TDK Front Line
vol.8 透明導電性のAgスタックフィルムが実現する多彩なアプリケーション
透明でありながら電気を通す性質をもつ透明導電性フィルムは、タッチセンサなどの透明電極用として不可欠の部材です。主な透明電極材料としては、ITO(酸化インジウム・スズ)が使用されています。しかし、近年デジタルサイネージ用途における大型化、またタッチセンサ以外のアプリケーションを想定した案件が増えており、ITOでは要求特性を満足することができず、さらなる低抵抗の透明導電性フィルムの要望が高まっています。そこで、TDKが新開発したのが、プラスチックフィルムにAg合金薄膜を均一形成した“Agスタックフィルム(Ag積層型透明導電性フィルム)”です。
金属独特の光沢と色は何に由来するか
オリンピックでは1位から3位までの入賞者に、それぞれ金・銀・銅メダルが授与されます。これらの金属は電気・電子材料としても多用されていますが、電気の通しやすさを表す導電率(電気伝導率)でいうと、銀・銅・金の順となります。銅は銀に次いで導電性にすぐれ、比較的安価であるため、電線材料として多用されています。
金属ならではのいわゆるメタリックな光沢は、金属中の自由電子の存在が関与しています。自由電子とは特定の原子に束縛されず、自由に動きまわる電子のことです。金属に入射する光は、この自由電子によって表面で反射されるため、独特の金属光沢を示します。
また、金属それぞれに、色の違いがあるのは、一部の波長の光が金属に吸収され、残りの波長の光が反射されるためです。銀(Ag)は可視光全域にわたって、高い反射率をもつため白っぽく、金(Au)は青~緑色の領域の光を吸収するので、残りの反射光が、いわゆる“黄金色"となって色覚されます。
金属とは逆に、ガラス、プラスチックのように、多くの透明物質は導電率が低い絶縁体です。しかし、一部の物質には、比較的高い導電率をもちながら、可視光領域での反射率が低く、透明であるという性質をもつものがあります。代表的なのはITO(酸化インジウム・スズ)です。
透明導電性フィルムの種類
ガラスやプラスチックなどにITO膜を形成した透明導電性電極は、タッチパネルなどに多用されています。
しかし、光透過性(透明性)と導電性は両立しがたいトレードオフの関係があり、光透過性を高めるために膜厚を薄くすると、表面抵抗率が高くなって導電性が悪くなり、導電性を確保するために膜厚を厚くすると視認性が悪くなります。たとえば、スマートフォンなどのタッチパネル(タッチセンサー)の用途では90%程度の光透過率が求められるため、ITO膜の表面抵抗率*を100Ω/sq.以下にするのが困難です。また、低抵抗化が求められる大画面のディプレイなどには使えません。
*表面抵抗率:透明導電性電極など、試験対象物の単位面積あたりの抵抗値。単位は[Ω/sq.]あるいは[Ω/□]で表されます。
透明電極材料としては、ITOや酸化亜鉛などの金属酸化物系ほか、導電性ポリマー系、新素材系(グラフェンやカーボンナノチューブ系、金属・合金系などがあります。ITO膜の技術限界をブレイクスルーするため、TDKはレアメタルであるインジウムのかわりに、金属中で最も導電率が高いAg(銀)を用いた新たなソリューションを探求しました。
Agを利用した透明導電性フィルムとしては、針状のAgワイヤをインクに混ぜて基板に塗布・印刷するワイヤインク方式や、細いメタルワイヤ(AgやCu)をマトリクス状に基板に形成したメタルメッシュ方式があります。しかし、これらの方式ではフィルム表面にワイヤの微細な凹凸が生じて、高い表面平滑性や良好な視認性が得られません。
そこで、TDKはプラスチックフィルム表面に、スパッタ法でAg合金の薄膜を均一形成するというアプローチにより、特性のバランスと使い勝手に優れた透明導電性フィルムを実現しました。これがAgスタックフィルムです。
ITOフィルムの10分の1以下という低抵抗化を実現
前述したように、金属が高い導電性をもつのは自由電子によるものです。また、自由電子は一部の波長以外のほとんどの光を表面で反射させるため、独特の金属光沢をもちます。
膜厚が約100nm以上のAgの薄膜は、高級な鏡などにも用いられているように、高い光反射性を示す不透明膜です。しかし、膜厚が20~30nm以下になると、可視光の透過性を示すようになり、高い導電率と光透過性を両立させた透明導電膜としての利用が可能になります。ただし、Agの薄膜が20nm以下にもなると、無対策のままでは酸素、水蒸気、熱などにより、特性が不安定となります。
この問題を解決するために、TDKは導電性に優れるAg合金材料と透明度の高い独自の酸化膜材料(保護膜)を採用し、先進のスパッタ法により、プラスチックフィルム基材の上に「酸化膜/Ag合金膜/酸化膜」という積層構造の透明導電膜を形成させたAgスタックフィルムを開発しました。ナノメートルオーダーの膜厚制御により、ITOフィルムと同等の高い光透過率を維持しながら、タッチパネルに用いられるITOフィルムの10分の1以下という低抵抗化を実現しました。
スマートウインドウなどの調光フィルム用透明電極
TDKのAgスタックフィルムは、タッチパネルの電極のほか、多彩なアプリケーションが広がっています。たとえば、透明・不透明を瞬時に切り替えたり、連続的に透明度を変えたりすることができる調光フィルム用の透明電極として応用できます。
調光フィルムとしては、液晶分子を分散させた調光層を透明導電性フィルムではさんだ構造のデバイスが実用化されています。通常、液晶分子はバラバラの状態のため入射光は散乱して不透明ですが、透明電極から電圧を加えると液晶分子が整列して光が透過するようになります。オフィスではフロアの調光パーティション(間仕切り)やプロジェクタのスクリーンがわりに、店舗ではショーウインドウをデジタルサイネージとして利用することも可能です。
自動車の調光サンルーフとして利用すると、入射する太陽光をコントロールできるため、エアコンの負荷を低減して燃費・電費の向上を実現します。また、鉄道車両や航空機、船舶の窓における遮光用としても活用できます。
また、透明度を連続的に変えることも可能で、季節や時間帯、天候に応じて採光量をコントロールできる調光窓(スマートウインドウ)が実現します。さらには、有機EL照明やフレキシブルディスプレイなどの透明電極用としても最適な特性を備えており、スマートハウスやスマートビルディングなどにおける活用も期待できます。
透明フィルムアンテナとしても応用可能
TDKのAgスタックフィルムは、透明電極としての用途のほかに、透明機能膜としても活用できます。そのアプリケーションの一つが、透明フィルムアンテナです。
たとえば、通信電波が届きにくいオフィスビル内などでは、基地局と結ぶ屋内向けアンテナを天井などに取り付けて、通信環境を確保しています。プラスチックケースなどにアンテナを格納した従来タイプは、屋内空間の美観を損ねることが問題になっていましたが、透明フィルムアンテナはシースルーで目立たず、軽量で割れたりしないことも利点です。オフィスビルほか、ホテル、イベントホール、公共施設、医療機関などの受信環境改善に最適なソリューションとなります。
また、超高速・大容量を特長とする5G(第5世代)通信においては、電波の“不感地帯”をなくすために、基地局がカバーするエリア内に多数の小型アンテナが設置されます。美観を損ねない透明フィルムアンテナは、5G通信時代のスマートアンテナ用としても最適です。
樹脂ウインドウのデフォッガー(曇り止め)に最適な透明フィルムヒータ
自動車のさらなる軽量化に向けて、ポリカーボネートやアクリルガラスなどを用いたウインドウガラスの樹脂化が世界的に進行しています。しかし、これらの透明樹脂の熱伝導率はガラスの20%程度しかなく、デフォッガー(曇り止め)として用いられている電熱線は十分に機能しません。
TDKのAgスタックフィルムは、導電膜を低抵抗にすると、通電によって発熱体として機能します。このため、電熱線ヒータにかわるデフォッガー用の透明フィルムヒータとしても活用できます。
透明フィルムヒータはきわめて均一に発熱するために、電熱線ヒータのように発熱分布にムラが生じることがないのが特長です。フロントウインドウやリアウインドウほか、安全カメラなどのプラスチックレンズにも適用でき、同じAgスタックフィルムを用いた調光ウインドウや透明フィルムアンテナなどとの複合化も可能です。
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