Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.08
取材日:2020.02.25
走りながら充電するエコなシステム「走行中ワイヤレス給電インホイールモーター」
東京大学 藤本 博志
どこまでも走り続けられる
電気自動車を目指して
vol.
08
OPENING
イギリスやフランスなど、世界各国でガソリン車から電気自動車やハイブリッド車への切り替えが進んでいます。しかし、電気自動車もまだまだ問題が多く、特に「バッテリー」に関しては、高額であることや貴重な資源であるリチウムやコバルトを使うことなど、乗り越えないといけない課題が山積みです。東京大学大学院 新領域創成科学研究科の藤本博志准教授は、こうした電気自動車の課題を解決するべく、「ワイヤレス給電インホイールモーター」を開発しています。今回は、この研究について藤本先生にお話を伺いました。
Profile
藤本 博志(ふじもと ひろし)先生
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 准教授。
2001年東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了 博士(工学)。同年長岡技術科学大学工学部電気系助手。2002年~2003年、米国Purdue 大学工学部機械工学科客員研究員。2004年横浜国立大学大学院工学研究院講師。2005年同助教授、2007年同准教授。2010年より現職。
2001年および2013年 IEEE Transactions on Industrial Electronics 最優秀論文賞。2010年 Isao Takahashi Power Electronics Award, 2010年計測自動制御学会著述賞。2016年永守賞大賞。2016年 IEEE Transactions on Power Electronics 最優秀論文賞などを受賞。電気学会およびIEEEの上級会員。計測自動制御学会、日本ロボット学会、自動車技術会各会員。
堀・藤本研究室のHP
https://hflab.edu.k.u-tokyo.ac.jp/
2つの最先端研究をひとつに
先生の研究されている「ワイヤレス給電インホイールモーター」について教えてください。
「ワイヤレス給電インホイールモーター」は、走行中給電とインホイールモーターという2つの技術を組み合わせたものです。
「走行中給電」は、文字どおり「走りながら電力供給を受ける」というシステムです。そんなことができるのかと思うかもしれませんが、電車は同じように電気供給を受けながら走行しています。ただ、車の場合は有線での給電が難しいため、道路に充電用のコイルを埋め込み、その上を通過することで搭載したバッテリーに電力が送られ、充電できるという仕組みです。世界的に研究が進められており、フランスではベルサイユ宮殿のすぐそばで実験が行われて話題になりました。
「インホイールモーター」は、車のホイールの中にタイヤを動かすモーターを入れてしまおうという技術です。その歴史は長く、1900年頃にフェルディナント・ポルシェ博士が最初に作ったのもインホイールモーターの車です。
共に、車体の軽量化に結び付く技術で、走行中給電はバッテリー、インホイールモーターはシャフトやギアといった部品で軽量化が期待できます。
なぜ走行中給電とインホイールモーターの技術を組み合わせようとなったのでしょうか?
現在発表しているワイヤレス給電インホイールモーターは第三世代ですが、2015年に発表した第一世代インホイールモーターの段階では「車体に積んだバッテリーからタイヤのモーターに電気を送るケーブル」をなくすことが目的でした。電気を送るケーブルが消耗しやすいので、車体とインホイールモーターをつなぐものとしてワイヤレス給電の技術を研究していたのです。
第二世代で、路面のコイルからインホイールモーターに直接電気を送ろうというコンセプトになりました。こうすれば、バッテリーを小さくでき車体も軽くできます。第三世代では走行性能・充電効率共にアップして、実用化に一歩近づきました。
走行中給電から詳しく教えてください。なぜコイルの上を通過するだけで充電できるのでしょうか?
電磁誘導で給電する仕組みです。高校生だと「ファラデーの法則」を習うと思いますが、送信コイルと受信コイルの間に磁界を発生させることで電力を伝送させるのです。スマートフォンを置くだけで充電できるシステムや、電動歯ブラシのワイヤレス充電とほとんど同じく仕組みですが、大きく異なるのは「距離が開いていても給電できる」ことです。
これには、送信側と受信側の周波数を合わせて磁界を共鳴させることで、離れていても電力を伝送させる仕組みを用いています。この方法でなら距離があっても給電できることは分かっていましたが、電気自動車を走らせるような大電力ではなかなか成功には至らず、ようやく最近になって実現できました。
走行中給電の利点についても詳しく教えてください。
現在の電気自動車は大きなバッテリーを搭載して走行距離を延ばすというのが主流ですが、大きなバッテリーはそれだけ資源を必要としますし、高額です。2050年には電動車が8割になるといわれていますが、それだけの台数の「電池」を作るのが資源的に難しい。もしコバルトなど電池を作るのに必要な資源が新しく開拓されても、それによって今よりも電池の価格がリーズナブルになる見込みもありませんし、その資源を巡っての環境破壊にもつながるかもしれません。
そこで走行中給電の出番です。今の電気自動車は停車中にしか充電できないために大きなバッテリーを積んでいますが、走りながら充電することができれば、そもそも大きなバッテリーは必要ありません。小さなバッテリーで事足ります。資源も使わずに済みますし、軽くなって走行性能もアップします。
続いてインホイールモーターについても、メリットを詳しく教えてもらえますか?
現在の電気自動車のモーターはオンボードモーターといって、一般的なガソリン車のエンジンルームに当たる場所にモーターを積んでいます。このモーターがドライブシャフトを回し、タイヤを回転させているのですが、モーターをホイールの中に入れるとドライブシャフトやディファレンシャルギアなどといった重い部品が要らなくなります。車体が軽くなれば走行性能が上がり、電力も節約できます。 車体にモーターを搭載しなくていいので車体スペースに余裕ができるのもメリットですね。乗車スペースを広くしたり、荷室を大きくしたりできますし、車のコンパクト化にもつながります。
電池の残量を気にせずどこまでも走れる電気自動車を作りたい
先生の研究されている「ワイヤレス給電インホイールモーター」が世の中に与える影響とは何でしょうか?
そもそも「電池の残量を気にせずに走れる電気自動車が作りたい」というのが研究のスタートでした。充電設備の設置が欧州ほど進んでいない日本では、常に充電のリスクがつきまといます。特に都市圏はマンション暮らしの人が多く、電気自動車を購入したくても充電機器の確保が難しいのが現状です。
あるマンションでは、国の助成を受けて充電設備を導入しようとしましたが、過半数の賛成が得られず断念したそうです。電気自動車を所持していない人にとっては必要ないものですから、普及するにはまだ乗り越えないといけない壁がいくつもあり、スマートシティー※を作る場合の大きな課題でもあります。
※スマートシティー…先端技術を用いて街全体で電力を有効利用する環境配慮型都市
しかし、「ワイヤレス給電インホイールモーター」搭載車をはじめとする走行中給電に対応した電気自動車なら、家で充電する必要はなくなります。マンション暮らしでも電気自動車を購入するハードルは下がるでしょう。街を走行するだけで自然と充電されますからね。これまで必要だった充電から解放され、電池の残量を気にせずに走れるようになるはずです。
街を走っていてバッテリー切れにならないのですか?
神奈川県藤沢市内の走行データを基にシミュレーションを行ったところ、交差点から手前の30m区間に給電コイルを設置すれば、家で充電せずとも問題なく走行できることが分かりました。走行中はもちろん、信号で停止中にも充電はできますし、停止状態なら充電効率が良く、長時間給電できるので充電量もアップします。シミュレーションでは、停止時間で充電量は変化したものの、常に走り出したときとほぼ同じ残量をキープすることができました。
大学の外に助けを求めることも大事
画期的な研究だけに、難しいことも多かったのではないでしょうか。
難しいことは多くありましたが、特に実際のスケールの車体での実験となると大きな壁が何度も立ちふさがりました。例えば、ホイールの中に搭載できる小さな制御回路を作ることですね。また、皆さんも「エネルギー保存則」で習ったと思いますが、回路の中に入ってくるエネルギーと出ていくエネルギーが同じでないと正常に動きません。工学的な部品として成立しないのです。走行中給電では放電と充電を同時に行うような場面も多くなります。そのため、瞬時瞬時でバランスが成り立つよう、フィードバック制御を行うのが難しい点でした。
そうした壁を乗り越えられた要因は何ですか?
協力者の存在が大きいですね。プロジェクト専用の半導体やデバイスを作ってもらうなど、多くの企業が協力してくれたおかげで、壁を乗り越えられました。やはり私たちだけの専門領域だけで困難を乗り越えるのは難しい。大学の外に助けを求めることも大事だと改めて学びました。
今後の課題を教えてください。
2019年に発表した第三世代インホイールモーターは、第二世代より受電電力と効率を大幅に高める改良を施しました。また、第二世代ではインホイールモーターのユニットが車体から大きくはみ出すサイズでしたが、第三世代ではホイールの中にすべて収まるサイズになり、搭載性能が増すなど、大きく進歩しました。とはいえ、まだプロトタイプの段階。これを実用化させるには、インホイールモーター本体はもちろん、舗装技術やタイヤといった、インホイールモーター以外の部分でのイノベーションが必要です。
こうした別分野でのイノベーションは大学だけの力では難しいので、企業や国と一緒になって取り組まないといけません。そのために、私たちのプロジェクトに関わる基本特許を賛同者にオープン化することにしました。オープンにすることでいろんなメーカーに興味を持ってもらい、参画企業が増えます。協力者が増えれば、それだけ可能性も広がりますからね。
具体的に実現しそうなイノベーションはありますか?
例えば、タイヤの中に受電コイルを入れるという計画が進んでいます。ただ、受電するとタイヤのゴム部分が発熱するなど問題もあります。しかし、有機繊維の新しい素材を使うことで発熱しなくなることも分かっており、実現の可能性が高まりました。こうして少しずつ研究を進め、どんな車でも走行中給電技術インホイールモーターが搭載できるような互換性を実現したいですね。
電気・電子工学は大きな可能性を秘めている
理系の魅力とはどんなことでしょうか?
私は「電気・電子工学」が専門ですが、「自分が作ったものが動くこと」がこの分野の圧倒的な魅力だと思っています。エンジニア冥利に尽きるといいますか、成果が目に見えるのは楽しいですね。ソフトウェアもハードウェアも全て自分が考えないといけないので大変なこともありますが。
また、基礎研究は自分たち中心ですが、そこから先に進むにはいろんな人の協力が必要不可欠。コミュニケーション能力も大事です。人間力が問われる学問でもあるのかなと思います。
最後に読者に向けてメッセージをお願いします。
エンジニアは非常に価値のある仕事です。これから全てのモビリティーは電動化します。電車や車だけでなく飛行機もハイブリッド化する時代が来るはずです。空飛ぶ車も研究が進んでいます。そこで必要になるのが電気・電子工学の分野です。非常に大きな可能性を秘めた学問ですから、若い人たちにもぜひ興味を持ってほしいですね。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
研究室で学ぶ時田圭一郎さんに、取り組んでいる研究内容や、大学で研究することの魅力を聞いてみました。
現在取り組んでいる内容を教えてください。
走行中給電の研究の中で、「高速道路での走行中給電」が私の担当内容です。高速道路では一般道よりも高速でコイルの上を通過します。高速で通過しても、うまく給電できる制御技術を考え、実験機を用いてシミュレーションどおりに給電できるのかを検証しています。
この研究の面白い点は何でしょうか?
走行中給電はまだ実用化されていない技術なので、研究する余地が多くあることです。既存の概念に縛られることなく、幅広い提案ができます。取り組んでいる人が少ないため参考にする意見や知識がないという難しさはありますが、あらゆる知識を総動員して、新しい発見を見つけ出すという面白さがあります。
大学で研究することの魅力は何ですか?
「勉強」の観点だと、高校までは「与えられたものをただこなすだけ」で、自由度はなかったと思います。その点、大学では一つのことをとことん突き詰めて研究したり、新しいジャンルに取り組んだりと、自分が満足するまで追求できるのが大学の研究の魅力ではないでしょうか。
今後の展望を教えてください。
まずは今取り組んでいる研究を論文の形にまとめるのが目標です。それがモビリティーの発展に寄与できればうれしいですね。
ENDING
電気自動車を動かすホイールやバッテリーの充電方法についても、こうした画期的な研究が行われているのです。すでに走行実験には成功しており、2025年には実証実験フェーズへの移行を目指しているとのこと。「走行中ワイヤレス給電インホイールモーター」が市販車に搭載され、バッテリーの残量を気にせずにどこまでも走り続けられる未来はもうすぐです。
文:中田ボンベ@dcp
写真:今井裕治