Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.21
取材日:2021.11.10
ゆくゆくはロケットにも。
5Gを使って飛んでいるドローンに充電成功
筑波大学 システム情報系
嶋村 耕平
難しいほどに楽しく、
世の中の解像度が
上がっていく
vol.
21
OPENING
ドローン(無人航空機)は、輸送をはじめ、さまざまなシーンでの活用が期待されている次世代モビリティの一つです。しかし、バッテリーの容量や重さの関係で、長時間の稼働が難しいのが現状です。ところが、2021年7月に「5Gを用いて飛行中のドローンに充電する」という、ドローンの課題を解決できるかもしれない世界初の快挙が発表されました。今回は、この研究を主導した筑波大学の嶋村耕平助教にお話を伺いました。
Profile
嶋村 耕平(しまむら こうへい)
先生
1985年生まれ。2014年、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻修了。2014年より、筑波大学システム情報系助教。
筑波大学 システム情報系HP
https://www.eis.tsukuba.ac.jp/
「マイクロ波ロケット」という先進的な研究の一環
今回「空中のドローンへの5G電磁波ワイヤレス給電」という、世界初の試みに成功しましたが、この研究について教えてください。
今回の実験は「ロケット研究」の一環として行ったものです。私たちは「マイクロ波でロケットを飛ばす」という研究を行っており、関連する技術の一つを検証した結果、世界初の試みに成功しました。
「ロケット研究」はどのような内容なのでしょうか。
ロケットといってもさまざまな種類があります。例えば、JAXAが打ち上げたイプシロンロケットは、燃料を燃やしながら飛ぶものです。一方で、小惑星探査機「はやぶさ」は、イオンエンジンという、マイクロ波を使ってプラズマを作り、推進力を得るロケットです。私たちが研究しているのは、「マイクロ波ロケット」といって、ワイヤレスで給電し、推進力を生成するというものです。これはまだ実用化されていない先進的なロケットです。
ロケットは燃料を抱えながら飛ぶ飛翔体ですが、ロケット質量の95%が燃料という効率の悪い乗り物です。そこで、マイクロ波を使って給電することで、エネルギーの無駄を限りなくゼロに近づけるのを目標としています。とはいえ、まだロケットを宇宙空間に向かって打ち出せるような研究段階ではなく、マイクロ波の出力など課題は山積みです。そこで、ロケットではなくドローンへとスケールを小さくして、給電実験を行ったのです。
今回の研究の「ここがすごい」という点を教えてください。
やはり「5G」を使ったという点に尽きます。ロケットの実験は28GHzで行っていたこともあり、同じく28GHz帯ということで5Gを使って実験をしました。実は5Gを使ったドローンへの給電実験は誰も手を付けていませんでした。というのも、5Gを使ったワイヤレス給電は、例えば、センサーと5Gを使ってリモートで何かをするなど、IoTベースで考えている研究者がほとんどだからです。その点、我々は「ロケットを飛ばす」という別の観点で研究を進めていたので、まだ誰も手を付けていない切り口で考えることができたと個人的に思っています。
より宇宙が近づく研究
ドローンに5Gでワイヤレス給電できるようになると、私たちの生活にどんな良い影響をもたらしますか?
現在のドローンは、バッテリーの制約があって飛ばせる時間が短いです。手軽に手に入るおもちゃのドローンだと5分程度でバッテリーが切れてしまいます。しかし、飛んでいる状態でワイヤレス給電ができれば、ドローンを無限に飛ばせるようになりますね。
例えば給電ポートのようなものを作ることができれば、ドローンの実用、応用の範囲は大きく広がるはずです。ワイヤレス給電できることでバッテリーも小さくできますし、大容量のバッテリーを積まなくて済みます。その分、ほかの装備を搭載したり、これまでよりも重い荷物を運んだりできるようになるはずです。
「ロケット」でも燃料が減らせるということですね。
そうです。ロケットも全体の95%を占める燃料を減らし、軽くすることができます。今のロケットは燃料が必要な分、搭載できる物資も限られており、制約が多い状況です。燃料を減らすことができれば、それだけ多くの荷物が搭載でき、輸送コストを減らせます。より宇宙が近づくと考えています。
現状の課題を教えてください。
今回の研究でいえば「効率」です。「最初の一歩」という位置付けの研究とはいえ、エネルギー効率は1%を切る数字で、思いのほか良くありませんでした。マイクロ波だけでドローンを動かすのであれば、さらに効率を高めないといけません。
また、マイクロ波は生物に悪影響を与えます。効率だけでなく、場所や使い方など、安全性という面でも課題はたくさんあります。例えば、鳥が飛んでいるときにどう回避するのかなどですね。そのため、今後はほかの研究分野との連携が必要になってくるのではないでしょうか。大きな可能性を秘めてはいますが、クリアしないといけない課題は多く、そう簡単に実用化できるものではないのです。
課題を解決するために取り組んでいることは?
研究は「自由な世界」
「ロケット」の研究に携わりたいと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
思い返すと、小さいころから何かを分解するのが好きな子供でした。今だと「リバースエンジニアリング」なんて言い方をしますが、身の回りのものを分解して、どんな構造になっているのかを知るのが面白かったのを覚えています。それがあったので、なんとなく理系に進もうと思ったのかもしれません。ロケットについても、小さいころから淡い憧れを抱いていたので、ロケット研究の道に進もうと思いました。
「研究者になりたい」と思った理由を教えてください。
実際に研究者になってみて、あらためて理系の魅力はどんな点だと感じていますか?
私なりの考えですが、理系は「物の道理をごまかさず理解する力が付く」と思っています。「おや?」と感じたときに、なぜそうなっているのかを追究し、考え、最後に「そういうことか」と理解できる力ですね。研究者としてキャリアを積み上げていくごとに、世の中の解像度が上がっていると感じています。これは面白いと思いますね。
また、理解する力にもつながりますが、試行錯誤する力が付くのも面白いです。理系はただ何かを計算する、何かを作るだけではない、物の道理を解き明かす世界だと考えると、より魅力的に感じるのではないでしょうか。
先生が研究している分野の面白さはどんなことでしょうか?
「なぜこの現象が起こるのか」でさえも解明されていないような世界ですから、学生と一緒に現象を解き明かしていくのは楽しいですね。本当に宝探しのようですよ。答えが簡単に見つかる世界ではありませんが、だからこそ面白い。簡単に答えが見つかるのは楽しくないですからね。
90%の状況から100%を目指すシチュエーションもあれば、0から1を生み出すような誰もしていない研究もあります。ある意味で「やりたい放題」の世界です。自分の考え、アプローチ次第でいろんな挑戦ができるのは、繰り返しになりますが難しいですけど楽しいです。
大学は自分の興味関心を最大限育てられる場
今後の展望を聞かせてください。
ロケットの推力を計測する場合、従来は「固定されたロケット」にマイクロ波を当てて計測していました。しかし、我々の研究を応用することで、飛んでいる状態のロケットにマイクロ波を照射して、推力を計測することができるかもしれません。ドローンの開発ではなく、ロケットの開発が本筋なので、今後はロケットの開発側で応用できるような研究や成果を出していきたいですね。
そのためにも、ドローンよりもスケールアップした形でワイヤレス給電が行えないか考えています。例えば、自動車や航空機のようなサイズのエンジンでパワーが出せたら面白いですよね。そう簡単にはできませんが、技術的には可能かなと思っているので、ぜひ挑戦したいと思っています。
最後に読者の学生にメッセージをお願いします。
学生はいつも競争。入学も競争ですし、入ってからも競争です。とにかく競争ばかりで「大学ってあまり面白くないな」と感じる人もいるかもしれません。しかし、大学はユニバーシティというだけあって、さまざまな人や経験、知識に触れることができる場所です。研究においてもいろんな分野の専門家がいますから、自分の興味があるものに対し、積極的になればなるほど知識や経験が得られる場所です。
純粋に自身の興味だけで行動できるのも学生のうちで、社会人になると自分の好きなことだけに打ち込むのは難しくなります。自分自身を最大限育てられる環境があるので、興味関心を寄せているものがあれば、ぜひ学生時代のうちに育ててほしいですね。
ありがとうございました。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
嶋村先生の下で学ぶ松倉真帆さんにも、担当している研究内容や面白い点、また大学で研究する魅力を聞いてみました。
現在どのような研究を担当しているのか教えてください。
私は「大電力のワイヤレス電力伝送」を研究しています。近年、ドローンやロボットへのワイヤレス給電が研究されていますが、私はさらに大きなドローンや、嶋村先生の話でも挙がった航空機といった、より大きなものへのワイヤレス給電を目的としています。
普段は、どのような作業を行っているのでしょうか?
まだまだ研究が進んでいない分野なので、パソコンを使ったシミュレーションが日々の作業となります。プログラムのコードを書き換えてどうなるのか試すのが基本なので、パソコンの前にずっといます(笑)。私が担当している内容に近い研究を別の学生が行っているので、そちらで実験が行われる場合はデータを確認したり、実験を手伝ったりしています。
担当している研究の面白い点、難しい点を教えてください。
ワイヤレス給電はこれからますます必要となる技術です。そのワイヤレス給電の「可能性を広げる」ことに貢献できているのは面白いですし、やりがいがあります。特に私が研究している内容は、少なくとも28GHzの電力帯での充電が可能です。さらに、今後はこれまでに研究されている以上の電力規模でワイヤレス電力伝送ができるようになるかもしれません。そう考えると、すごくわくわくしますね。
ただ、先行研究がない分野で、何かを参考に物事を進めることができません。全て自分たちの力と考えで道を切り開いていかないといけないのは、当然ですが難しいですね。
大学の研究室で学ぶ「魅力」はなんでしょうか?
嶋村先生と同じになってしまうのですが、最先端の知識に触れられることですね。大学内はもちろん、ほかの大学で研究しているその道のトップのような先生とも交流する機会もあります。特に学会は、普段関わることができないような先生から意見がもらえたり、研究者の方と交流できたりします。私自身、学会は研究のモチベーションになっています。
ENDING
マイクロ波ロケット研究の一環とはいえ、「飛行中のドローンに5Gでワイヤレス給電」という世界初の試みを成功させた嶋村先生。もしかすると、これからのドローン研究を大きく変える可能性があります。また、今回と同じように、マイクロ波ロケット研究の中で、また新たな「世界初」が生まれるかもしれません。今後も嶋村先生とマイクロ波ロケット研究に注目ですね。
文:中田ボンベ@dcp
写真:BRIDGE 小原泰広