Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.03
取材日:2019.12.09
通信インフラがない状況でも
スマホとスマホをつなぐ
『スマホdeリレー』
東北大学 西山大樹
世のためになると思う研究が楽しい
vol.
03
OPENING
皆さんが普段使っているスマートフォンは、どこにいても誰かに連絡が取れる非常に便利なアイテムです。しかし、もし何かトラブルがあってネットワークが遮断されてしまったら、メールを送ることさえできなくなりますね。しかし、そんな状況でも遠く離れた人にメッセージを送る方法があるのです。それが『スマホdeリレー』です。今回は、この『スマホdeリレー』について、考案者である東北大学 大学院工学研究科の西山大樹教授にお話を伺いました。
Profile
西山大樹(にしやま ひろき)
東北大学大学 院工学研究科教授。
008年東北大学大学院情報科学研究科博士課程短縮修了。その後、同研究科助教、准教授を経て、2019年より同大大学院工学研究科教授。専門は情報通信システム。2011年3月の東日本大震災を契機に、『スマホdeリレー』をはじめとした災害に強い通信システムの研究を本格的に展開。最近では、スマートフォン、自動車、ドローンなど多様な移動体を対象とした情報通信技術の研究にも力を注いでいる。第29回独創性を拓く先端技術大賞特別賞、平成30年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞など受賞多数。
圏外でもスマホを使ってやり取りを実現
『スマホdeリレー』について教えてください。
『スマホdeリレー』は、通信インフラが使えない状況でも、スマホとスマホで直接メッセージを送受信できる通信ツールです。スマホなどの携帯電話は、電波の送受信を行う基地局を通して通信しています。そのため、地震などで基地局の機能が停止してしまうと通信できなくなり、孤立した被災者が助けを呼ぶこともできません。
そこで、基地局が使えない状況でも情報を伝えていく方法がないのかと考えたのが、「スマホ同士を直接つなげる方法」でした。近くにあるスマホ同士で局所的な通信網を構築し、メッセージをリレーで受け渡していけば、目的の人にまで届けることができます。スマホを使って情報をリレーしていくので、『スマホdeリレー』と名付けました。
電波がない状況でどのようにスマホ同士をつなぐのでしょうか?
Wi-FiやBluetoothといった通信方法を使っています。皆さんもWi-Fiでスマホとルーターをつなげたり、Bluetoothでスマホとイヤホンをつないだりしていると思いますが、あれと同じ仕組みです。ルーターやイヤホンではなく、別のスマホをつないでいるのです。
研究当初は、スマホ同士をつなげるためには中身を改造しないといけなかったので、Androidのみでしたが、その後はアプリケーションの形で開発。2016年には商標登録を行い、商用化に成功しました。2018年には高知市の災害対策アプリ内に導入され、Google PlayストアやApp Storeからダウンロードできるようになりました。インストールすると、同じアプリをインストールしているスマホ同士がつながりますよ。
ただ、Wi-Fi、Bluetoothを使って送受信を行うので、ガラケーでは利用できません。それが問題で、講演で訪れた先でも「自分の携帯(ガラケー)でできないのか」と聞かれるのですが、現状では使えません。
多くの協力を得てアイデアが形になった
『スマホdeリレー』の研究に取り組んだきっかけを教えてください。
実は『スマホdeリレー』の研究以前から、災害時の情報通信技術の研究を行っていました。研究に取り組んだ原点はおそらく、高校時代に住んでいた町が豪雨災害に見舞われたのを目の当たりにしたことだと思います。それが記憶のどこかにあって、自分でも知らないうちに方向性を決めていたのかもしれません。
博士の学位を取って助教として採用された2008年頃からは、災害時にガラケー同士や通信衛星を連携させて非常用通信システムを構築する研究をしていました。
『スマホdeリレー』の研究に乗り出したきっかけは、やはり2011年の東日本大震災です。当時被災地では携帯電話が繋がらず、みんなが大変な思いをしました。そこで災害時の通信がどうあるべきかを改めて考えたのです。
災害時に大切なこととして「自助・共助・公助」という言葉があります。通信面に関する公助は大手通信会社や国が行うとしても、自助・共助といったローカルな部分の対策は難しいものです。全員がトランシーバーを持てばいいのでしょうが、そうもいきません。そこで、圏外でもスマホで通信できないかと考えたのです。そこから『スマホdeリレー』というアイデアが生まれました。
そのアイデアをどのようにして形にしていったのでしょうか。
そもそも自分はずっと大学にいた人間なので、「ものづくりのノウハウ」がありません。紙の上でのシミュレーションはいくらでもできますが、自分だけでは実物どころかプロトタイプさえ作れませんでした。そこで「こうしたアイデアがあるんですけど、どうすればいいでしょうか」と大学の外に助けを求めました。
するといろんな人から協力の申し出があり、国からの支援も受けられました。当時は災害時の通信について官民一体になって考えていたのも、支援を得られた要因です。震災を経験したからこそ、全員が同じ目的を持って取り組むことができたのです。こうしてさまざまな協力を得て、『スマホdeリレー』の試作機ができました。
最初に開発したものを私たちは「第一世代」と呼んでいますが、先ほども述べたように最初はスマホの中身を改造しないと通信できませんでした。ただ、利用する人全てのスマホを改造するわけにはいきませんし、そのような手間がかかるものは誰も使いません。研究者としては、改造してでも高性能にしたいところですが、商用化を考えると改造しない形にするしかなかったのです。
そこで、「第二世代」ではスマホの通信規格をそのまま用いて『スマホdeリレー』を可能にしました。私たちがメインで研究したのはここまでで、以降は産業界にバトンタッチしました。その甲斐もあり、Bluetoothを使った仕組みが生まれ、iPhoneにも対応となったのです。
研究の領域を一歩出ると高い壁に囲まれていた
これまでを振り返ってみて、一番難しいと考えたことは何ですか?
研究レベルでも難しいと思うことは日常茶飯事でしたが、やはり商用化に関しては心が折れるほど高い壁に阻まれました。自分としては一般の人の役に立てばいいと思って研究しているけれども、対象となるユーザーに近付けば近付くほど壁は高かったです。「大学の研究の領域」では良い評価が得られても、ユーザーに向けた技術や設計の話になると要求が多くなり、これでもかという駄目出しの嵐。心が折れかけ、「これはもう大学研究の領域ではない。企業がすることだ。研究自体は成果が出ているからもうこれでいいじゃないか」と思うようにもなりました。
そこで研究をやめなかった理由は何でしょうか?
理由は2つあります。1つは、高知市で『スマホdeリレー』を本当に必要としている人たちに出会えたことです。高知市では南海トラフ地震に備えて災害時の通信対策を模索していたのですが、当時は有効な手段が見つかっていませんでした。そこで学生と一緒に訪れて『スマホdeリレー』の説明をしたところ、「私たちに必要なのはこれだ」とおっしゃっていただけました。この言葉がモチベーションを高めてくれました。
2つ目は、パートナーである『構造計画研究所』の存在です。現地でさまざまな実証実験をして確信したのは「これ以上は大学ではできない」ということでした。自治体で実際に使ってもらうものなら、もっとちゃんとしたものではないと駄目だと気付かされたのです。自分一人では越えられない壁だと自覚したので、助けてくれるパートナーを探したところ、手を挙げてくれたのが『構造計画研究所』でした。「大学の先生で無理な壁なら、私たちに任せてください」と、代わりに壁を越えて先に踏み出してくれました。その結果、高知市が採用して今に至ります。
『スマホdeリレー』は使われなくて大成功
研究の過程でうれしかったことは何かありますか?
高知市のケースはうれしいと思いましたが、それ以外ではうれしいと思ったことはあまりないですね。賞をもらったときも、学生や協力してくれた人たちに恩が返せたと思っても、やり遂げたという思いはなかったです。
少し矛盾する考えかもしれませんが、私は『スマホdeリレー』が使われないまま終わればうれしいと思うでしょう。これは保険みたいなものですからね。自動車保険も、実際に使うような状況にならないことが一番ですよね。
災害が起きて『スマホdeリレー』が使われた、役立ったと言われても私としては複雑です。そのような災害が起きない方がいいですし、たとえ起きたとしても出番がないほど完璧な通信インフラが整備されているに越したことはありません。出会った技術者の人に「私たちが強い通信インフラを作るので、『スマホdeリレー』の出番はないですよ」と言われたときが、恐らく一番うれしいと感じるのではないでしょうか。そもそも通信網の強化は必要で、やってもらわないと困りますけどね。
世の中から通信手段がなくなることが「なくなる」
この研究が世の中に与える影響はどんなことが挙げられますか?
最近はIoT社会が提唱され、家電や車などあらゆるものに通信機能が付き始めています。最初から災害に強い通信機能をあらゆるものに搭載しておけば、そもそも基地局を使わなくても、日本の隅々まで通信できる社会になってもおかしくないですよね。現状は人(スマホ)から人(スマホ)ですけど、将来は人だけでなく車や家電品などをリレーして、何かあっても通信が途絶しない「巨大な臨時通信網」が構築できる可能性があります。
それは『スマホdeリレー』ではないかもしれないし、そもそもスマホではない可能性もあります。ただ、いずれにしても世の中から通信手段がなくなることが「なくなる」かもしれません。
今後の展望を教えてください。
先ほど保険の話になりましたけど、保険って「さぁ保険に入ろう」と前向きに入る人はあまりいないと思います。ただ、何かに付帯していれば、ついでに入ろうと思いますよね。それと同じで、新たに『スマホdeリレー』のアプリをインストールしてもらうのは難しくても、最初からプリインストールされていれば気にならないはずです。今後は、こうした形で普及すればうれしいですね。
また、「SDGs」(持続可能な開発目標)※の中には「強靱で持続可能な都市計画」という項目がありますが、私が目指しているのはまさにこれだと思っています。ずっと自分のしていることは何なんだろうと自問自答してきましたが、この項目を見たときに、「自分のしてきたことはこれだ!」と腑に落ちました。今後も、被災して避難所やその周辺で生活せざるを得ない人の助けとなることを目指して、研究を続けたいと思います。何事も継続させることが大事ですからね。
そもそも現在取り組んでいる防災・減災のための通信技術の研究は、半ばライフワークのようになっていて、年を重ねてリタイアをした後も、引き続きこの分野の研究をしていると思います。
※SDGs(Sustainable Development Goals)とは、2015年9月の国連サミットで採択された「国際目標」。17の分野別目標と169項目の達成基準で構成されています。
社会に貢献できる、社会を豊かにできる
最後に読者の高校生、大学生にメッセージをお願いします。
何のために研究しているのかというと、私の場合は少なくともお金のためではないです。社会に貢献する、社会を豊かにするためだと思っています。正直、お金を稼ぐために研究するとなると、たぶんやる気がでない。世の中のためになるんだと思って研究すると楽しいし、モチベーションになります。そうでなかったら、たぶん『スマホdeリレー』の研究もここまで来られなかったと思います。
学生の皆さんは、苦手な分野をそのままにしてしまうことがないようにしてほしいですね。確かに自分が得意なこと不得意なことはありますが、できれば不得意なことでも興味だけは失わないようにするべきだと思います。人生の中では、不得意なこともしないといけなくなりますが、アレルギー反応が出ると手が止まります。それではもったいない。学生には、研究者を目指すのなら、ぜひ不得意なことにも興味を向けるようにしてほしいです。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
2019年1月にできたばかりの西山研究室には、中村さん(左)、熊田さん(右)の2人が所属しています。いわば1期生ですが、この2人はどのような研究を行っているのでしょうか? お話を伺いました。
大学の研究は興味があることに自由に取り組める
現在取り組んでいる内容を教えてください。
中村さん今研究しているのはドローンなどエアモビリティーについてです。例えば、飛んでいるドローンに地上から通信を行う際、どのような方法を用いれば効率がいいのかなどを調べています。エアモビリティーはまだ普及が進んでいないものなので、そうした新しい分野について自分の想像を巡らせながら研究を行うのが面白いです。
熊田さん西山先生の『スマホdeリレー』のように、現在の通信インフラが使えなくなったときにどうすれば通信手段が確保できるのかを研究しています。普段何気なく使っているスマートフォンにどのような機能を持たせるとうまく通信できるのかを考えるのが楽しいです。
それこそ可能性は無限にあるので。
大学・大学院で研究することの面白さを教えてください。
中村さん興味があることに自由に取り組めることです。今も自分がしたいと思う分野の研究ができているので、こうした自由に取り組める点は面白いですね。
熊田さん実は何も目的がないままこの大学に入ったのですが、興味を引く研究が多く、今も自分が楽しいと思えることに取り組めています。大学に入って結果的によかったです。
ENDING
『スマホdeリレー』は、通信インフラが機能しなくなっても、スマホ同士をリレーしてメッセージが送れる非常に便利なツールです。ただ、「もしものことが起こらないにこしたことはない」という西山先生の言葉は、防災について真摯に向き合っているからこそのものでしょう。備えあれば憂いなし。皆さんも、保険の意味でインストールしてみてはいかがですか?
文:中田ボンベ@dcp
写真:今井裕治