テクノ雑学

第22回 電波の反射をコントロールし“消波”する — 電波障害対策と電波吸収材 —

ロボット開発で今後重要となる技術分野

電波の反射をコントロールし“消波”する — 電波障害対策と電波吸収材 —

 ある雑誌の記事を書くため「盗聴器発見業者」の方に取材させていただいた折、面白い話を聞きました。ビデオテープやカセットテープをまとめて収納しているラックの裏側は、盗聴器を仕掛ける場所としてかなりポピュラーな場所なのだそうです。

 ビデオテープが記録材料に使っているフェライトは、電波を吸収する性質を持っています。また、テープラックは壁に沿って設置されていることが多いものです。つまりテープラックの裏側に仕掛けられた盗聴器は、室内側に向けて発している電波を大量のテープ=フェライトに吸収されてしまうため、発見されにくくなる、というのです。

 いきなり盗聴器の話でなにやら物騒に感じたかもしれませんが、フェライトが持つ「電波吸収体」としての特徴をあらわすエピソードとして紹介しただけですのでご心配なく。

 さて、現在、街の中は「電波洪水」などと呼ばれる状態になっています。昔ながらのものだけでもTV、ラジオの電波に加え、アマチュア無線などの市民バンド、警察・消防などの公共機関、航空機などの交通機関が使う通信用電波が飛び交っています。さらに、ここ10年ほどの間で新たな電波が増えました。各種のインフラ、例えばVICS(Vehicle Information and Communication System 道路交通情報通信システム)や、GPS/DGPS(Global Positioning System/Differential GPS 全地球測位システム)なども電波を使うシステムですし、TVにしてもBSやCSなど使用する電波の種類が増えています。そして何より爆発的に普及した携帯電話によって、街中を飛び交う電波の量は、ひと昔前とは比べ物にならないレベルに増加しています。もしも電波が目に見えたら、あまりの「洪水」ぶりに街を歩くことさえ怖くなってしまうかもしれません。

 都市部では建築物の高層化が進む一方ということも手伝い、各種の電波障害問題が持ち上がっています。都心部の高層ビルに囲まれた“谷間”の場所などで、携帯電話の電波状況が慢性的によろしくない状態になっていることはご存じの方も多いでしょう。電波は読んで字のごとく「波」なので、特定の条件下では複数の電波が合わさって波を増幅したり、逆に打ち消し合ってしまったりする特性を持っています。高層建築物など電波を反射するものが多い場所では、本来の電波と反射してきた電波がぶつかり合って、強め合ったり打ち消し合ったりしがちなので、都会のど真ん中なのに携帯電話が使えない、といった状況が起こるわけです。各携帯電話キャリアはアンテナの数を増やしたり、端末側アンテナの高性能化といった対策を進めたおかげで、最近はかなり改善されて来た実感がありますが、それでも意外な場所で携帯電話が使えないことに驚かされることはまだ多いものです。

 TV電波への悪影響も数多く伝わっています。記憶に新しいところでは、六本木ヒルズの建築中、東京西部を中心とした広域にTV電波の受信障害が発生して大きな問題になりました。航空機や船舶などのレーダーなどに与える悪影響の話題も耳にする機会が増えています。臨海エリアにある某社の社屋を新築している折、特徴的な球状の部分が航空機の通信に悪影響を与える懸念が伝えられたことなどが思い浮かびます。

 このような問題を防止するために用いられているのが、構造物の物性や形状によって電波の反射を防止する工夫と、フェライトの焼結体などを応用した「電波吸収材」と呼ばれるものです。最近の高層建築物では、壁面の形状の工夫と電波吸収材を組み合わせることで、電波障害を低減させる配慮が進んでいます。

 まずは形状の話から行きましょう。電波が反射しないようにするためには、なんらかの仕組みによって「波」のエネルギーを弱めてやることが有効です。そのための手法はいろいろとありますが、身近な例として、電子レンジの前面ドアに盛り込まれている仕組みを見てみましょう。

電波吸収体の理論

 電子レンジは、電波が物質中の水分に吸収され、物質を発熱させる原理を応用して食品を暖める機械です。食品に吸収されなかった電波は、電子レンジ内部の金属に当たって反射を繰り返しながら、食品に到達できる時を待ちます。ところが電子レンジの前面ドアは、電波を透過させてしまうガラス面ですから、なんの工夫もしなければ電子レンジ内部で反射しながら暴れ回っていた電波が、ガラスを透過してどんどん外に飛び出して来てしまうことになります。
 そのような事態を防ぐため、ガラスの奥には細かい穴がたくさん開いた金属製のプレート(パンチングメッシュプレート)が設置されています。この穴は電子レンジ内部の様子をうかがい見るためだけにあるものではありません。特定のパターンで配置することで、電波同士を干渉させ、反射させて電波漏れを防いでいるのです。さらにプレート自体とガラス面に電波吸収材を用いることで、電波/電磁波の漏れを最小限に抑えています。
 理屈としては、波止場にあるテトラポットなどの「消波ブロック」によって、波の勢いを減衰させることとまったく同じです。また、自動車やオートバイの排気音を低減させる「サイレンサー」にも、同じ原理と構造を用いているものがあります。

実装されている電波吸収材

船舶用レーダー映像に偽像が生じない様、電波吸収材が張り付けられている『南備讃瀬戸大橋 6P主塔』。

■画像提供:本州四国連絡橋公団

【 関連情報リンク 】

■本州四国連絡橋公団 > 航行安全対策

 ビルの壁面や橋の橋脚などの構造にも、これに似た仕組みが取り入れられています。例えば、本州と四国の間にかけられている橋には、不思議な形をした筋状の彫り込みや、「ねずみ返し」のような段差、突起物などが設けられているものが珍しくありません。 明石海峡大橋は世界最長の吊り橋だそうですが、それ以外の橋も大規模なものばかりで、国際航路上に設置されているため、大型船も航行できるように桁下高さをかなり高く取っています。しかし、そのような巨大な橋脚は、船舶が航行に用いるレーダー波を反射して「鏡像」という誤情報を生じさせることがあります。それによる事故を防止するため、橋脚は表面に角度を付けて電波を上方に跳ね上げたり、反射方向をコントロールして電波吸収材へ効率良く導いたり、もしくは狭角の内部で何度も反射を繰り返させてエネルギーを消耗させるといったことを目的に、筋彫りや突起物、傾斜面などが設けられているのです。

 すでにできあがっている建造物など、形状の工夫ができない場合は、電波吸収材を配置する場所の工夫で対応します。ETC(料金自動徴収システム)の試験運用が始まった当時、ゲートのアンテナと車載機との通信に使う5.8GHz帯の電波がゲートの天井や壁などに乱反射し、料金の課金ができない、ゲートが開かないといった不具合が生じました。この対策として、ETCゲートの天井や壁などに電磁波吸収材を貼付して乱反射を解消させた、といった話もあります。

 さて、電波洪水の問題は街中だけではなく、家屋内でも顕在化しつつあります。現時点ではパソコンや携帯電話、コードレス電話程度ですが、今後、家電製品の電子制御化やネットワーク化が進むにつれて、ごく普通の家庭内でもその中を飛び交う電波、電磁波が増加していくことは必至です。
 電子機器の電源部などから発生するノイズや電磁波は、他の機器の誤動作などの原因になるだけではなく、種類やレベルによっては健康被害を生じさせる可能性も指摘されています。欧州などでは、電子機器から漏洩する電磁波量の基準が公立の保険機関などによって定められていて、基準を越える電磁波を漏洩させる機器は販売させない国や地域も珍しくありません。

 そのような問題を解消するためには、まず機器自体から不要な電波、電磁波が漏れ出さないようにすることが重要です。機器内の電子部品自体にノイズ漏れ対策を行ない、構造的に電波漏れが起こりそうな部分にはしっかりと漏洩対策を行なう。この小さな積み重ねが、家庭内を電波洪水状態にしないための、まず第一歩になります。
 また、家庭内では橋脚などのように、壁の形状や構造によって電波を減衰させるような仕組みは取り入れにくいものです。そこで注目されているのが、壁材や塗料に電波吸収材の機能を取り入れた「機能型建材」や「機能性塗料」と呼ばれる新素材です。種類はさまざまにありますが、壁紙タイプのものや下塗り塗料など、扱いやすく低コストな製品も続々と商品化されています。

 一般家庭内でもハイテク機器がどんどん増えている昨今、このようなEMC(Electro-Magnetic Compatibility 電磁環境適合性)は、社会全体で取り組むべき大きな課題です。TDKも、電子部品やフェライト製品を通じて、社会全体のEMCに貢献するための技術を磨き続けています。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部私法学科卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。現在は日経WinPC誌、日経クリック誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2005」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)
 

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