Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.20
取材日:2021.10.13
天文研究を変える快挙。
遠く離れた星の温度を誰でも手軽に測定する方法を発見
東京大学大学院 理学系研究科
天文学専攻 天文学科
松永 典之
宝探しのような世界で
真理に挑む
vol.
20
OPENING
夜に空を見上げると、青白いもの、赤く光るものなどさまざまな色の星が輝いています。こうした星の色は、表面の温度によって変わるといわれています。といっても、遠く離れた星の温度を正確に調べるのは簡単ではありません。しかし、2021年3月に「爆発前の超巨大星の表面温度を正確に測定することに成功」という驚きの研究成果の発表がありました。今回は、天文学研究を加速させるかもしれない本研究を主導された、松永典之助教にお話を伺いました。
Profile
松永 典之(まつなが のりゆき)
先生
1980年群馬県高崎市生まれ。2002年、東京大学理学部天文学科卒業。2007年、東京大学大学院博士課程修了(理学博士)。日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院理学系研究科 特任研究員を経て、2012年より東京大学大学院理学系研究科 (天文学専攻) 助教。
東京大学 天文学専攻HP
http://www.astron.s.u-tokyo.ac.jp/
難しかった星の温度観測を手軽に行える
先生の研究内容を教えてください。
宇宙は解明されていない謎だらけです。例えば、銀河系の形や、星がどのように誕生・進化してきたのかなど分からない問題ばかりです。私たちは、そうした宇宙の謎を解き明かす一歩として、脈動変光星と呼ばれる天体に注目しました。膨らんだり縮んだりをくりかえす脈動変光星には、距離や年齢を正確に推定できるという特徴があり、その分布や運動などを天体観測から解き明かす研究を行っています。
2021年3月に「爆発前の超巨大星の表面温度を正確に測定することに成功」という研究成果を発表しましたが、これはどのような研究なのでしょうか?
オリオン座にあるベテルギウスのような赤色超巨星、つまり赤い大きな星は、星の寿命が尽きる際に超新星爆発という巨大な爆発を起こします。この超新星爆発がいつ起こるのか、また超新星爆発を起こすまでにどのような進化を遂げるのかを研究するには、星の正確な温度を知ることが重要です。
しかし、星は地球と違ってガスでできており、表面がどこなのかはっきりと分かりません。特に赤く膨らんだ星の場合は上層の大気の影響もあり、正しい表面温度を導き出すのは簡単ではありませんでした。そこで、従来の形とは異なる新しい計測方法を生み出そうとしたのが今回の研究です。
どのような方法を用いて観測したのでしょうか?
今回私たちは、対象の赤色超巨星から得たスペクトルデータと、干渉計(干渉現象を利用して星のサイズ測定を行う装置)などによってすでに温度が分かっている星のスペクトルデータを組み合わせることで、温度を正確に測れるのではと考えました。そこで、赤外線高分散分光器という「体温計」のような装置で対象のスペクトルデータを取得し、既知の赤色巨星のデータと比較したところ、太陽近傍にある10個の赤色超巨星の表面温度を測定することに成功しました。
従来の方法よりも高精度の数値が計測できるようになった、ということでしょうか?
いえ、そうではありません。我々が提唱した計測方法と従来の方法とで、計測結果自体に差はありません。これまでよりも手軽な方法で、同等の計測ができるようになったと考えてもらえればと思います。
今回の研究は天文学にどのような影響を与えますか?
従来の方法で星の表面温度を測定するために必要な理論的モデル作りは、十分に経験を積んだ研究者しかできません。正確なモデル作りができるようになるまで何年もかかる「職人芸」の世界です。そのため、新しい研究者が自分の考えを試すことがなかなかできませんでした。しかし、私たちの方法は「体温計」のような装置を星に向けるだけで使えるような手軽さです。そのため、今回の成果は研究の間口を広げるきっかけになるのではと考えています。
これまでは新しいアイデアを持っていても、解析手法の壁が高いことで断念せざるを得ないケースもあったと思います。しかし手軽に観測的研究に取り組めるようになれば、従来の方法では取り組めなかった手法やアイデアを実行することができますし、データも蓄積します。従来よりも必要な作業が簡素化するため、研究スピードのアップにもつながるはずです。今回の研究成果が天文学全体を推し進める原動力になればうれしいですね。
宝探しのような世界
天文学の面白い点、また難しい点を教えてください。
天文学は、誰も知らない、誰も分からない分野を掘り起こす研究です。しかし、銀河の形を知りたい、どのように進化したのか知りたいと思っても、そこに行って調べることができません。ですから得られる情報が限られます。地球に届くかすかな光を望遠鏡で集めて調べるしかありません。知りたいと思うことがいつでも調べられるわけではないのが何より難しい点ですね。
星によってもいろいろな情報を与えてくれる星とそうでない星があります。我々が注目している脈動変光星は、うまい具合に距離や年齢などの情報を与えてくれますが、脈動変光星ならどの星でもいいわけではありません。どの星に注目して研究するのかは、研究者の腕の見せどころです。
どの星に注目するのかの基準はあるのでしょうか?
「この星はこうなっていた」で完結するのではなく、新しいアイデアにつながる情報を得ることが大切です。そのため、例えば銀河の重要なイベントが分かるような、他の研究に影響を与えるような情報が得られる星を選ぶようにしています。とはいえ、どの星にどんな情報があり、それがどのように次につながるのか正解は誰も知りません。半分くらい勘です(笑)。
注目した星で大きな発見をすれば大当たりですし、残念ながら成果が得られないこともあります。「運」が左右する部分も多い研究です。まるで宝探しのような感覚ですね。初めからキラキラ光っている宝石のような星もありますし、詳しく調べることで初めて実はお宝だと気付く星もあります。何が得られるか分からないのは、難しいながらも面白い要素だと思います。
宇宙の法則の前では誰もが平等
先生が天文学に興味をもったきっかけは何でしょうか?
「小さいころからなんとなく星を見るのが好きで、近くにあったプラネタリウムによく通っていました。投影される星を見ていると、自分が宇宙に行っているような気持ちになってわくわくしたのを覚えています。そうした幼少期の体験もあり、高校のときにはすでに天文学の道に進みたいと考え、大学でも天文学科に進みました。何か特別な経験があったというよりは、物心ついたころにはすでに宇宙のように自分のよく知らない世界のことを考えるのが楽しかったということですね。
天文学の研究者になりたいと思うようになった経験や成功体験はありますか?
これも何かきっかけがあったのではありません。規模の大小問わず、天文学の研究自体が楽しいと感じたからです。学部の4年生のときに研究グループで南アフリカに観測に行ったのも面白かったですが、普段行っている実習も面白かったです。「この研究が自分に合っている」と思いました。そのときから今に至るまでずっと楽しいと感じています。
理系の面白い点は何でしょうか?
私が取り組んでいる天文学もそうですが、人類がまだ知らない発見が多く眠っている分野です。誰も正しいルートを知らない中で、ああでもない、こうでもないと試行錯誤しながら実験するのは面白いです。もしかすると、世界で初めての発見に出会えるかもしれません。また、自然の法則、宇宙の法則の前では誰もが平等です。地位や立場の差は関係ありません。誰もが平等な立場で真理に挑めるというのも、理系の魅力ではないでしょうか。
今後の展望を教えてください。
今は、自分たちで作った分光観測器を、チリにある望遠鏡に設置して観測する準備をしています。私たちの分光器は暗い天体でも観測できるのが強みです。6.5メートルの望遠鏡に取り付けることで、世界一の感度で分光観測できるようになります。天の川よりもさらに遠い場所を観測したり、ちりに隠された天体も調べたりできるようになるはずです。新型コロナウイルスの影響で1年ほど延期になりましたが、2022年1月には観測できる予定です。どのような発見ができるのか今から楽しみにしています。
最後に学生へのメッセージをお願いします。
自分自身で考えることを大切にしてほしいです。研究もそうですが、教授に指示されたことを行って結果が出ても、それは教授のお手伝いをしているだけです。自分の頭で考え、行動することを意識してもらいたいです。
また、「健全に疑う心」といいますか、何事についても本当にそうなのかなと思う気持ちも大切にしてほしいです。不思議だな、本当かなと思う気持ちは研究を進める上でも重要です。もちろん疑ってばかりでは前に進まないのでバランスも大事ですが(笑)。私の研究室にも、ぜひそうした自分で考える力を持つ学生に来てもらいたいですね。
ありがとうございました。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
松永先生の研究室で学ぶ谷口大輔さん、ジェン・ミンジェさんにもお話を伺いました。
お二人の研究内容を教えてください。
谷口さん私は「赤色超巨星を用いて天の川銀河の構造を調べる」のが研究テーマです。現在は、この研究の一環として、3月に発表した赤色超巨星の温度を調べる研究や、色が変化するメカニズムの研究などを行っています。
ジェンさん私は低温恒星におけるヘリウムの測定方法を研究しています。天の川銀河にある若い星と古い星ではヘリウムの量が異なることが分かっていますが、正確な測定を行う手段がありません。そのため、どうすれば恒星のヘリウムを測定できるのかを探っているところです。
大学の研究室では実際にどんなことを行っているのか知らないという中学生や高校生もいますが、お二人は普段どんな作業をしているのでしょうか?
谷口さん私たちは「観測」と「解析」が研究の基本となります。その中でも時間を割いているのが解析で、普段は望遠鏡で観測したデータをパソコンでひたすら解析しています。
ジェンさんそうですね。私も同じで、ほとんどの時間はプログラムを組んだり、シミュレーションを行ったりです。
谷口さん365日の9割はデータの解析や、プログラムを書いて計算していますね。
現在研究していることの面白い点を教えてください。
谷口さん赤色超巨星は複雑な星です。一般的な星は球対称、きれいな丸の形ですが、赤色超巨星はぶよぶよでへこんでいたり、形が膨らんでいたり複雑な挙動を示しています。そうしたアプローチが難しい星に対して、いかにうまく解析できるのかを考えるのは面白いですね。こうしたアイデアを使えばうまくいくと分かったときはテンションが上がります。また、3月に研究成果を発表しましたが、自分が新しく発見したことを世の中に伝えることができるのも意義深いと感じています。
ジェンさん知らない分野に挑戦しているので、日々新しい発見や学びが得られるのも面白いですね。松永先生もおっしゃっていますが、研究することがすごく楽しいです。わくわくしながら取り組めています。
大学で研究することの魅力はどんなことでしょうか?
谷口さん自分が知りたい興味があることを、科学の手法に則って好きなだけ調べられることですね。中学や高校でも研究はできますが、大学では誰も知らないところまでたどり着けるレベルで研究ができます。これは大学の研究室ならではだと思います。
ジェンさん「設備とリソースの違い」は大きいと感じています。私は中国で4年間大学に通ってから日本に留学しましたが、やはり大学院の研究施設では、設備もそうですし、取り扱えるデータの質や量もレベルが違います。谷口さんと同じになってしまいますが、高いレベルで研究に打ち込めますね。
ENDING
星の表面温度の測定には、複雑かつ熟練の作業が必要です。しかし、松永先生の研究によって手軽に行えるようになれば、研究の間口も広がり、これまでになかった研究のアプローチも誕生するかもしれません。松永先生の言葉どおり、天文研究が一気に加速する可能性もありますね。
文:中田ボンベ@dcp
写真:今井 裕治