Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.07
取材日:2020.02.19
ライフスタイルを大きく変える技術「全固体電池に関する研究とその技術を応用したメモリー素子」
東京工業大学 一杉 太郎
研究は宇宙探索のように
わくわくするもの
vol.
07
OPENING
現在使われている電池の一つの弱点が「液漏れ」です。発火する恐れもあるため、液漏れしない固体を使った「全固体電池」の開発が、新しいトレンドとなっています。日本でも企業や大学で研究が行われていますが、その中で大きな成果を挙げているのが、東京工業大学 物質理工学院の一杉太郎教授です。一杉先生は全固体電池の実用化に向けて重要な発見をし、さらに全固体電池の技術を応用した新しいメモリー素子も開発しています。今回は、この2つの研究について一杉先生にお話を伺いました。
Profile
一杉 太郎(ひとすぎ たろう)先生
東京工業大学 物質理工学院教授。
1971年生まれ。1999年、東京大学大学院 工学系研究科 超伝導工学専攻(応用化学) 博士課程修了。ソニー株式会社を経て2003年より東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 助教、2007年、東北大学 材料科学高等研究所 准教授。2015年より現職。
全固体電池の界面状態を解明
まず、先生が研究されている全固体電池について教えてください。
全固体電池は、「固体」の電解質を用いたリチウムイオン電池のことです。従来のリチウムイオン電池は液体の電解質を用いており、2種類の電極(+極と-極)と電解質の回路でつなぐことで、この液体電解質の中をリチウムイオンが移動し、充放電が繰り返されます。しかし、液体電解質は液漏れや発火のリスクがあるため、液漏れしない固体電解質を用いる全固体電池が考案されました。現在、多くの研究者が実用化に向けて研究に取り組んでおり、特に日本がリードしている状況です。
全固体電池の魅力は安全性に加え、電解質内のリチウムイオンの移動が速く、高速で充電できる可能性がありました。しかし、研究当初は固体電解質と電極材料との界面(性質の違う物質同士の境となる面)での電気抵抗が大きく、リチウムイオンの動きが遅くて、高速で充電することが難しかったのです。
そこで、私たちは界面の状態を調べ、電気抵抗を小さくすることに取り組みました。研究を始めた頃は、固体電解質と電極が形成する界面における電気抵抗(界面抵抗)を、どうしたら小さくできるのか分かっていませんでした。全くの手探り状態で研究が進められていたのです。
どのようなアプローチで界面の状態を解明されたのでしょうか?
車載用などの大容量の全固体電池には、粒状の材料をベースとした構造が有望視されています。そのため、粒状の材料を固めて研究が進められてきました。しかし、それでは結晶の向きもバラバラであり、電池反応が起きている面積も分からないため、定量的に界面抵抗を計測することができません。つまり、本質的な情報が得られないのです。
それなら計測しやすいようにすればいいと考えました。私たちは薄膜材料(厚さ1ミクロン以下の原子レベルの薄さの膜状物質)に関する研究を行っていたため、この技術を用いて粒状の全固体電池材料を薄膜化した(※)のです。反応面積を規定し、不純物量や結晶構造を整えた結果、界面でリチウムがどのように動いているのか解明できました。
※薄く、均一で滑らかな状態に整えた。
この研究を進め、今では液体電解質を用いたリチウムイオン電池よりも界面抵抗が小さい全固体電池を作れています。液体電解質を用いた電池と比べて1/5~1/10の界面抵抗になっていますが、さらなる急速充電のために、もっと抵抗を小さくしたいと考えています。
より急速な充電が可能になることは、世の中にどのような影響を与えますか?
例えば、一般的なリチウムイオン電池を用いたスマートフォンだとフル充電に時間がかかりますが、全固体電池なら数分で充電できるようになる可能性があります。あるいは、充電器にピッとタッチするだけで充電できるようになるかもしれません。
もし1秒で充電できるのであれば、長時間動作を可能とする大容量な電池を搭載する必要はなくなります。そうすると電池の容量は小さくてもいいですから、機器のサイズを小さくでき、軽くできます。また、小型化は資源の節約につながりますし、無駄なエネルギーを使う必要もなくなります。環境に対するメリットも大きいですね。
新しいものづくりからこれまでにない画期的な製品やサービスが登場する可能性があります。ライフスタイルが一変するかもしれません。
全固体電池の技術をヒントにメモリー素子を開発
2019年12月には、全固体電池と同じ構造のメモリー素子の開発も成功されましたが、そもそもなぜ電池がメモリーとして使えるのでしょうか?
元々、電池はメモリーとしての素質を持っています。メモリーは「1」と「0」という2つの値で情報を記憶しますが、電池も充電と放電という2つの状態があります。そのため、充電状態を「1」、放電状態を「0」に対応させるとメモリーとして機能する可能性がありました。
ただ、一般的な電池は容量が大きく、充電(1を記録)と放電(0を記録)に大きなエネルギーを必要とし、メモリーとして使うのは難しかったのです。そこで薄膜の技術を用いて、究極に容量が小さい全固体電池を作れば、充電と放電があっという間に完了し、優れたメモリーになるのでは?と考え、学生らと共に研究した結果、その通りになったのです。
世界初の全く新しいメモリーですが、どのような特徴を持っているのでしょうか?
このメモリー素子は消費エネルギーの低さが大きな特徴で、現在使われているメモリー素子の1/50のエネルギーで動きます。また、一つの素子に低電圧、中電圧、高電圧の異なる電圧状態を記録できることも確認しました。一つの素子に複数の種類の情報を記録することは多値記録と呼ばれ、メモリーの高性能化に必要な要素です。
現在のコンピューターは必要な電力が大きく、例えば、最新のスーパーコンピューターだと約3万世帯分の電力を必要とするものもあります。また、高速で演算させるには多くのメモリーを搭載しないといけませんが、多くなればなるほど発熱し、メモリー自体が熱に耐えきれずに誤動作や破壊が起きてしまいます。
しかし、私たちが開発したメモリー素子はそもそもの消費エネルギーが低いため、多数用いても発熱量を抑えられます。熱を気にすることなく演算能力を上げられるので、スーパーコンピューターも大きく発展するでしょうし、一般的なコンピューターの小型化にもつながるでしょう。
特に、新しく開発が進んでいる「脳型コンピューター」への活用を考えています。人間の脳は20ワット、白熱電球くらいの電力で動く、非常に効率のいいシステムです。こうした高効率な人間の脳を模倣したのが脳型コンピューターです。同じような高効率を実現するには、メモリーも低消費エネルギーであることが必要。省エネルギーのメモリーは、脳型コンピューターの実用化にも貢献できるでしょう。
材料科学、つまり「化学」はまさにフロンティア
研究の面白い点は何でしょうか?
新しい発見をすることが面白いですね。わくわくします。なぜこうなるのだろうという興味が尽きません。これからもそのようなことを感じるチャンスはいくらでもあるでしょう。
研究を進めると、思いもしなかった、「意外な発見も多く、これもモチベーションになります。その意外な発見が本筋の研究から枝分かれし、また大きな研究へと成長していくことも多いですね。こうしたセレンディピティ(偶然の出会い)からスタートして、それを発展させていくことが研究の醍醐味ではないでしょうか。
また、新材料を探し出すことにより、社会の役に立てることもモチベーションになります。EU(欧州連合)の報告によると、イノベーションの70%に材料が関わっており、携帯電話も人工知能も、良い材料があったからこそ生まれたのです。私たちの身の回りにはさまざまな材料が応用され、豊かな生活を支えています。
しかし、我々人類が発見した材料は、考え得る材料のほんの一部でしかありません。まだまだ膨大な数の未知材料が眠っています。材料科学、つまり、材料を生み出す「化学」はまさにフロンティア(新天地)。私たちは多次元の宇宙を探検しているようなものです。自分の発見が技術の発展につながると思うと、すごく面白いですよね。
研究に対して困難を感じることはないのでしょうか?
困難に直面することは何度も経験しました。しかし、最終的にはその壁を乗り越えてきました。何か壁にぶつかったときは、別のことに挑戦する「チャンス」だと考えます。
例えば、私が東北大から東工大に移った際、走査型トンネル顕微鏡を使った研究が続けられなくなりました。ただ、ここでがっかりしては駄目で、これは新しいことに取り組むチャンスだと考えました。そこで、AIとロボットを活用した研究に取り組み、結果的に新しい研究を切り拓きつつあります。勇気を持って違うことに取り組むことが重要だと常々感じています。
夢は室温超伝導物質の発見
現状の課題に感じていることと今後の展望を教えてください。
全固体電池でやれることも含め、課題のほとんどはより良い物質を見つけられるかにかかっています。研究段階が抱える根本的な課題は「新しい物質を見つけるスピードが遅いこと」です。現在、社会で解決すべき課題は多数ありますが、多くは新しい物質を「化学」の力を使って発見し、材料として社会で活用することにより解決できます。
そこで、私たちはAIとロボットを使った物質開発に取り組んでいます。例えば、何か物質を作る際は、各種手順を踏んで合成し、評価するという流れで、人の手でこの作業を行ってきました。しかし、そうではなく、AIとロボット、つまりロボット科学者に任せられるところは任すという考えです。人間はより創造的な仕事に集中することにより、新発想の物質や材料を素早く生み出すことが可能になると考えています。
物質や材料の研究速度が上がれば、全固体電池やメモリー素子もより良いものが生まれるかもしれませんね。
人間なら1日に2回しかできない実験でも、ロボット科学者ならその何倍もできます。実験が多くできるとそれだけデータも多く集まり、次にすべきことの予測精度が高まります。人間の経験、勘、知識を、AIとロボットを使って統合する。これからはロボット研究者を用いた新しいアプローチが必要なのです。
先ほど物質や材料開発の世界はフロンティアを探検しているようだと言いましたが、ロボット研究者はそのための探査機といえます。このAIとロボットを用いた材料研究は、現在、我々が世界をリードしていますので、さらなる発展を目指していきたいと考えています。
先生が研究者として叶えたい夢はどのようなものでしょうか?
私の究極の目標は、学生時代から研究していた「室温超伝導物質」を見つけることです。100%の効率で電気エネルギーを伝えられる超伝導物質が、もし室温で実現すれば多くのエネルギー問題を解決できるでしょう。例えば、太陽電池で発電した電気を遠くまでロスなく送ることができますし、電力を長く貯めることもできるので、非常に性能が高い電池が作れます。
リニアモーターカーも超伝導を用いていますね。
そうですね。現状は冷却しないと超伝導状態を維持できませんが、室温超伝導物質が見つかれば冷却する必要はなくなります。昨年、マイナス10℃程度で超伝導状態になる物質が発見されました。どのような物質が室温超伝導になるのかまったく分かりませんが、これからが楽しみです。実現まではまだまだ時間がかかるかもしれませんが、物質を生み出す「化学」を楽しみつつ、ぜひ発見したいです。
挑戦することだけが自分だけの唯一無二の道を作る
先生が研究の道に進もうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
私が高校生だった1986年に、スイスのミュラー博士とベドノルツ博士が新しい超伝導材料を発見して、1987年にノーベル賞を受賞したことが挙げられます。本当にすごい発見で、刺激を受けました
その後、私は大学で超伝導の研究をし、博士課程修了後も企業で研究開発に従事しましたが、実は30歳まで自分が何をしたいのか分かりませんでした。そこで、研究だけでなく、セールス・マーケティングの仕事にも挑戦したのです。
そうして経験を重ね、さまざまな分野の仕事に取り組むうちに、研究、設計、製造、マーケティング、セールス、アフターサービスまで、ものづくり産業の仕事を俯瞰(ふかん)できるようになりました。それにより、「自分は研究と応用の架け橋になる仕事が一番楽しい」と気付いたのです。では、その仕事ができる場所はどこなのか?と考え、大学に戻りました。それが31歳です。
勇気を持って違うことに取り組んだ結果、自分の進むべき道を見つけることができたのですね。
最後に、研究者に興味がある、研究者を目指したいという学生にメッセージをお願いします。
中学生や高校生で自分の進む道がはっきり見えている人はほとんどいないでしょう。まだ見えていない人はまず、興味があることや気になることにどんどんチャレンジすることをお勧めします。実際に試してみて、楽しかったらその道に進めばいい。「あれをするべきだった」と後悔するのが一番よくない。
また、「自分はこれしかない」と思い込み、一つのことにしか取り組んでいないと、その視点でしか考えられなくなります。他人と違う発想をするためには、別の何かにチャレンジして途方に暮れることが大事です。「異分野すぎて全くわからない……」と途方に暮れるくらいのチャレンジでないと、別の視点が身につきません。そのようなチャレンジこそが学びになり、新しい道を拓く鍵になります。そうして歩んできた道は自分だけの唯一無二のもの。こうして「世界で自分だけにしかできないこと」が生まれると私は思っています。
世界に自分しかできないことがある、人類で初めてのことができるというのが、「研究者ならではで、楽しいところです。大学では、最先端技術だけではなく“未来を切り拓く方法”を、研究を通じて学びます。若い方はいろんなことにチャレンジして、様々な武器を身に着け、それを組み合わせて活用する方法論を学んでほしい。そうして、自分の世界を切り拓けるようになってほしいです。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
研究室で学ぶ修士2年生の渡邊佑紀さんに、取り組んでいる研究内容や、大学で研究することの魅力を伺いました。
渡邊さんは、一杉先生と共に全固体電池の技術を応用したメモリー素子の研究に携わり、共に論文も発表されています。
現在取り組んでいる研究内容を教えてください。
現在は、メモリー素子の新たな機能を開拓するために作製したメモリー素子に対して様々な電気化学測定を行っています。例えば、メモリーの両端に電圧を印加して、動作を検証しています。
画期的な研究に大きく貢献されたわけですが、この研究の面白いと思う点は何でしょうか?
先生と同じになってしまうのですが、やはり新しい発見があることですね。今回論文で発表した研究も、メモリー素子の研究をする中で「界面での不思議な現象」を見つけたことがきっかけです。最初は「なんだろうこれ」と思ったことをそのままスルーせずに研究し、新しい発見として世に出せたのはすごくうれしかったですね。
大学で研究することの魅力を教えてください。
大学では、学生個人が面白いと思ったテーマに取り組めます。もちろん、しっかりとプレゼンを行い、先生を納得させないといけませんが、自分が考えた研究が立ち上がるのはうれしいですね。また、基礎的な学理をしっかりと学び、自分の考えを整理できるのも大学で学ぶことの面白さですね。
ENDING
薄膜化の技術を用いて、誰も知らなかった全固体電池の界面状態を解明した一杉先生。それを皮切りに、界面抵抗を小さくして急速充電の可能性を広げ、さらには超省エネのメモリー素子を開発と、次々に世の中に大きな影響を与える発見を続けています。先生がモットーとする、新しいことに臆することなく挑戦し、偶然の出会いを大切にすることが、こうした成功につながっているのです。
文:中田ボンベ@dcp
写真:今井裕治