TDKのコアテクノロジー

Vol.2
「材料設計技術」とフェライトコア

2021.02.05

自然素材である金属や鉱物などには、特異な電気・磁気的性質を示すものがあります。その研究をベースとして、自然界にはない多種多様な電子材料が開発され、エレクトロニクスの発展に大きく貢献してきました。なかでもトランスやコイルなどのコア(磁心)として多用されるフェライト(軟磁性材料であるソフトフェライト。通常、単にフェライトと呼ばれます)は、日本で発明された画期的な磁性材料で、スマートフォン、パソコン、自動車など、身の回りの電子機器に数多く使われています。フェライトはTDKのコアテクノロジーの原点。用途に応じた材質や特性を実現するフェライトコアの材料設計技術のポイントをご紹介します。

エレクトロニクスに貢献した鉱物

宝飾品の琥珀(こはく)は、松ヤニのような樹木の樹脂が地中に埋もれて化石になったもので、摩擦するとチリや灰を吸い寄せることは、世界中で古くから知られていました。中国の史書『三国志』にも、「琥珀、塵(ちり)を吸うも穢(けが)れを吸わず」という格言が載っています(清廉な人間は不正な金品を受け取らないという意味)。
これは摩擦による静電気現象によるものですが、昔はモノを吸い寄せる不思議な性質をもつ素材は、すべて磁石のたぐいと考えられていました。実験により磁気と電気を明確に区別したのは、16世紀イギリスのギルバートで、彼は静電気の作用をギリシャ語の琥珀(エレクトロン)にちなんで、ラテン語でエレクトルム(electrum)と呼びました。これが英語の電気 (electricity)の語源です。
以下に示すように、琥珀にかぎらず、エレクトロニクスと鉱物は意外に縁の深い関係があります。

科学的な鉱物学は17~18世紀に生まれ、19世紀にはさまざまな電磁気特性が探求され、20世紀に電子材料として広く応用されるようになった。

さまざまな電子材料のルーツと応用製品

たとえば、電気石とも呼ばれるトルマリンは、加熱するとチリや灰を吸い寄せることも古くから知られていました。これは加熱で起きる電気分極による現象で、焦電気(しょう電気:ピロ電気)といい、焦電材料は人体を感知する赤外線センサなどに利用されています。外部から力を加えると電圧が発生する圧電気(ピエゾ電気)も、トルマリンや水晶などの結晶から発見され、超音波センサや電子ブザーなどとして多用されています。

薄くはがれる性質のある雲母(うんも:マイカ)は初期のコンデンサの誘電体(絶縁体)として使われ、また、昔の簡易なラジオ受信機には、黄鉄鉱や方鉛鉱などの結晶が検波(電波から音声信号を取り出すこと)素子として使われました。この鉱石検波器をヒントに、ゲルマニウム(Ge)の結晶を用いたダイオードやシリコン(Si:ケイ素)の結晶を用いたトランジスタが発明されました。さらに、20世紀最大の発明の一つといわれるレーザ光も、ルビーの結晶を利用した装置から生まれました。このように、エレクトロニクスの進化には、さまざまな鉱物が大きな役割を果たしてきました。

フェライトは宝石スピネルと同じ結晶構造の磁性セラミックス

イギリス王室の戴冠式(たいかんしき)で用いられる王冠の正面には、巨大な深紅の宝石が飾られています。「黒太子(こくたいし)のルビー」と呼ばれていますが、実はルビーでなくスピネルという鉱物の結晶です。
スピネルは [MgO・Al2O3] または[MgAl2O4]という化学式で表される鉱物で、酸化マグネシウム[MgO]と酸化アルミニウム[Al2O3]からなる複合酸化物です。マグネシウム(Mg)やアルミニウム(Al)は、不純物として混入する各種の金属イオンと置換されやすく、それによって、赤、青、緑、黄など、さまざまな色合いの宝石として産出します。

本シリーズVol.1では、日本で発明された画期的な磁性材料であり、エレクトロニクスに不可欠となっているフェライトについて、簡単にご紹介いたしました。なかでもトランスやコイルのコア(磁心)材料として使われるタイプのフェライト(ソフトフェライト)は、スピネルと同じ結晶構造の磁性セラミックスです。
フェライトコアというのは、言葉から何となく想像できても、実物を見たことのある人は少ないでしょう。見かけは紙押さえなどに使われるマグネット(フェライト磁石)と似た黒っぽいセラミックスですが、化学組成や結晶構造は大きく異なります。さまざまな形状のフェライトコア例とそれを用いたトランスの製品例(ともにTDK製)を以下に示します。

磁性材料には、主にトランスやコイルのコアに使われるソフト(軟)磁性材料と、マグネットに使われるハード(硬)磁性体がある。一般にフェライトと呼ばれるのは、ソフト磁性材料であるソフトフェライトのことである。

フェライトは各種の金属酸化物[MO](M:鉄、マンガン、亜鉛、ニッケルなどの2価の金属)と酸化鉄[Fe2O3]の複合酸化物です(化学式は[MO・Fe2O3]または[MFe2O4])。
興味深いのは、フェライトの結晶を構成するMもまた、宝石のスピネルと同様に各種の金属イオンと置換されやすい性質があることです。これによって、さまざまなタイプのフェライトが生まれます。しかし、主成分の配合や微量添加物により、特性が大きく変化するため、用途に応じた材質を得るためには、きわめて高度な材料設計技術が求められます。

磁性体は磁気回路をつくる

磁石に吸いつく物質を広く磁性体といいますが、これは周囲の磁力線をよく引き寄せて通す性質によるものです。電子材料として用いられる磁性体は、鉄などの金属系材料と酸化物(非金属)系のフェライトに大別されます。コイルのコア(磁心)に磁性体が用いられるのは、電気を通す導線が電気回路をつくるように、磁性体のコアは磁力線の通路(磁気回路)をつくるからです。

たとえば、電磁石やモータのコアには鉄(軟鉄や電磁鋼)が使われます。鉄は磁性体の王様ともいうべき存在で、コイル(あるいは磁石)が発生する磁力線をたくさん束ねて磁気回路をつくります。
流せる磁束の最大値を飽和磁束密度といいます。飽和磁束密度において、フェライトは鉄にかないません。しかし、コア材料として、もう一つの重要な指標である透磁率(磁束の通しやすさ)においては、フェライトは鉄系材料に劣らないばかりか、後述するように高周波でのトランスやコイルの使用においては、フェライトコアは金属系コアでは得られない優れたパフォーマンスを発揮します。

電気を通す導線が電気回路をつくるように、磁性体のコアは磁力線の通路(磁気回路)をつくる。

金属系磁性体とフェライトは何が違うか

では、電子機器のトランスやコイルのコアになぜ、フェライトが多用されるのでしょうか?
電子機器のトランスやコイルは一般に高周波の交流電流が流されます。プラスとマイナスが交互に切り替わるのが交流であり、交流が流されたコアの磁化の向きは、周期的に反転し、そのたびに磁性体には渦(うず)電流という電流が流れます。ところが、鉄などの金属系材料は電気抵抗が小さいために、渦電流による発熱(ジュール熱)損失が大きくなってしまいます。この熱損は周波数が高くなるほど大きくなるので、高周波用のトランスやコイルのコアには使えないのです。
かたやフェライトは酸化物(非金属)であるため電気抵抗が高く、高周波でも渦電流による影響を受けにくいのが特長です。このため、電子機器のトランスやコイルのコア材料として不可欠となっているのです。

金属系コア:電気抵抗が低いため渦電流損失が大きく、高周波の磁界を加えると発熱ロスが大きくなる。
フェライトコア:酸化物なので電気抵抗が高く、渦電流による発熱ロスはきわめて小さい。

渦電流というのは聞きなれない言葉かも知れませんが、高校の物理で学習する電磁誘導に関連した「レンツの法則」によるものです。
交流電流が発生する変動磁界など、一般に導体に加わる磁束の変化は、それを妨げるように、導体に渦電流が流れて反作用磁束を生みます(レンツの法則)。そして、この渦電流はジュール熱を発生し、トランスやコイルなどではやっかいなコアロス(渦電流損失)となります。ちなみに、この渦電流による発熱を逆に利用したのが、IHジャーや電磁調理器です。工業的には高周波溶接機や高周波溶解炉などにも活用されています。

主原料の配合とともに微量添加物が特性を左右

現在、主流となっているフェライトは、マンガン・亜鉛(Mn-Zn)フェライトとニッケル・亜鉛(Ni-Zn)フェライトです(中間タイプもあるため、はっきり二分されるわけではありません)。
Mn-Znフェライトは主にトランスのコア(磁心)に、Ni-Znフェライトは1MHz以上の高い使用周波数でも低損失の材質のため、高周波用コイルやノイズフィルタのコアなどに利用されています。

フェライトの製法について簡単に解説します。フェライトの代表格であるMn-Znフェライトは、酸化鉄[Fe2O3]、酸化マンガン[Mn2O3]、酸化亜鉛[ZnO]の粉末を主原料とし、仮焼成・粉砕・圧縮成型後、約1000~1400℃の高温で焼成して製造されます。
焼成工程において、原料の3成分は互いに固相反応(固体どうしで起こる化学反応)を起こして中間物を生成しながら、スピネル型結晶構造のMn-Znフェライトとなります。その複雑な関係をわかりやすく単純化して表したのが、以下の三角グラフによる3元系状態図です。
三角グラフの頂点にあたる 酸化鉄、酸化マンガン、酸化亜鉛は端成分(たんせいぶん)といい、頂点に近いほど成分比が高くなります。たとえていえば、赤・黄・青の3原色の割合により、さまざまな色が得られたり、料理でいえば、みりん・砂糖・醤油の割合で、そばつゆや割りしたの味が変わったりするのと似ています。

したがって、ひとくちにMn-Znフェライトといっても、その成分比はほぼ無限に存在するため、その中から実用的な特性の材料を探し当てるには緻密な実験が必要で、また、量産にあたっては高度な材料設計技術が求められます。さらには、やや専門的な話になりますが、隠し味的に加えられる微量添加物の成分や量によっても特性は微妙に変化します。

3種の主原料(酸化鉄、酸化マンガン、酸化亜鉛)が固相反応により中間生成物を生成しながら、スピネル結晶型の固溶体であるMn-Znフェライトとなる。材料組成、焼成条件(温度、時間など)、微量添加物などにより、多様な特性のMn-Znフェライトが得られる。

Mn-ZnフェライトとNi-Znフェライトの特性の違い

このように高い周波数帯域でも使用できるのがフェライトの特長で、高周波を利用する電子機器に不可欠な材料となっています。しかし、あらゆる周波数に万能のフェライトは存在しません。このため、さまざまな特性のコア材料を用途に合わせて適切に選ぶことが重要になります。
以下は金属系のソフト磁性材料(軟鉄や電磁鋼など)と、Mn-ZnフェライトおよびNi-Znフェライトのコア材の主な用途と、初透磁率-使用周波数の関係です。初透磁率とは磁性材料に磁界を加えはじめたときの立ち上がりの透磁率のことで、一般に使用周波数が高くなるほど、初透磁率は低くなる傾向があります。また、コアロスとなる渦電流損失は周波数の2乗に比例して大きくなるため、高周波用のフェライトコアにおいては、できるだけ渦電流損失が小さいものが望まれます。

微量添加物や不純物の制御など、高度な材料設計技術が必要

調味料のわずかの違いで料理の味が大きく変わるように、フェライトの特性を左右するのは、主原料に隠し味的に加えられる微量添加物です。たとえば、飽和磁束密度や温度特性を制御するために、スズ、チタン、クロムなどの酸化物(SnO2、TiO2、CrO2など)が微量添加物として加えられます。
また、その特性は結晶粒の大きさによっても変わります。そこで、焼成温度や焼成雰囲気(焼成炉の中の気体成分)の精密制御とともに、結晶粒の成長を促進したり抑制したりするための微量添加物も使われます。
フェライトは無数のフェライト結晶が集まった多結晶体であり、結晶粒どうしが接触する境界は粒界(りゅうかい)と呼ばれます。フェライトが高い電気抵抗をもつのは、この粒界によるものです。不純物は粒界に偏析(へんせき:成分が不均一に偏在する現象)することが多いため、高度な粒界制御技術も求められます。たとえば、粒界を高抵抗化することで渦電流損失を低減できます。

微量添加物は主に粒界に偏析して、さまざまな特性を発現する。気孔や不純物の排除により、特性が向上する。

フェライトはエレクトロニクスにおける磁性の応用を大きく広げた画期的な電子材料です。スマートフォンやパソコン、家電機器、OA機器、自動車まで、フェライトが使用されていない電子機器はないといって過言ではありません。
TDKでは、創業以来、蓄積した材料設計技術や微細構造制御技術などのノウハウにより、スイッチング電源用、高周波電源用、大電力用、通信機器用、ノイズ対策用など、多種多様なタイプと材質のフェライトを豊富に取りそろえて、明日のイノベーションに向けた先進ニーズに応えています。

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