TDKのコアテクノロジー
Vol.13
MEMSモーションセンサと「パッケージング技術」
スマートフォンやタブレット、ゲーム機ほか、ドローンやロボット、自動車などには、動きや姿勢、振動や衝撃などを検出するためのモーションセンサが搭載されています。さまざまな方式がありますが、近年は小型で量産性にすぐれるMEMSモーションセンサの利用が拡大しています。TDKが提供しているMEMSモーションセンサは、独自の技術により、MEMSセンサの工法にブレイクスルーをもたらした製品です。IoT/IoE時代に向けた高機能・高付加価値のセンサソリューションを生み出します。
人間の運動感覚に対応したモーションセンサ
人間の感覚には、いわゆる五感(視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚)のほかに、動作や姿勢などを検知する運動感覚があります。自動車の助手席で目を閉じて座っていても、発進や制動、カーブやスロープなどを体感できるのもこのためです。この運動感覚に対応するのがモーションセンサです。
モーションセンサの役割は直感的に理解しやすいものですが、その原理や構造はかなり複雑です。一般にモーションセンサは、「加速度センサ」と「ジャイロセンサ(角速度センサ)」を組み合わせた「慣性センサ(イナーシャルセンサ)」と呼ばれる複合センサ(コンボセンサ)です。補助的に磁気センサ(電子コンパス)や気圧センサなどを一体化した製品も使われています。
慣性センサ(イナーシャルセンサ)の原理
モーションセンサの主役である、慣性センサについて説明します。力学の慣性の法則により、静止している物体または等速直線運動する物体に外力が加わると、慣性力が作用して元の状態を保とうとします。自動車の発進・制動時に、体が後ろのめり・前のめりになるのも、慣性力が作用するためです。この慣性力を検出するのが加速度センサです。加速度の大きさや変化を信号処理回路で計算することで移動距離を知ることができます。
また、移動する物体に回転が加わったときも、元の状態を保とうとする慣性力が働きます。これはコリオリ力と呼ばれ、その大きさは回転にともなう角速度(回転速度)に比例するので、コリオリ力を検出することで、回転や姿勢などの変位を知ることができます。
カーナビゲーションシステムは、加速度センサとジャイロセンサからなる慣性センサのデータを、磁気センサや気圧センサ、GNSS(全地球航法衛星システム)などのデータで補正しながら、現在位置をマッピングするシステムです。
スマートフォンやドローン、カーナビなどで活躍
ジャイロセンサは航空機のオートパイロットを可能にする、慣性航法装置から発展したものです。航空機にはきわめて高精度な光学式のジャイロセンサが使われています。しかし、大型で高価な装置であるため、水晶やセラミックスの圧電体を用いた振動ジャイロが開発され、カーナビやドローンのほか、スマートフォンやゲーム機などにも利用されるようになりました。スマートフォンの画面が本体の傾きに応じて縦横に回転したり、ゲーム機のコントローラが体の動きに反応したりするのも慣性センサの働きによるものです。
さらに近年は、MEMS技術を利用した小型で量産性にすぐれる振動ジャイロが開発され、民生機器や産業機器などへの応用が一段と加速しています。本記事では、MEMS技術による慣性センサを利用したMEMSモーションセンサについて解説します。
MEMS工法で作り込んだ可動機構
MEMS加速度センサとMEMSジャイロセンサの基本構造と原理を簡単に説明します。MEMSとは、半導体製造の微細加工技術を応用し、フォトリソグラフィ、エッチングなどにより、シリコン基板(ウエハ)上にセンサやアクチュエータなどの可動部、回路などを一体形成する技術で、マイクロマシニングとも呼ばれます。詳しい工程は、本シリーズ「『MEMS技術』と小型マイクロフォン(https://www.tdk.com/ja/tech-mag/core-technologies/05)」をご参照ください。
MEMS加速度センサもMEMSジャイロセンサも、シリコン基板の上にバネによって支えられた振動子(プルーフマスと呼ばれる可動質量体)を形成した構造となっています。また、振動子の周囲にはくし形の可動電極が形成され、これらはくし形の固定電極と隙間をへだてて組み合わされた構造となっています(下図は簡略化したもので、実際の構造は複雑で、また製品により異なります)。
MEMS加速度センサに加速運動が加わると、慣性力によって振動体は加速度方向に変位し、可動電極と固定電極との間の距離が変わるため、その静電容量の変化から加速度の大きさが検出できます。この検出方式は静電容量方式と呼ばれます。コンデンサマイクの原理と同じもので、微細な変位を高精度で検出することができます。
コリオリ力を検出するジャイロセンサ
振動子(プルーフマスと呼ばれる可動質量体)に駆動電力を印加し、振動体をたえず振動させておくことにより角速度(回転速度)を検出するのがジャイロセンサです。センサが回転すると、振動体の振動方向と垂直にコリオリ力が働き、可動電極と固定電極との間の距離が変わるため、その静電容量の変化から角速度の大きさを検出します。
MEMS振動ジャイロが開発されるまでは、水晶やセラミックスを音叉型や棒状に研削したものを振動体とする圧電方式のジャイロセンサが、カーナビなどに利用されていました。MEMS慣性センサは、圧電方式よりも構造は複雑ですが、半導体製造プロセスによりシリコンウエハに多数の小型センサ素子を一括量産できるのがメリットで、カメラの手振れ補正機構の用途などから広く利用されるようになりました。
きわめて重要なパッケージング技術
加速度センサやジャイロセンサなどに使用されるMEMSウエハは、信号処理回路であるCMOS ICウエハとは別工程で製造されます。このため、従来の慣性センサは下図のように、MEMSチップとCMOS ICチップの2チップ構成でパッケージングされていました。
その後、回路部品の高密度実装にともなう省スペース化要求に応えて、MEMSウエハの上にCMOS ICウエハを乗せたスタック構造の製品が開発されました。しかし、この方式では、MEMSチップとCMOSチップをワイヤボンディング(接合)する工程を必要とします。
MEMSチップは微小で繊細な可動部を内蔵するため、ウエハからダイシング(切断)してチップ化するときに、ゴミなどが可動部に詰まると故障の原因となります。そこで、チップ化する前工程のウエハ段階で封止して可動部を保護する技術が導入されました。これをウエハレベルパッケージング(WLP)といいます。
ウエハレベルパッケージングには、さまざまな手法がありますが、TDKのモーションセンサには、TDKのグループ会社であるInvenSense社の特許である「Nasiri(ナシリ)プロセス」と呼ばれる独自の工法が採用されています(Nasiriとは、InvenSense社の創業者の名前)。
これは信号処理回路を形成したCOMS ICウエハを、MEMSウエハでふたをするようにかぶせて封止すると同時に、電気的に接合してワイヤボンディングの工程をなくすという画期的な工法です。
イノベーションをもたらしたNasiri(ナシリ)プロセス
MEMSモーションセンサのウエハレベルパッケージングは、きわめて重要な技術です。というのも製品のテストはパッケージング後に行われるため、歩留まりを向上させる(不良品の発生率を下げる)ことは信頼性の向上はもちろん、製品価格に大きく関わるからです。実際、製造コストの半分以上が、パッケージングとテストによって占められるといわれます。
Nasiri(ナシリ)プロセスは、MEMS製品の開発のネックとなっていた設計や試作、パッケージングやテスト、量産化に関わる時間やコストの低減をもたらす革新的な技術です。
世界初の2軸(x軸・y軸)ジャイロセンサ、3軸(x軸・y軸・z軸)ジャイロセンサ、6軸モーションセンサ(3軸ジャイロセンサ/3軸加速度センサ)、9軸モーションセンサ(3軸ジャイロセンサ/3軸加速度センサ/3軸磁気センサ)といったInvenSenseの革新的なMEMSセンサも、このNasiri(ナシリ)プロセスによって生まれました。
ソフトウェア技術を含めた先進のセンサソリューション
この技術は多様な市場ニーズにスピーディかつフレキシブルに応えるとともに、技術力や競争力を高めるためにきわめて有効なソリューションです。製品化までの期間短縮やコスト低減、信頼性の向上など、Nasiri(ナシリ)プロセスは、理想的な開発プラットフォームを提供します。
センサはさまざまな物理量や化学量を電気信号に変換して検出する素子ですが、実用面においては信号を処理・分析・評価するソフトウェアやアルゴリズムを含めたIC一体型のインテリジェントな複合センサやセンサモジュールへと進化しています。TDKはこうした時代のトレンドにいち早く対応し、光学式センサ以外のほぼすべてのセンサを網羅する製品ポートフォリオを確保するとともに、ASIC設計のトップメーカーであるICsense社などを傘下に加えるなど、TDKグループ全体のシナジー効果を高めつつ、高度で多様なセンサソリューションを提供しています。
TDKは磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーです