Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.02
取材日:2019.12.04
温度変化で電気を生み出す
「三次電池」
筑波大学 守友浩
電力からの自由を夢見て
vol.
02
OPENING
テレビのリモコンなどに使っている乾電池は、「一次電池」と呼ばれるものです。一次電池は電力の放電のみが可能で、使い終わればそれでおしまい。一方、何度も繰り返し充電して使うことができる電池は「二次電池」と呼ばれています。スマートフォンやノートパソコンなどに使われているリチウムイオン電池も、この二次電池の一つです。
「三次電池もあるの?」と疑問に思うかもしれませんが、実は三次電池はすでに研究が進められており、これが私たちの未来を大きく変えるかもしれないのです。今回は、三次電池がどのようなものなのか、どんな可能性を秘めているのか、三次電池を研究している筑波大学 数理物質系物理学域 数理物質融合科学センターの守友浩教授にお話しを伺いました。
Profile
守友浩(もりとも ゆたか)
筑波大学 数理物質系・エネルギー物質科学研究センター教授。
1992年、東京大学大学院理学研究科博士課程物理学専攻修了、博士(理)。日本学術振興会特別研究員(1992年-1994年)、ATP研究員(1994年-1996年)、名古屋大学工科学総合研究センター助教授(1996年-2002年)、名古屋大学工学部助教授(2002年-2005年)を経て2005年より現職。1997年-2000年、JSTさきがけ研究員。2001年-2015年、JSTさきがけ研究員。専門はエネルギー物質科学、放射光物質科学。
勝手に充電して勝手に動く三次電池
三次電池とはどのような電池なのか教えてください。
三次電池は、リチウムイオン電池などの二次電池のように電気を使って充電するのではなく、環境下での温度変化で充電できる、電力設備が要らない電池です。つまり、勝手に充電して勝手に動くというものです。繰り返し使え、取り換える必要もありません。そのため、廃棄することもなくなります。これも大きなメリットだといえます。
昨今は、風力・地熱といった環境熱からエネルギーを生み出す「エネルギー・ハーベスト」という取り組みが行われていますが、自然熱で充電する三次電池も、エネルギー・ハーベストの一つといえるでしょう。
なぜ環境熱で発電するのでしょうか?
三次電池は、正極と負極の起電力の温度特性の違いを利用して発電します。温度特性の異なる材料を正極と負極に配置すると、温度変化により起電力の差が発生し、電力を生み出すという仕掛けです。私たちの研究グループでは、コバルトプルシャンブルー類似体という材料を研究していますが、この材料の組成を変えることにより材料の温度特性を大きく変えることに成功しました。
現状では摂氏28~50度の温度で発電します。人の体温くらいをイメージしてもらうといいでしょう。ただ、理想をいえば10度~20度くらいで発電することが望ましいので、現在その点の研究を進めているところです。
三次電池は学生のことを考えて取り組んだ研究だった
この研究に取り組まれたきっかけは何だったのでしょうか?
元々物理屋なので、面白いと思うことにはなんでも取り組んでいました。当時は二次電池の研究にも取り組んでいて面白かったのですが、オリジナリティーの要素がなく、ゴールとなるポイントもあいまいだったので、これだと学生たちもしんどいのではと思っていました。長期展望を描いてゴールポストを先に建てることができる研究に取り組みたいと考え、そのときにたまたま見つかったのが三次電池のアイデアでした。
学生のことを考えた結果、三次電池に取り組むことになったのですね。
私自身は10年単位でのんびり研究したいのですが、企業と共同研究を行うなど社会との関わりを作るとなるとそうはいきません。ちょうどいいポストが三次電池だったのです。大学で学生と共に研究をするのなら、5年後くらいにここまで進む、もし達成できないようならそこで研究を終える、くらいのスパンの研究が学生たちにとってもちょうどいいのではと思います。10年20年先を見据えるのも大事ですけど、永遠に届かないような課題に取り組むのは罪深い気がしますからね。
革新的な研究だけに困難も多かったのでは?
実はやってみるとあっさりとできたのです。紙の上では当たり前なのですが実際に動くかどうかは分かりません。私は悲観主義者なので「無理だろうな」と思っていたのですが、実際に学生に実験させてみると思ったよりもうまくいったので、非常にうれしかったですね。そこで結果が出なかったら研究をやめていたかもしれません。
三次電池によって人は電力から自由になれる
先生の研究は世の中にどのような影響をもたらすのでしょうか?
世の中にまだ存在しないデバイスなので、何に使うのか具体的に説明するのは難しいですね。ただ、今後は家や町にある全てのモノがインターネットをつながる、いわゆる「IoT社会」になるといわれており、そこで活躍するのではないかと考えています。
IoT社会が進むと、街中に設置される機器に搭載するセンサーが1兆個ほど必要になるといわれています。1兆個もあると、これらのセンサーを動かす電池を一つ一つ管理するのはまず無理でしょう。しかし、三次電池を組み込んでおけば、勝手に充電してくれますし、極端な話センサーが壊れるまでは動き続けます。こうした使い方が理想ですね。
二次電池に取って代わる可能性はありますか?
起電力と容量の観点では、二次電池にはかないません。しかし、三次電池が実用化されて社会で使われるようになれば、電極材料の研究開発が急激に進んで、二次電池に匹敵する性能が得られる可能性は高いと思います。また、電子機器を動かすのに必要な半導体の性能が年々上がっており、駆動電圧は低下しています。仮にこのまま低下し続ければ、三次電池の出せる電圧が低いままでも、様々なものを動かせるようになる可能性もあります。未来のどこかの段階で三次電池が二次電池に置き換わり、「電源のいらない社会」が実現するかもしれません。この未来は、20年先かもしれませんし、もっと早いかもしれません。
もし三次電池に置き換わって電源の要らない社会になれば、電力とかエネルギーに対する考えも大きく変わり、そこからまた新しい何かが生まれるかもしれませんね。現在は電気自動車が注目されていますが、あれも結局は電気が必要で、その電気を作るために新たな発電所を建てる必要が示唆されています。三次電池は本当に何もしなくていい。気温の上下だけで電気が生み出せるので、いつかは「電力から自由になれる」と思います。
どんなにいいものでも社会ニーズがなくては売れない
三次電池の課題はどんなことでしょうか?
三次電池の研究開発は、まだまだ入り口の段階です。当面の課題は、実際に使えるような起電力と容量に到達することです。今の数字では社会に出すためには数倍は性能が届きません。現状では1℃あたり1mV、温度を上げると40mV出る。ただ、これで何かを駆動させるのは厳しいです。少なくとも100mVは必要。ここまで安定して出せるようにするためにどうすればいいのか理屈はある程度分かっていますが、なかなかいまくいきませんね。
また、三次電池は二次電池よりも材料に対する要求が厳しいことのもネックです。二次電池の場合は起電力が4Vあり、そこから100mVくらい下がっても元々の電圧が高いので発揮する電力に大きな影響はありませんが、三次電池は頑張っても電圧が100mV程度なので、10mV下がっただけで何かを動かすには不十分な電力しか出なくなります。当然ですが、何度使っても100mVを生み出す必要があります。
そのためには、ものすごくいい材料を使わないといけません。恐らく材料への要求は二次電池の比ではないと思います。これは誰も経験していない問題なので、できないことはないでしょうが、大変なのだろうなと思います。しかしながら、我が国でこの課題をクリアできるノウハウを積み重ねれば、他国は容易には追随できないでしょう。
課題をクリアできれば、実用化も見えてきますか?
使えるような性能になっても、今度は「市場に出せるようになるまで」が非常に難しいでしょうね。二次電池ですら最初はどのメーカーからも相手にされなかったそうですから。そんなに高い電力はいらない、値段も高いなど、さんざんな評判だったと聞いております。ただ、そのタイミングでIT革命が起こり、モバイルコンピューターや携帯電話の電源として使おうというニーズが生まれ、使われるようになりました。
どんなにいいものでも社会のニーズがなくては売れません。もちろんいいものでないと売れませんが、いいものを作れば売れるというわけではないのが難しいですね。
時代の流れも味方しないと難しいのですね。
三次電池のデモが何の苦労もなくスッとできたこと、IoTが提唱され独立電源が必要だという声が挙がり始めたこと、ほかにも、半導体の駆動電力がどんどん下がっていること、気が付くとこれだけの好条件がそろっています。もしこれでうまくいかないようなら、そもそも縁がなかったものと思うしかないですね。
日本は二次電池を最初に実用化した国で、実用化するまでに厳しい技術の階段を上ってきました。三次電池でもそれと同じように技術の階段を上る必要があります。ただ、先に述べたように三次電池は二次電池と同じデバイス構造で、違うのは電極材料だけです。前例があるので、階段を上り始めればアッという間なのかもしれません。
社会のニーズとテクノロジーはインディペンデントではない
最後に読者の高校生、大学生にメッセージをお願いします。
電池による熱電変換といった発想も何十年も前からありますが、当時は二次電池もなく、自然エネルギーでの発電ニーズも今ほど高くありませんでした。ところが現在は二次電池が普及し、エネルギーに対する考え方も変わりつつあります。三次電池という考え方が受け入れられる体制が整ったことで注目される研究になりました。
同じように過去は見向きもされなかったが、時代が変わった今ならニーズが生まれる研究も多くあるはずです。社会のニーズとテクノロジーはインディペンデントではない、と私は思っています。技術は社会に受け入れられてなんぼ、これからの人はそうした点を考えて取り組んでみるのも面白いでしょう。
情報社会の今、研究者の在り方も変わってくるでしょう。Webの膨大な研究・実験データの中から必要なことを抽出し、本当に分からないことだけを実験する、それが当たり前になると予想しています。データを抽出するのも機械が行ってくれるでしょうね。人間はアイデアだけで勝負する、そんな時代が来るかもしれません。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
トライアンドエラーを繰り返しながら目的に迫る楽しみ
普段研究に取り組んでいる中で、面白い、楽しいと思うことは何ですか?
井上さんIoT社会の到来において、電池の需要や重要性が増しています。大学の研究ではこうした時代の流れにマッチした研究に取り組めるのが楽しいですね。うまく結果が出ないことも多いのですが、そこで諦めずに研究を続け、自分の思いどおりの結果が出るとすごくうれしいです。トライアンドエラーを繰り返しながら着実に目的に向かって進んでいくのは面白いですね。
岩泉さん私は電池に用いる材料に関して、現在分かっている以外の特性がないか検証する研究を行っています。新しい側面を引き出す研究なので一筋縄ではいきません。ただ、それだけに思いもよらないようなデータが取れた瞬間は思わずガッツポーズしたくなるほどうれしいです。
大学で研究することの魅力は何ですか?
井上さん先輩方にアドバイスがもらえたり、いい環境が整っていることです。データを取る際の工夫にもつながりますし、それでうまくいくことが多く、楽しいですね。進学か就職で悩みましたが、研究者の道に進みたいなと思うようになりました。
岩泉さん新しいことを知る機会が増えることですね。私の行っている材料研究でも、それまで誰も知らないような発見ができます。研究する上で刺激になりますし、日々面白いと思いながら研究ができています。私も同じく研究者を目指しています。
ENDING
守友先生の研究している「三次電池」は、電力がなくても自然熱で発電する、環境にも優しい画期的な電池でした。十分な起電力が得られないなど課題はまだまだ多いようですが、実用化されれば本当に「電力から自由になれる社会」が来るかもしれません。例えば、スマートフォンを充電する必要がなくなる可能性もあります。そんな便利な社会が早く来てほしいですね。
文:中田ボンベ@dcp
写真:今井裕治