Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.25
取材日:2022.6.9
カーボンニュートラルの実現に貢献するエネルギーシステム「エネスワロー」
東京工業大学 伊原・Manzhos研究室
大久保辰哉
研究も美術作品と同じ。
「とことん磨き上げる」という考えで突き詰める
vol.
25
OPENING
東京工業大学の伊原・Manzhos研究室では、エネルギーシステム、高効率な太陽電池、固体酸化物燃料電池/電解セルという3つを軸に研究・開発を行っています。いずれの分野でも最先端の研究が行われていますが、中でもカーボンニュートラルな社会の実現に貢献するとして注目されているのが、「エネスワロー」というインテリジェントエネルギーシステムです。
カーボンニュートラルには、太陽光や風力など、再生可能エネルギーの利用が必要不可欠。しかし、気象条件によってエネルギーの効率が変わるため、安定供給できるようシステムを管理しないといけません。エネスワローは、大量のデータ(エネルギービッグデータ)をデータベース化します。さらに、そのエネルギービッグデータを使って、様々なエネルギー機器を管理し、必要に応じてエネルギーを使う・蓄めるを実現し、再生可能エネルギーが大量に導入された場合に予想される電力価格の急激な増加(統合コストと呼ばれる再エネの変動の調整のために必要となるコスト)を抑制し、ビッグデータの活用で新たな価値を生み出すことを目指す“系統協調/分散型エネルギーシステム”として開発中です。エネスワローを開発するなど、次世代を担う研究に携わる若者とはどんな人でしょうか?
東京工業大学 伊原・Manzhos研究室で、エネスワローの研究を担当する大久保辰哉さん(博士課程3年)に、研究の面白さや魅力、さらには研究室の日常などを伺いました。
Profile
左:大久保 辰哉(おおくぼ たつや)
東京工業大学 物質理工学院 博士課程3年。伊原・Manzhos研究室所属。
カーボンニュートラル社会に向けたエネルギーシステム「エネスワロー」の開発を、データ科学を取り入れて研究している。
右:伊原 学(いはら まなぶ)先生
東京工業大学教授 物質理工学院応用化学系。
東京大学大学院工学系研究科 化学工学専攻 博士課程修了。東北大学反応化学研究所、多元物質科学研究所を経て、2012年に東京工業大学 炭素循環エネルギー研究センターに着任、その後、理工学研究科化学専攻助教授、化学工学専攻教授。2016年より現職。エネルギーと情報科学の融合分野の開拓し、産学でカーボンニュートラル技術の開発をグローバルに行う研究および教育組織 “InfoSyEnergy研究/教育コンソーシアム”代表、“エネルギー・情報卓越教育院”院長。
東工大InfoSyEnergy研究/教育コンソーシアム
https://www.infosyenergy.titech.ac.jp
https://www.infosyenergy.titech.ac.jp/Academy/
自分の研究が人々の生活をより豊かにする
現在どんな研究をしているのか教えてください。
私はエネスワローからのエネルギーデータを活用した「最適化」を研究しています。エネスワローで取得した太陽電池の発電出力や熱需要、電力需要などのデータを基にエネルギーシステムのシミュレーションを行います。例えば、効率的に電気を使うにはいつ、どれだけ電気を作り、貯めればいいのか、コストや二酸化炭素の排出量を最小にするには太陽電池や燃料電池などをどのくらい導入すべきかを最適化しています。最適化の研究とともに、エネルギー機器の導入やデータベース構築など、エネスワローの開発も行っています。
次世代エネルギーの鍵となるシステムを研究しているのですね。この研究のどんな点が面白いと感じていますか?
東工大のエネスワローは、日本はもちろん、世界的に見てもトップレベルのシステムです。日々収集している膨大なデータのひとつひとつが貴重なもので、それだけ貴重なデータを扱えることが、研究者としてまず面白いと感じています。
まだ先の話ですが、私たちの研究が、人々の生活をより豊かにすることにつながるかもしれないのも、やりがいを感じる点です。エネスワローが家庭でも使えるようになるかもしれませんし、政策立案にも役立つかもしれません。今の研究を頑張ることが、過ごしやすく、自然にも配慮した社会の実現にも貢献できると思いながら取り組んでいます。
別分野の勉強もいつか自分の研究につながる
普段、研究室ではどのように過ごしているのですか? 大久保さんの「リアルな日常」を教えてください。
私の研究はシミュレーションがメインなので、研究室では基本的にパソコンの前に座っている時間が多いですね。プログラミングしたり、データを収集したり……作業としては読者の皆さんのイメージどおりかもしれません(笑)。
自宅での作業もありますか?
新型コロナの感染状況がひどかった時期は自宅作業が中心でしたが、現在は研究室に行くことが増えましたね。そもそも、エネスワローや太陽電池、燃料電池など実機を見ることが大事なので、研究室に来て研究対象の機器を見ながらどのようなシミュレーションをするか考えたり、データを取ったりしています。
研究室に所属する他の学生との交流はありますか?
研究テーマが似ている場合は研究について話しますし、異なるテーマ同士でもこれはこうした方がいい、この方がうまくいくんじゃないなど情報交換をしています。研究だけでなく日常会話も多いですよ。授業の話とか。
日々のアクションとしては、プログラミングやシミュレーションがメインになると思いますが、他にはどのようなことに取り組んでいますか?
私は「エネルギーシステムの最適化」が専門ですが、横断的な融合分野のため、プログラミング技術や情報科学の知識のほかに、燃料電池の細かい物理モデルや電気化学の知識、コスト評価などに必要な経済の知識と幅広い知識が求められます。学ぶこと、覚えることが多く、これまで触れてこなかった分野も勉強しないといけません。
これまで触れてこなかった知識を新たに学ぶとなると「面倒」と思ってしまいそうですが……。
確かに大変ですが、幅広い知識が得られるので、私としては「楽しい」と感じています。全く畑違いの知識に思えても、実は自分の研究と重なる部分、役立つデータがあることもありますし、結局は自分の研究に役立つと思っているので、「苦しい」とは思っていません。
研究に取り組む上でのモチベーションはどのように維持しているのですか?
やはり「成功体験」ですね。初めてエネスワローのシステム開発に携わった際はなかなか結果が出ませんでした。それでも諦めずに開発を続け、なんとかシステムの実証試験を成功させることができた際はすごくうれしくて、その経験が今でもモチベーションになっています。
ただ、大きな成功はそうそう経験できるものではないので、日常のちょっとした体験に面白さを見出すのも大事かなと。例えば、私の場合は時間をかけて作ったプログラムからきれいに計算結果が出ると「気持ちいい」と感じて、それもちょっとしたモチベーションになっています。
研究以外で熱中していることはありますか?
趣味でセパタクローというスポーツをしています。学部時代からずっと続けていて、友人と一緒に作った社会人チームに所属し、そこで土日にプレーしています。研究の息抜きでもあるのですが、こうしたら勝てるのでは、こうすればもっとうまくなるかもと、プレー中もずっと考えていますね。たぶん「何かを考えるのが好き」なんでしょうね(笑)。
芸術家のような感覚で研究に取り組む
そもそもなぜ理系の道に進んだのでしょうか?
高校のときに化学や物理を学んでいて、「なんだか面白い」と感じたのを覚えています。例えば、電車の中でジャンプしても、自分もその電車と同じ速度を持って動いてるから、飛び上がっても後ろに流されることはありません。物理を学んでいれば当たり前のことなんですけど、日常のあらゆることが、物理で成り立っているのが面白いと感じましたね。それがきっかけで物理や数学など理系が面白くなって、東工大に進みました。
伊原・Manzhos研究室を志望した理由は?
エネルギー分野に興味があったのはもちろんですが、ずっと「あの太陽電池だらけの建物は何だろう」と気になっていたのもあります(笑)。大井町線の電車からいつも見ていてずっと不思議でした。その後、研究棟ということや、伊原先生の研究室であること、研究内容を知って、所属を志望しました。
エネスワローに携わりたいと思っていたのでしょうか?
所属後は、燃料電池の実験かエネルギーシステムの研究開発をするかで迷っていました。結局エネルギーシステムを選び、燃料電池についてはまたいつかと思っていましたが、現在の研究は燃料電池についての知識も必要なので、今はまさに「自分が望んでいた形」で研究に取り組めています。
大学で研究する魅力は何だと思いますか?
まずは「自分がしたいことに取り組める」ことでしょうか。自分の意思でテーマを選び、研究を遂行できる。これは多くの人が高校までとの違いとして感じているのではないでしょうか。また、自分で「これがしたい!」と思う研究を、とことん突き詰めていけるのも大学で研究することの魅力だと思います。
自分が求める研究にはどんな学術的意味、社会的意義があるのか、オリジナリティーをどう出していくのか深く考える。ある意味、芸術家のような感覚です。研究も美術作品のように「とことん磨き上げる」という考えは個人的にすごく好きですね。
伊原・Manzhos研究室の魅力を教えてください。
やはり「環境」ですね。エネスワローというここにしかないシステムや、世界的にも貴重なデータが扱えるという点は大きな魅力だと思います。太陽電池、燃料電池といった、これからの社会で求められる技術の「融合的な研究」が行えるのも、伊原・Manzhos研究室の特徴です。
理想的なシステム、社会の実現まで進めたい
「将来こんなことがしてみたい」など、テクノロジーで叶えたいことはありますか?
システム開発という面では、太陽電池や燃料電池などの他の技術の専門家と協調しながら、より効率的なシステムの研究や提案ができるようになりたいですね。また、開発・研究だけでなく、カーボンニュートラルな世界を実現させるための、「政策」や「制度」を作ることにも貢献できればうれしいです。もちろん、提案だけでなく、理想的なシステム、社会の実現まで進めることができればと思います。
最後に「これから大学で研究がしてみたい」と考えている皆さんにメッセージをお願いします。
繰り返しになってしまいますが、やはり大学の研究は、ひとつのテーマを育て、極めていくという過程が面白いです。そのためにも、物事を突き詰めていけるような「原動力」を持ってもらいたいです。明確なことでなくても、「なぜかしっくりくる」「理由は分からないけどすごく好き」など、ちょっとした感情でも原動力になり得ます。
私の場合も、「物理のこの数式がなぜか好きだ」という、ちょっとした興味が、恐らく今の研究にもつながっているはず。そんなちょっとした興味の積み重ねのおかげで、伊原・Manzhos研究室と出会い、本当に楽しいと思える研究に出会えたと思っています。まずは自分自身の「なんでだろう?」を突き詰めてみてください。それが将来、研究を突き詰める力にもなると思います。
FOR NEW GENERATIONS
最後に、伊原・Manzhos研究室を率いる伊原学教授にも、エネルギー研究に取り組んだきっかけや、これからの時代を担う若い世代へのメッセージを頂きました。
なぜ先生はエネルギーの研究を始めたのでしょうか?
学生時代のターニングポイントは、おそらく日本で初めて設置された地球温暖化抑制技術を開発する地球環境工学講座の教員として誘っていただいたことですね。もともと半導体薄膜に関する研究をしていたのですが、地球環境工学という講座で、特にエネルギー変換について研究を始めると、面白い上に、奥が深く、社会に対しての貢献度の高い研究だと感じました。そこからエネルギー変換の研究の枠を広げ、新しい研究分野に挑戦しながら、ずっと研究を続けています。
「研究すること」の面白さはどんな点だと感じていますか?
学術に基づく考察から導き出される開発の可能性と研究の方向性を信じ、世の中で初めての成果が得られた時は嬉しいし、充実感がありますね。しっかりとした学術的背景があることが重要ですが、やはり自分の考えを貫いて新しい研究分野を開拓する勇気と強い意志が研究には必要です。私も自分の方向性を信じてずっと挑戦を続けています。例えば、私がエネルギーシステムを設計した環境エネルギーイノベーション棟が竣工した10年以上前は、太陽電池も、「主力の電源にはなれない」「カーボンニュートラルを実現するには、高すぎるし発電量が少なくて難しい」といわれていました。しかし、この10年でもガラッと変わりました。そして、エネルギー研究者によるビルのシステム設計や情報科学に基づくシステム研究といった、融合研究分野の重要性も認知されるようになってきました。
信念や情熱を持って新しい分野の開拓に挑戦することは研究にものすごく大切ですし、研究を面白くする要因です。ぜひ若い皆さんにも、自分の考えを信じてチャレンジできるような分野を見つけてもらいたいですね。
もちろん、そのような新しい方向性や研究分野は簡単に見つからないでしょうが、自分が興味のある分野の研究を進めつつ、何かのきっかけで見つけたら、勇気を持って新しい分野に挑戦してください。
私の場合は「地球環境工学講座」だったかもしれません。もし情熱を傾けられる何かが見つかったら、恐れずに突き詰めていってもらいたいと思います。
ありがとうございました。
ENDING
「これからの社会を担う研究」に携わる学生をクローズアップするということで、東京工業大学の伊原・Manzhos研究室に所属する大久保辰哉さんにお話を伺いました。担当している研究内容だけでなく、研究室での日常や研究へのモチベーションを維持する秘訣など、「これから大学で研究がしたい」と考えている人は参考になったのではないでしょうか。伊原・Manzhos研究室では、大久保さんが携わっている「エネスワロー」以外にも、世界初として話題となった「カーボン空気二次電池システム」などの電気化学デバイス担当グループ、次世代太陽電池担当グループなどがあり、カーボンニュートラルな社会の実現に貢献する最先端の研究を行っています。今後も伊原・Manzhos研究室の研究に要注目です。
文:中田ボンベ@dcp
写真:工藤ケイイチ(BRIDGE)