テクノ雑学
第84回 新時代の「オートマ」で快適運転 −AT最新事情 その1−
ここ数年の間で、クルマの「オートマ」のあり方が一気に多種多様になりました。中には「AT」なのか「MT」なのか判断しにくいものも登場し、非常にややこしいことになっています。そこで今回と次回の2回にわたって、現代の「オートマ」についてまとめてみたいと思います。
オートマ=自動変速機?
あらためていうまでもないことではありますが、「オートマ」とは「オートマチック・トランスミッション」の略です。英文表記 Automatic Transmission の頭文字を取って「AT」と呼ばれることも多いですね。
何がオートマチックなのかといえば、日本語で「自動変速機」と呼ぶように、「変速操作」を「自動」で行なってくれる機構ということになります。そして話がややこしくなっている理由は、「変速」に関わる作動のどの部分が自動化されたものが「オートマ」なのか、定義がはっきりしていない点にあります。
■ 変速機の役割
そもそも、なぜ自動車に変速装置などというものが必要なのか? から説明しましょう。どれだけ高性能なエンジンであっても、それが出せる力は一定の範囲のものでしかありません。カタログで「最大トルク」と記されているものがその絶対的な大きさを表わし、「最高出力」と記されているものが、単位時間あたりにエンジンがこなせる仕事量を表わしています。
エンジン内部で起こる燃焼→膨張によってピストンが押し下げられる運動エネルギーは、コンロッドを通じてクランクシャフトの回転力に変換され、アウトプットシャフトを介してエンジンの外部に伝わります。しかし、その回転力をダイレクトにタイヤへ伝えたとしたら、クルマはまともに走り出すことすら難しくなります。シャフトの回転数が小さいところでは、当然、小さな力しか伝わらないため、クルマのような重量物を静止状態から動き出させることが難しいからです。
そこで考案されたのが「変速機」、つまりトランスミッションです。静止状態からクルマを動き出させるような場合は、エンジンから伝わる回転を「減速」することで「動き出すために都合がいい力」に変換します。
この状態では、たとえばエンジンが5000rpm(1分間あたり5000回転)も回っていたとしても、ホイールの回転数はそれよりもはるかに低い状態に留まります。いったんクルマが動き出したら、後はエンジン回転数とホイールの回転数を徐々に近付けていくようにすることで、車速がどんどん高まって行きます。
多くの人が、変速機付きの自転車でこのような関係を体験しているはずです。ペダル側歯車と車輪側歯車の歯数が近いギア位置では、小さな力でも車輪が回転する代わりに、ものすごい勢いでペダルを踏み込んでもあまりスピードが出ません。逆に、ペダル側歯車の歯数が車輪側歯車よりも大きいギア位置では、同じ踏み込み量あたりの車輪回転数が多くなってスピードが出る代わりに、静止状態や低速走行状態から動き出そうとすると、ペダルを踏み込むのに大きな力が必要になります。
自動車のエンジンと変速機の関係も、これとまったく一緒です。エンジンが出せる力を効率良く路面に伝えるために「減速」を行なう機構が変速機なのです。
■ 「マニュアル」と「オートマ」の違い
さて、自動車用トランスミッションは、長きにわたって「MT(通称で「マニュアル」)」と、「AT(通称で「オートマ」)」に分類されてきました。それぞれの概要を説明しましょう。
MTを構成する要素は、エンジンとトランスミッションの間で力を断続する「クラッチ」、減速用の「歯車セット(ギアセット)」が数組納められ、切替えられるようになっている「ギアボックス」、ギアボックス内の任意の歯車セットを選択するための「変速機構」、変速操作時に歯車セット間の回転差を吸収する「回転同調機構」になります。
1速、2速……とは、歯車セットの数を指します。「6速トランスミッション」なら、それぞれ減速比が異なる6組の歯車セットと、エンジンから伝わる回転を逆方向に変換(リバース)させるバック用の、合計7組の歯車セットを持っているわけです。
ほとんどのMTは、ギアボックス内部で歯車同士が常に噛み合っている「常時噛合い式」を使い、回転同調機構には「シンクロナイザー」、変速(歯車セット選択)機構には「シフトフォーク」と呼ばれるものを使っています。車室内に突出している「シフトレバー」は、継手などを介して「シフトロッド」に接合され、その一端が変速機構へつながっています。これにより、シフトレバーを操作することによって、その時々に適切な減速比を選択しながら、エンジンの力を路面へ伝えさせることができるのです。
MT車の変速プロセスを簡単に説明しましょう。
クラッチペダルを踏み込むと、クラッチ板がエンジン側とトランスミッション側に切り離され、トランスミッションがエンジン側から「回される」力がなくなり、回転数選択の自由度が生まれます。この状態で変速機構を操作し、異なる歯車セットを選択するわけですが、同じスピードで走る場合、減速比が異なる歯車セットでは要求されるエンジン回転数が異なるのが問題です。
具体的には、より減速比の低い歯車セットへの変速操作である「シフトアップ」時はエンジン回転数を低く、逆の「シフトダウン」の場合はエンジン回転数を高くしてやる必要がありますから、アクセルペダルを操作してエンジンの回転数を調整すると同時に、歯車セット間の回転差を小さくしてやる必要があります。
ここで有効に働くのが回転同調機構です。変速機構を操作することで、歯車セット部に組み込まれたシンクロナイザーの摩擦力によって回転差を小さくするのです。
対して、昔ながらの「いわゆるAT」を構成する要素は、アイドリング回転付近なら停車していてもエンジンを停止させず、エンジン回転数が高まると自動的に出力を行なう「自動クラッチ(スターティングデバイス)」と、変速機構、歯車セットになります。
長きにわたって主流の座に就いていたのは、スターティングデバイスに流体継手の一種である「トルクコンバータ」を、減速用歯車に「遊星歯車」を用いるタイプです。遊星歯車は、「サンギア」と「リングギア」、複数の「ピニオンギア」で構成され、それぞれが噛み合うパターンを変えることで、ひとつの歯車から複数の減速比を生み出すことができるのです。その特性から、「オートマ」用歯車として不動の地位を築いてきました。
■ ATの登場
時代が下ると、トルクコンバータ+遊星歯車式に代わる新しい機構を持ったATが登場します。その代表がCVT(Continuously Variable Transmission)と呼ばれるもので、代表的な機構はコマのような断面を持つ「プーリー」2個の間を動力伝達用のベルトでつなぎ、プーリー上のベルトの位置を変えることで減速比を連続的に変えて行くものです。CVTには他にも「トロイダル式」など、さまざまな機構があります。
■ MT、ATのメリット、デメリット
MT、ATそれぞれのメリットとデメリットについて説明しておきましょう。
MTは構造が簡単で、エンジンからホイールまでがすべて機械的に接合された状態になるため、エンジンの力を路面に伝えるまでの損失が少なくてすみます。また、ドライバーが自らの意志で選択した減速比のギアセットで走れ、運転の「リニア感」が高いことから、スポーツ走行などに向いているといえます。
反面、特に発進時のクラッチ操作や、変速時にエンジン回転数を合わせるための操作にある程度の習熟が必要となること、そもそも操作自体が繁雑だと考える人も少なくないことがデメリットとしてあげられます。また、変速操作中はエンジンの力が路面に伝わらない「トルク切れ」の状態になってしまうことも弱点といえます。
ATはMTのデメリットを克服するために考案されたシステムだけに、メリットとデメリットが正反対に近いものとなります。発進時にセレクターレバーを「D」の位置に入れてしまえば、あとはアクセルペダルとブレーキペダルだけでクルマを運転できることが最大のメリットでしょう。また、トルクコンバータがトルクを増幅して伝えることによって、多くの状況でスムーズな走行が実現できる、といったメリットもあります。
デメリットとしては、構造が複雑なので重量がかさんでしまうこと、流体継手を介するためにエンジン出力の伝達効率が低くなってしまうこと、アクセルペダルと車速の関連があいまいになってしまいがちなことなどがあります。
ちなみに、このようなデメリットを克服するため、特定の状況では流体継手ではなく、エンジンからホイールまでを機械的に結合する機構を採用したものなども登場しています。
このようなMTとATの「いいとこどり」はできないものか? という発想から、さまざまなシステムが考案されてきました。それがモノになり始めたきっかけが、1980年代に登場したF1の「セミオートマ」と、ポルシェの「ティプトロニック」です……というお話は、次回以降に続きます。
著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経デジタルARENAなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など
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