電気と磁気の?館
No.60 LAN用パルストランスのブレイクスルー
周波数解析で機械の故障も検知できるFFTアナライザ
相手の意向を知るために、それとなく探りを入れることを“打診する”といいます。これはもともと医療用語です。結核などの胸部疾患の検査のときに、医者が患者の胸を手でトントン叩いて診断したことによるものです。正常なときは澄んだ音がしますが、異常がある場合は音が濁ったり、大きく響いたりするそうです。
電車やレール、機械なども、ハンマーで叩いて異常や故障を知るための助けとします。これは打音検査と呼ばれ、トンネルや建築物のコンクリートのひび割れ・浮きなどの検査にも利用されています。ハンマー1つで検査できるのは便利ですが、ベテランにならなければ、音の異常を聞き分けるのは困難です。そこで、こうした非破壊検査にはFFTアナライザという装置も利用されます。
FFTとは高速フーリエ変換の略語で、その原理はフランスの数学者フーリエが確立したフーリエ展開という方法(フーリエ解析を利用した脳波計のセンサの例)。音や振動、電気信号など、周期性をもつ関数は、sin(サイン)波とcos(コサイン)波の和=重ね合わせとして表すことができるというものです。これを実際に活用するとなると膨大な計算が必要ですが、サンプリングによって計算を大幅に短縮する手法も考案され、これをコンピュータのアルゴリズムとして実現したのがFFTアナライザです。
機械やモータなどの振動音もさまざまな周波数成分からなりますが、FFTアナライザはこれを周波数ごとに分解してスペクトルとして表示します。このため、スペアナ(スペクトラム・アナライザ)とも呼ばれます。たとえば、モータなどを用いた駆動機構に故障が発生すると、従来とは異なる周波数成分がノイズとして加わります。耳で聞き分けるのは困難でも、定期的にデータをとって比較することで、故障の発生を検知することができるのです。
矩形(方形)状のパルス波は、基本となる周波数のサイン波に、奇数倍の周波数の高調波を重ね合わせてつくられる波形です。ピコピコ、プープーといったゲーム機特有の音の多くは、パルス波の音です。フィルタを用いて矩形波からある周波数成分をマイナスすると、さまざまな音がつくれます。これはシンセサイザの原理です。
LAN用コネクタの中の小さなパルストランス
イーサネット規格のLANは、もともと複数のパソコンをネットワーク化するために開発されたものですが、近年はデジタルテレビをはじめとするAV機器にもLAN端子が装備されるようになりました。LAN端子は電話回線用のものよりも、やや大きめのモジュラージャックになっています。これはRJ45コネクタといい、内部で小さなパルストランスと接続されています(コネクタ内に搭載されているタイプもあります)。
トランスには電圧変換を目的とするものと、交流信号を伝送する目的のものがあります。前者は変圧器、後者は変成器などとも呼ばれます。LAN用パルストランスは、LANケーブルを通じてパルス信号を伝送する変成器です。変圧器も変成器も原理的に同じもので、磁性体コア(磁心)に1次巻線と2次巻線をほどこした構造となっています。LAN用パルストランスは、LANケーブルを通じてパルス信号を伝送するとともに、1次巻線と2次巻線による絶縁により、静電気放電や高電圧の侵入を遮断して、機器内部の回路を守る役割を担っています。
LAN用パルストランスの特性に大きく関与するのは、巻線をほどこすフェライトコアです。前述したように、パルス波形はきわめて広帯域におよぶ周波数成分をもつため、フェライトの材質によっては、パルス波形に歪みが生じて、信号品質が劣化してしまうからです。
LAN用パルストランスは直流のバイアス磁界が加えられた状態でも、パルス信号が伝送できる必要があります。フェライトの磁化曲線はS字型のカーブを描きますが、磁化曲線の湾曲部でなく、できるだけ直線部で利用することが求められます。これを直流重畳特性といいます。鏡に歪みがあると映る像も歪むように、磁化曲線の湾曲部ではパルス波形が歪んでしまうからです。このため、パルストランス用フェライトには、磁化曲線の直線部が十分に余裕あることが必要で、高磁束密度かつ高透磁率のフェライトが求められるのです。TDKでは材料組成や微細構造の見直しなどにより、直流重畳特性にすぐれたフェライト材を開発、次世代高速LANの技術要求にも対応できるパルストランスALT4532シリーズを製品化しました。
自動巻線工法の採用により、特性のバラツキの問題を解消
LAN用パルストランスにおいて、フェライトとともに重要なのは巻線技術です。従来、LAN用パルストランスにはリング状のトロイダルコアが用いられてきました。ギャップを設けたコア形状とくらべて、漏れ磁束(リーケージフラックス)が低く抑えられ、高特性化が図れるからです。しかし、ギャップのないトロイダルという形状の制約から、巻線の自動化が困難で、手動巻線に頼らざるを得ませんでした。ただ、手動では量産化に難があるばかりでなく、特性のバラツキが不可避で品質の安定化の支障となっていました。
この問題をTDKならではの技術によって解決したのが、パルストランスALT4532シリーズです。ブレイクスルーのヒントとなったのは、SMD(表面実装部品)型のコモンモードフィルタです。コモンモードフィルタはパルストランスと同様に、基本的にトロイダルコアに2本の巻線をほどこした構造の電子部品です。TDKでは量産化と品質安定化のために、ドラムコアに自動巻線してから平板状のプレートコアを合体させて、環状コア構造のSMD部品とする製法をいち早く確立。コモンモードノイズの抑制にきわめて有効な小型EMC対策部品として、電子機器に多用されています。
この製法を応用展開して、業界初の自動巻線工法によるパルストランスを実現したのがALT4532シリーズ。手動巻線にともなう特性のバラツキ問題を解消するとともに、端子電極とワイヤの接合にも自動化による熱圧着工法を採用し、さらには小型化も実現して同等性能の従来品とくらべて実装面積を大幅削減しました。
無線LANはめざましい普及ぶりを示していますが、電波干渉などの影響なく高速転送できる安定性は有線LANならではのメリット。パルストランスALT4532シリーズは、次世代の高速LANをサポートするキーパーツです。
TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです