Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.05
取材日:2020.02.05
未来の半導体素材「究極の薄さを持つ二次元半導体」
東京都立大学 宮田 耕充
新しい何かを見つけ、新しい世界を広げたい
vol.
05
OPENING
パソコンやスマートフォンなど、私たちの身の回りの電子機器には「半導体」が搭載されています。この半導体は小さければ小さいほど電力を抑えることができ、また省スペースにもつながるため、世界各国の研究機関が、より小さな半導体を作るための材料の開発に取り組んでいます。中でも注目されているのが、東京都立大学大学院 理学研究科 物理学専攻 ナノ物性研究室の宮田耕充准教授が研究している「遷移金属ダイカルコゲナイドを用いた半導体材料」です。この遷移金属ダイカルコゲナイドとはどのようなものなのか、何がすごいのか、宮田先生にお話を伺いました。
Profile
宮田 耕充 (みやた やすみつ)先生
東京都立大学大学院 理学研究科 物理学専攻 ナノ物性研究室准教授。
2004年、東京都立大学 理学部 物理学科卒業。2006年、首都大学東京大学院 理学研究科 物理学専攻 修士課程修了。2008年、首都大学東京大学院 理工学研究科 物理学専攻 博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、名古屋大学物質科学国際研究センター助教を経て、2013年より現職。
微生物よりも小さい、原子3個分の極限の薄さを誇る半導体材料
先生が取り組まれている研究について教えてください。
私が取り組んでいるのは「新しい半導体材料を作り、その性質を解明すること」です。現在の電子機器に使われている半導体は、シリコンを材料に用いているものがほとんどです。しかし、シリコンを使った半導体を今以上に小さくするのは難しいといわれており、シリコンに代わる「新しい半導体材料」が求められているのが現状です。
そこで私たちは、新しい材料の候補として「遷移金属ダイカルコゲナイド」という物質を研究しています。この物質は、原子がシート状に強く繋がった構造を持つ「層状物質」で、一層の厚みが3原子分、約1ナノメートルと圧倒的に薄いのが特徴です。1ナノメートルと言うとインフルエンザウイルスよりも小さく、この薄さから二次元物質とも呼ばれます。このダイカルコゲナイドを用いることで、非常に薄い半導体材料を作ることができ、応用の一例として、従来よりも消費電力を抑えた半導体になることが期待できます。
具体的な研究成果を教えてください。
研究成果の一つとして、2015年に「異なる電気特性を持つダイカルコゲナイドの接合面を観測し、接合界面の電子状態を初めて解明したこと」が挙げられます。ダイカルコゲナイドの研究は世界各国で行われていますが、特性の異なるダイカルコゲナイドをヘテロ接合(異なる半導体材料同士の接合)させた場合の接合面の電子状態は不明でした。しかし、筑波大学のグループと共同研究を行い、電子状態の解明に成功しました。
従来の合成方法では「接合面が異なる原子が若干混ざり合った状態」になっていました。
そこで、この研究で「異なる組成のダイカルコゲナイドを本来の性能を損なわずに合成する技術」を開発したのです。これにより、電子の流れを制御したり、新しい性質を引き出したりできる可能性が高まりました。
また、新しい合成技術を用いることで、これまで難しかった「組成が異なるダイカルコゲナイドを連続して成長させること」に成功したのも画期的な研究成果です。例えば、AというダイカルコゲナイドにBという別の組成のダイカルコゲナイドを合成させ、さらにCというダイカルコゲナイドを合成するといった、連続して成長させることが可能になったのです。これらの研究成果は、ダイカルコゲナイドを用いた半導体デバイスの実現に向けた大きな一歩といえます。
先生の研究は世の中にどのような影響を与えますか?
まずは従来製品の高性能化が考えられます。半導体を小さくすることでより多くの素子を、より狭い領域に搭載できるようになるでしょう。
また、この研究はIoT社会の実現に貢献できる可能性があります。IoT社会では、身の回りにあるさまざまなモノをネットワークでつないだり、あらゆるものに小さなセンサーをつけたりすることになりますが、搭載されるセンサーには低エネルギーで動くことが求められます。もしダイカルコゲナイドを用いた半導体材料が実用化できれば、少ないエネルギーで動くセンサー開発に役立つかもしれません。
前例がないからこそ近道はない
研究を進める中で難しいことも多かったのではないでしょうか?
例えばいい材料を作ろうとしても、物質の原子の一つが抜けていたり、違う原子が入っていたりすると性能に大きな影響があります。ダイカルコゲナイドの研究はまだ新しい分野なので、どうすれば良い材料が作れるのかのデータはなく、ひたすら自分たちで試行錯誤して答えを見つけるしかありません。
ただ、何も分からない中で研究を重ね、実際に狙いどおりの物質を作ることができたのはうれしかったですね。他の人が取り組んでいないことに挑戦し、新しい道を切り開くことができました。
困難を乗り越えるためにどのような工夫をしましたか?
研究を成功させる上で特別なことは何もしていません。実験の場合、最初から答えは分からないことが多いので、ひたすら注意深く結果を観察し、仮説を立てて検証することを繰り返しながら取り組んでいます。あとは、共同研究者とのディスカッションをとても大切にしています。意見を交える中で、新しい仮説が出てくることも多いです。
先ほど挙げたダイカルコゲナイドの連続合成の例においても、最初はいろんな困難がありました。例えば、当時はほとんど使われていない原料を用いたのですが、従来の原料よりも低い温度で壊れる不安定な材料でした。分かりやすく言えば、600度で結晶を成長させたいのに200度くらいで壊れてしまうのです。そこで、原料の供給スピード(流速)や電気炉の温度分布を調整したり、添加物を加えたりしてようやく安定に成長させられるようになりました。こうして一つ一つの課題をクリアできたのは、これまでの経験を基に、よく観察して何度も検証したからこそだと思っています。
培ってきた経験が結果を導くのですね。
そうですね。積み重ねてきたことが研究に生かせていますし、築いてきたネットワークも重要な役割を果たしました。2015年に初めてダイカルコゲナイドの結合面の観測を行った際も、観測が得意な知人と共同で行うことで達成できました。困難を乗り切る、課題をクリアする上で人とのつながりは大事です。人とのつながりによって新しい技術が生まれると思っています。
新しい道を切り開く研究がしたかった
この研究に取り組もうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
2004年に、マンチェスター大学の研究者らが「グラフェン」という単原子シートの単離に成功したことがきっかけです。グラフェンは、「グラファイト(黒鉛、鉛筆の芯の素材)」を構成している物質ですが、長い間グラファイトからグラフェンを単離させることができませんでした。しかし、単離に成功してから一気に研究が進み、新しい性質が発見されたり、応用技術が生み出されたりしたのです。2010年には、発見者がノーベル物理学賞を受賞しています。こうした新しい物質の発見から研究が進むという一連の流れが非常に面白く、自分も新しい何かを見つけ、その性質を明らかにするような研究がしたいと思いました。
何の研究に取り組もうかと考えた結果、異なる二次元物質をくっつけて新しい性質を見つけようと思ったのです。他にも候補はあったのですが、結局はここに落ち着きました。これが2011年のことです。そこから研究を続け今に至ります。
幼いころから理系の科目が好きだったのですか?
そうですね。理系の道に進もうと思ったのも小さいころから理科や算数が好きだったからです。ただ、なぜ好きだったのか明確な理由は分かりません。親が理系の本や教材を与えていたからなのかもしれませんね。
先生は物理が専門ですが、物理の魅力はどんなことでしょうか?
研究対象が広く、また様々な分野に対応できる基本的な物理法則を理解できることですね。素粒子のような小さいものから身近な物質、そして宇宙まで、あらゆることが研究対象になります。興味を持ったものならなんでも研究対象になるのは面白いと思います。また、物理は理系の分野で必要な基礎知識が学べます。材料系の研究で重要な「物の性質」も、基本的な物理の法則に基づいて決まっていることです。化学や工学など別分野のことにも応用できるのは大変魅力的だと思います。
大発見が眠る「二次元物質」の世界
今後の課題や展望を教えてください。
材料の性質をさらに理解して応用につなげることですね。材料の合成についてもまだまだ研究することが山ほどあります。例えば、合成に用いる材料も、添加物次第で反応が変わりますから、物質の特徴を把握し、理解しないといけません。
また、合成技術の開発はダイカルコゲナイドの研究においての大きな一歩でしたが、電気の流れを思いどおりに制御できるには至っていません。ここ2~3年を目標に制御するための手法開発に取り組み、5年~10年で実証成果が出せることができればと考えています。まだまだ先は長いです。
最後に読者の高校生、大学生にメッセージをお願いします。
サイエンスがカバーする領域はとても広いのですが、いろんなことに興味を持ってください。最初は興味がなくても、とりあえず触れてみることが重要で、あとから興味が沸くケースも多いです。
研究をする上で好奇心は一番の原動力になります。興味を持ったことに対して熱中してください。その熱中したことがこの先の研究で生きるはずです。
私が取り組んでいる「二次元物質」の研究は新しい分野で、まだ誰も知らないようなことがたくさん眠っています。「未開拓の分野」ほど面白いものはありません。ぜひ、若い人にも二次元物質や、もしくは未知の物質の研究に取り組んでもらいたいですね。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
研究室で学ぶ修士2年の小島佳奈さんに、取り組んでいる研究内容や、大学で研究することの魅力を聞いてみました。
現在取り組んでいる内容を教えてください。
私は情報デバイスへの応用が期待される二次元半導体の「光学特性」を調べています。半導体に光を当てると励起子(れいきし:励起した電子と正孔が一つのペアになったもの)が生成されますが、この励起子の動きやすさや寿命を解明して、電子機器への応用の可能性を探っています。
現在の研究の面白いと思うことは何ですか?
物性系の実験や解析など研究そのものが面白いのですが、自分の手で行った実験が「新しい発見」に繋がるというのも面白い点ですね。いい成果が出れば先生や同じ研究仲間も喜んでくれますし、やりがいを感じます。特にこの研究室は仲も良くアットホームな環境なので、成果が出せたときに一緒に喜びを分かち合えるのがすごくうれしいです。
大学の研究ならではの魅力を教えてください。
自分の研究してきたことが論文という形になり、時には世界という大きな舞台で発表する機会を得られることです。そのスケールの大きさは、高校までは体験できないものだと思います。私も海外の学会に参加する機会をいただきましたし、貴重な経験になりました。
ENDING
わずか1ナノメートルという究極の薄さを誇る遷移金属ダイカルコゲナイドを用いた半導体材料。大きな転換期を迎えつつある半導体の世界を大きく左右する重要な研究だけに、今後も要注目です。もし実用化されたら、私たちの身の回りにある電子機器が一変するかもしれませんね。
文:中田ボンベ@dcp
写真:今井裕治