Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.12
取材日:2020.08.27
自律して動くわずか数十ミクロンの「マイクロロボット」
北海道大学大学院理学研究院 化学部門
液体化学研究室 景山 義之
思いどおりにならないのなら
自分で変えてやろう
vol.
12
OPENING
SF映画などで、人の体内に入り込めるような小さなロボット(マイクロロボット)が登場することがあります。中には血管の中に入り込むような小さなサイズのものもありますが、こうした小さなロボットを作るのは非常に困難です。そんな小さな世界に挑んでいるのが、北海道大学の景山義之助教の研究グループ。わずか数十ミクロンの自律的に動く分子でできたロボットを作っています。今回は、世界初の快挙である「自律型マイクロロボット」について、景山先生にお話を伺いました。
Profile
景山 義之(かげやま よしゆき)
先生
北海道大学大学院理学研究院 化学部門 液体化学研究室 助教。
1977年広島生まれ。2006年、東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻相関基礎科学系 博士課程修了。東京大学研究拠点形成特任研究員、東京理科大学ポストドクトラル研究員を経て2009年より現職。専門は超分子有機化学・有機反応化学・物理有機化学。
景山先生のHP
https://www.sci.hokudai.ac.jp/~y.kageyama/public/index_jp.html
自律的に動くマイクロロボットを化学の力で初めて実現
先生の研究内容を教えてください。
私たちは「自律的に動く分子の集合体」の研究を行っています。いわば「自律して動くマイクロロボット」というもので、光を当てることで一定のリズムと振幅で振動運動を繰り返します。2020年5月には、自律的に動くだけでなく、このマイクロロボットが光の特性によって「右を向く」「左を向く」といった特定の行動を起こす仕組みも発表しました。
「自律ロボット」と聞くと、ASIMOやaibo、Pepperなどをイメージすると思いますが、そうしたロボットは金属やプラスチックのパーツを組み立てて作られています。しかし、私たちは、化学反応で作った「アゾベンゼン」という分子を並べてロボットを作りました。
金属やプラスチックのパーツで組み立てるロボットを小さくするのには限界があり、例えば1ミリメートルといったサイズになると作ることは困難です。そこまで小さな部品を加工することは大変ですし、組み立ても難しく、現実的ではありません。
そこで、部品となるナノメートルの大きさの「分子」を化学反応で合成し、その部品約1兆個を並ばせることで、細胞と同じぐらいの体積のロボットを作ることに成功しました。
それだけ小さなものが「自律的に動く」というのが不思議なのですが、どのような仕組みになっているのでしょうか?
実は高度な仕組みを使わなくても、分子はいつでも動いています。動かない分子を作るほうが難しいくらいです。問題は動く分子を集めて統一感のある大きな動きを生み出すことです。
例えば、たくさんの人がいるスタジアムをイメージしてください。個々人が好きな動きをしているとき、遠くからでは何をしているのかわかりません。しかし、集団体操やウェーブパフォーマンスのように全員の動きがそろうと、何が起こっているのかはっきりわかります。
分子の集合体も同様で、たくさんの分子の動きをそろわせて、分子に適切な指示を与えることができれば、大きな動きを生み出せます。例えば、監督役がいて「こうした動きをするように」と指揮すれば実現可能で、電気を流したり切ったりすることで分子の向きをそろえる、といった試みはたくさんの研究者が行っています。
ただ、監督役なしで分子にそろった動きをしてもらうことはとても困難で、私たちが研究しているのがこの領域です。人間の場合は、周囲の雰囲気の変化を察したり、考えたりして「こうすればいいのでは」と自律的に動けますが、分子の場合はそうではありません。そもそも分子に「周りの雰囲気を察する能力」があるかはよくわかっていませんでした。そのため、監督不在で分子の集合体に自律的に動いてもらうことは難しいとされていたのです。
先生のグループは、その「難しい」といわれていたことを実現したのですね。
そうですね。実は分子は、周囲の雰囲気を察するかのような能力と、周りの雰囲気を変えるかのような能力の、どちらも持っていたのです。
たくさんの分子が集まる中で、分子達は自分たちで自らを律し、結果として、光をエネルギー源にした大きな動きをみせ、「右を向く」「左を向く」といった動きをするようになり、さらには「泳ぐ」ことまでするようになったのです。
心臓や腎臓などを分子素材で再現できる
先生の研究が世の中に与える影響としてはどんなことが挙げられますか?
自律的に動くマイクロロボットはさまざまな応用が期待されています。例えば、体内での薬物送達を担うドラッグデリバリーシステムや、体の中で特定の細胞を狙って治療を行うロボットを作れるのではと考えられています。ただ、これらの実現には、まだまだ時間がかかると思っています。
私たちが生み出したマイクロロボットは「自律して動くこと」が一番重要なポイントです。小さなモノを能動的に動かすことができるので、例えば人の臓器を再現できる可能性があります。腎臓は現段階では人工のものは実現できておらず、疾患のある人は透析に通うしかありません。しかし、自律マイクロロボットの発想を用いた素材で腎臓の機能を再現して移植すれば、透析の必要はなくなります。
人工心臓も今は電気で動くようになっていますが、自律マイクロロボットの発想で電源不要の人工心臓をつくれれば、電池交換が不要になりますし、金属を使わないのでMRIでの健診も可能になります。現在は光をエネルギー源にして分子の集合体を動かしているので実現には遠い道のりですが、今後体内にある糖やATP(※1)といったものをエネルギー源にできるようになれば、人工臓器への応用もぐーっと近づきます。
※1 アデノシン三リン酸:筋肉の収縮などに利用されるエネルギー源
将来、自律して動く分子素材で作った臓器が移植の際のスタンダードになるかもしれないのですね。
10年、20年後には具体的な応用研究がスタートできていれば、とは考えていますが、素材として応用するには耐久性やコストも考えないといけません。これに対して、私の研究自体は極めて基礎的なところを追究しています。基礎的な研究がさらに進めば、今挙げた以外にもさまざまな応用法が生まれるはずです。私たちの研究発表を見て、意外な活用法を提案してくれる企業が出てくる、ということも十分考えられます。そうすることで研究者が増えてくると、この分野の研究はさらに発展するでしょう。
今後の目標、課題を教えてください。
現段階では光をエネルギー源として使っていますが、先ほども述べたように、人工臓器などへの応用やエネルギー効率を考えると、糖やATPなど化学エネルギーで動く分子ロボットを作らないといけません。また、今後、応用を考えていく上では、これまでに作ったロボットについて、その仕組みをもっと明確にさせなくてはいけません。さらに研究を進め、謎を解き明かすことが重要です。同時に「自律運動するマイクロロボットが登場することでこんなことができるようになります」というモデルケースを作り、みなさんに提案することも今後の課題ですね。
他には、私たちの研究を多くの人に理解してもらうことも重要です。似て非なる研究が多くあり、研究者間においても十分な理解が得られていないのが現状です。同世代の研究者、次世代の研究者にこの研究の何が鍵なのか、何が重要なのかを明確に伝えて理解を深め、裾野を広げたいですね。
思いどおりにならない世界を自分が変える
先生が現在の研究に取り組むようになったきっかけは何でしょうか?
学生時代に「複雑系としての生命システム」という、化学的に生命を作り、理解しようというプロジェクトが動いていました。そこで私は細胞分裂のモデル化(※2)に取り組みました。化学的に生命をモデル化する研究は多くの研究者が行っていますが、形を模すことを目指す研究が多く、自律的な振る舞いをモデル化する動きはあまり行われていませんでした。
※2 物事の仕組みを単純な要素に分解し図式化すること
1933年にノーベル物理学賞を受賞しているシュレーディンガーは、生物の特徴とは「何かをし続けること」だと言っています。私も何かを繰り返し行うことが生命の特徴だと考えていたので、自律的な細胞分裂のモデル化にチャレンジしました。博士研究員になってようやく、実際の細胞分裂のように、ひとつの細胞が成長して分裂して……を繰り返す仕組みを作ることに成功しました。この経験が現在の研究につながっています。
研究者になろうと思ったきっかけは何かありますか?
勉強していて納得できないことが多かったからですかね。それなら「自分で研究して理解しよう」という気持ちになりました。根底にあるのは「謎を解きたい」という気持ちだと思います。自分が最初に理解したい、他の人を驚かせたいといった気持ちは研究を行う上で大事ですし、面白いところではないでしょうか。
私自身世の中に満足していないので、「思いどおりにならないのなら自分で変えてやろう」という気持ちで研究をしています。こうした「わがままな気持ち」もモチベーションなのかなと思います。
理系の魅力とは何でしょうか?
文系の学問の半分は「人が作ったルールを学ぶ」という内容ですが、理系は人との対話のみならず、自然など人間以外のものとも対話しながら研究していくのが面白い点だと思います。
最後に、理系の道に進もうと思っている若い世代に向けてメッセージをお願いします。
分からないことを敬遠せず、いろんなことに興味を持ってほしいですね。「分からない」と感じることは、そこに自分が興味を抱いている証です。難しいと思っていることの中に、自分が求めるものがあり、そこを理解することで成長できます。
それから、例えば、マイクロロボットの研究をするにしても、化学の知識だけでなく、違った学問からの視点に立つことで新しい可能性を見つけることがあります。いろんなことにチャレンジできる環境を私たちが整える必要もありますが、若い皆さん自身も、ぜひ好奇心を忘れずに勉学に励んでほしいですね。
ありがとうございました。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
景山先生の研究室で学ぶ博士課程3年の小原さんに、取り組んでいる研究の内容やその魅力を聞いてみました。
現在取り組まれている研究内容を教えてください。
マイクロロボットの水中での動きについて研究しています。今作っているマイクロロボットはまるで魚のように水中を泳ぎます。そこで、この「マイクロロボットの泳ぎ」についての研究を行うことになりました。
例えば、複数のマイクロロボットの泳ぎを観察し、どのような共通性があるのかを調べたり、結晶の形・大きさが運動性にどれだけ影響するのかを調べたりしています。また、理論モデルを作るなど、実験と理論の両方のアプローチを行っています。
研究の面白い点を教えてください。
0.1ミリメートルもの小さな物体がロボットのように一定の方向に動く、一定の機能を示すのは非常に興味深いです。実際の魚の場合、最も小さな稚魚は4ミリメートルほどです。それよりももっと小さなマイクロロボットがしっかりと水をかいて泳ぐのは不思議でなりません。これまでに見たこともない研究なので、日々面白さを感じています。
研究を進めていけば、なぜ稚魚は4ミリメートルよりも小さくなれないのか、小さな微生物が魚のような泳ぎではなく鞭毛を動かして泳ぐようになった理由など、生物の謎に迫れる研究であるのも、面白い点ですね。
反対に難しいと思う点は何でしょうか?
幅広い知識が求められることです。化学の研究ではあるものの、数学やプログラミング、物理、生物学など、さまざまなことを網羅的に理解しておく必要があります。ただ、そうした多くの知識が得られることや、最終的に「分野横断型の視点を持って研究ができるようになる」ことは、この研究の魅力であり醍醐味だと思っています。
大学で学ぶこと、研究することの面白さは何でしょうか?
自分がしたいことを立案し、実際に研究できる。これが高校と大学の研究室との大きな違いだと思います。高校までの研究は、教科書の内容をアレンジしたものなどがほとんどですが、大学では自分で教科書、学問を作っていくことが可能です。自分で道を切り開くチャンスが得られるのは、大学で研究することの魅力ですね。
ENDING
まだ基礎研究の段階とのことですが、人工臓器など、今後さまざまな応用が期待される景山先生の分子ロボット。例えば、分子ロボットに「新型コロナウイルス」を学習させれば、そのウイルスだけを除去させるといった使い方も理論上は可能だそうです。今後さらに研究が進めば、あっと驚くような使い方が登場する可能性もあります。SF映画の世界が現実のものとなる日はそこまで遠くないのかもしれませんね。
文:中田ボンベ@dcp
写真:吉川麻子