています。現在のパソコン用OSでは、HDD上からデータを消去せよ、という命令が発行されても、実際にディスク上のデータを消す(0を書き込む)のではなく、ファイルを管理している部分が、便宜上、その領域を書き換え可能に設定するだけでした。余談ですが、「ファイル復活ソフト」の類は、このしくみを利用し、ファイル管理部分を操作して、再びデータを有効な状態とするものです。

 しかし、SSDに関しては、このようなしくみは望ましいものではありません。ほとんどのSSDが使っているNAND型フラッシュメモリは、構造上、データを直接上書きすることができず、いったん消去してから書き込むことになります。また、データの記録は「ページ」と呼ばれる単位で行いますが、消去は複数のページをまとめた「ブロック」という単位で行っています。このため、データを変更する際は、目的のデータがあるページを含んだブロック全体のデータを、いったん空きブロックにコピーしながら更新し、元のブロックのデータを消去した後に、コピー先のブロックからデータを書き戻す、という処理が必要になります。
 つまり、いったんデータを書き込んだ後に消去した領域に再びデータを書き込むためには、このように時間のかかる消去処理を行わなければならないのですが、OSが使うファイル管理のしくみによっては、コピー先ブロックも「データが書き込まれている」と見なされる場合があり、それ以降はコピー先として使えなくなってしまいます。長期間使用したSSDでは多くの領域がこのような状態となっているため、書き込みのために要する時間が長くなってしまうわけです。

 この問題を解決するには、書き込んだデータを見かけ上消去するのではなく、データの一時的コピー先として使ったブロックを、実際に未使用の領域とすればいいわけです。この操作を行なうのがTrim命令です。先日販売開始となったWindows7ではSSDを正式にサポートし、SSDに対してはデータを消去すると同時にTrim命令によってリフレッシュ可能としてくれます。

 さて、SSDはパソコン用のデータストレージデバイスとしてだけ使われているわけではなく、従来、HDDやその他のストレージ装置が用いられていた幅広い分野で、それらを置き換えていく可能性に満ちています。
 たとえば、HDDは産業用製造装置の制御部分にも用いられていますが、使用される環境によっては、振動や熱によるトラブルに見舞われることもありました。それをSSDに置き換えれば、振動や熱によるトラブル発生の可能性は、大きく低減できます。他にも、HDDをSSDに置き換えることでメリットが生じる分野は数多くあります。
 とはいえ、HDDが用いられているすべての用途をSSDが置き換えるまでには、長い時間がかかることになるでしょう。価格容量比、絶対的な記憶容量の点で、まだまだHDDは圧倒的な優位に立っています。当分の間、SSDはハイエンド機やモバイル用途を中心に普及していくことになるだろう、というのが、筆者の見解です。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

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