Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.13
取材日:2020.08.06
これからの高齢化社会を支える「最先端医療用ロボット研究」
九州大学大学院 工学研究院
機械工学部門 荒田 純平
医療ロボットの可能性を
広げたい
vol.
11
OPENING
手術をサポートしたり、リハビリをサポートしたりする「医療用ロボット」。高齢化社会が進むにつれて、その重要度が増しています。そんな医療用ロボットで近年注目されているのが、九州大学で医療用ロボットの研究に取り組んでいる荒田純平教授です。荒田先生はこれまでにない軽量・安価な手指リハビリ用ロボットを発表し、話題となりました。今回は、リハビリ用機器を含む医療用ロボット研究について、荒田先生にお話を伺いました。
Profile
荒田 純平(あらた じゅんぺい)
先生
九州大学大学院 工学研究院 機械工学部門 教授。
名古屋工業大学助手 、助教を経て、2013年6月より九州大学 先端医療イノベーションセンター 准教授に就任。2014年10月より同大学工学研究院 機械工学部門 准教授に就任し、2020年3月より現職。専門はロボティクス、医療ロボット、柔軟メカニズム。
機械工学部門先端医療デバイス研究室
http://amd.mech.kyushu-u.ac.jp/
ロボット技術を医療に生かす
先生が研究されている内容を教えてください。
私はロボット技術を医療に応用し、新しい医療提供を目指す研究を行っています。具体的には、「手術用ロボット」と「リハビリテーションロボット」の2つを研究しています。
手術用ロボットは、体の中に挿入し、患部を切除したり、組織を焼き切ったりすることで治療を行うツールです。リハビリテーションロボットも医療という根幹は同じですが、手術用とは異なり、体の外側から力学的に作用して体を動かし、身体機能の改善を促します。
この2つの研究で私が特に注力しているのが、「柔軟機構」という柔軟性を持つ機械の仕組みです。
リハビリテーションロボットは、現状のものはサイズも大きく、値段は数千万円と高額です。そのため、現場での活用が進んでいません。使いやすくするには、小型化とコストを下げる必要があります。 同じように、現在の手術用ロボットに使われている手術用のはさみに関しても、20点以上の部品が必要で、さらに小さくすることは困難と言われています。
しかし、柔軟性のある仕組みであれば、映像のように1つのパーツで従来のものと同様の動きが再現できます。そのため、従来よりも機器を構成するパーツを減らすことができ、サイズを小さくできるのです。また、ぐにゃっと曲がるので、従来の素材よりも「力がかかり過ぎない」のも利点で、患者さんの体へのダメージも少なくできます。
手術用ロボットは、体内への挿入を考えるとできるだけ小さくして、患者さんの負担を減らす必要があります。特に脳神経外科手術はより狭く、小さな部位が対象のため、これまで以上に小さくすることが望まれます。
動画は、私たちが柔軟性のある機構を用いて開発した直径2mm・屈曲半径3.5mmの世界最小のロボット鉗子(かんし※)です。一般的な鉗子は10mmほどですので、従来のものよりも狭い場所に挿入でき、内視鏡手術や硬膜縫合が可能です。今後はさらなる研究を続け、脳手術が行える段階にまで発展させたいと考えています。
※手術用に使う、対象物をつかんだり引っ張ったりする器具。
単なるサポートではなく治療に役立つロボットを
先生が開発された手指リハビリ用ロボット装具「SMOVE」について教えてください。
「SMOVE」は、モーター、電子部品を全て本体に収納することで、従来の製品よりも小さくすることに成功しました。
「SMOVE」は装着者の筋肉の動きを検知して反応します。例えば、事故や病気などで運動機能に問題が発生し、手が動かせないとします。しかし、脳から「手を動かす」という信号が出ていれば、その信号は手の筋肉に伝わります。「SMOVE」はこの信号を検知して、モーターの力で手を動かします。
小さくなれば、日常生活のサポートにも使いやすそうですね。
私たちは「SMOVE」を治療にも役立てたいと考えています。「ニューロリハビリテーション」というリハビリ方法があります。簡単にいえば、動かない手をロボットでサポートして動かしているうちに、脳が「手が動く」と認識するようになるというものです。脳の認識が変わることで、神経機能・運動機能の早期回復を目指します。
このリハビリ方法は普段から繰り返し行うことが重要となりますが、従来の大掛かりなリハビリテーションロボットでは困難です。しかし、「SMOVE」であればリハビリ施設にも導入しやすく、患者さんが回復する手助けをできるのではと考えています。
開発には10年くらいかかりましたが、ようやく患者さんに試験的ではあるが使っていただけるところまでこぎ着けました。2018年には『株式会社メグウェル』という九州大学のベンチャーと提携し、現在実用化に向けて進めている段階です。
今後の課題はどんなことでしょうか?
手術用ロボットは法律の問題もあり、臨床研究を行うのが困難です。開発費用も高額なため、まだまだ乗り越えないといけない壁は多くあります。しかし、私たちが開発した基礎技術を見て、必要だとおっしゃってくださる企業があれば、より研究が進むのではと考えています。
また、リハビリテーションロボットはそもそも市場がないのが現状です。そのため、まずは市場を作るところから始めないといけません。今後は「株式会社メグウェル」と協力して、市場開拓に挑みます。
医療用ロボットの世界は今がチャンス
先生の研究が世の中に与える影響を教えてください。
先ほどもお話ししたように、手術用ロボットは小さくなることで脳外科手術など対応できることが増えるので、医療現場での活躍が期待できます。また、リハビリテーションロボットも、医療施設や患者さん個人の役に立つと思います。
こうした「ロボット工学を医療で活用する研究」に取り組むことで、ロボットの可能性自体も広がるのではと思います。ロボット工学は実は限られた領域でしか活用されていませんが、もし医療分野での応用・活用が実現できれば、新たな道ができ、開発・研究もさらに活性化するはずです。そうなると、私たち以外にもいろんな研究者が携わるようになり、病気で苦しむ患者さんを救う新しい研究が次々と生まれるはずです。
医療従事者や医学会の方々と話していると「この20年で大きく潮目が変わった」と感じます。以前は医療用ロボットを学会で発表しても、「そんなものが役立つのか」などと厳しい意見を多く受けました。医療用ロボットは治療の手助けをするもので、医師に成り代わるものではないのですが、「私たちの職を奪う」という誤解した声もありました。
しかし、今は好意的に受け入れられており、「こうした機能があればいい」と提案も多くあるほどです。医学会で医療器を取り上げるセッションが設けられるなど、以前と状況が大きく変わりました。
今後この研究分野は大きく発展する可能性がありますが、機器が原因で治療の障害になるようなことはあってはなりません。可能性が広がれば広がるほど、これまで以上に慎重に開発・研究を進めなければいけないと考えています。
ロボット分野は刺激的な世界
先生がロボット工学に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?
ファミコンのソフトに『ロボット』というゲームがありました。実際にロボット型の周辺機器がセットになっていて、それで遊んでいるうちに「機械が動く」「機械を動かす」ということに興味を持ちました。本格的にロボット研究をしようと思ったのは大学生のときです。大学にロボット工学を医療に役立てようという先生がいらっしゃって、「ロボットを医療分野に生かすのはすてきな考えだ」と共感したのが、この道に進んだきっかけです。
学生のときは就職も考えましたが、医療用ロボットの研究ができる企業はなかなかなく、それならば大学に残って博士課程に進んで……としているうちに今に至ります。気が付けばもう20年ですが、「医療用ロボットの研究がしたい!」という信念はずっと変わっていません。
ロボット工学、ロボット研究の面白さ、魅力は何でしょうか?
ロボット分野はソフトウェア、機械設計、センサーなどいろんな研究者がいます。ちゃんこ鍋のようにいろんな具材(研究)が同じ鍋(世界)の中でひしめき合っていて、これが面白い点だと私は思っています。本当に何が出てくるのか分かりません。それだけにお互いが刺激し合える環境です。
1つの研究が別の多くの研究に影響を与える可能性が大きな世界です。学問としても成長期にあり、新しい発見が次々に登場します。若い研究者も多い世界ですが、そうした自由な発想で、自由に挑戦できるエキサイティングな点が、若い世代を魅了するのかもしれません。
あえて別の可能性を探る勇気を持ってほしい
今後の展望を教えてください。
ここ10年で医療用ロボットを産業化したいと考えています。医療用ロボットの実用化については、これまで多くの先生方が苦労されてきました。そうした苦労があったからこそ、今ようやく社会の潮流が変わり、医療用ロボットに注目が集まっています。この流れを途絶えさせないようにしたいですね。
また、以前「SMOVE」の臨床研究を引き受けてくれた患者さんがいたのですが、その方は手が動かない方で、精神的に不安定な状態でした。しかし、実際に機器を装着して手が動いた瞬間に笑顔になられ、「ぜひ使いたい」と前向きな言葉をいただきました。一人の患者さんの声ですが、私にとっては大事な経験でした。そのような積み重ねが前に進む力になっています。医療機器はそもそも開発スパンが非常に長く、道は険しいのですが、できるだけ早期に実現できるよう研究を続けたいと思います。
最後に、これからロボット研究の道に進もうという若い世代にメッセージをお願いします。
エンジニアに関してはどの分野も同じかもしれませんが、今後はこれまで以上に「発想力」が求められるようになると思います。以前は何晩も徹夜して研究するような世界でしたが、現在は研究ツールが発展し、これまでのような手間をかけずに検証が行えるようになりました。ツールを「使う側」に工夫が求められるので、やりぬく力だけでなく、柔軟な発想力も重要です。
そうした発想力を身に付けるためにも、いろんな知識を身に付け、人間としての幅を広げてもらいたいです。何か一つに注力することも大事ではありますが、知識がないと柔軟な発想も生まれません。ぜひ無駄なことも経験してほしいです。経験したことはどこかで生きます。私は過去に材料の伸縮や強度を測る研究に関わりましたが、当時はなんでこんなことをするんだと思うこともありました。しかし、その経験があったからこそ、柔軟性を持つ機構やその技術を用いたロボットの発想に至ったと思います。
科目を一心に追い求める姿勢や勤勉さは根本として必要ですが、新しい一歩、あえて別の可能性を探る勇気、タフさ、自由闊達さも身に付けてもらいたいですね。
ありがとうございました。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
荒田先生の研究室で学ぶ学部4年生の古川さん(左)、大坂さん(中央)、中村さん(右)に、現在取り組んでいる研究内容やその魅力を聞いてみました。
皆さんが研究している内容を教えてください。
古川さん私は手指にまひがある人の動作を支援するロボットの開発を担当しています。そのロボットの動作は主に「把持」(握り持つこと)と「伸展」(伸び広げること)なのですが、私は機械学習を用いてこの2つの動作を区別する研究を行っています。
中村さん私は手術用ロボットの「鉗子」に取り付けるセンサーが担当です。このセンサーは、鉗子にどのくらいの力がかかっているのかを検知するもので、どのようにすれば鉗子の中にセンサーを組み込めるのかを考えています。
大坂さん医療応用のための柔軟ロボットアームの研究を、先輩から引き継ぐ形で担当しています。ロボットアームの機構をより良くするためにどうすればいいのか考えたり、実際に搭載する場合の設計図を書いたりしています。
担当している研究の面白いと思う点や魅力を教えてください。
古川さん自分たちの研究が世の中の大きな問題の解決につながる可能性があることです。例えばリハビリテーションロボットの場合、介護スタッフ不足の解消につながるかもしれません。自分の研究が世の中に役立つというのは面白いですし、やりがいを感じます。
中村さん体内に挿入する鉗子に取り付けるセンサーですので、機能だけでなく安全性も考えないといけません。クリアしないといけない課題は多くありますが、チャレンジのしがいがあります。そうした難しい研究の中で、思ったとおりの結果が出た瞬間はものすごく楽しいです。
大坂さん同じような回答になってしまうのですが、自分の研究が多くの人の手助けになるというのが魅力だと思います。手術用ロボットアームは、剛性の問題で事故が発生するというケースもあるので、自分が設計した機構が少しでも手術を受ける人の安心につながるとうれしいです。
最後に、大学で研究することの魅力を教えてください。
古川さんストレートな話になるのですが、やはり大学は「お金がある」のが大きいですね。設備も高校とは桁違いで、研究の規模も大きく、自分たちが研究したいことに取り組みやすい環境が整っています。また、その分野のエキスパートの先生や専門的な知識を持つ先輩の存在も大きいです。
中村さん確かに先生や先輩から豊富な知識やアドバイスがもらえるのは、大学の研究室ならではだと思います。自分の研究をうまく進めるためだけでなく、単純に知識が増え、自分の世界が広がります。
大坂さん大学では良くも悪くも「自分の裁量」で研究できます。そのため、自分が望む限りは知識が得られ、研究も行えます。自分で問題点を考え、解決策を考え、試行錯誤していけるのは、大学で研究することの一番の魅力ではないでしょうか。
古川さん高校までの実験は答えが分かっていることを試して終わりですけど、大学では「答えのないもの」に挑めます。本格的に研究がしたい人は、大学で研究室に入るといいと思います。
ENDING
現在は手術用ロボットとリハビリテーションロボットの2つの側面で研究されているという荒田先生。リハビリテーションロボットについては、すでに「SMOVE」が臨床試験をスタートしている状況。また、先生は課題は多いとおっしゃっていましたが、手術用ロボットも、「直径2mmのロボット鉗子」が非常に大きな注目を集めています。近い将来、荒田先生の開発した機構を組み込んだ医療用ロボットが、全国の医療施設で活躍するようになるかもしれませんね。
文:中田ボンベ@dcp
写真:東野正吾