Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.15
取材日:2021.01.12
医療に宇宙に、幅広い応用が期待できる「ペーパーメカトロニクス」
芝浦工業大学 工学部
電気工学科 重宗 宏毅
研究を重ねるほど
面白くなっていく
vol.
15
OPENING
2020年11月17日に、「紙が勝手に折れ曲がりソフトロボットになる」という、なんとも不思議な研究結果が発表されました。この研究を主導しているのが、芝浦工業大学工学部の重宗宏毅助教です。インクジェットプリンターで印刷するだけで紙が勝手に折れ曲がるといいますが、いったいどのような仕組みで折れ曲がり、またどんな分野での活用が期待されているのでしょうか? 重宗先生にお話を伺いました。
Profile
重宗 宏毅(しげむね ひろき)
先生
芝浦工業大学 工学部 電気工学科 助教。
動的機能デバイス研究室主宰。2018年、早稲田大学大学院 創造理工学研究科 総合機械工学専攻 博士後期課程早期修了。芝浦工業大学非常勤講師、早稲田大学先進理工学部応用物理学科助教、同大学講師を経て、2019年10月より現職。
動的機能デバイス研究室
- https://www.shibaura-it.ac.jp/faculty/engineering/electrical/lab/hiroki_shigemune.html
- http://afd-lab.ee.shibaura-it.ac.jp/wp/
ただの紙が自律的に折れ曲がって動く
先生が研究されている内容について教えてください。
私の研究室では「アクティブマター」という、「物を動かす」ことに着目した研究を行っています。その中でメインに取り組んでいるのが、「ペーパーメカトロニクス」です。「ペーパーメカトロニクス」は、印刷した紙が自律的に折れ曲がり、ロボットの構造を組み立てる「プリンテッドロボティクス」と、紙を基板として電子デバイスを作製する「ペーパーエレクトロニクス」を融合させた新しい研究分野です。
これまで自分で立ち上げた「ペーパーメカトロニクス」の技術では、紙を一度に折り曲げることしかできませんでしたが、研究が進んで、折り畳む順序や折り畳み位置の指定もできるようになりました。例えば、Aというパーツをまず曲げて、次にB、次にCといったように、コントロールできるようになったのです。このように順序や位置をコントロールすることで、電力などの外部エネルギーを用いずに、ロボットのように動かすことも可能になりました。
なぜ印刷した紙が勝手に折れ曲がるのでしょうか?
紙とインクが物理化学反応を起こすことで、自律的に折れ曲がる仕組みです。折れ曲がり方のコントロールは、インクとなる溶液の調整で可能となりました。ただ、なぜこのような反応が起こるのかの詳細なメカニズムは、実はまだ明らかになっていません。
インクや紙は特殊なものを用いているのですか?
インクは私たちが研究して作り出しているものですが、紙は独自に生み出したものではなく既存のものです。用いているプリンターも家庭用インクジェットプリンターです。
自分たちで新たに紙を作り出す必要はないといっても、紙の種類はそれこそ数え切れないほどあり、インクとの組み合わせは気が遠くなるほどの数です。また、インクも粘度や表面張力など細かくパラメータ調整をしないといけません。紙とインクだけでなく、プリンターも重要で、特定の溶液に適したもの、適さないものとプリンターによって特性が異なります。そのため、紙、インク、プリンターの3つの要素で、効率の良い組み合わせを探す必要があります。作業は困難を極めましたが、なんとか効率良く折れ曲がる組み合わせを発見できました。
研究発表では、平らだった紙が、数時間で紙飛行機の形に折れ曲がる様子が公開されていました。
現段階では±5度くらいの誤差が出てしまっています。産業用途を考えると、まだ課題は多いですね。また、自律的に折れ曲がってできた構造体の「強度を高めること」も重要です。数ある組み合わせの中から、求める強度のものを生み出すことができたので、現在はさらなる強度の獲得や力学特性の研究に着手しています。
紙とプリンターで宇宙開発
この研究はどのような分野での活用が期待できますか?
折り紙構造を自律的に生み出し、そこにエレクトロニクスを付与することで、さまざまな産業応用が可能です。また、素材は紙ですから、廃棄した場合も自然に土にかえりますし、自然環境にも配慮したメカトロニクスが生み出せるかもしれません。例えば、紙でできた農業用の種まきロボットが考えられます。まき終わった後はそのままでもいいですし、肥料になるような機能を持たせておけば、さらに使い勝手が高まります。
医療への応用も考えられます。例えば、紙の色の変化で糖尿病かどうかを診断するデバイスがありますが、これを自律的に折れ曲がる紙に変え、人の形によりフィットするように工夫できればいいですね。
宇宙開発にも使えるかもしれません。例えば、平らな紙の状態で宇宙に持っていき、必要に応じて印刷すればその場でロボットを生み出すことが可能になります。ロボットに限らず、太陽光パネルに利用するなど、さまざまな分野で応用が可能になるかもしれません。3Dプリンターも構造体を生み出すことができますが、折り紙構造体はエレクトロニクスを埋め込みやすいため、この利点を生かすことで、3Dプリンターとはまた違った特性を生み出したいと考えています。
この研究はコロンブスの卵のようなもの
「ペーパーメカトロニクス」の魅力や面白いと思う点を教えてください。
この研究は、仕組みを聞けば「なるほど」と思える「コロンブスの卵」のようなものです。ただ、誰も答えにたどり着いていない中で、ゴールまで進むのは簡単ではありません。私もゴールが見えない中でとにかく必死に努力して、偶然たどり着くことができました。その結果、誰もが気付けそうで気付けない問題を解決できました。これは研究者冥利に尽きます。
また、紙が自律的に折れ曲がるというキャッチーな研究ですし、幅広い応用が期待できるのは面白い点です。ようやくプラットフォームができ上がり、私としても非常に興味深い、面白い内容になったと思います。ここから派生していけば、研究も進みますし、これまでにない新しい発想が生み出されるのではないでしょうか。それぞれ興味を持った人が興味を持ったように取り組める分野なので、研究室で学んでいる学生も、紙が自動で折れ曲がるという技術を基にさまざまなテーマの研究に取り組んでいます。
私は最初は「紙が曲がって何が面白いんだ」と思っていましたが、研究を重ねたこと、また折り紙研究自体が進んだことなどさまざまな要素が重なり、今後大きく広がる可能性を秘めた研究になったと感じています。
反対に難しいと思ったこと、困難だったことは何でしょうか?
ほかに誰も研究していない分野だったので、誰にも頼れず、自分の力だけで進まないといけませんでした。とにかく手探りの状況でずっと続けていたので、それが大変でしたね。特に大変だったのが「プリンター」です。とにかく印刷しないといけないので、毎日ずっと印刷し続けて、エラーが出たら直してまた印刷して……の繰り返しです。先は見えないのにプリンターと毎日格闘……。これでいいのかと精神が参りそうになりました。
そもそもこの研究に取り組んだきっかけは何だったのでしょうか?
大学時代に所属していた研究室が1人1テーマを持って研究するところでした。そこで、師事していた橋本周司先生にいろいろと相談したのですが、その中で先生から「カップラーメンは中にお湯を注いで作るけど、紙の容器自体もお湯をかけてできると面白いね」という話が出ました。その話がヒントになり、「紙を動かす」という発想に至りました。そこからずっとこの研究に携わっています。
橋本先生といえば、『ガンダムGLOBAL CHALLENGE』でも注目されましたね。
橋本先生には学生時代に「夢を見せる面白さ」を教えてもらいました。ガンダムについても、6年前は本当に動くのかと思っていましたが、こうして実現されたわけですし、やはりスケールの違いを改めて思い知らされました。
自分が面白いと思えるところまで突き進む
これから理系の道に進もうと考えている若い世代にメッセージをお願いします。
コンフォートゾーン(居心地のいい場所)をいかに抜け出すかを考えてほしいです。私は「官民協働海外留学支援制度~トビタテ!留学JAPAN3期生(https://tobitate.mext.go.jp/)として海外研究留学を経験しましたが、新しい世界に飛び込み、挑戦する気持ちを磨くことは何事においても重要だと思います。研究においても、ここぞという場面で一歩踏み込めるかどうかが、できるできないの差につながります。挑戦した経験は自信につながりますし、自分の能力を伸ばすことにもつながります。
また、これは恩師に言われたことなのですが、「面白くなるまでする」ということも心掛けてもらいたいですね。最初から面白いことはないですし、困難や辛いことは避けられない。それなら自分が面白いと思えるところまで、徹底的に追求したほうがいいはずです。面白くなるまで続けるためにも、「好き」という気持ちは大事です。
ですから、若い皆さんはまずは自分の「好き」を見つけてほしいです。ただ、好きだからといってその分野しか取り組まないのはもったいないですから、他にも知識や興味を広めましょう。多様性を持ちながらも、自分の好きに邁進する、そんな気持ちで勉強や趣味に取り組んでもらいたいと思います。
先生の研究室にはどんな学生に入ってもらいたいですか?
何よりもこの研究を「面白い」と思ってくれている人がいいですね。また、自分が苦手なこと、できないと思うようなことにも、果敢にチャレンジできる人は歓迎したいです。先ほどもお話しましたが、挑戦する気持ちは研究だけでなく、社会においても必要とされるはずです。
もし「私の知識で付いていけるか心配」という場合でも、研究室に入ってからしっかり勉強すれば大丈夫です。研究に取り組みたいという強い気持ちがあればOKです。私もフォローアップしますから、興味がある人はぜひ入ってきてもらいたいですね。
最後に先生の今後の展望をお願いします。
まずは10年ほどかけて、しっかりとした下地を作ることが目標です。その上で、研究室の学生とともに、いかにこの技術を世の中に発信していけるかを考え、良い研究論文を生み出していきたいです。また、研究に興味を持った企業や共同研究者と一緒になって、新しい組織を作ったり、より高度な研究に取り組んだりできるとうれしいですね。
ありがとうございました。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
重宗先生の研究室で学ぶ学部4年の西村さんに、現在取り組んでいる研究内容やその魅力を聞いてみました。
現在研究している内容を教えてください。
私は「メタサーフェイス」の研究をしています。メタサーフェイスは、光や波の方向を金属構造体によって制御する技術で、私の場合は騒音の原因となる音を住宅街に届かないように反射させるなど、「音の反射」がテーマです。重宗研究室は紙の研究を行っているので、この音を反射させるメタサーフェイスを紙で作りたいと思っています。
具体的にどのようなことに取り組まれているのでしょうか?
まだ紙のメタサーフェイス自体はできておらず、現在はシミュレーションソフトを用いて音の反射を基に構造の研究をしています。シミュレーション上でのメタサーフェイスの構造モデル作りは速い人は速いのですが、難しい部分も多く日々パソコンに向かって数字と戦っています。メタサーフェイスの設計には、当然ですが物理法則などの知識も求められるので、シミュレーション作業以外にもとにかく勉強の毎日です。
取り組んでいる研究の面白いと思う点は?
メタサーフェイスは物理法則のみで反射を制御する技術です。何か別に電源を用いず、構造のみで制御する仕組み自体が面白いですね。ただ、参考にできる先行研究はあるものの、イチから考え、設計しないといけないのでその作業が難しいです。シミュレーションも条件によって結果が大きく変わり、正しい設定条件を探るためにも知識が必要です。しないといけないこと、考えないといけないことがたくさんあります。乗り越える課題が多いのは面白いですけど、大変です。
大学の研究室で学ぶことの魅力は何でしょうか?
「興味があることに積極的に取り組ませてもらえること」ですね。私の場合は音を制御するメタサーフェイスですが、自分がしたいと思ったことに没頭できるのはありがたいです。新しい知識や経験をたくさん得られるのも、研究室で学ぶことの魅力です。特に重宗研究室は自由度の高い研究室なので、いろんなことに挑戦できますね。
今後、大学で研究したいという中学生や高校生に一言お願いします。
できれば早い段階で自分が何をしたいのか、目標を明確にしておくといいと思います。もちろん大学に入ってからでも遅くはないですが、タイミングが早ければそれだけ準備もできますし、モチベーションにもつながります。私の場合は音楽の趣味が研究テーマにつながりましたが、目標を見定めるためにも趣味を広げるといいかもしれませんね。
ENDING
紙が自律的に折れ曲がり、ソフトロボットとして機能するという非常に画期的な研究。今後は紙をエレクトロニクスの基板として活用していく研究の先には、医療や宇宙開発への応用も期待されるとのことです。先生が生み出した紙のロボットが、畑に種をまいたり、未知の惑星を探索したりする未来が来るかもしれませんね。
文:中田ボンベ@dcp
写真:今井 裕治