Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.09
取材日:2020.08.18
独自の方式で世界をリード。世界を変える可能性を秘めた「レーザー核融合研究」
大阪大学 レーザー科学研究所 藤岡慎介
太陽だって目の前に作れる
vol.
09
OPENING
大阪大学には、レーザー研究を専門に行う「大阪大学レーザー科学研究所」があります。同研究所は、世界有数の性能を誇るレーザーを開発しており、そのレーザーを用いてさまざまな研究を行っています。その中の一つが「レーザー核融合」。次世代のエネルギーとして注目されているだけでなく、そのほかの研究分野への応用も期待されています。今回は、大阪大学レーザー科学研究所で「レーザー核融合」の研究を行っている藤岡慎介教授にお話を伺いました。
Profile
藤岡 慎介(ふじおか しんすけ)先生
大阪大学 レーザー科学研究所 教授。
大阪大学工学部原子力工学科卒。大阪大学大学院工学研究科電気電子情報工学専攻博士前期課程修了。助手着任のため博士後期課程を退学した後、2005年に博士(工学)を取得。大阪大学助手、助教、准教授を経て大阪大学教授。レーザー技術総合研究所客員研究員、ローレンスリバモア国立研究所客員研究員、自然科学研究機構核融合科学研究所客員教授等を兼任。
大阪大学 レーザー科学研究所
超高強度場科学グループHP http://lf-lab.net/
独自の点火方式で世界をリード
先生が研究されている内容について教えてください。
私たちが研究している「レーザー核融合」は、簡単にいえば「レーザーで太陽の内部に近い圧力を生み出し、核融合エネルギーを実現しよう」というものです。
太陽は核融合でエネルギーを生み出していますが、これは太陽内部の水素が重力で圧縮されて核融合反応が起こっているからです。これと同じように、燃料となる物質に非常に強いレーザーを当てて太陽と同じような超高密度・ 超高温状態を作り出し、核融合反応を起こそうというのがレーザー核融合です。
圧力は密度と温度が高ければ高いほど増し、圧力が高いほど生み出されるエネルギーも強力になります。そのため、レーザー核融合においては、強力なレーザーを短い時間に小さな空間に集中させ、高い圧力を生み出すことが重要となります。
昨年12月には、先生の研究グループが太陽の10分の1の圧力を実現したと報じられました。
レーザー核融合はアメリカなどが国家プロジェクトに掲げて研究を続けていますが、エネルギーを増やすまでに至ってはいません。まだまだ課題は多く、エネルギーを効率良く取り出すことはできていないのが現状です。
現在、レーザー核融合は「中心点火」という方法が主流となっていますが、思ったような結果が出ていません。そこで我々は、「高速点火」という全く別の方式で核融合エネルギーの実現を目指す研究に取り組んでいます。
大阪大学レーザー科学研究所の「LFEXレーザー」は、1ナノ秒(光が30cm進む時間)という比較的長い時間で圧縮を行うレーザーと、1ピコ秒(光が300ミクロンしか進めない時間)という短い時間で加熱を行うレーザーの2つを兼ね備えており、それぞれが世界最大級のエネルギーを持っています。
「高速点火」では、まず1ナノ秒のレーザーで燃料を高い密度に圧縮し、プラズマを発生させます。次に、1ピコ秒のレーザーで圧縮した燃料を瞬間的に加熱。この方法を用いることで、従来よりも10倍も高い効率でプラズマを最大2,200万度まで加熱でき、太陽内部の10分の1に相当する200億気圧を生み出すことに成功しました。
原子力発電に代わる新時代のエネルギー
先生の研究が私たちの生活に与える影響を教えてください。
レーザー核融合は「エネルギーを生み出すための研究」です。核融合と対になるエネルギーに「核分裂」、いわゆる原子力発電がありますが、将来的に核融合は原子力発電に置き換えられるものとして期待されています。
核分裂炉が抱えている大きな問題として、暴走と高レベル放射性廃棄物が挙げられます。核分裂の場合は、チェルノブイリなどこれまでに何度も事故が起きています。しかし核融合は暴走しません。何か違った変化が起こると止まってしまう現象なので、そもそも暴走させることが難しいのです。
また、原子力発電によって生み出される高レベル放射性廃棄物は、3万年、10万年といった長い間放射線を放出し続けます。核融合での廃棄物の場合は、だいたい100年ほど。原子力発電による高レベル放射性廃棄物よりも短い時間で普通のごみとして管理できるようになるのです。
核分裂エネルギーよりも安心して使えるのですね。
エネルギーを生み出す基となる燃料の面でも、核融合は優れています。核分裂はウランという貴重な資源を使わないといけませんが、核融合はどこにでもある「水素」が燃料です。普遍的に存在しているものをエネルギーにできるので、実用化できれば「エネルギーの奪い合い」を避けることができるかもしれません。
さらに核融合は、水素を燃料にして膨大なエネルギーを取り出します。少ない(軽い)燃料でも大きなエネルギーとなるので、移動の効率化につながります。例えば火星に行くとして、従来の燃料を使うと膨大な量の燃料を積む必要があり、しかも到達するまで2、3年も必要です。しかし核融合を用いれば、少ない燃料で済むので船体も軽くでき、エネルギー効率も良くなるため、数カ月という短い時間で火星に行けるようになるといわれています。
宇宙研究でも貢献するレーザー核融合
レーザー核融合は他にどんな分野での応用が考えられていますか?
私たちは、レーザー核融合を柱としつつ、研究の中で発見したことや結果を幅広く応用していきたいと考えています。
例えばレーザーを使うことで太陽の圧力を再現できます。実験室の中で「太陽の内部が作り出せる」ということですから、実際に太陽まで行かなくても、太陽の中で何が起こっているのかを調べられます。太陽だけでなく、他の星の状態も調べることが可能です。星を目の前で再現すれば、観測するだけでは分からなかった情報を得ることができる。私たちはこれを「実験室宇宙物理学」と呼んでいますが、実験室で宇宙の研究ができるすてきな応用だと思います。
宇宙の謎を解き明かすヒントにもなりそうですね。
また、電子機器に必要な「半導体」の製造でも応用されています。現在、半導体の製造には、リソグラフィーという「基板を部分的に露光させ、回路パターンを焼き付ける技術」が使われています。露光させる際の光は波長が短ければ短いほど細かいパターンを印刷することができるため、リソグラフィーに使う光の波長を短くする研究が進んでいます。
主にリソグラフィーに使われているレーザーは「アルゴンフッ素」という、193nm(ナノメートル)の波長のものです。より細かい構造にしようとすると、これよりもさらに短い波長にしないといけません。我々が長年研究しているレーザープラズマ光源は波長が13.5nmと非常に短いので、この光を使ってリソグラフィーができないかという研究・開発も進めていて、すでに最先端のデバイス製造には、このレーザープラズマ光源が使われています。ただ、あくまで最先端のもののみで、コストが高いため身近なものには使われていません。より安価に使えるよう、研究を進めているところです。
チェルノブイリの事故が研究の原点
先生がこの研究に携わったきっかけは何だったのでしょうか?
もともとエネルギー問題に興味があったからです。小学生のときにチェルノブイリ原発事故が起こり、その際に「原子力発電は大きなエネルギーになるが、一方で事故が起こると大変なことになる」と実感しました。当時、私の住んでいる地域で雨が降ったのですが、「放射能を含んだ雨が降る!」と子供の間で大騒ぎになり、雨を避けながら帰るなどすごく怖いと思ったのを覚えています。
本格的に核融合の研究をしたいと思ったのは中学生のころです。当時「常温核融合」という、常温下で核融合を起こすことに成功したという発表がありました。核融合燃料の入った水に2本の電極を差して電気を流すと、電極で核融合反応が起こり、電極が溶けるという内容で、核融合は難しいとされていたので「そんな簡単にできるのか!」と驚きました。
さらに、常温核融合の特集番組の中で大阪大学の高橋亮人先生が「常温核融合は存在する。私が必ず実現させる」とお話しされたのも大きかったです。それに触発されて「俺も大阪大学に入って核融合を研究するぞ!」と決めたのです。結局、大阪大学に入学してすぐに、常温核融合は否定されてしまいましたが。
意気消沈しつつも、それでもせっかく大阪大学に入ったのだからと大学のパンフレットをめくっていると、レーザー核融合研究センター(現在のレーザー科学研究所)の名前がありました。そこで「常温核融合よりもうさん臭くなさそうだし、こちらの道に進んでみよう」ということで、レーザー核融合に関わることになったのです。
思いどおりの結果が出たときの快感は研究の根幹
「研究すること」の魅力は何でしょうか?
研究にはゲーム的な要素があります。私は将棋を指すのですが、研究は特に詰め将棋と似ているなと思います。「こうしたらこうなるだろう」といろんな手を考え、一手一手突き進んでいく。実験もいろんな予測をして実験を行います。とはいえ、そう簡単に思ったような結果は出ません。そこでまた次の一手を考えて試行する。そうして一手一手を積み重ねていき、最後にゲームに勝つ、つまり狙ったとおりの結果が出たときはものすごい達成感があります。試行錯誤の末に期待した(たまに予想外の)結果が出たときの快感は研究の根幹だと思っています。
研究を続けるモチベーションになるわけですね。では「レーザー核融合」の研究の面白い点は何ですか?
レーザー核融合においては「社会を変革できる可能性」を秘めているのが魅力だと思っています。そのため、得られた成果に対して、「これは違う分野でも使えそう」「あの研究に生かせるのでは」と、いろんな角度・視点で議論ができます。時に思いも寄らぬ活用法が出てくることもあります。こうした幅広い応用ができるのもレーザー核融合研究の魅力だと感じています。
研究は自分自身の頭で考えて目的を達成するゲーム
今後の展望を教えてください。
レーザー核融合を使ってただエネルギーを出すだけでは意味がありません。例えば、今は2時間に1回エネルギーを出す実験を行っていますが、2時間に1回しかエネルギーが出ないのであれば発電所として使えないですよね。実際にエネルギーとして活用できるよう、毎秒毎秒エネルギーが出せるようにしたいと思っています。
そのためにも、レーザーを1秒間に100回と、繰り返し発生させる設備の開発に取り組んでいます。そのレーザーを使って核融合反応を起こし、発電に活用できるかの実証実験を行うことは、核融合においても重要であり、パワーレーザーを使った応用研究においても重要です。
最後に若い世代にメッセージをお願いします。
先ほども少しお話ししましたが、研究は自分自身の頭で考えて目的を達成する「ゲーム的な要素」があり、それが面白い点でもあります。大学に進学した際は、ぜひ「学問におけるゲーム」を存分に楽しんでもらいたいですね。
ありがとうございました。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
藤岡先生の研究室で学ぶ修士2年生の瀧澤龍之介さん(左)、同じく修士2年生の嶽村真緒さん(中央)、中国からの留学生で修士1年生の郭署旺さん(右)の3人に、取り組んでいる研究の内容やその魅力を聞いてみました。
皆さんが研究されている内容を教えてください。
瀧澤さんメインで担当しているのは「物質の高密度圧縮」です。具体的な作業としては、レーザーを照射する対象物質の設定をしたり、プラズマから発するX線を計測する機器の調整などを行ったりしています。
嶽村さんレーザーで燃料を加熱した際に電子が発生し、その電子が燃料にエネルギーを与えています。私はこの部分において、「どのようにすれば電子が燃料に効率良くエネルギーを与えられるのか」を研究しています。例えば、計測したデータを分析して「電子の通った形跡」を調べ、数値に直していくという作業を行っています。
郭さん核融合の過程を観測するためのオリジナルのX線計測器を開発しています。大手メーカーが製造している計測器もあるのですが、導入にはそれなりのコストも必要ですし、自分の持っている技術で作れるかなと思い、取り組んでいます。
実験の楽しいと思えることは何ですか?
瀧澤さん計測は時間もかかりますし、なかなか大変です。ただ、自分が思ったようなデータが出るなど、「きれいに計測できたとき」はすごく楽しいです。もともと大型レーザーの実験に魅力を感じて、この研究室に入りました。大型レーザーは「幅広い実験」ができるのが魅力で、例えば物質の極限的な状況での物理法則を解明できることは、非常に興味深いと思っています。
嶽村さんいろいろ考えながら検証し、自分の思う結果になるよう進んでいくのは面白いですね。ただ、そう簡単に良い結果は出ず、直近の実験でも期待した結果にならなかったので、同時に難しさも感じています。
郭さん先ほど藤岡先生もおっしゃっていましたが、研究は試行錯誤の繰り返しです。うまくいかないことのほうが多いです。それでも自分でいろいろ考えて実験を行い、最後に思いどおりの結果が出たときはすごくうれしいです。
大学で研究することの魅力は何でしょうか?
瀧澤さん最先端の研究に触れることができることです。これは大学で研究することの一番の魅力だと感じています。
嶽村さん私も同じで、大学でしか触れられない最先端の技術、研究に携われることですね。データも目の前で見ることができますし、最先端に関わっている人と議論ができるのも、大学で研究することの大きなメリットです。
郭さんそうですね。いろんな人とコミュニケーションを取りながら研究が進められるのは面白いと思います。
郭さんは日本の大学に来てみてどんな印象を受けましたか?
郭さん中国はとにかく人数が多いので、研究室に所属しても先生と交流する機会がほとんどありません。そのため、学生は自分だけの力で研究をするしかない。日本の場合は先生をはじめ多くの人とディスカッションを行うなど、交流が多いのが印象的です。先生に直接指導してもらう機会も多いので、すごく楽しみながら研究ができています。
ENDING
レーザー核融合は、世界のエネルギー問題を解決するだけでなく、半導体製造や宇宙研究など幅広い分野での応用が期待できるとのこと。今後の研究次第では、さらに活用の幅が広がることも予想されるだけに、藤岡先生の今後の研究に注目したいところ。「核融合エンジンを搭載した宇宙船で火星旅行」ができる未来も、そう遠くないかもしれません。
文:中田ボンベ@dcp
写真:宇佐美宏