Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.19
取材日:2021.09.06
環境問題への貢献も期待。
普遍的なチタン酸バリウムの可能性を広げる新発見
広島大学大学院先進理工系科学研究科
中島 伸夫
物質の解明と応用で
世の中に貢献したい
vol.
19
OPENING
皆さんも理科の授業で習ったかと思いますが、物質はプラスの性質を帯びている原子核と、マイナスの性質を持つ電子で構成されています。それぞれの位置が対称であれば中性となり、何かの影響で位置がずれると打ち消し合わず、プラスかマイナスの状態になってしまいます。こうした「物質の中の電子の動き」を調べる研究は多くの研究機関が行っていますが、中でも注目を集めているのが、今年3月に世界初の発見をした広島大学の中島伸夫准教授率いる研究室です。
Profile
中島 伸夫(なかじま のぶお)
先生
広島大学大学院先進理工系科学研究科准教授。
1968年生まれ。1997年、東京工業大学物理科学専攻 博士後期課程修了。 高エネルギー加速器研究機構、物質構造科学研究所、COE研究員を経て1998年より弘前大学理工学部助手。2004年より現職。
電子物性研究室HP
https://epslab.hiroshima-u.ac.jp
世界で初めてチタン酸バリウムの電子状態をリアルタイムで観測
先生の研究内容を教えてください。
私が取り組んでいるのは「物性物理学」です。これは物質の成り立ちや反応をさまざまな手法で調べるという学問で、現在は「物質中の原子の中の電子がどのような強さで結合しているのか」を主眼に研究に取り組んでいます。
具体的にどのような形で研究に取り組まれているのでしょうか?
広島大学には国立大学として初の放射光施設があります。茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構にPhoton Factoryというさらに大型の放射光施設もあります。この「Photon Factor」を用いて物質を測定し、物質中の電子の「結合状態」を調べています。物質といっても対象は幅広く、磁性体から液体のものまでさまざまですが、われわれは特に「誘電体」という、コンデンサの材料になるような物質に焦点を当てています。
2021年3月に「電場に追随した強誘電体の電子状態のリアルタイム観測に成功した」と、研究成果を発表されました。こちらについて解説をお願いします。
この研究では、「チタン酸バリウム」という物質に電場をかけた際、物質を構成する原子間の結合がどのように変化するのかを「その場で観察すること」に成功しました。「チタン酸バリウム」はスマートフォンのコンデンサなどの材料に使われている物質ですが、原子間の結合がどのように変化するのかをリアルタイムに観測するのが難しいとされてきました。今回、「Photon Factory」における放射光X線と半導体X線検出器という機器を組み合わせて観測することで、バリウムイオンとチタンイオンの静電相互作用を明らかにすることができました。
チタン酸バリウムの電子状態をリアルタイムに観測することで、どんな結果が得られたのでしょうか?
物質を何かに応用する場合は、物質の中でどのようにプラスとマイナスを実現しているのか、つまり物質中の電子が空間中でどのように動くかを調べることが重要です。しかし、電子が動いているからといって、高い温度の中でも安定して動き続けるのか、寒い所でも電気が蓄積できるのかというのは構造を見ただけでは分かりません。特定の条件下での電子の「結合状態」を知ることが求められます。
「チタン酸バリウム」は電気を保持する力を持っていますが、130度を超えるとその力が失われてしまいます。パソコンやスマートフォンの内部、また車のエンジン付近は100度以上になります。そうした過酷な作動条件下で、物質中の原子がどのように応答しているのかをリアルタイムに観測することは、例えば材料開発などの面で貢献できるのではないでしょうか。
先生の研究によって、チタン酸バリウムの応用の幅が広がるかもしれないのですね。
従来の物質に変わる新しい材料が生み出せる
先生の研究が世の中に与える影響を教えてください。
現在は誘電体材料としては「チタン酸鉛」という強誘電体が多く使われています。しかし、鉛による健康被害などが懸念されており、国際的な規制など今後は鉛を使わない材料の開発が求められています。チタン酸バリウムは古くから知られている物質ですが、その性質への理解を深めることで、チタン酸バリウムを使った新しい材料を生み出せる可能性があります。
チタン酸バリウムは大きな可能性を秘めており、例えばチタンの一部をジルコニウムに変えるなどさまざまなチャレンジが行われています。まだまだ基礎的な段階ではありますが、こうした世の中に貢献できる研究に携われるのは大学で研究する醍醐味の一つといえますね。できれば最終的な応用のところまで進めたいです。
研究の課題や今後の展望を教えてください。
現在は放射光X線を使って観測していますが放射光では測定するのが難しい物質があります。例えば、周期表の第5周期の4d遷移金属や第3周期のアルミニウムなどはアプローチしづらいのが現状です。ここをなんとかできればと考えています。
特にアルミニウムは実用材料に用いられることが多い物質のため、測定ができるようにしたいですね。東北大学に新しい放射光施設ができます。ひょっとするとそちらで測定できるようになるかもしれません。物の性質を調べることに加え、観測の手法を開発することも重要な課題だと思います。
チタン酸バリウムの観測以外に、もう一つの柱として光触媒にも使われている「二酸化チタン」の研究も挙げられます。チタン酸化物は紫外線を浴びると排気ガスなどに含まれる有害物質を除去する性質を持っており、この性質を用いてほかに何かできないか探っているところです。いま「カーボンリサイクル」を実現させる取り組みが注目されていますが、こうした環境面でも貢献できるとうれしいですね。
誰もが新しい発見をする可能性を秘めている
先生が理系に興味を持ったきっかけは何でしょうか?
何か大きなきっかけがあったわけではありませんが、小さいころからなんとなく理系のほうが好きでした。私が生まれたころはまだ高度経済成長期が続いていた時期でした。テレビで『鉄腕アトム』(※モノクロ版)を放送していたり、先進的な未来を描いたイラストが多くあったりした時代なので、そうした影響があったのかもしれません。
研究することの面白い点や魅力を教えてください。
正直な話、研究していても100パーセント面白いことが起こるわけではありません。観測対象を見るたびに目に見えるような変化があればありがたいですが、そうした発見にはそうそう巡り合えません。成功体験は少ないのです。だからこそ、数字の変化やちょっとした反応があったときは非常にうれしいですね。残念な結果に終わることもありますが、それ以上に成功したときの喜びがあります。華々しい研究成果の陰には数え切れないほどの失敗もあります。どんな研究でも、どんなに大きな成果を残した先生も同じです。
ただ、研究というのは皆さんが思っているよりも「間口が広い」です。頭のいい人でないと研究できない、成果を発表するような機会を与えてもらえないと思っている人もいるでしょう。私もそう思っていました。しかしそうではありません。誰もが初めての発見をする可能性を秘めています。
大学時代の話ですが、初めての放射光測定で面白いデータが取れたことがあります。その際、先生に「すぐに発表するぞ!」と言われ、そのまま学会で発表することになりました。そのときに「こんな自由な世界なのか」と感動したのを覚えています。
研究は苦しいものですが、良い結果が出せると自分の発見を世の中に発表することができます。そうしたご褒美も研究の魅力ではないでしょうか。
最後に学生へのメッセージをお願いします。
今の若い人たちを見ると、皆さん熱意を持って研究室の門を叩き、研究に取り組んでくれています。皆さん才能にあふれていると思います。しかし、中にはさまざまな理由で研究の道を諦める人も多くいます。特に経済的な理由が多く、全入時代といわれる昨今、研究したくても先が見えないことで断念するケースが増えています。
これまでは大学で研究する学生を支える動きはありませんでしたが、最近は大学でもサポートしようという機運が高まっています。社会人ドクターといって、大学を卒業して企業に就職した人が、「企業に属したまま博士課程に在籍する」という形もあります。生活しながら博士課程というのは大変だと思いますが、そうした研究者を志す人をサポートする制度もあります。経済的な問題などで仕方なく諦めた場合でも、再び研究が続けられる流れができつつあります。これから研究者を目指す若い人たちの中にも、残念ながらさまざまな理由でその道を諦める人がいるかもしれません。しかし、諦めずに済む方法もあるので、研究を続けるためのいろんなチャンネルがあることを知っておいてほしいです。
ありがとうございました。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
中島先生の研究室で学ぶ加藤盛也さん(D2)、廣森慧太さん(M2)に、現在取り組んでいる研究の内容や、大学で研究する面白さなどを聞きました。
お二人の研究内容を教えてください。
加藤さん私は「チタン酸バリウム」の研究を担当しています。現在ドクター2年ですが、学部4年で研究室に入ったときから本研究に携わっており、ようやく3月に論文を出すことができました(第一著者)。今はその延長として、チタン酸バリウムを構成する「バリウム」に焦点を当てて観測を行っています。
廣森さん私は二酸化チタンの研究を行っています。二酸化チタンは、顔料として化粧品の材料やガードレールの表面などのほか、サニタリー用品の抗菌などに使われています。二酸化チタンは紫外線を照射しないと性能を発揮しませんが、屋内だと紫外線を浴びる機会はそこまでありません。そのため、蛍光灯の光などでも性能が発揮できるアプローチが求められますが、私はその前段階として、なぜそのような効果が生まれているのかを研究しています。
具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか?
加藤さん放射光施設を使って観測を行っているのですが、共同施設のためいつでも自由に使えるわけではありません。そのため、普段は観測実施に向けた準備をするのが基本です。実際に観測を行うのはだいたい1週間ほどで、そこでどれだけ解析できるかが重要です。できるだけ有益な情報が得られるよう、それ以外の期間はデータの解析や試料の作製、調べものなどひたすら準備です。ずっとパソコンと向かい合っています(笑)。
廣森さん私も同じで普段はひたすらデスクワークです。極端な例ですが、1年のうち11カ月は準備をしていると思います(笑)。単純に1カ月しか実験できないので、そこで失敗すればまた長い期間待たないといけません。放射光施設に行って「こうしておけばよかった」と後悔しないよう、普段できることは全部しておくつもりで日々取り組んでいます。
研究の面白い点、難しい点を教えてください。
加藤さん面白さと難しさは両立していると思います。特に私が研究しているチタン酸バリウムはかなり昔に発見されたもので、数え切れないものに実用化されている普遍的な物質です。それでもまだ解明されていない部分があるのですが、そこを調べるとなると従来の手法ではすでに知られている情報しか出てきません。新しいアプローチが求められます。その手法を探るのは難しいですし、未知の部分を掘り起こすという面白さもあります。もしこれまでにない発見ができれば最高に気持ちいいと思います。常識がひっくり返る瞬間は楽しいですね。
廣森さん繰り返しになりますが、施設を使う時間が限られているので、その限られた時間の中で結果を出すことができれば面白いです。ただ、良い結果が出ないと当然ですが落ち込みます。何カ月も準備を重ねた結果の失敗なのでショックは大きいですね。私の研究の場合、次に施設が使えるまでしばらく待たないといけないので、ショックもより大きいですし、しばらく引きずります。今年も前期に予定していた実験が新型コロナの影響で中止になり、準備をしていたのに実験できなかったので落ち込みました。楽しい思いも苦しい思いも両方味わっています。
最後に、これから大学で研究したいと思っている若い世代に、「大学で研究することの面白さ」を伝えてください。
加藤さん理系の学生は少なからず知的好奇心を持っていると思いますが、その「なぜ」「何」という気持ちを最大限に生かせるのが大学の研究室だと思っています。自分が知りたい、面白いと思ったことを、ビジネスを考えずにとことん追究できる環境はほかにありません。「これが知りたいんだ」という強い気持ちがある人は、大学の研究室に入ってほしいですね。
廣森さん私が言いたいことは加藤先輩がほとんど言ってしまいました(笑)。付け加えるなら、自分一人ではまずできないチャレンジができるのが魅力ではないでしょうか。施設や研究室に置いてある機器は個人の財力ではそう簡単に買えないものばかりです。私もとある機器の値段を何気なく聞いたらとんでもない値段で驚きました。そうした機器を自由に使って研究できるのは楽しいですし、面白いです。
ENDING
中島研究室では、チタン酸バリウムという古くから発見され、当たり前のように使われている物質の「新たな可能性」を広げる発見をしました。こうした物質の研究は、新たな素材開発だけでなく、今回の発見のように、すでに使われている物質の新たな一面を掘り起こすことにもつながります。昨今はカーボンリサイクルなど、環境に配慮した取り組みが多く見られますが、中島先生の研究も世界の環境課題の解決にきっと役立つでしょう。
文:中田ボンベ@dcp
写真:トミタ シュウイチロウ