なるほどノイズ(EMC)入門
【実践編①】IoT/5G時代に向けたノイズ対策技術
エレクトロニクス社会の発展に避けて通れないノイズ問題。本シリーズは「なるほどノイズ(EMC)入門」の実践編です。さまざまなノイズ問題とその対策について、具体例などをまじえながら、わかりやすくご紹介していきます。
ノイズ問題は時代とともに変化を遂げています。今号はプロローグとして、 IoT/5G時代に向けたノイズ規制と最新の技術動向を探ってみました。
EMC技術なくしてエレクトロニクス社会は成り立たない
電子機器のノイズ問題がクローズアップされたのは、マイクロエレクトロニクスの草創期である1960年代です。それまでノイズ問題というのは、無線通信が干渉や妨害を受けたり、ラジオやテレビの受信障害といったRFI(無線周波干渉)がメイン。加害者と被害者が比較的はっきりしていて、ノイズの発生源もかぎられていました。ところが、トランジスタやICを利用した電子機器が広く普及すると、ノイズ問題は社会全体に拡大。電子機器はノイズの被害を受けるだけでなく、自らもノイズの発生源となっていることが問題化してきました。さらにデジタル技術が急発展した1980年代には、オートマ車が急停車・急発進したり、電車のドアがいきなり全開したり、産業ロボットが人身事故を起こしたりなど、電子回路の誤動作によるトラブルが頻発するようになりました。
そこでRFIを発展させたEMI(電磁妨害=エミッション問題)に加えて、EMS(電磁妨害感受性=イミュニティ問題)という概念が生まれました。このEMIとEMSの双方を両立させようというのがEMC(電磁両立性)。つまり、「他のシステムにノイズ障害を与えず」かつ「他のシステムからノイズの影響を受けず」という考え方にもとづくのがEMCです。近年インターネットの普及により多くの電子機器が無線や配線でつながるようになりました。おのおのの電子機器がEMC対策を実施することでシステム全体の信頼性向上につながります。快適で安全なIoT社会を実現するためには、 EMC技術がますます重要になってきています。
ノイズ規制は世界的に厳しさを増している
ノイズ問題は一種の環境問題です。電磁エネルギーであるノイズに国境はなく、ノイズ対策をほどこしていない製品が輸出されれば、越境公害のように相手国にノイズ被害が広がります。そこで、ノイズの発生と被害を最小限にとどめるため、IEC(国際電気標準会議)やその下部機構であるCISPR(国際無線障害特別委員会)などにより国際的な規制が設けられています(EMCに関する規格は、国際規格、地域規格、各国規格に分類され、WTO/TBT(貿易の技術的障壁に関する協定)では、各国規格の整合を図るために、国際規格に整合(ハーモナイズ)させることを勧告しています)。
日本のVCCI(情報処理装置等電波障害自主規制協議会)は、1985年のCISPR勧告に応じて、コンピュータなどのITE(情報技術装置)や複写機・ファクシミリなどを規制対象として関連業界が設けた自主規制です。テレビやラジオ、VTRといった機器は電気用品取締法、携帯電話などの低電力通信機器は電波法の規制対象機器にもなっています。
ノイズ規制がとくに厳しいのは欧州です。1994年にEUとして統合した欧州では、EMC指令などの要件を満たした製品にのみ、CEマーキング(CEマークの添付)が許され、CEマーキングのない製品はEU域内の流通・販売が法律によって禁じられています。当然ながら、CEマーキングのない製品はEU域内に輸出することもできません。また、中国ではWTO(世界貿易機関)への加盟に伴い、CCC制度(China Compulsory Certificate system)が実施されてきています。CCC制度とは、中国国内に輸入される電気・電子製品などの安全確保を目的としたもので、GB規格(国家標準規格)に適合しているかを中国政府が審査し認証する制度です。認証を取得していない製品は、中国へ出荷、輸入、販売ができません。また認証された製品は、CCCマークを表示する必要があります。CCCの右に小さく記された文字は認証の種類を表しており「EMC」は電磁両立性をしめしています。
パソコンをはじめとするITE(情報技術装置)については、これまで30MHz〜1GHzの放射ノイズが規制対象となっていましたが、CISPRではこれを6GHzまで拡張することを決定し規制が開始されています。複雑なノイズ規制を国際的に統一することは、各国の利害などもからむため、簡単には実現しません。また、審議にも時間がかかるため、めまぐるしいスピードで高機能化・多機能化を遂げる電子機器にノイズ規制のほうが追いつかないというのが現状です。
ノイズ対策はIoT/5G時代のセキュリティにも関わる
本格的なテレビ放送が世界的に開始されたのは20世紀半ば。以来、テレビは白黒からカラー、アナログからデジタル放送へ移行してきました。今ではスマートフォンやパソコン、自動車でもテレビ放送が見られるようになりました。さらに高画質4K/8Kテレビ放送も開始されてきています。通信速度はこれまでの30年間で約10,000倍の速度で進化しており、2030年以降には1T(テラ)bpsに到達すると見られています。 しかし、誰もが、いつでも、どこでもネットワークにアクセスできる社会とは、誰もが、いつでも、どこでもノイズや情報漏洩の脅威にさらされる社会でもあります。
信号は善玉、ノイズは悪玉といった“勧善懲悪”的な考え方ではノイズ問題は解決しません。機器どうしの通信信号も他の機器にとってはノイズになったりするからです。たとえば、高速の近距離無線通信であるUWB通信は、信号を3〜10GHzの広い周波数帯の電波に拡散して伝送する技術。しかし、他の無線機器との干渉を防ぐために、UWB通信用の電波は微弱なものに抑える必要があります。
その一方で、コンピュータや周辺機器、ケーブルなどから出る微弱なノイズを指向性のよいアンテナで拾い取って情報を盗むTEMPEST(電磁波盗聴)という技術も、ネットワーク社会のセキュリティを脅かす可能性のある新技術として登場してきました。また、家庭内やオフィス内の配電網をそのまま通信インフラとして利用するPLC(電力線通信)にも大きな期待が寄せられていますが、実用化にあたっては他の機器との干渉問題や、情報漏洩の問題も解決する必要があります。身の回りはノイズにあふれており、電子機器内部にもノイズ発生源があるため、信号に重畳するノイズを完全になくすことはできません。したがって、高周波化・高速化・低電圧化がいちだんと進むこれからの電子機器には、信号の品質・安定性をたえず保つためのSI(シグナル・インテグリティ)とPI(パワー・インテグリティ)といった考え方が重要になってくるのです。
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