なるほどノイズ(EMC)入門
【部品編②】ノイズを反射・吸収するチップビーズ
無線LANやBluetoothなどの近距離無線通信技術により、身近な電子機器がワイヤレスで簡単にデータを送受信できるようになりました。しかし、電子機器が放射するノイズが内蔵アンテナに干渉すると、通信が途切れたり、データ処理能力を低下させたりします。5GやIoT社会の発展に向けても、ノイズ対策はますます重要になっています。
フェライトならではの特性を利用したチップビーズは、ノイズの放射源となりやすい伝送線路に直列に挿入することにより容易にノイズ除去効果が得られる素子で、その利便性からさまざまな機器で広く利用されています。基板パターン設計後のノイズ対策としても効果的。小型ながら実に頼もしいノイズ対策部品です。
デジタル信号の矩形(方形)波は様々な周波数成分の集まり
周期的に繰り返されるどんなに複雑な信号波形も、基本周波数の正弦波(sin波)とその整数倍の高調波からなります。これを数学的に明らかにしたのは、19世紀フランスの数学者フーリエが導出したフーリエ級数展開です。信号波形などの解析に使われるFFT(高速フーリエ変換)アナライザ(スペクトラム・アナライザ)は、この原理を応用したもの。さまざまな楽器や音や人の音声なども、FFTアナライザで周波数スペクトラム解析すると、基本波とその高調波からなることがわかります。
デジタル信号の矩形(方形)波も、基本周波数の正弦波とその奇数倍の高調波を足し合わせたものです。波形のハイとローで、0か1のデジタル信号を表しますが、電子機器においては、信号ラインに重畳するノイズによって、矩形(方形)波の波形が乱されるため、無対策のままでは、さまざまな悪影響をもたらします。
信号ラインに電流が流れると磁力線が発生します。また、信号ラインには抵抗成分があり、信号ラインとグランド間には浮遊容量(電位差のある2つの導体の間に生じる静電容量)と呼ばれる目に見えないコンデンサ成分も存在します。信号ラインにはこうした回路図には描かれていない“隠れ素子”があるため、たとえ入力信号が理想的な矩形波であったとしても、波形が歪んだり、クネクネと波打ったりします(リンギング)。とりわけ送信側と受信側のインピーダンス(交流回路における抵抗)が不整合の場合、信号ラインの境界部で信号は反射波として戻され、回路の誤動作の原因になったり、ノイズとして周囲に放射したりします。
また、回路部品が高密度実装されているスマートフォンなどでは、自らが放射するノイズが近接する内蔵アンテナに干渉して受信感度の低下をもたらしたりします。いわゆる“自家中毒”と呼ばれる問題です。
こうしたノイズ問題の簡便で効果的な対策として多用されるのが、フェライトの特性をたくみに利用したチップビーズです。チップビーズはネックレスなどに使われるビーズ(管玉)にちなんだネーミング。当初は、中空のフェライトに導線を貫通させていたことによるものです。その後、電子部品の小型化要求とともに、フェライト素体の中に積層工法などでコイルを形成した構造のチップビーズが使用されるようになりました。中空構造ではありませんが、当初のビーズという名前を受け継いでいます。
チップビーズはインダクタと抵抗の性質を合わせ持つ
ノイズも信号と同じ電気エネルギーです。フェライトのチップビーズは、なぜノイズ成分だけを選択的に除去することができるのでしょうか?
一般的にノイズは信号に比べ周波数が高いので、高周波領域で高いインピーダンスを持つチップビーズは、選択的にノイズに作用し、低い周波数の信号に対しては作用せず、そのまま通過させます。ただし、チップビーズがLPF(ローバスフィルタ)などと異なるのは、インダクタ(コイル)と抵抗の性質を合わせ持つことです。ノイズの周波数が比較的低い領域においては、チップビーズは主にインダクタ成分が機能してノイズを反射して阻止します。インダクタ成分は周波数が高くなるにつれインピーダンスも高くなりますが、ある周波数を超えるとインピーダンスは急激に小さくなってしまい、ノイズの反射特性も急激に衰えます。この周波数を自己共振周波数といいます。
この時、チップビーズはインダクタ成分に変わって、抵抗成分が機能するようになります。つまり、周波数が高いノイズに対して、抵抗成分が吸収して、熱に変換して除去するのです。チップビーズが広い周波数範囲でノイズ除去効果をもつ理由はここにあります。この機能の切り替わる周波数は、抵抗成分(R=レジスタンス)とインダクタ成分(X=リアクタンス)が等しくなる点で、R-Xクロスポイントと呼ばれます。
チップビーズ選びに重要なR-Xクロスポイント
風邪薬も症状に合わせて使い分けなければならないように、チップビーズにも様々な周波数-インピーダンス特性があり、適切な選択が必要です。チップビーズの使用にあたっては、R-Xクロスポイントが重要なポイントとなります。R-Xクロスポイントが高周波側にあるチップビーズは、主にインダクタに近い性質を示し、R-Xクロスポイントが低周波側にあるチップビーズは、主に抵抗として機能します。
信号の周波数にもよりますが、一般にR-Xポイントが低周波側にあるチップビーズほど、リンギングなどが少なく、波形の歪みを効果的に整えることが除去できます。ただし、必要な信号が減衰しないように注意しながら選択します。 また、直流抵抗が高いと、消費電力が大きくなるとともに信号レベルを低下させるので、直流抵抗はより低いことが望まれます。
GHz帯のノイズにも対応するギガスバイラ構造のチップビーズ
フェライトビーズは積層工法によって、チップ化と小型化が実現しましたが、電子機器の高周波化が進むにつれ、新たな問題も浮上してきました。それは端子電極とスパイラル状の内部電極の間の浮遊容量が、特性向上の妨げになるという問題です。広い周波数範囲で高いインピーダンスをもつことで、フェライトビーズは簡便かつ効果的なノイズ対策部品として使われますが、電極間の浮遊容量は高周波領域におけるインピーダンスを低下させてしまうのです。
この問題のソリューションとして導入されたのが、積層チップインダクタにも採用されているギガスパイラ構造のチップビーズです。従来、チップビーズの内部導体のスパイラルは、端子電極方向と垂直に積層されていましたが、これを端子電極と同方向に積層する新工法です。これによって端子電極と内部導体との浮遊容量を著しく抑えることに成功し、GHz帯まで余裕をもってカバーする、広いすぐれた特性を実現できるようになりました。
TDKのチップビーズは、信号ライン用の超小型の製品や、GHz帯域で高いインピーダンスが得られるギガスパイラ構造の製品、電源ラインの大電流にも対応できる製品、車載用に特化した製品などを豊富にラインアップしています。これらはTDK独自のフェライト技術を活用したもので、広い周波数範囲において、極めて効果的なノイズ除去機能を発揮します。
TDKは磁性技術で世界をリードする
総合電子部品メーカーです