Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.26
取材日:2022.8.30
新エネルギーシステム研究室の『燃料電池の予防制御研究』とは
筑波大学 新エネルギーシステム研究室
(秋元祐太朗研究室)都築 祐人
自分が考えた制御手法を
世の中に広めたい
vol.
26
OPENING
筑波大学の新エネルギーシステム研究室(秋元祐太朗研究室)では、「燃料電池の非破壊診断、制御、評価手法」といった、燃料電池に欠かせない研究に取り組んでいます。中でも注目されているのが、他にあまり見られない「燃料電池の予防制御」の研究です。今回は、この予防制御研究に携わる都築祐人さん(修士2年)に、取り組んでいる内容や大学で研究することの面白さ・魅力などを伺いました。
Profile
左:都築 祐人(つづき ゆうと)さん
筑波大学 理工情報生命学術院 システム情報工学研究群 リスク・レジリエンス工学学位プログラム 博士前期課程2年 新エネルギーシステム研究室(秋元研究室)所属
右:秋元 祐太朗(あきもと ゆうたろう)先生
筑波大学 システム情報系 助教・理工学群工学システム学類、システム情報工学研究群リスクレジリエンス学位プログラム担当。
2010年3月、群馬工業高等専門学校 電子メディア工学科卒業。2011年から2016年まで、筑波大学新エネルギーシステム研究室 (岡島研)所属。小山工業高等専門学校助教、を経て、2020年より現所属。
筑波大学 新エネルギーシステム研究室(秋元祐太朗研究室)
https://www.risk.tsukuba.ac.jp/~akimoto/
「新しい道を作る」という面白さがある分野
現在どのような研究に取り組んでいるのか教えてください。
私が担当しているのは、燃料電池で生じる不具合を事前に検知し、制御するという「予防制御」です。燃料電池は、水素と酸素の化学反応で発電するため、発電すると水が生じます。このとき、発生した水が燃料電池内部にたまってしまうと、触媒との反応面積が少なくなり、発電性能が低下する、一方で水を除去し過ぎると発電を行う高分子膜が乾燥し、出力が低下するなどのトラブルが起こります。こうしたトラブルが起こらないようにするためにも、不具合を予防する制御技術が必要になります。
具体的にどのような形で研究に取り組んでいるのでしょうか?
燃料電池から得られる電流と電圧、温度から、どんな不具合によって出力低下したのかの要因を分析します。その情報を基に、どのような制御を行えば、事前に不具合を回避できるのかを考えてプログラミングし、実験を行います。実験で得たデータをひとつずつ見ていき、どういった仕組みにすればうまく制御できるのか試行錯誤していく……というのが一連の流れです。
現在取り組んでいる研究の魅力は?
実験結果を基に、こんな条件ではどのようなことが起こるのか、こうした方法ではどんな制御ができるのかなど考えるのは楽しいですね。目に見えて良い結果が出るとすごくうれしいですし、「あぁ、面白いなぁ……」と感じます。
失敗も多いのですか?
研究ではよくある話で、そもそもうまくいかないことの方が多いですね。失敗の原因として考えられることは多岐に渡るので、そこをひとつひとつ探るのは大変な作業です。また、不具合そのものを制御する研究は多く行われていますが、「予防」という観点での制御技術の研究はあまり行われていません。前例がないのも難しいと感じるポイントです。しかし、「新しい道を作る」という面白さがありますし、うまくいくことの方が少ない分、成功したときには大きな達成感を得ることができます。
「俯瞰的に見ること」は大事にしている
普段のルーティンなど、研究室での「日常」についても教えてください。
ルーティンというものはありませんが、基本的に実験して、パソコンで作業しての繰り返しです。プログラミングのためにパソコンに向かっている時間も多いですが、考えた制御技術が本当に使えるのか確認することも重要なので、実験にも多く時間を割いています。こもりっぱなしではありませんが、研究室にいることが多いですね。コロナ禍でもあまり研究スタイルは変わりませんでした。
他のメンバーとコミュニケーションを取る機会はありますか?
研究室によりますが、うちの研究室はメンバー同士の仲が非常にいいので、交流は盛んですよ。もちろん自分の作業に集中している時間が多いですが、休憩時にはみんなで世間話をするなどオンオフをしっかりと切り替えつつ、交流を楽しんでいます。
都築さんが研究をする上で意識、心掛けていることはありますか?
研究者としては当たり前かもしれませんが、「俯瞰(ふかん)的に見ること」は大事にしています。考えがぶれることがないようにしていても、気が付かないうちに道をそれていることがあります。今行っていることが理論的に正しいのか、研究意義、目的、背景といった基盤である部分がぶれていないかなど、時折客観視するように意識しています。
研究のモチベーションは何ですか?
ひとつは「成果」です。結果が出たときのうれしさや楽しさといった成功体験は、研究を続ける上で大事なモチベーションになっています。また、自分の研究に対して、先生から「ここがよかった」「ここはもっとこうすればどうか」などリターンがあることもモチベーションになっています。
プライベートでモチベーションになっていることはありますか?
どっぷりハマっていることはありませんが、趣味のスポーツや旅行、歌や音楽がストレス発散、気分転換になっています。以前は研究と趣味とで頭を切り替えられないこともありましたが、研究に慣れて自分なりのぺースがつかめたのか、うまく切り替えられるようになりました。結果的に研究にもリラックスして臨めるようになっています。
選択肢の広さが理系の魅力
都築さんが理系の道に進んだ理由は?
大学受験で理系の道を選んだのは、「理系は選択肢が広いから」です。私は理系科目の方が得意ではありましたが、何か目標や夢があったわけではありません。研究分野が多岐に渡る理系なら、学んでいく中でしたいことが見つかるかもしれないと考えたからです。また、理系の知識を求める企業も多いですから、将来的な選択肢の広さも、理系を選んだ理由です。
その中で、なぜエネルギー分野の研究に興味を持ったのでしょうか?
大学の授業で電気分野を学んでいくうちに「面白い」と感じるようになったのが大きいですね。燃料電池は太陽光や風力などと比べて環境に左右されることが少なく、安定して電力供給が可能ということを知った際に、「燃料電池ってすごいな」とシンプルに感じました。
就職という道もあった中で、本格的に研究の道に進もうと思った理由は?
大学の研究室では、興味のある分野についてとことん追究することができます。これほど個人に裁量と自由を与えてくれる環境はそうそうありません。燃料電池の研究自体に興味がありましたし、「自分が思うことを思うように研究できる」のなら、挑戦するのは今しかないと思いました。
大学で研究することの面白さは?
やはり「自由」ですね。繰り返しになりますが、「こんな研究がしたい!」と思ったことに取り組める環境はなかなかないです。また、大学の研究は新規性も重要になるため、「他の人がまだしていない難しいこと挑戦する機会」も得られます。自分で目標を定めて、自分で切り開いていく面白さが味わえるのが大学で研究する醍醐味ではないでしょうか。
他にも、大学ではいろんな分野の研究が行われているので、幅広い知識が得られるのも面白い点です。例えば、秋元研究室では、燃料電池だけでなく、エネルギーシステムやリチウムイオン電池など、燃料電池以外の研究も行っています。自分がしたい研究に携わりつつ、幅広い知識が得られます。
自分が考えた制御手法が広まるのが目標
今後の展望を教えてください。
自分が研究している予防制御技術は、不具合を防いで安定稼働を実現するだけでなく、従来の制御技術よりも「発電効率を高められる可能性」も秘めています。まだまだこれからですが、世の中に流通する燃料電池に、自分が考えた制御手法が用いられるようになるとうれしいですね。
これから研究者を目指す若い世代にメッセージをお願いします。
今なにか興味を持っている人は、とことんその分野を突き詰めることを、大切にしてほしいと思います。進路を決める際の指針にもなるし、研究の道に進むのなら「興味」は大きなモチベーションになります。ただ、誰もが深く興味を持っているものがあるわけではないので、浅く広くでもいいので、いろんなものに興味を広げてみてください。その中から、面白い、楽しいと思えるものがきっと見つかるはずです。
FOR NEW GENERATIONS
最後に、秋元助教にも、理系の道に進んだ理由や、これからの時代を担う若い世代へのメッセージを頂きました。
先生が理系の道に進んだ理由を教えてください。
中学3年で進路を選ぶ際、私は高専に進みました。小さいころから国語や英語より、数学、理科の方が好きでしたし、オープンキャンパスに行ってすごく面白そうだと感じたからです。加えて、親から「電気」は日常に欠かせないもので、電気に関して学べば、就職で困ることはないと言われたのも高専に進んだ理由です。ですので、思い返せば中学から高校に進む時点で早くも「理系の道」を選んだということですね。
当時は、小泉純一郎元首相が水素自動車(燃料電池自動車)に乗るなど、環境を考慮した取り組みに注目が集まり始めた時期で、そうした取り組みを見て「環境に優しい技術を開発したい」と漠然と考えていたのを覚えています。そのため、高専の卒研では「太陽光発電」について研究しました。そこから私のエネルギー分野での研究が始まりました。
先生は、「研究することの面白さ」はどんな点だと感じていますか?
このエネルギー分野の研究は他と違い、「社会貢献できる」という点が非常に面白いです。例えば、宇宙の起源を探る、文字の成り立ちを探るなど、さまざまな面白い研究があります。しかし、私たちの日常生活にそのまま役立つかというと難しいですよね。エネルギー分野の研究は、例えば2030年までに温室効果ガスを46%(2013年度比)削減しなければならないというような、早急に解決が求められる社会的課題に貢献することができます。
そのほかにもSDGsといった、社会全体で推し進めようという取り組みが起これば、研究が加速します。一方、社会に求められない技術は研究が進みません。世の中の流れで研究が止まるなど悔しい思いをすることもありますが、反対に思いもよらない形で実現することもあります。技術だけを追究するだけでは成功がつかめないのも、エネルギー分野の研究の難しさでもあり、面白さなのかなと感じています。
最後に、これから研究の道を志す学生にメッセージをお願いします。
エネルギー分野は幅広い知識が求められるので、ジャンルは問いません。研究をする上で大切なのは、真面目にコツコツできるか、です。すぐに答えを求めても出ない世界です。しかし、最近は分からないことがあっても調べようとせず聞いてくる学生が多くいます。もし研究の道に進みたいのなら、自分で調べる、一つ一つ地道に問題を解決していくことに加え、幅広く貪欲に学ぶ姿勢も大切にしてください。
また、私が学生時代に先生から言われたことで覚えているのが「よく学び、よく遊べ」です。大学や研究機関では学ぶことは当たり前ですが、その中でどれだけ遊ぶ、つまり「外」に目を向けるかが重要です。研究が終わったらおいしい物を食べたり、学会が終わったら観光したり、うまく息抜きをすることも研究を続ける上で大事です。思わぬ研究のヒントが得られることもあるので、研究以外にも目を向け、いろんな経験をしてもらいたいと思います。
ENDING
「これからの社会を担う研究」に携わる学生をクローズアップした今回の記事は、筑波大学 新エネルギーシステム研究室(秋元祐太朗研究室)で「燃料電池の予防制御」を研究する都築祐人さんにお話を伺いました。研究内容だけでなく、研究室での日々や大学の研究室で学ぶ魅力を垣間見ることができたのではないでしょうか。都築さんが取り組む研究は、不具合の予防だけでなく、性能向上にも貢献するかもしれない注目の技術。将来、皆さんが使う燃料電池には、都築さんが考えた技術が搭載されているかもしれませんね。
文:中田ボンベ@dcp
写真:木村周平(BRIDGE)