Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.22
取材日:2021.11.25
燃料電池に使われる触媒からプラチナをなくし、サステナブルな社会づくりに貢献
熊本大学大学院 先端科学研究部
分子工学研究室 大山 順也
未来につながる
何かをしたい
vol.
22
OPENING
2021年10月4日、「燃料電池の非白金化につながる新物質を開発」という研究成果が発表されました。世界的に脱炭素への取り組みが進んでいる昨今、重要度を増す燃料電池ですが、触媒に高価な白金(プラチナ)を使っています。そのため、安価に供給するのが難しい状況でした。しかし、白金を使わないようになれば、燃料電池が普及させやすくなるかもしれないのです。今回は、この画期的な研究に携わった、熊本大学先端科学研究部の大山順也准教授にお話を伺いました。
Profile
大山 順也(おおやま じゅんや)
先生
熊本大学大学院先端科学研究部 分子工学研究室 准教授。2011年、京都大学大学院工学研究科博士課程後期課程修了。名古屋大学 大学院工学研究科 物質制御工学専攻 助教、同大学大学院工学研究科 応用物質科学専攻 助教を経て、2018年6月より現職。
熊本大学大学院 先端科学研究部
分子工学研究室HP
https://www.chem.kumamoto-u.ac.jp/~lab0/machida/
偶然生み出される構造を自分たちの手で再現したい
大山先生が専門とされている研究分野を教えてください。
私の専門は「触媒化学」です。触媒というのは、化学反応を起こしたり、その速度を高める物質のことで、例えば、ガソリンやプラスチック製品を作るために用いられたり、自動車の排気ガスをきれいにするために使われたりしています。
この触媒研究の中でも私は、固体触媒という無機物からできる実用的な触媒材料の研究を行っています。例えば、メタンの部分酸化といった天然ガスを化学製品に変えるための触媒開発や、自動車の排気ガスを浄化する触媒開発などさまざまな取り組みを行っています。今回リリースを出した燃料電池の研究はその中の一つです。また、新しい触媒を開発する上で、触媒の構造を詳しく理解する必要があると考えて、X線吸収分光法(X線を照射して、電子状態や構造を調べる測定法)や電子顕微鏡を使った構造解析にも注力しています。
2021年10月に発表された「燃料電池の非白金化につながる新物質を開発」について教えてください。
この研究は、東京工業大学物質理工学院材料系の難波江裕太助教をグループのリーダーとして進めているものです。現在の自動車用燃料電池は、触媒に1台で20~30gほどの白金が使われていまが、高価な白金に代わる触媒の研究が行われています。代替触媒の中で期待されているのが、鉄とカーボンを使った触媒ですが、いまだ実用レベルの安定性は発揮できていません。
鉄とカーボンを混ぜることでできる構造が、触媒として優れていることは分かっているのですが、実はこれまでの作り方ではこの構造は偶発的にできるもので、構造自体もまばらだったのです。そこで、「優れた構造を偶然ではなく自分たちの手で生み出せるようになれば、高密度に優れた活性点を持つ触媒構造を狙って作れるのでは」と考えたのが、研究のスタートでした。
本研究で大山先生が担当されたのはどんなことですか?
私は触媒の「耐久性」を、放射光を使って調べました。燃料電池を動かすには、触媒の安定性が重要ですが、先ほどお話ししたように、鉄とカーボンからできる触媒は安定性が高くなく、触媒が劣化するのが問題でした。そこで放射光を使って触媒を解析したところ、鉄が構造を保てないことが劣化の原因だと判明しました。
そこで、鉄の構造を安定化するために、鉄原子の周りの環境を変えました。具体的に鉄原子を囲む環員数(原子が環状に結合した化合物の「環」を構成する原子の数を指す)が十四の鉄錯体を新たに作りました。従来のものは十六員環だったため、それよりもコンパクトな鉄錯体にしたのです。この十四員環鉄錯体を放射光分光で分析したところ、従来の鉄錯体よりも高い安定性があることを実証できました。
現在は、今回の十四員環構造をもとに新しい非白金触媒を実用化するための研究を進めております。最近の実験で、世界で最も優れているとされている非白金の触媒と同等、あるいは上回るところまできています。
燃料電池の普及を加速させる一歩となる
今回の研究成果は私たちの生活にどのような影響を与えますか?
燃料電池の普及への貢献でしょうか。コスト面だけでなく、資源的な理由でも白金は使わないようにしないといけません。そのためにさまざまな研究機関が、白金を使わない手段を考えていますが、今回の私たちの研究成果が、次世代の触媒を生み出すきっかけになるのではと考えています。
もし白金を使わないで済むようになれば、今よりも燃料電池のコストが下がり、より多くの人に普及するようになるかもしれません。とはいえ、現段階の非白金触媒は白金を使った触媒と比べて活性化性能も耐久性も負けています。実用化するまでには、さらに多くのハードルを越えなければなりませんが、今回の非白金の触媒の開発など、新しいブレークスルーが続けば必ず突破できるはずです。
今後の課題や、課題を乗り越えるために取り組んでいることを教えてください。
固体触媒材料の形と触媒性能はリンクしているのですが、実は固体触媒表面の構造はまだはっきりとわかっていません。まだまだ謎だらけの世界なのです。そのため、現在は「触媒の形」についても研究を進めているところです。このように、触媒研究は可視化できない難しさはあるものの、その難しさがやりがいにつながっています。
研究者として世の中の役に立ちたい
なぜ触媒の研究に携わるようになったのでしょうか?
理系の分野は小さいころから好きで、大学で工学部に進んだのも理系の方が面白いと思ったからです。ただ、実は、研究室に入るまでは特に触媒の研究に強い興味があったわけではなく、そもそも大学院に進学して何かを本格的に研究するとは全く考えていませんでした。
その状況から触媒研究の道に進んだ理由は?
大学3年生のときに恩師に進路を相談したところ、とりあえず大学院に進んで研究してみなさいと指導されたのがきっかけです。指導されたとおりにしたら、触媒の研究に引き込まれていきました。はじめはちんぷんかんぷんなところからスタートしたのですが、実際に触媒を作って性能を評価して分析するということに取り組んでみると、触媒がどんな形でどのように動くのか知るのが面白いと感じました。分子や原子レベルで物事を見るというのが新鮮だったのかもしれません。それがきっかけで触媒の研究を続けていたら、いつの間にか今のようになったというわけです。
なんとなくで始まったことが今につながっているのですね。
そうですね。はじめから研究に対して興味を持っていたわけではなかったのですが、いざ研究に携わってみると、研究者として何か世の中の役に立ちたい、未来につながる何かがしたい気持ちが生まれました。だからこそ、これまで研究を続けてこられたのかもしれません。
触媒研究、さらには理系の面白い点や魅力はどんなことでしょうか?
先ほど形が分かっていないと話しましたが、特に私が扱っている固体触媒というものは複雑で分かっていないことが多くあります。だからこそ、自分が初の発見をして、なぜこうなるのかを理解し、世の中に発表できた瞬間はものすごく楽しいです。「よかった!」と感じます。理系に関しても同じで、自分が作りたいと思ったものが生み出せる、思わぬ発見に出会えるなど魅力はたくさんあります。
今までできなかったことができるようになった瞬間は楽しいですし、これまでに見たことがない世界に出会えた瞬間は何物にも代えがたいです。顕微鏡をのぞいたら宇宙人がそこにいたかのような驚きに出会うこともあります。若い人たちにもぜひこの驚きを味わってもらいたいですね。
自分の感性や考えを大事に自発的に学べ
研究室に求める学生像は?
とにかく目の前のことに一生懸命向き合える人がいいですね。私はこんなことがしたいという強い気持ちを持つようになります。それが全てですね。今指導する立場になって、学生と一緒に何かを考えたり、作ったりするのがすごく楽しいです。学生から思わぬアイデアが出たり、自分ではできないようなアクションが起こったりしたときはとても面白いですし、良い刺激になっています。
これから大学に入って何かを研究したい、研究室で本格的に学びたいという若い世代にメッセージをお願いします。
私は学生時代、自分である程度実験できるようになった後、自由に研究させていただけたこともあって、とにかく自分で研究のことを一生懸命考えたことを覚えています。誰かに何かを言われて行動するのと、自発的に行動するのとでは得られるものが大きく変わります。若い人たちには、ぜひ自分で考え、行動することを意識してほしいですね。極端ですが、大人の言うことを全部聞く必要はありません。大学で研究室に入る入らないに関係なく、自分の感性や考えを大事にして、いろんなことを学んでもらいたいです。
ありがとうございました。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
大山先生の研究グループで学ぶ本田創太郎さん(学部4年)、岩井宏興さん(修士1年)にも担当している研究の面白い点や、大学の研究室の魅力を伺いました。
現在どんな研究に取り組んでいるのかを教えてください。
本田さん私は燃料電池の研究をしています。酸素還元反応用の非白金触媒といって、先ほど先生の話にもあった鉄触媒の研究です。この鉄触媒は加熱処理することで活性能力や耐久性が上がるのですが、その耐久性や構造などを調べ、より良いものを生み出すという取り組みになります。
岩井さん私は2つの研究に取り組んでいます。メインで行っているのがメタンの部分酸化で、メタンを酸化させ、メタノールやホルムアルデヒドなど付加価値のあるものを生み出す研究です。もう一つが固体触媒の金属ナノ粒子の構造を明らかにする研究です。私の場合は、いまは電子顕微鏡で白金ナノ粒子触媒を観察し、触媒上で白金ナノ粒子が原子スケールでどのような3次元構造をもっているのかを調べています。
今携わっている研究の面白い点、難しい点を教えてください。
本田さん何かに成功したときなど、良い結果が出た瞬間は最高ですね。例えば、触媒を加熱する際の最適温度を調べていて、何度で熱すればいいのか分かった瞬間は楽しいです。反対に難しい点は、触媒の構造が分からないことです。先生の話にもありましたが、触媒の構造にはまだ分からない点も多く、手探りの中で研究に取り組むのは難しいですね。
岩井さん固体触媒は構造の解析などで難しいことが多く、例えば、これが活性な構造だと考えて作ったとしても予想どおりの結果が出ないこともあります。ただ、それでも何か原因があるので、失敗を繰り返しながらも、少しずつ問題の対象や範囲を狭めながら検証し、理解を深めていく作業が楽しいです。
大学の研究室で学ぶ魅力はどんなことでしょうか?
本田さんさまざまな知識に触れられる、学びが得られるのが一番の魅力だと思います。先生や先輩の存在も大きいですね。得られる知識の量や質は段違いです。私も先生の研究室に入ってまだ半年くらいなのですが、自分の知識が増えていることを実感しています。
岩井さん大学の研究室で学んだことで「できなかったことができるようになっていく」のを実感しています。専門としていること以外にも、自分が想像していた以上にいろんな経験ができる場です。大学の講義で学んできたことと全く異なるベクトルの経験や知識を得ることができます。こうした「幅の広さ」も大学の研究室で学ぶ魅力や面白さです。
ENDING
大山先生の研究は、燃料電池の課題とされている「白金の使用」から抜け出すきっかけになるかもしれません。もし実現すれば、脱炭素社会で重要となる燃料電池の普及も大きく進むでしょう。サステナブルな社会の実現という意味でも、今後も先生の研究に要注目ですね。
文:中田ボンベ@dcp
写真:加来和博(カクカズヒロ)