テクノ雑学

第92回 もっときめ細かなルート選択へ −カーナビの新機軸−

カーナビゲーション・システム(以下『カーナビ』と略)の“元祖”である、「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケーター」の登場は1981年。それから四半世紀が過ぎた今日、カーナビはすっかりポピュラーな存在になっています。
 最近は新車装着率が50%を越えたという話も耳にします。また、ここ数年は「PND(Personal Navigation Device)」と呼ばれる簡易型製品の機能アップとラインアップ充実も、カーナビの普及を大きく後押ししています。PNDは5インチ程度の画面を持つワンボディ型の製品で、5万円程度と比較的安価に購入できること、多くの製品が容易に脱着できるポータブル性を備え、機種によってはクルマを降りてからもワンセグTVとして使える、といった点がウケているようです。
 今回は、そんなカーナビの新機軸についてまとめてみたいと思います。

高機能化するカーナビ

カーナビの性能を左右する最大の要素は「測位」の性能です。要は「今、どこにいるのか?」ということで、カーナビ機能の根幹をなすといっても過言ではない要素なのですが、今でもメーカーや製品によってけっこうな差があるのが現状です。
 次に重要なのが、地図の正確さです。いくら測位の性能が高くても、地図がいい加減なものだったら意味がありません。
 そしてもうひとつ、地図の“鮮度”も非常に重要です。道は変わらないようでいて、どんどん新しくなり、また通行止めなどの規制状況も刻々と変わっていきます。地図が古いと、無用な遠まわりをさせられてしまったり……といった事態におちいりがちです。
 また、カーナビの「地図データ」は、単に「道路地図」としてだけ機能するものではありません。たとえば「電話番号検索」という機能があります。訪問先の電話番号を入力することで、簡単かつ正確に目的地を設定できる、というものですが、この機能を活用するには、常に最新の電話番号データが必要になることは理解できるでしょう。

 規制や渋滞などの「道路情報」取得については、VICS 【第57回 冬のボーナスで快適なドライブライフを −VICSとETCの仕組み− 】やDSRC 【第73回 もっと安全に、もっと楽しく −DSRCで広がる移動体通信− 】などの通信技術で、どんどん高機能化してきました。そして、やはり通信機能の進化によって、地図更新もリアルタイム化が常識になろうとしつつあります。

 

■ 通信カーナビの登場

 普及初期のカーナビは、地図データをCD-ROMに収録していました。時が進み、地図を収録するメディアはDVD-ROM、そしてハードディスクへと進化してきました。最近のPNDでは、メモリーカード【第68回 メモリーストレージ - その1「フラッシュメモリー」- 】の類が使われています。
 CDやDVDなどの光学ディスクの場合、地図データを更新しようと思ったら、ディスクそのものを新しいデータが入ったものに交換するしかありませんが、ハードディスクやメモリーメディアでは、データの書き換えができます。
 こちらのほうが圧倒的に便利であるように思えますが、ハードディスクの場合はクルマに固定されているカーナビ本体に、なんらかのインターフェースを介してデータを更新しなければならないのがネックでした。自動車メーカー純正カーナビの場合など、地図を更新するため、ディーラーに1日クルマを預けなければならなかったり……。
 この不便さを解消したのが、通信機能を用いた「差分更新」です。

 まず、地図データの構造自体を「メッシュ」化します。こうすることで、地図データ全体を書き換えなくても、変化があった部分のデータだけを更新すれば、地図はいつでも最新の状態を保てるわけです。
 地図の差分更新は、まずインターネット経由などで入手した更新データを、いったん専用ユニットなどに蓄積してからカーナビ本体へ反映する方式から始まりました。そして2007年からは、いよいよ通信機能を使って更新する方式が登場しました。
 通信インフラとしては、携帯電話の通信網を使います。基本的には、エンジン始動もしくは停止ごとに、規定のエリア(自宅もしくは自車位置周辺の数十km四方程度)と、ルート探索時のルート上に、更新された地図データの有無を確認します。更新データがあったら、その部分のデータだけをダウンロードして反映します。メッシュ化によってデータ量は小さくなっていますから、携帯電話程度の通信速度でも実用に耐えられるわけです。

 

■ プローブカーとは?

 これで、地図データは常に最新の状態をキープできるようになりました。次の課題は「道路情報」のリアルタイム化です。
 最もポピュラーな道路状況提供システムであるVICS情報は、一定時間ごとの更新なので、その間に発生した渋滞などには対応できません。また、VICS情報はすべての道路において提供されるものではなく、細街路などの状況には対応できません。
 そこで考案されたのが、カーナビを搭載しているクルマの状態そのものを道路状況を判断するためのデータとして収集し、解釈・処理した後に共有する「プローブカー(もしくはフローティングカー)」という仕組みです。

 プローブ(Probe)とは「触角」の意味で、それぞれのクルマを道路状況を関知するための触角(センサー)として用いることから、このように呼ばれます。

 たとえば、ある路線のある区間を走っているクルマのほとんどが、たびたび止まっては走り出すけれど、またすぐに止まるし、走行状態の車速も低い……という状態なら、その区間には渋滞が発生していると判断できます。同様に、急ブレーキをかけている(もしくはABSが作動している)クルマが多ければ、その地点では事故が発生している、もしくはなんらかの危険があると判断できますし、ワイパーを動かしているクルマが多ければ、その地域には雨や雪が降っていると判断できます。
 1台1台のクルマが、このような情報をサーバーへ常にアップロードし、その情報をもとに判断した結果をカーナビへ送信するのがカープローブです。

地図上では道があるにもかかわらず、その地点を通行するクルマがすべてそこを通らず、引き返して行くような動きを見せているなら、その地点にはクルマが通行できないような、なんらかの障害が発生していると判断できる。プローブカー・システムを使えば、そのような情報もリアルタイムで入手、反映することが可能。


 プローブカーは、アイデアしだいでさまざまな用途への応用が可能です。一例を挙げるなら、「災害発生時の道路状況把握」などが試験的に運用されています。
 大きな地震が起こった際、建物の倒壊や土砂崩れなどによって、道路が通行できない状態になってしまうことはままあることです。地震だけではなく、大規模火災や事故などによっても、同様の状況になることは珍しくありません。
 プローブカーを応用すれば、「道があるのにクルマがそこを通らず、引き返して行く」という情報によって、通行不可能な状態にあると判断できるわけです。

 プローブカーの応用は、ほかにもさまざまな展開が期待されます。今後のカーナビの進化において、ケータイ連携と併せて不可欠な要素になると見ていいでしょう。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

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