Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.17
取材日:2021.06.30
将来は宇宙の天気予報も
宇宙環境を研究して人類の宇宙進出をサポート
名古屋大学 宇宙地球環境研究所
三好 由純
人類で初めての発見、理解が進むほど
新しい謎と出会い面白さは増していく
vol.
17
OPENING
2020年11月に『オーロラの明滅とともに宇宙からキラー電子が降ってくる』という研究発表が行われました。これは、淡く明滅するオーロラが発生する際に、強力な高エネルギー電子が降り注ぎ、高層のオゾンを破壊する可能性があるというものです。世界中から注目を集めているこの研究を主導しているのが、名古屋大学の三好由純教授です。今回は、三好先生に本研究の具体的な内容や、三好先生が取り組んでいる宇宙地球環境の研究について伺いました。
Profile
三好 由純(みよし よしずみ)
先生
名古屋大学宇宙地球環境研究所 統合データサイエンスセンター/名古屋大学大学院 工学研究科教授。
東北大学理学部宇宙地球物理学科卒業、東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻修了、博士(理学)、日本学術振興会特別研究員(PD)、米国ニューハンプシャー大学客員研究員、名古屋大学太陽地球環境研究所助手、助教、准教授、名古屋大学宇宙地球環境研究所准教授を経て現職。
名古屋大学宇宙地球環境研究所
総合解析研究部のHP
https://is.isee.nagoya-u.ac.jp/
宇宙の「天気」を知る研究
先生の研究内容を教えてください。
私は太陽と地球、惑星間の宇宙環境の変動、その変動が宇宙や地球にどのような影響を与えるのかを研究しています。宇宙は真空で何もないといわれていますが、実際はプラズマと呼ばれる電気を帯びた粒子が飛び交っていて、しかも常に変化しています。例えば、美しく輝くオーロラは、宇宙空間にある電子が高さ100kmぐらいの場所まで降り注ぐ発光現象です。
宇宙空間の荷電粒子(電子やイオン)は太陽の影響で大きく変化します。特に太陽の表面で爆発が起こると、地球の周りの荷電粒子も激しく変化するため、太陽の表面で大きな爆発が起こった数日後にはオーロラが発生しやすくなるのです。このように、「太陽と地球の間にある宇宙で何が起きていて、またその現象にはどのような関連性があるのか」を調べています。
宇宙空間の荷電粒子を調べることで、何が分かるのでしょうか?
地球周辺の宇宙空間は、気象衛星や通信衛星などなくてはならない社会インフラが展開されている場所です。また、宇宙ステーションのような重要な施設や、人類が人工衛星を使って滞在、さらに火星に人を送る計画があるなど、私たちの「身近」になりつつあるエリアです。しかし、宇宙空間の荷電粒子は時に人工衛星を故障させるなど、宇宙活動の安全を左右します。さらに、先述のように荷電粒子は常に変化しています。例えば、今日は荷電粒子の量は少ないけれど明日は非常に多いこともあるのです。
そのため、宇宙を安全に利用するには、地上での天気予報のように刻一刻と変わる環境を知ることが求められます。最近ではこうした宇宙空間の環境は「宇宙天気」と呼ばれ、その環境の変化を予測する研究が進んでいます。もし環境の変化が予測できるようになれば、1週間後は危険だから宇宙飛行士は待機して、1カ月後は安全だからそこで出発してもらう。あるいは月面で活動する際、太陽の爆発が近そうだから作業を中断するといった、先を見据えた活動ができるようになります。
宇宙の天気予測は、天気予報になぞらえて「宇宙天気予報」と呼ばれていますが、宇宙空間での「防災」に役立つ研究として期待されています。
先生の研究は私たちの生活にどのような影響を与えますか?
先々の話では「宇宙天気予報」になりますが、現在での話になるとやはり生活インフラを維持することにつながるという点でしょうか。例えば、気象や通信などの実用衛星は、私たちの日常生活になくてはならないものとなっています。皆さんが利用しているスマホのGPSも高度約2万km以上にある人工衛星の電波を取得しています。しかし、宇宙空間の荷電粒子が増えると機能停止する場合があり、人工衛星と地表との間の電離圏の影響で電波が受信できなくなることもあります。事前に宇宙の状況が分かっていれば、社会インフラが大きな影響を受けてしまう事態を避けることができます。
また、私たちが利用している飛行機。特にヨーロッパに行く飛行機は北極方面を回って飛びますが、北極圏は宇宙からの荷電粒子の影響を受けやすいため、宇宙空間の環境を知ることは安全なフライトに役立ちます。
世界で初めての発見につながる研究
どのようなアプローチで研究を進めているのでしょうか?
例えばオーロラの研究でいうと、宇宙空間で起きているプラズマ観測は人工衛星で行いますが、オーロラの場合は地上で観測します。
オーロラ観測では、最近はカメラも高性能になりましたので、これまで分からなかったことが新たに判明しています。また、宇宙空間で起きている現象から、次に何が起こるのか、また起こる現象とのつながり、因果関係を調べるためにはシミュレーションも大事です。そのため、基礎物理の理論に基づいてシミュレーションも行っていきます。
これまでにどのような発見がありましたか?
私は2016年に『JAXA宇宙科学研究所』が打ち上げた探査衛星「あらせ」の科学責任者も担当しており、「あらせ」が取得する最新の宇宙観測データを用いてさまざまな研究を進めています。例えば、私たちのグループでは、オーロラを作り出す電子が高度3万km以上の高さから降り注いでいることを発見しました。これまで、オーロラを作る電子は高度数千kmから加速しているとされてきましたが、探査衛星「あらせ」の観測により、高度3万km以上にも同様の電子があることが判明したのです。2021年7月には、私たちのグループによる「あらせ」の観測データから、宇宙空間で電波を生み出す「イオン(陽子)」の集団を世界で初めて検出することに成功しました。
2020年に発表された「オーロラの明滅とともに宇宙からキラー電子が降ってくる」という研究発表も大きな注目を集めました。
現在その研究はさらに進んでおり、2021年に「明滅オーロラの発生によってオゾン層が破壊されること」の実証に成功しました(研究成果は2021年7月13日『Scientific Reports』に掲載)。中層圏でのオゾンの変化は、地球の気候に影響を与えていると指摘されています。今回の発見は「宇宙と地球の大気との関連性」への理解を深めるきっかけになると考えています。
研究で大事なことは何だとお考えでしょうか?
よく「手先が器用ではないと研究できないのでは」「コンピューターが好きでないとシミュレーションできないのでは」と聞かれます。しかし、アプローチはひとつではありません。その時必要とされる手段、技術を進んで学んでいく気持ちが大事なのではないかと思います。
現状の「課題」を教えてください。
やはり「宇宙環境の理解が足りないこと」です。宇宙に関してはこれまでに数多くのデータが蓄積されており、研究も進んでいます。しかし、太陽の変化は多様で、太陽の変化と地球周辺の宇宙空間の現象のつながりに関してはまだまだ理解が進んでいません。太陽と地球のつながりを一つのシステムとして理解することが求められます。
「人類で初めて」を経験できる研究
理系の道に進んだ理由は何でしょうか?
高校生のときに初めて物理に触れたとき、単純に面白いと思ったのがきっかけです。物理の「自然現象をモデル化して数式をたて、その基本法則の中で世の中の仕組みを調べる」というアプローチが面白いなと思いました。大学進学の際に、もっと学びたいと思い、東北大学の理学部物理系に進みました。
宇宙地球環境を選んだ理由は?
物理はすごく幅の広い学問で、さまざまなジャンルに分かれています。例えば、地球物理学は物理学の一分野ですが、その中にさらに、地震学や気象学、大気物理学、海洋物理学とさまざまなジャンルがあります。その地球物理学の中に「宇宙空間プラズマ物理学」という、太陽と地球のつながりを研究する分野があり、大学でその研究室に入ったのが現在につながっています。
「宇宙空間プラズマ物理学」という学問分野に偶然出会い、研究を始めて、理解や興味を深めていく中で「面白い」と思うようになりました。
「研究」の面白い点は何でしょうか?
やはり「人類で初めて」を経験できることでしょうか。解析結果から新しい発見をすることはもちろん、人工衛星から送られてきたデータも、世界で自分が初めて見るものばかりです。自分が最初というのはうれしいものです。
また、知らない現象を発見した場合、その現象を説明するために理論やモデルを考えます。その過程が面白いですね。理解が進むにつれて面白さは増していきます。 完璧に理解する面白さもというよりも、理解が深まるたび次々と新しい謎が現れる、そんな奥深さがあります。
中学生や高校生も経験があると思いますが、知らないことを理解した瞬間は気持ちいいですよね。当然、理解の前段階には「学ぶ」という段階がありますが、そうした学んで、わからないこと、不思議なことを自ら調べて、新しいことを発見する・理解するという一連のプロセスがやりがいであり、面白さにつながります。これは理系文系問わず学問の魅力だと思います。
今の研究が未来の宇宙天気予報につながる
今後の展望を教えてください。
「あらせ」衛星のデータを解析して、地球の周りのプラズマ現象の理解に注力するとともに、「キラー電子」のように、荷電粒子が大気に降ってきた際の影響を調べることも重要です。特にオーロラに関しては、これまでは高さ100km程度の位置まで電子が降り注ぐといわれていましたが、私たちの研究で高さ60kmの位置まで到達することが分かりました。また、最近の研究で、電子の降り込みが中層大気の化学組成を変化させ、オゾンを破壊することがわかりました。
最近は撮像素子(撮影素子:被写体の光を画像データに変換する部品)も進化し、1秒間に100枚撮影できるカメラを用いてオーロラを撮影しています。目に見えないスピードのオーロラを撮影できれば、さらに研究が進む可能性があります。
また、「宇宙のプラズマは見えない」のですが、これをなんとか見ることができないかと考えています。先ほども話したように、撮像素子の性能が高まり、人間が見ることができないものが見られる時代になりました。宇宙空間のプラズマの可視化も、今後取り組みたい研究のひとつです。
宇宙開発にも貢献できそうですね。
科学者として人類の活動領域を広げる手伝いができればうれしいですね。特に月については、月面での探査が本格化していくなど、かつてはSFの世界だった出来事が現実になりつつあります。しかし、宇宙は放射線(高エネルギーの荷電粒子)が飛び交っているため、宇宙空間で活動するためには環境がどう変化するか理解しないといけません。宇宙空間の状況が理解できれば、宇宙の放射線の影響を適切に評価した構造物や機器を作るなど新しい技術の創造にもつながるはずです。
人類が人工衛星を使って宇宙空間の観測を始めてたかだか60年ですが、早くも人間は活動圏を、月や火星にまで広げようとしています。今の若い世代、特に高校生以下の世代は将来的に必ず宇宙に行く時代を経験するでしょう。その時代には、宇宙天気予報が当たり前になるかもしれません。 私たちの研究はその「当たり前」につながるものです。宇宙の過酷な環境でも、人類が安全に生活できる未来に貢献したいですね。
最後に中高生、またこれから研究者を目指す大学生にメッセージをお願いします。
これから先の科学を前に進めるには、若い人が持つ「新しい物の考え方」が必要です。個人的に、最先端を切り開くのは、これまでの発想にとらわれない意識と考え方を持つ若い世代でないと難しいと考えています。そのためにも、私たちは次の未来を生み出す若い世代を手伝いたいと思っています。興味関心のある若い人は、どんどんこの世界に入ってきてもらいたいです。
ありがとうございました。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
三好先生の研究室で学ぶ遠山 航平さんに、卒業研究の内容や大学の研究室で学ぶ魅力などを聞いてみました。
担当している研究内容を教えてください。
私は「脈動オーロラ」と呼ばれるオーロラの研究を担当しています。脈動オーロラは一般的なオーロラと異なり、淡く明滅するのが特徴です。この脈動オーロラは宇宙空間からの電子によって光を放っていますが、電子がどのくらいのエネルギーを持っているのかを光学観測とシミュレーションを比較して解析しています。
どんな点が面白いと感じていますか?
「未知の領域に挑むこと」が面白いと感じています。脈動オーロラは高い周波数で撮影しないと、その姿をうまく捉えることができません。しかし、ここ数年でカメラの精度が高まったことでうまく撮影できるようになり、ようやく解析が可能になりました。誰もチャレンジしていない部分に挑戦できるのは楽しいです。
未知への挑戦となると、困難なことも多いのでは?
解析手法も確立されていないため、何をどうすればいいのか手探りの状況です。試行錯誤しながら研究していますね。
三好研究室の魅力を教えてください。
宇宙系の研究室では世界でも大きな部類に入り、さまざまな最先端のデータが集まっています。まだ誰も解析していないデータも多く、三好先生がおっしゃったように「世界で自分が初めて」を経験できるのが魅力だと思います。雰囲気も良く、意欲あるメンバーがそろっているので楽しく研究できています。
大学で研究することの面白さはどんなことでしょうか?
大学ではより専門的で、自分の興味のある分野の研究ができるようになります。繰り返しになりますが、テーマによっては「自分が世界で初めての発見をすること」も可能です。より高いレベルでのチャレンジが可能になるのは、大学や大学院で研究することの魅力だと思います。
高校生や中学生にひと言お願いします。
もし大学で何か研究したいと思っている人は、早いうちに「どこの大学のどの研究室で何をしているのか」を調べておくといいと思います。大学ではいろんな研究を行っているので、興味・関心を広げるきっかけにもなります。もし面白いと思える研究に出会えたら、その後の勉強の仕方や進路を決める指針にもなるはずです。
ENDING
宇宙空間の環境の変動や、宇宙のプラズマによる影響を調べ、これまでに数々の新しい発見を成しとげている三好先生。宇宙環境を知ることは、これから本格的に始まる人類の宇宙進出に大きな貢献をしてくれることでしょう。「明日の火星周辺は穏やかな天気となります」といった、まるでSFのような世界が現実になる日は近いかもしれません。
文:中田ボンベ@dcp
写真:古城 友也(POWER STUDIO)