なるほどノイズ(EMC)入門

【実践編③】 多機能化するスマートフォンのノイズ問題

2020年前後から世界的にサービスが開始されている “5G”通信は、従来の4G通信の数十~数百倍の高速・大容量通信とリアルタイム性(低遅延)、そして、きわめて多数の端末の同時接続を可能とする次世代通信ネットワークです。人類社会の新たな進化ステージとなる“Society5.0”や“Industry4.0”などの基本インフラとして、これからの暮らしやビジネス、モータリゼーション、医療などにも変革をもたらし、私たちの働き方も大きく変わっていくと予測されています。

超高速・大容量の5G通信に向けたノイズ対策部品

5G社会は、AI(人工知能)や膨大な数のIoTデバイスとつながった高度な通信ネットワークであり、スマートフォンやウエアブル端末などは、ネットワークと人との接点として、さらなる発展を遂げると考えられています。また、5G通信では超高速・大容量の信号を扱うことから、情報の出入口となるスマートフォンやウェアラブル端末には、これまで以上のノイズ対策が必要になっています。

一般に電子機器内部の伝導ノイズ対策としてまず用いられるのは、インダクタ(コイル:L)とコンデンサ(C)を組み合わせたLCフィルタです。LCフィルタには通過させる周波数帯域により、LPF(ローパスフィルタ)、HPF(ハイパスフィルタ)、BPF(バンドパスフィルタ)の3タイプがあります。

データ通信などにおけるパルス状のデジタル信号は、基本波とその整数倍の高調波の集まりであり、このうち高次の高調波成分は放射ノイズとなります。不要となる高調波成分を除去することを目的に1チップで設計されたLPFは、EMIフィルタなどと呼ばれています。
しかし、高速・大容量のデータ伝送が求められるスマートフォン内部の接続(ディスプレイや内蔵カメラとCPUの接続など)や、外部機器(デジタルカメラやプロジェクタ、4Kテレビなど)との接続のインタフェース部におけるノイズ対策としては、EMIフィルタは不十分であり、それにかわるノイズ対策部品が求められるようになりました。

フェライトの特性を生かしたチップビーズも高周波のノイズ除去には有効ですが、信号波形を歪ませるという問題をかかえています。その問題を克服して新開発したのがTDKのノイズサプレッションフィルタ*です。また、放射ノイズの抑制には、フレキシブルなノイズ抑制シートであるフレキシールド*も有効です。

*ノイズサプレッションフィルタ:先進のフェライト技術と内部構造設計により、高いノイズ抑制効果と信号品質の確保を両立させたノイズ対策部品。スマートフォンのオーディオラインなどに用いられます。
*フレキシールド:軟磁性材料と樹脂からなるフレキシブルな電磁シールド材。広帯域の周波数範囲にわたり、電子機器からの放射ノイズを抑制します。

コモンモードのノイズ電流は、放射ノイズの主要な原因となるため、他の回路や外部機器に伝導させずに発生源から抑制することがきわめて大事です。そこで、1990年代以降、電子機器に重用されるようになったノイズ対策部品がコモンモードフィルタです。
ますます多機能化が進むスマートフォンのノイズ問題について以下に解説します。

機器自身が発生した放射ノイズが内蔵アンテナに回り込む“自家中毒”問題

スマートフォンは移動体通信技術とパソコン技術が融合して進化したマルチメディア端末であり、ネットワークと常時つながるきわめて高度な無線通信機器です。スマートフォンの内部回路や部品/モジュールの配置はメーカーや機種によってさまざまですが、その基本構成は以下の通りです。

回路の高密度化により、アンテナ、スピーカ、マイクロホン、カメラモジュール、I/F端子などは、端末の上部および下部のサブボードに近接配置されている。これが自家中毒問題の一因となっている。

電源ONされたスマートフォンは、待機中でもたえず基地局との間で電波を送受信して位置情報を交換し、すぐに通話できるようにスタンバイしています。基地局からのさまざまな電波の中から必要な信号を聞き分けるため、いわばアンテナはたえず耳をそばだてているわけです。 ところが、内部のデジタル回路などから発生する放射ノイズを内蔵アンテナが受信してしまうと、通話品質やディスプレイの画像品質を劣化させたりします。これがスマートフォンにおける自家中毒*というノイズ問題です。

*自家中毒:もともとは無害であるはずの物質が体内で有害物質に変化して、中毒を起こすことをいう医学用語です。電子機器においては、たとえ外部からの伝導ノイズ・放射ノイズを完全にシャットアウトしても、回路内部で発生するノイズにより、電子機器の性能に悪影響を及ぼすことをいいます。

高度な無線通信機器であるスマートフォンにおいては、セルラー用アンテナ(5G/4G/W-CDMA/GSMなど)ばかりでなく、WiFiやBluetooth、NFC、ワンセグ、RFID用など、多数のアンテナが内蔵されています。初期の携帯電話ではロッドアンテナが使われていましたが、多機能化への対応や省スペースが求められるスマートフォンでは、パターンアンテナや小型チップアンテナが採用されています。
多機能化による回路の高密度化により、これらのアンテナは高周波送受信回路や、スピーカやマイクロホンなどのオーディオラインのアナログ/デジタル回路と隣り合わせで実装されています。
さらには、デジタルカメラやプロジェクタ、4Kテレビなどの外部機器とスマートフォンをつなぐインタフェースケーブルは、いわばアンテナのように機能するため、ノイズを放射して自家中毒を起こす原因となっています。つまり、スマートフォンの多機能化が進めば進むほど、自家中毒の問題が増大することになります。
スマートフォンにおける主な自家中毒の事例と対策を以下に示します。

【事例①】
カメラモジュールやディスプレイをつなぐFPC(フレキシブルプリント配線板)から放射されるノイズが、近接する内蔵アンテナに干渉して通信品質を劣化させる。
【ノイズ対策】
コモンモードフィルタを挿入する。PFCにフレキシールド(ノイズ抑制シート)を貼る。

【事例②】
スマートフォンと4Kテレビやプロジェクタなどを接続するケーブル(USB Type Cケーブルなど)から放射されるノイズが、内蔵アンテナに干渉して、通信品質を劣化させる。
【ノイズ対策】
I/F端子にコモンモードフィルタを挿入する。

【事例③】
D級アンプ(フィルタレスのオーディオアンプ)とスピーカをつなぐオーディオラインから放射されるノイズが、近接する内蔵アンテナに干渉して、通信品質を劣化させる。
【ノイズ対策】
スピーカラインにノイズサプレッションフィルタなどを挿入する。

デジタル機器でコモンモードフィルタが不可欠な理由

スマートフォンをはじめ、高速データ伝送のデジタル機器において、コモンモードフィルタが活躍の場を大きく広げているのは、信号電流には影響を与えず、コモンモードノイズ電流だけを効果的に抑止する優れた特性をもつからです。

コモンモードフィルタの基本構造は、リング状のフェライトコアに2本の導線を同方向に巻いたものです。信号電流は片方の導線を往路、もう片方の導線を帰路とするディファレンシャルモードなので、コイルから発生する磁束は互いに打ち消し合います。このため、コモンモードフィルタの挿入は10Gbpsにもなる超高速の信号波形にも影響を与えません。
一方、コモンモードノイズ電流は2本の導線を同方向に流れるため、発生するコイルの磁束は加え合わさることになり、インダクタンスが増加してインピーダンスが大きくなり、侵入するノイズは反射され、伝播が阻止されます。これがコモンモードフィルタによるノイズ抑制の基本原理です。

信号電流(ディファレンシャルモード電流)の向きは、往路と帰路で逆になるので、コイルに発生する磁束は相殺される。このため信号波形にはほとんど影響を与えない。

コモンモードノイズ電流は同じ向きに流れるので、コイルに発生する磁束は互いに強めあう。その結果、インダクタンスが増してインピーダンスが大きくなり、ノイズ電流の流れを阻止できる。

高速データ伝送を可能にするシリアル差動伝送方式の問題点

高速・大容量のデータ伝送が求められる電子機器のインタフェース部には、差動信号によるシリアル伝送方式が採用されています。これは位相が180°異なる差動信号を2本のケーブルで順次伝送する方式で、多数の信号線を用いたパラレル伝送よりも信号線の本数を大幅に減らせるうえ、高速化に対応できるのが特長です。
スマートフォンに採用されている主なシリアル差動伝送方式の高速インタフェース規格として次のようなものがあります。
●内部インタフェース(ディスプレイやカメラモジュールなどとの接続):MIPI、LVDSなど。
●外部インタフェース(デジタルカメラやプロジェクタ、4Kテレビなどとの接続):USB、HDMIなど。

シリアル差動伝送方式は、外来ノイズの影響を受けにくいのも特長ですが、実際には、差動信号の位相の微妙なズレ(スキュー)や、立ち上がり・立ち下り時間のズレなどにより、コモンモードノイズを発生させるという問題をかかえています。
パソコンと周辺機器を結ぶ差動伝送方式の高速デジタルインタフェース(USBやHDMIなど)のケーブルが、コモンモードノイズノイズの発生源になることは前記事(部品編⑤など)でご紹介しました。それと同じ問題がスマートフォンの内部回路で起きるわけです。たとえば、ディスプレイやカメラモジュールとCPUをつなぐFPC(フレキシブルプリントと配線板)、D級アンプとスピーカをつなぐオーディオラインなどがコモンモードノイズの発生源となり、自家中毒を起こします。

そこで、これからの5G時代に向けたスマートフォンやウェアラブル端末に、ますます重要になってくるのがコモンモードフィルタです。クロックの高速化、レーンの並列接続などにより、伝送速度が数十Gbpsにも達する5G時代の超高速化に対応することができるノイズ対策部品です。

先進の薄膜プロセス技術を応用した薄膜コモンモードフィルタ

コモンモードフィルタは、リング状のフェライトコアを用いたタイプ、ドラムコアとプレートコアを組み合わせた小型SMD(表面実装部品)タイプほか、2つの薄膜コイルを対向させた薄膜コモンモードフィルタがあります。
TDKの薄膜コモンモードフィルタは、HDD用ヘッドなどで培った先進の薄膜プロセス技術を応用展開し、高磁束密度フェライト材の薄膜と高精細パターンの薄膜コイルを積層形成したもの。5G時代のスマートフォンやタブレット端末のノイズ対策とともに、さらなる小型化・高機能化に貢献する最先端のノイズ対策部品です。

HDD用ヘッド製造などで培われた先進の薄膜プロセス技術を応用展開。
高磁束密度フェライト基板と高精度パターンの薄膜コイルを実現した薄膜コモンモードフィルタ。

コイル断面のアスペクト比を2以上に高めたことにより、業界最小クラスの極小化と浮遊容量の低減を実現。

《スマートフォンの自家中毒対策のまとめ》
スマートフォンの多機能化が進めば進むほど、自家中毒の問題が増大します。その原因は、機器内部の伝送線路や外部機器との接続ケーブルから発生する放射ノイズです。
その基本的な対策として、以下のようなものがあります。
●ノイズの影響の受けにくい部品位置、伝送線路設計、グランド設計、シールディングを行うことが第一のポイントです。しかし、スマートフォンにおいては回路の高密度化により、ノイズ発生源と内蔵アンテナなどは近接実装せざるをえないのが現実です。とりわけアンテナはスマートフォンの上部や下部に、カメラモジュールやマイクロホン、スピーカなどとともに集中配置されています。
●このため、多機能化が進むスマートフォンにおいては、適切なノイズ対策部品の選定と使用が重要となります。コモンモードフィルタ、ノイズサプレッションフィルタほか、ノイズ抑制シート(フレキシールド)の使用も効果的です。
●伝送線路におけるインピーダンスの不整合は、ノイズを反射させて放射ノイズを発生させ、自家中毒の原因となります。コモンモードフィルタの選定にあたっては、ノイズ減衰特性(挿入減衰-周波数特性)を考慮した適切なインピーダンスマッチングも重要になります。

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